昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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5[ヴィル]

護身術

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「生活感? どうしてそんなものがあると思った?」
 俺は目を細めて自分の部屋を眺めた。
「なんでこんなガランとして寒々しいんだよ……」
 クリスの不満は止まらない。
「徹底的に無駄を省いた部屋と言いたまえ」
「アホか。地下の牢獄ろうごくとたいして変わらないぞ」
「失敬だな。ここらへんは部屋っぽいだろう。ここらへんは!」
 唯一、部屋らしい雰囲気を醸し出しているソファーとテーブルを指さすと、すぐさま「そこらへんだけだろうが!」と、笑い声が返ってきた。

 騎士団の宿舎は家具が備え付けだった。リアの屋敷にある部屋だけは気合いを入れておしゃれな家具をそろえてある。しかし、それ以外の部屋はもらい物や中古品ばかりだ。居心地の悪い部屋のほうが「早く仕事を終えて帰ろう」と思えるので都合がいい。

「あの紙袋はなんだ?」彼はアゴをしゃくって部屋の隅をさした。
「着替えが一式入っている」
「タンスは? 引き出しとか棚とか」
「そんなものは要らないだろう。一式しか置かないのだから」
「ま、まさかソファーとテーブルとベッドだけか……?」
「バカにしてもらっては困る。もらい物のコート掛けもあるからな?」
 入り口の脇にあるコート掛けを指さしてやると、クリスはそれを眺めてゲラゲラ笑い出した。
「ボロボロじゃねーか!」

 この部屋を与えられた頃は今ほど経済的な余裕もなかったため、当時の財務大臣となりのオッサンが捨てようとしていたコート掛けをもらい受けた。
 手に入れた時点ですでにボロボロだったのだが、いまだ壊れる気配がない。古い時代の家具は妙に丈夫だ。
「使い込んでいる、もしくは歴史があると言いたまえ」
「これ……リア様が見たら衝撃で気絶するぞ」
「リアと一緒の時は離れの部屋を使うから問題ない。ここは秘密の部屋だ」

 クリスは筋肉の塊をソファーに沈めながら「おっ、ソファーの座り心地はいいな」と言った。必ず良い部分も見つけるのが彼の優しさだ。
「素のお前を知って幻滅されないか心配だぜ。一見すると完璧ヤロウに見えるが、実際はなかなかの残念ヤロウだからな……」
「彼女はもうわかっているよ。俺の化けの皮なんぞ、とっくにはがれている」

「最近の動向は?」と、彼は聞いてきた。
 彼はリアのことが知りたくてたまらないのだ。
「悪い男に襲われたときのために、護身術をお勉強中だ」
 彼女が運動不足だと言い出し、アレンが遊び半分で教え始めたことを話した。
「ちゃんと優しく教えているのだろうな?」
「あの溺愛メガネが厳しくするわけないだろう」
「なんだよ、イチャイチャしているのか」
「まあな。しかし、内容は的確だぞ。リアの反撃が確実に相手の急所を狙うように教えている」
「なんて恐ろしい溺愛ヤロウだ……」

 アレンは小さな力で大男を倒せる技なども手取り足取り教えていた。なかなかスジが良いらしい。
「ミストという特務師が手伝っているのだが、アレンが休みの日に、恐ろしい技を伝授した」
「ま、まさか、一撃で息の根を止める殺人技か!」
「いいや、男の股間を蹴り上げる非情な技だ」
「……いっそ一撃で殺してほしい」
 よく晴れた日の庭園で、リボンをヒラヒラさせた婚約者が、楽しそうに金的蹴りの素振りをしていた。
「俺は思わず自分の股間を押さえたぞ」
「わははは! 食らわないよう気をつけろよ!」

 あんなのを食らったら俺の心は死ぬ。確実に。

 ☟

 謁見の間で行われたやり取りや、その後のことを彼に共有した。
「――とまあ、そんなわけで、夫を二、三人決めないかと提案したら、予想に反してアレンにまで反対された」

 俺が二人目の夫を選んでもらいたい理由はいくつかある。
 最大の理由は、彼女の政治的な安定と安全確保のためだ。しかし、なかなかそれを理解してもらえない。
 クリスは黙って俺のボヤキを聞いてくれた。
 すべて聞き終えてから、俺の言い方では彼女にはわかりづらいかも知れないと言った。

「俺ならこう言う。今、安全なように思えるだろうが、実は思っているほどではないぞ、と」
 そのうえで何が脅威であるかを詳しく示す必要があると彼は言った。
 俺は王家を脅す目的で彼女が利用されたり巻き込まれたりすることを最も心配している。しかし、彼女もそれをわかってくれているという前提で話してしまったかも知れない。

「リアは俺の唯一にして最大の弱点だし、俺もそれを隠していない。だから心配だ。こんな感じで言えば伝わるかな?」
「違うんだよなぁ」と、彼は首を振った。「いいか? 話の入り方が重要だ」と彼は言う。

「もっと身近に感じられるところから話せ。『どう守りを固めようと、完璧な安全なんて有り得ない』これが話の結論だから、最初に言ってしまえ」
「ほう?」
「次にその根拠を身近な例で言う。『何十年務めていようとメイドも執事も主を裏切ることがあるのだ』と。今、お茶をいれている彼女が、ある日突然、毒を盛ることがある。なぜなら彼女には愛する家族がいて、夫や子どもを人質に取られたら、神薙に毒を盛らざるを得ないのだ、と」
「おお、なるほど」
「お前の弱点の話はその次だ。『それと同じように、君は俺の弱点なのだ。もし、君を人質に取られたなら、俺は王に毒を盛らねばならない』と」
「お、おおおー。そういうことか!」
「彼女に行動を起こしてもらいたいのなら、まず共感を得ることが重要だ」
 クリスはカップを手に取り、ゆっくりと茶を飲んだ。

「しかしな? お前の話には一つ大きな矛盾がある」と彼は言った。
「夫の存在が彼女にとって危険要因だと言いながら、その安全確保のために、新たな危険要因となり得る『夫』を増やそうとしている。増員をするのなら、普通は護衛だろう」
「そう……だな」
 痛いところを突かれた。
「すでに王国最大規模の騎士団で護っている。それでも『夫』の増員でなければならない理由は説明できるのか?」
 彼は両方の眉を大きく持ち上げた。

「……警護の責任者である俺が言うのも変なのだが、一人の夫としての目線で言わせてもらえるのなら、護衛はしょせん仕事で護っているだけだ」と、俺は少し上目遣いで答えた。
 彼は少し間を置いてから「まあな」と言った。
「言っていることはわかる。周りを納得させられるかどうかは別として、俺も彼女の夫になったら、同じことを思う気がする」

 いくら大勢の護衛をつけたとしても、任務である以上、時間になれば交代する。どれほど優秀でも休暇の日は彼女のそばにいない。
 任務はあくまでも任務。仕事だ。

 そんなことを思う中、俺が仕事で出なければならない日が増えている。それが余計に俺を不安にさせていた。
「今は夕方に帰っているが、叔父は俺をもっと使いたがっている」
 その理由は明白だった。
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