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[リア]
神薙のショコラ
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すべての国民をマヨラーとタルタリストにすることは、わたしの小さな野望である。
晩餐会での雑談をきっかけに、ヨークツリッヒ伯とビジネスパートナーになった。予定どおりマヨネーズ工場が操業を開始し、領内で爆売れ中だ。
南北に長いヨークツリッヒ伯領。
その中心地は南にあり、富士山にそっくりなリオス山の麓に広がる。
多くのホテルや飲食店が建ち並び、登山客など観光で訪れた人々でにぎわっているそうだ。
名物は地鶏を使った焼き鳥とフライドチキン。
すでに揚げ鶏+タルタルソースは王都で流行っているので、地元の人にとっては「ついにうちにも来た」という感覚だろう。しかし、王都と同じことをやるだけでは足りない。
チリポテト用のミックススパイスを、焼き鳥とマヨ系がよりマッチするようにアレンジしてみた。それを使ったレシピをいくつか作り、ベルソールさんに託す。
現地の営業さんが試食会を開いてマヨと一緒に売り込んでくれたおかげで、マヨ工場はサクッと巡航速度に入り、安定して売れている。
工場の隣に建てた営業所は、王都からのUターン組を幹部に据え、社員は現地採用だ。北で企画・製造して南に卸せば、領内に入ってきたお金も循環する。
工場付近に人が集まるようになったせいか、近くに小さな商店や露店がぽつぽつ出始めているらしい。失業率が高いと嘆いていたヨークツリッヒ北部が、これを機に活気づいてくれたらうれしい。
☟
マヨの利益を元手に、かねてよりチョコ職人の育成に勤しんでいたわたしたちは、満を持して商人街にチョコレート専門店『神薙のショコラ』をオープンさせた。
お店は白と金を基調とした神薙様カラーで、かなり高級志向の仕上がりだ。しかし、一番こだわったのは従業員の制服である。
元気が出るようにメインカラーはターコイズに決めた。
女性社員のロングワンピースには、胸元に神薙様お得意のおリボン。そして、ひらひらの可愛い白エプロンだ。
髪をまとめるものは好みで選べるようにした。ふりふりメイドキャップ、ひらひらメイドカチューシャ、シニョンキャップ、そしてお店のロゴ入り三角巾の全四種類。
男性社員は、ターコイズのジャケットと黒のスラックスになる。毎日の気分でタイを選べるようにした。
事前に貴族向けのプレオープンイベントを開催したせいか、開店当日は行列ができた。
わたしはチョコ職人の皆と新商品を開発したり、ベルソールさんと経営企画会議に参加したり、縁の下の力持ちとしてお店を見守ってゆく。
☟
ヴィルさんのほうも動きがあった。
エルデン伯領から分割された『ナルヴィル』をめぐり、少々面倒なことが起きている。
住民の取り合いだ。
ランドルフ領ナルヴィル市とエルデン伯領は、川を境に分かれている。
もともと一つの領地だったことから、川を挟んで離れて暮らしている家族がかなりの数に上るようだ。
エルデン伯とヴィルさんの関係が良くないため、今後、行き来がしづらい状況になることは間違いない。親子きょうだい親戚が、会いたくても会えない悲劇が起こり得る。
一般市民が領地をまたぐ引っ越しをするのは簡単なことではない。
仕事の転勤などビジネス上の正当な理由があるか、または各領地で定められた条件(納税額や居住期間など)を満たさなくてはならない。
しかし今回のケースは、民には予想もつかなかった領地の分割だ。「はい今日から川は渡れません」などと乱暴なことをすれば暴動になるだろう。
こういう場合、特別措置として自由に移動できる期間が設けられる。領主同士が契約を交わし、その期間中であれば無条件で領地をまたぐ引越しをしても良いことにするのだ。
ヴィルさんもエルデン伯と契約を結んだ。期間は約三か月。
住民たちはその間に身の振り方を決め、必要に応じて引越しをする。
結婚を考えているカップルや、これから就職する人たちもいる。どこで暮らすか、どこで働くか……三か月という短い期間に人生の重大な決断をする人は少なくない。
領主が変わると税率や福祉などが変わるので、民の暮らしも変わる。
ナルヴィルは王都に隣接していて、領主はポルト・デリングで大きな実績を上げているヴィルさんだ。
『畑の神』と呼ばれている彼は、農業が主な産業であるナルヴィルにとって強い味方になる。食品加工工場を建てることなども検討しているし、誰が見ても展望は明るい。
エルデン伯領からの人口流出が始まるのに、そう時間はかからなかった。
焦ったエルデン伯は、自領の騎士や傭兵を動員し、契約を無視してナルヴィルとの領境を封鎖しようと企んでいるらしい。
ところが、ヴィルさんが放っていた調査員が瞬く間にその情報をキャッチし、王都へ飛んで戻ってきた。
「無駄なあがきを……。ド素人が兵なんか使うものではない。なあ?」
ヴィルさんは珈琲をふーふーしながら言った。
