昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

臣従礼

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「あれって正式な名前はあるのか?」
 ヴィルさんが尋ねると、アレンさんはロリーに目配せをした。彼女の機関銃のようなお菓子トークがピタリと止まる。

「強いて言うなら『臣従礼しんじゅうれい』かと思います」
「あー、主従関係を結ぶときの?」
「臣従式はひざまずくだけで良いのですが、多少そこに手をバタバタやる宣伝要素を加えても問題はありませんから」
「敬礼と呼んでいる人もいた気がするのだが」
「言葉としての意味は近いですが、臣従式で敬礼をしたら問題になります。つまり敬礼と臣従礼はベツモノですね。膝をつくものは臣従礼。手先だけで敬意を示すなら敬礼でしょうか」
「なるほど」

 二人が言うには、ビシッバシッと音を立ててパフォーマンスをしながら片膝をつき、拳を胸に当ててお辞儀をする騎士の臣従礼なるものがあるそうだ。褒賞を賜るときなどにやる人が多く、陛下への忠誠を示すアピール要素が強いと言う。

「別に子どもがやったって構わないぞ?」と、ヴィルさんは言った。
 ショーンが「ほんと?!」と食いつく。
「ただし普通のお辞儀ができるようになってからだ」
「ええーっ、普通のもぉー?」
「普通のことができなくてどうする。騎士は一人前以上であるべきだ」
「一人前って何? どういう意味ぃ?」

「みんなと同じことができない人は騎士様にはなれないって意味よ」と、サナが助け舟を出した。
 ただカッコイイお辞儀がしたかっただけのショーンは、少し元気がなくなってしまった。

「明日、一日で普通のお辞儀を覚えろ。そうしたら教官をつけてやる。騎士団の特別授業だ」
 ヴィルさんの言葉にテオは目を輝かせた。
「教えてくれるって!」と励ますものの、言い出しっぺのショーンはぷくっと膨れて不満そうだ。
「だって、難しそうだったよぉ。普通のも」
「騎士様のお辞儀はもっと難しいよ」
「二つも覚えるのヤダよぉ」
「できるよ、貴族はもっと小っちゃい子もやってるって言ってただろ?」
「テオやるのぉ?」
「一緒に王様の前でやろうよ!」
「ええー……じゃあ、がんばるぅ?」
「がんばろう。大丈夫だよ。絶対できる!」

 話がまとまったところで就寝時間の声がかかり、六人はにぎやかに部屋へ戻っていった。



「御前での正しい振る舞いをしっかり教えてやってくれ」
 ヴィルさんが長い足を組みながら言うと、過保護の総元締めである執事長は「お任せくださいませ」と微笑んだ。
 子どもたちにマナーを教えることで大張り切りしているので、さらに熱が入ること間違いなしだ。
「そろそろ基礎学習を授業形式にして本格化させ、紳士淑女のマナーも教えていきます」と、彼は言った。
 特殊な環境にいた子たちなので、なんでも少しずつ慣らしながら進めてくれている。

「それから、テオ君とショーン君に剣を教えることをお許し頂けませんでしょうか」
「ええっ!?」
 危うくお茶をこぼしそうになった……。
「特にテオ君は王国の猛き虎ことクランツ様から『才がある』と言われた子どもですから」

 ああ、やっぱりこうなるのか……(泣)
 彼らが新聞ソードを振り回して騎士様ごっこをやっている様子を見ながら、くまんつ軍団が話していたのだ。「成長が早い」「飲み込みが良い」「教えるとすぐできるようになる」と。
 ただ、子どもに人を殺める武器の使い方を教えるのはいかがなものか。この国のお母さんたちなら大喜びで「ぜひお願いします!」と食いつく場面だろうけれども、わたしにそんなことは言えない。
 こちとら平和ボケ国家出身者なのだ。物騒なものを子どもに持たせるのは反対だ。

 答えに困っていると「俺は大賛成だ」と、ヴィルさんが援護射撃に出た。
「休みの日に私が教えますよ」とアレンさん。
「朝でよければ俺が鍛えてやる」フィデルさんもやる気だ。
 二人は教員免許も持っているので、教わり始めたらもう王立学院の騎士科に入学したも同然だった。

「で、でも……ケガなどしませんか?」
 みみっちい抵抗である。
「するだろうが、それを本人が嫌だと思うだろうか」
 ヴィルさんは鼻先でフッと笑った。
「相手にケガをさせる場合もありますでしょう?」
「そのときは我々が責任を取ろう。本人と一緒に大人が謝って治療費を負担する。騎士科では普通のことだ。だれしも一度は経験する。な?」

 アレンさんとフィデルさんがウンウンとうなずいている。
 わたしが下を向いて唸っていると、ヴィルさんがそっと頭をなでた。

「クリスも話していたが、だれからも教わっていないのに良い太刀筋をしている。特にテオは体幹が強い。なぜだと思う?」
「毎日の水くみと薪割りでしょうか……」
「そう。しかし、体だけではない。つまらない作業が延々と続くことに対して精神的な耐性がついている」
「だって、彼があきらめたら皆が生きていけなかったのですもの」
 あの教会で、六人のライフラインはテオの細い腕にかかっていた。だから彼は辛くても毎日やり続けていた。生きるためには作業をやめるわけにはいかなかったのだ。

「騎士とは強くあるべきだが、それは戦闘技術や肉体だけの話ではない。精神力と責任感は同じくらい重視される」
 わたしはまた下を向いてしまった。
「厳しい局面で結果を左右するのは、精神力や内面の力だ。リアもわかるだろう?」
「はい……」
「普通に育てて、あの教会での経験をなかったことにするのは惜しい。人の役に立てる未来があるのだぞ?」
「そうですけれど……」
「本人も騎士に憧れている。今から教えれば学校も間に合う。アレンやフィデルに師事すれば間違いない」

 頭ではわかっている。
 調査が終わった子から順に戸籍の準備を整えているところだった。環境さえ整えば、彼らは学校に通えるようになる。
 王都の学校は何歳からでも入学ができるので、最低年齢の五歳から通う子もいれば、十五歳を過ぎて入学する子もいる。
 学年とカリキュラムは実力で決まるため、入学前に少しでも勉強を進めておけば、年齢の近い子どもたちと一緒に授業を受けられる。執事長が基礎学習を本格化させたいのも、そういう狙いがあってのことだ。そして、本気で騎士を目指すのならば、お受験をすることを前提に考えなくてはならない。

「頭では、ちゃんとわかっていて……」
 その先の言葉が出てこなかった。
「彼らが騎士科に行きたいと言い出すのは時間の問題だぞ?」
「わかっていますわ」

 騎士への憧れが強い彼らが、周りの団員に「騎士になるにはどうしたらいいの?」と聞かないわけがない。テオはすでに答えを知っている。それが噴き出すのは、おそらく学校選びの話が出た瞬間だ。
 遅かれ早かれ、わたしはこの話で悩むことになる。
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