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[リア]
貴族の伝統芸 §2
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オポンチンさんは急にこぶしを振り上げ、声高に宣言した。
「かっ、神薙様の恨みを、この私、ミートロフ・オポンチンが、きわっ、かっ代わりに、ははは晴らしたのです!」
チーーン……
ヴィルさんはブホッとせきをした。彼は笑うのを我慢しすぎて激しくせき込み、涙目になっている。
このオポンチンさんという人、頭は大丈夫なのかしら……。途中の「きわっ」はなんだったの? 単に噛んだだけ?
どうも彼には「台本」があるような気がしてならなかった。
話の流れを完全に無視して、突如わけのわからないセリフを突っ込んでくるのは、彼の中にあるシナリオを進めようとしているからではないだろうか。婚約破棄を言い渡した時も、まるで何かの小説から切り取ったようなセリフだった。
「恨みを晴らすとはどういう意味ですか? わたしが誰を恨んでいると? 特に思い当たる方はいらっしゃらないのですけれど」
「いや、しかしですね……」
「どなたから何をお聞きになったのか知りませんが、わたしのことは、わたしの言うことが真実です。他人が反論する余地などありませんよ」
お扇子に隠れて、フゥとため息をついた。
彼はめげずに、再び大きな声を上げている。
「わっ私は生涯、神薙派でございます!」
「はい? わたしに派閥などありませんが?」
何の脈絡もなく飛び出す彼の謎発言は、やはり事前に準備してきたセリフだろう。
ここまでの流れを思い出してみると……
一、エルデン伯令嬢を責め立てて婚約破棄。
二、エルデン伯令嬢の不敬を代理で謝罪。
三、自分が悪者(エルデン伯令嬢)を成敗したのだと主張。
四、自分は神薙の味方だとアピール。
これらはいずれも、場の空気や話の前後を無視してセリフが放たれた場面だ。
わたしが「ありがとうオポンチン様!」なんて言うとでも思ったのだろうか。もしそうだとしたら、彼の頭の中は広大なお花畑だ。一生、夢の中で花冠製造機をやっていたほうがいい。
彼はまたもや目を爛々とさせ、次のセリフを言おうと身構えている。
顔を紅潮させ、バッと両手を広げた。
「わっ私とともに、よよより良きよよよ世を、作りましょうッッッ!!」
「いたしません!」
ヴィルさんは気管支からゼーゼーヒューヒューと危険な音を出していた。
アレンさんはハンカチで目元を拭いながらグスグスと鼻をすすっている。
二人とも我慢のしすぎで涙腺が決壊しており、それを見ているほかの団員も笑いを押し殺して泣いている。
――どうしよう……早く決着をつけないと身内が笑い死にするかも。
オポンチンさんが作ったシナリオは、この場で神薙から信頼を得て、何かと便宜を図ってもらい、自分の地位を上げることが目的だと思われる。
致命的だったのは、わたしがエルデン伯令嬢を「恨んでいる」と勘違いしていたことだ。大衆の面前で彼女を貶めれば、取り入る口実ができると考えたのだろう。ただの口喧嘩ではなく婚約破棄にすることで、彼女に与えるダメージをより大きくした……。
ただ、そもそも落ち目のエルデン伯家と何のうまみもない契約を交わしたことが不自然だ。
この企みは、婚約の前から始まっていたのではないだろうか。そうなると、主犯は嫡男ではなく、当主オポンチン侯爵ということになる。
婚約を承認したのは陛下だから、侯爵が自分の企みに国王を利用した、ということに。
――これ、もしかして大変な事件なのでは?