アレンさんがカップを置きながら「そうですねぇ」と答えた。
「戦は戦略と経験ですからね」
「あの領主、戦などやったことあるまい」
「あるわけないですね」
アレンさんは笑いながら首を振った。
「そもそも民が逃げないよう、魅力的な領地づくりをするのが先決だと思うのですがね?」
「それがわからんのだろう。税率の高さにもびっくりしたが、領境の封鎖などという発想にも驚かされるよな」
「しかし、あの令嬢がリア様の茶飲み友達になったことほどの驚きではないでしょう?」
「はははっ! まったくだな。娘のほうがよほど豪胆だぞ。なにせ単身でここに乗り込んできたのだからな」
ヴィルさんは、そぉーっと珈琲を飲んだ。
「リア、一緒にナルヴィルを見にいかないか?」
「ええ、行ってみたいです」
彼は視察旅行の日程を決めると、『神薙のショコラ』で買ってきたナッツ入りトリュフをポイと口に入れた。
「んー、んまい」
チョコなら家の冷蔵庫に入っているのに、わざわざマークさんとお店まで行って行列に並んだらしい。周りにいた人たちは列に並ぶ王甥を見て、さぞかし驚いただろう。
「エルデンめ、相手が悪かったな」
口をモゴモゴ動かしながら、彼はペンを走らせている。机に座らなくても手紙が書けるのが特技らしい。
ソファーにふんぞり返って長ーい足を組み、チョコレートを食べながらエルデン伯と駆け引きをしているのだ。
「まずは騎士と兵の募集でもしよう」
彼は「婚約者を連れて視察に行きたいので」と前置きをしてから、ナルヴィルで騎士団員の募集をかけた。
迎賓館や一流ホテルの類はないので、現地の人達は誰も神薙が来るとは思ってもいない。「こんなところに連れてくる気か」と話題になる。それが彼の目的だ。
エルデン伯領の騎士団は、一応訓練はしているものの、普段の仕事は見張り程度のことしかやっていない。隣の領地とケンカでもしない限り、武力はあまり必要なかった。
しかし、ヴィルさんは王都騎士団に匹敵する強いナルヴィル騎士団を作ろうとしている。ただの見張り番から「地元と神薙を守る名誉な職業」という認識に変えようともしていた。
その目論見は当たり、エルデン伯領の騎士と兵士がごっそりと家族を引き連れて南へ大移動している。
エルデン伯が企んでいた領境の封鎖は、人手不足で実施できなくなったようだ。
武器や防具を扱う商人たちも移動したため、ナルヴィルの人口は膨れ上がる一方だった。
住民の取り合い合戦は、ヴィルさんの圧勝で終わった。
晩餐会での雑談をきっかけに、ヨークツリッヒ伯とビジネスパートナーになった。予定どおりマヨネーズ工場が操業を開始し、領内で爆売れ中だ。
南北に長いヨークツリッヒ伯領。
その中心地は南にあり、富士山にそっくりなリオス山の麓に広がる。
多くのホテルや飲食店が建ち並び、登山客など観光で訪れた人々でにぎわっているそうだ。
名物は地鶏を使った焼き鳥とフライドチキン。
すでに揚げ鶏+タルタルソースは王都で流行っているので、地元の人にとっては「ついにうちにも来た」という感覚だろう。しかし、王都と同じことをやるだけでは足りない。
チリポテト用のミックススパイスを、焼き鳥とマヨ系がよりマッチするようにアレンジしてみた。それを使ったレシピをいくつか作り、ベルソールさんに託す。
現地の営業さんが試食会を開いてマヨと一緒に売り込んでくれたおかげで、マヨ工場はサクッと巡航速度に入り、安定して売れている。
工場の隣に建てた営業所は、王都からのUターン組を幹部に据え、社員は現地採用だ。北で企画・製造して南に卸せば、領内に入ってきたお金も循環する。
工場付近に人が集まるようになったせいか、近くに小さな商店や露店がぽつぽつ出始めているらしい。失業率が高いと嘆いていたヨークツリッヒ北部が、これを機に活気づいてくれたらうれしい。
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マヨの利益を元手に、かねてよりチョコ職人の育成に勤しんでいたわたしたちは、満を持して商人街にチョコレート専門店『神薙のショコラ』をオープンさせた。
お店は白と金を基調とした神薙様カラーで、かなり高級志向の仕上がりだ。しかし、一番こだわったのは従業員の制服である。
元気が出るようにメインカラーはターコイズに決めた。
女性社員のロングワンピースには、胸元に神薙様お得意のおリボン。そして、ひらひらの可愛い白エプロンだ。
髪をまとめるものは好みで選べるようにした。ふりふりメイドキャップ、ひらひらメイドカチューシャ、シニョンキャップ、そしてお店のロゴ入り三角巾の全四種類。
男性社員は、ターコイズのジャケットと黒のスラックスになる。毎日の気分でタイを選べるようにした。
事前に貴族向けのプレオープンイベントを開催したせいか、開店当日は行列ができた。
わたしはチョコ職人の皆と新商品を開発したり、ベルソールさんと経営企画会議に参加したり、縁の下の力持ちとしてお店を見守ってゆく。
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ヴィルさんのほうも動きがあった。
エルデン伯領から分割された『ナルヴィル』をめぐり、少々面倒なことが起きている。
住民の取り合いだ。
ランドルフ領ナルヴィル市とエルデン伯領は、川を境に分かれている。
もともと一つの領地だったことから、川を挟んで離れて暮らしている家族がかなりの数に上るようだ。
エルデン伯とヴィルさんの関係が良くないため、今後、行き来がしづらい状況になることは間違いない。親子きょうだい親戚が、会いたくても会えない悲劇が起こり得る。
一般市民が領地をまたぐ引っ越しをするのは簡単なことではない。
仕事の転勤などビジネス上の正当な理由があるか、または各領地で定められた条件(納税額や居住期間など)を満たさなくてはならない。
しかし今回のケースは、民には予想もつかなかった領地の分割だ。「はい今日から川は渡れません」などと乱暴なことをすれば暴動になるだろう。
こういう場合、特別措置として自由に移動できる期間が設けられる。領主同士が契約を交わし、その期間中であれば無条件で領地をまたぐ引越しをしても良いことにするのだ。
ヴィルさんもエルデン伯と契約を結んだ。期間は約三か月。
住民たちはその間に身の振り方を決め、必要に応じて引越しをする。
結婚を考えているカップルや、これから就職する人たちもいる。どこで暮らすか、どこで働くか……三か月という短い期間に人生の重大な決断をする人は少なくない。
領主が変わると税率や福祉などが変わるので、民の暮らしも変わる。
ナルヴィルは王都に隣接していて、領主はポルト・デリングで大きな実績を上げているヴィルさんだ。
『畑の神』と呼ばれている彼は、農業が主な産業であるナルヴィルにとって強い味方になる。食品加工工場を建てることなども検討しているし、誰が見ても展望は明るい。
エルデン伯領からの人口流出が始まるのに、そう時間はかからなかった。
焦ったエルデン伯は、自領の騎士や傭兵を動員し、契約を無視してナルヴィルとの領境を封鎖しようと企んでいるらしい。
ところが、ヴィルさんが放っていた調査員が瞬く間にその情報をキャッチし、王都へ飛んで戻ってきた。
「無駄なあがきを……。ド素人が兵なんか使うものではない。なあ?」
ヴィルさんは珈琲をふーふーしながら言った。
アレンさんがカップを置きながら「そうですねぇ」と答えた。
「戦は戦略と経験ですからね」
「あの領主、戦などやったことあるまい」
「あるわけないですね」
アレンさんは笑いながら首を振った。
「そもそも民が逃げないよう、魅力的な領地づくりをするのが先決だと思うのですがね?」
「それがわからんのだろう。税率の高さにもびっくりしたが、領境の封鎖などという発想にも驚かされるよな」
「しかし、あの令嬢がリア様の茶飲み友達になったことほどの驚きではないでしょう?」
「はははっ! まったくだな。娘のほうがよほど豪胆だぞ。なにせ単身でここに乗り込んできたのだからな」
ヴィルさんは、そぉーっと珈琲を飲んだ。
「リア、一緒にナルヴィルを見にいかないか?」
「ええ、行ってみたいです」
彼は視察旅行の日程を決めると、『神薙のショコラ』で買ってきたナッツ入りトリュフをポイと口に入れた。
「んー、んまい」
チョコなら家の冷蔵庫に入っているのに、わざわざマークさんとお店まで行って行列に並んだらしい。周りにいた人たちは列に並ぶ王甥を見て、さぞかし驚いただろう。
「エルデンめ、相手が悪かったな」
口をモゴモゴ動かしながら、彼はペンを走らせている。机に座らなくても手紙が書けるのが特技らしい。
ソファーにふんぞり返って長ーい足を組み、チョコレートを食べながらエルデン伯と駆け引きをしているのだ。
「まずは騎士と兵の募集でもしよう」
彼は「婚約者を連れて視察に行きたいので」と前置きをしてから、ナルヴィルで騎士団員の募集をかけた。
迎賓館や一流ホテルの類はないので、現地の人達は誰も神薙が来るとは思ってもいない。「こんなところに連れてくる気か」と話題になる。それが彼の目的だ。
エルデン伯領の騎士団は、一応訓練はしているものの、普段の仕事は見張り程度のことしかやっていない。隣の領地とケンカでもしない限り、武力はあまり必要なかった。
しかし、ヴィルさんは王都騎士団に匹敵する強いナルヴィル騎士団を作ろうとしている。ただの見張り番から「地元と神薙を守る名誉な職業」という認識に変えようともしていた。
その目論見は当たり、エルデン伯領の騎士と兵士がごっそりと家族を引き連れて南へ大移動している。
エルデン伯が企んでいた領境の封鎖は、人手不足で実施できなくなったようだ。
武器や防具を扱う商人たちも移動したため、ナルヴィルの人口は膨れ上がる一方だった。
住民の取り合い合戦は、ヴィルさんの圧勝で終わった。
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