「私は神薙様に喜んでいただこうと、それだけの思いで生きてまいりました……」
彼はまだ恍惚の表情でセリフの続きを言っていた。
先ほどの「より良き世を作りましょう」というセリフがおそらくクライマックスだろうし、このあたりで勘違い劇場は終わりにしてもらおう。
「ご当主同士が契約解除の協議をすれば済むことを、わざわざこんな場所でなさって、わたしが喜ぶと?」
スンとしたまま尋ねると、彼は「あ、それはですね」と小さな声でモゴモゴ言っている。
彼は台本に沿わない話になると、とたんに声が小さくなった。もともとアドリブが効かないから台本を作って丸暗記をしたのかもしれない。
「あなたの叔父であるヴァーゲンザイル侯は、わたしの婚約者の恩師です。今日は御嫡男のための大切な舞踏会ですが、それはご存知でした? あなたの従兄弟ですよね?」
「は、はい。それは……はい」
「台無しにされて、わたしが喜ぶと思いましたか?」
「しかし、あの女は神薙様に不敬を働きました!」
堂々巡りにうんざりして死にたくなっていると、アレンさんが彼の首根っこをつかんだ。思いきり引っ張ったせいで、シャツの襟が喉に食い込み、オポンチンさんは悲鳴を上げている。
「おい貴様……よほど死にたいらしいな」
ぎりぎりと首を締め上げられ、オポンチンさんの顔がギューンと赤くなっていく。
「おぼぼぼぼーしわげござぃばせんっッ!!」
――嗚呼、なんてオバカなのでしょう。
「エルデン伯令嬢のことは気にも留めていないと、先ほども言ったはずです。もうお忘れですか?」
「いや、しかし……ぐォえっ!」
アレンさんも面倒くさくなってきたのか、口ごたえをすると無言で締め上げる「首絞めシステム」と化している。
「エルデン伯令嬢はお気の毒でしたわ……」
こんなのと婚約させられて、同情を禁じ得ない。
王族と結婚したがっていた彼女が、コレと婚約するには相当な葛藤があったはずだ。
自分の行いが発端で、実家が領地の六割以上を失うかもしれないという窮地に追い込まれた。望まぬ政略結婚でも受け入れざるを得なくなり、家のために腹をくくって婚約した。
そうでなければ、彼に「自分という婚約者がありながら、なぜ?」などと抗議なんかしなかったはずだ。
わたしが吐息をついていると、彼は目に光を取り戻し「あの者は自業自得でしょう!」とまた声を張り上げた。
――な、なんか、この方と話していると吐いちゃいそうですわ……。
ふと隣を見ると、さすがのヴィルさんも呆れていた。
当然ながら、この件は陛下にも報告が行く。ついでなので、もう少し情報を引き出すことにした。
「あなたは『自業自得』と仰いましたが、彼女に何かされたのですか?」と、わたしは尋ねた。
彼は「へ?」と言って、口を開けている。
「何かされたのですか? と聞いています」
「いや、それは……」
「はっきりと返事をなさい」
「はっ! と、特に何もされておりません」
「では、彼女が『自業自得』と言われるようなことを、いつ、誰に対してしたのですか?」
「それは……舞踏会で、神薙様に、でございます!」
なんということでしょう。うちの宮殿で暮らしているニワトリさんたちのほうが賢いだなんて。どうしてこう脳ミソの容量が少なく、柔軟性がないのかしら。
「あの令嬢は十分に反省されてから婚約したのではありませんか?」
「そ、それは、わかりません!」
「そんな重要なこともわからずに婚約したの?」
「それは父が、婚約が決まった、と……」
「お父様の言うとおりになさったのね?」
「はい、さようにございます」
「あなたは少しでも彼女に歩み寄ろうとしましたか?」
「特に、今日まで話をしたこともなく……」
「彼女の評判が良くないことなど、初めからわかっていたことでしょう? なぜ今頃になって、それを理由に婚約破棄などしたのですか」
「そ、れは、あの……」
「今日、婚約破棄をしてくるようにと、お父様から言われたのですか?」
「はい。あっ、いいえ! ……それは」
やはり首謀者は父親か。アレンさんを見ると、視線で「続けて」と言っているように感じた。
「オポンチンさん、偽りなくお答えいただいたほうがよろしいわ。わたしの婚約者が、今日は偶然『真実の宝珠』を持っていますの」
ヴィルさんがポケットから宝珠を取り出して見せた。『真実の宝珠』は、偽りの証言に反応して赤く色が変わる不思議な石だ。
オポンチンさんは目を見開き、焦った表情を浮かべている。
「婚約を結んだ時点で、いずれ婚約破棄をする予定でしたか?」
「そ、それは――はい……」
「今日の騒ぎは、あなたのお父様の指示ですか?」
「今宵が好機だと……父から言われました」
ヴィルさんに視線をやると、彼はうなずいた。
当主の企みだという証言は取れた。これで陛下が利用されたことも確定。今後は当主を厳しく追及する方向になるだろう。
「あなたとお父様は、自分たちの都合でこの国の君主を利用しました。これは到底許されることではありませんよ」
オポンチンさんは顔を引きつらせながら「わ、私は少々勘違いをしていたかもしれません」と言った。
「少々」どころの騒ぎではない。会場代はおろか、参加者全員から服の仕立て代などの諸経費を請求されるレベルだ。
ようやく彼がおとなしくなり、オポンチン劇場は閉幕――ホッとしたのも束の間、残念ながらこれだけでは話が終わらなかった。
先ほどからわたしをにらみつけている浮気相手の女性が、お胸をブルンと揺らしながら前に出てきたのだ。
「かっ、神薙様の恨みを、この私、ミートロフ・オポンチンが、きわっ、かっ代わりに、ははは晴らしたのです!」
チーーン……
ヴィルさんはブホッとせきをした。彼は笑うのを我慢しすぎて激しくせき込み、涙目になっている。
このオポンチンさんという人、頭は大丈夫なのかしら……。途中の「きわっ」はなんだったの? 単に噛んだだけ?
どうも彼には「台本」があるような気がしてならなかった。
話の流れを完全に無視して、突如わけのわからないセリフを突っ込んでくるのは、彼の中にあるシナリオを進めようとしているからではないだろうか。婚約破棄を言い渡した時も、まるで何かの小説から切り取ったようなセリフだった。
「恨みを晴らすとはどういう意味ですか? わたしが誰を恨んでいると? 特に思い当たる方はいらっしゃらないのですけれど」
「いや、しかしですね……」
「どなたから何をお聞きになったのか知りませんが、わたしのことは、わたしの言うことが真実です。他人が反論する余地などありませんよ」
お扇子に隠れて、フゥとため息をついた。
彼はめげずに、再び大きな声を上げている。
「わっ私は生涯、神薙派でございます!」
「はい? わたしに派閥などありませんが?」
何の脈絡もなく飛び出す彼の謎発言は、やはり事前に準備してきたセリフだろう。
ここまでの流れを思い出してみると……
一、エルデン伯令嬢を責め立てて婚約破棄。
二、エルデン伯令嬢の不敬を代理で謝罪。
三、自分が悪者(エルデン伯令嬢)を成敗したのだと主張。
四、自分は神薙の味方だとアピール。
これらはいずれも、場の空気や話の前後を無視してセリフが放たれた場面だ。
わたしが「ありがとうオポンチン様!」なんて言うとでも思ったのだろうか。もしそうだとしたら、彼の頭の中は広大なお花畑だ。一生、夢の中で花冠製造機をやっていたほうがいい。
彼はまたもや目を爛々とさせ、次のセリフを言おうと身構えている。
顔を紅潮させ、バッと両手を広げた。
「わっ私とともに、よよより良きよよよ世を、作りましょうッッッ!!」
「いたしません!」
ヴィルさんは気管支からゼーゼーヒューヒューと危険な音を出していた。
アレンさんはハンカチで目元を拭いながらグスグスと鼻をすすっている。
二人とも我慢のしすぎで涙腺が決壊しており、それを見ているほかの団員も笑いを押し殺して泣いている。
――どうしよう……早く決着をつけないと身内が笑い死にするかも。
オポンチンさんが作ったシナリオは、この場で神薙から信頼を得て、何かと便宜を図ってもらい、自分の地位を上げることが目的だと思われる。
致命的だったのは、わたしがエルデン伯令嬢を「恨んでいる」と勘違いしていたことだ。大衆の面前で彼女を貶めれば、取り入る口実ができると考えたのだろう。ただの口喧嘩ではなく婚約破棄にすることで、彼女に与えるダメージをより大きくした……。
ただ、そもそも落ち目のエルデン伯家と何のうまみもない契約を交わしたことが不自然だ。
この企みは、婚約の前から始まっていたのではないだろうか。そうなると、主犯は嫡男ではなく、当主オポンチン侯爵ということになる。
婚約を承認したのは陛下だから、侯爵が自分の企みに国王を利用した、ということに。
――これ、もしかして大変な事件なのでは?
「私は神薙様に喜んでいただこうと、それだけの思いで生きてまいりました……」
彼はまだ恍惚の表情でセリフの続きを言っていた。
先ほどの「より良き世を作りましょう」というセリフがおそらくクライマックスだろうし、このあたりで勘違い劇場は終わりにしてもらおう。
「ご当主同士が契約解除の協議をすれば済むことを、わざわざこんな場所でなさって、わたしが喜ぶと?」
スンとしたまま尋ねると、彼は「あ、それはですね」と小さな声でモゴモゴ言っている。
彼は台本に沿わない話になると、とたんに声が小さくなった。もともとアドリブが効かないから台本を作って丸暗記をしたのかもしれない。
「あなたの叔父であるヴァーゲンザイル侯は、わたしの婚約者の恩師です。今日は御嫡男のための大切な舞踏会ですが、それはご存知でした? あなたの従兄弟ですよね?」
「は、はい。それは……はい」
「台無しにされて、わたしが喜ぶと思いましたか?」
「しかし、あの女は神薙様に不敬を働きました!」
堂々巡りにうんざりして死にたくなっていると、アレンさんが彼の首根っこをつかんだ。思いきり引っ張ったせいで、シャツの襟が喉に食い込み、オポンチンさんは悲鳴を上げている。
「おい貴様……よほど死にたいらしいな」
ぎりぎりと首を締め上げられ、オポンチンさんの顔がギューンと赤くなっていく。
「おぼぼぼぼーしわげござぃばせんっッ!!」
――嗚呼、なんてオバカなのでしょう。
「エルデン伯令嬢のことは気にも留めていないと、先ほども言ったはずです。もうお忘れですか?」
「いや、しかし……ぐォえっ!」
アレンさんも面倒くさくなってきたのか、口ごたえをすると無言で締め上げる「首絞めシステム」と化している。
「エルデン伯令嬢はお気の毒でしたわ……」
こんなのと婚約させられて、同情を禁じ得ない。
王族と結婚したがっていた彼女が、コレと婚約するには相当な葛藤があったはずだ。
自分の行いが発端で、実家が領地の六割以上を失うかもしれないという窮地に追い込まれた。望まぬ政略結婚でも受け入れざるを得なくなり、家のために腹をくくって婚約した。
そうでなければ、彼に「自分という婚約者がありながら、なぜ?」などと抗議なんかしなかったはずだ。
わたしが吐息をついていると、彼は目に光を取り戻し「あの者は自業自得でしょう!」とまた声を張り上げた。
――な、なんか、この方と話していると吐いちゃいそうですわ……。
ふと隣を見ると、さすがのヴィルさんも呆れていた。
当然ながら、この件は陛下にも報告が行く。ついでなので、もう少し情報を引き出すことにした。
「あなたは『自業自得』と仰いましたが、彼女に何かされたのですか?」と、わたしは尋ねた。
彼は「へ?」と言って、口を開けている。
「何かされたのですか? と聞いています」
「いや、それは……」
「はっきりと返事をなさい」
「はっ! と、特に何もされておりません」
「では、彼女が『自業自得』と言われるようなことを、いつ、誰に対してしたのですか?」
「それは……舞踏会で、神薙様に、でございます!」
なんということでしょう。うちの宮殿で暮らしているニワトリさんたちのほうが賢いだなんて。どうしてこう脳ミソの容量が少なく、柔軟性がないのかしら。
「あの令嬢は十分に反省されてから婚約したのではありませんか?」
「そ、それは、わかりません!」
「そんな重要なこともわからずに婚約したの?」
「それは父が、婚約が決まった、と……」
「お父様の言うとおりになさったのね?」
「はい、さようにございます」
「あなたは少しでも彼女に歩み寄ろうとしましたか?」
「特に、今日まで話をしたこともなく……」
「彼女の評判が良くないことなど、初めからわかっていたことでしょう? なぜ今頃になって、それを理由に婚約破棄などしたのですか」
「そ、れは、あの……」
「今日、婚約破棄をしてくるようにと、お父様から言われたのですか?」
「はい。あっ、いいえ! ……それは」
やはり首謀者は父親か。アレンさんを見ると、視線で「続けて」と言っているように感じた。
「オポンチンさん、偽りなくお答えいただいたほうがよろしいわ。わたしの婚約者が、今日は偶然『真実の宝珠』を持っていますの」
ヴィルさんがポケットから宝珠を取り出して見せた。『真実の宝珠』は、偽りの証言に反応して赤く色が変わる不思議な石だ。
オポンチンさんは目を見開き、焦った表情を浮かべている。
「婚約を結んだ時点で、いずれ婚約破棄をする予定でしたか?」
「そ、それは――はい……」
「今日の騒ぎは、あなたのお父様の指示ですか?」
「今宵が好機だと……父から言われました」
ヴィルさんに視線をやると、彼はうなずいた。
当主の企みだという証言は取れた。これで陛下が利用されたことも確定。今後は当主を厳しく追及する方向になるだろう。
「あなたとお父様は、自分たちの都合でこの国の君主を利用しました。これは到底許されることではありませんよ」
オポンチンさんは顔を引きつらせながら「わ、私は少々勘違いをしていたかもしれません」と言った。
「少々」どころの騒ぎではない。会場代はおろか、参加者全員から服の仕立て代などの諸経費を請求されるレベルだ。
ようやく彼がおとなしくなり、オポンチン劇場は閉幕――ホッとしたのも束の間、残念ながらこれだけでは話が終わらなかった。
先ほどからわたしをにらみつけている浮気相手の女性が、お胸をブルンと揺らしながら前に出てきたのだ。
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