昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

悩み相談

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「宮殿にいなくて平気なんですの?」と、イレーネさんが言った。
「いても邪魔になるから、離宮に避難しているの。今度遊びに来て?」
「どうしてまた離宮になんて」
「引っ越しをするらしくて」
「もしかして、聖女宮?」
「そう。でも、まだどこなのかも聞いていないの」
「聖女宮と言ったら、陛下のお住まいの東側にあるアレでは? すごく高いアレ」
「陛下のお家の東……?」

 言われてみると、何か隣にあった気がする。
 にょきっと高いやつが。
「う、うそでしょう? あの高い建物が新居?!」
 わたしの新しい家は目と鼻の先にあった。しかし、あまり王宮に近すぎるのも考えものだ。それに、建物の背が高すぎるし近代的すぎる。

「二十階建てくらいでしたかしら?」
「……ッ!?」
「なんて顔をしているのですか。オーディンス様が見たらショック死してしまいますわ」
「大丈夫。彼はもっとすごいのを見ているから」
「元に戻らなくなったらどうするのですか」
「実はわたし、変顔と死んだふりが得意なの」
「そんな面白い国家機密をわたくしにバラさないでっ」
「ぷふふふ」

 わたしたちは濃いチーズケーキと珈琲を頂きながら、窓際の席でおしゃべりをして笑っていた。店内には珈琲の良い香りが漂っていて、アレンさんと数人の護衛、それからイレーネさんの侍女とわたしの侍女も、皆少し離れた席で珈琲とお菓子を楽しんでいる。しょっちゅう顔を合わせているせいか、侍女同士も仲良しだった。

「アレが新しい家ですか……」
 ため息をついた。
 引っ越したかったわけでもないのに、自分が住みたい家と真逆の雰囲気を持つ場所に引っ越さなくてはならないようだ。
「あそこって、宮殿というより高級宿みたいですわよね?」と、イレーネさんが言った。
「維持するのにどれだけの従業員が必要なのかしら」
「女主人泣かせですわね」
「あまり大所帯にはしたくないのに」

 わたしは地味にこぢんまりと暮らしたい。理想は気楽なひとり暮らしだ。
 漠然とセレブの暮らしに憧れる庶民的な都民だったわたしは、今、一周回って庶民の暮らしに憧れている……。

「ところで、やっぱり神力ってスゴいのですか?」と、イレーネさんがケーキにフォークを入れながら言った。
「わからないわ。前も今も、どこから見ても普通の人でしょ?」と、わたしは笑って答えた。

「ええ、オーラを消し飛ばしておいでですし」
「見るからに聖女様みたいなのは困るもの」
「変装して街でお買い物はしたいですわよね」
「そう。それ、すごく大事よね」
「安泰ですわね。ご公務はバッチリですしっ」と、彼女が言った。

 ご公務……。
 それは今、最も頭の痛い問題だ。
「ねえ、ちょっとその件について相談してもいい?」
「わたくしに相談?」と、イレーネさんは首を伸ばした。
「ええ。公務が決まらないの」
「どういうことですの?」
「聖女に何をしてほしいと思う? ほかの聖女様の話でもよいのだけど……」

 神薙はお仕事(=『生命の宝珠』づくり)を人前ではしないので、裏方さん的存在だった。しかし、聖女は陛下のお隣に席があるなど、だいぶオフィシャルな存在だ。表向きのお仕事があり、それは『ご公務』と呼ばれている。
 何かやってほしいことを頼まれるのだろうと思っていたのに「自分で決めて」と言われて困っているところだ。
 ヴィルさんに相談したけれども、優しい彼は「ありのままのリアでいいんだよ」と言うばかり。ありのままのわたしなんて、自分のやりたいことしかやらない人間なのに。
 アレンさんに聞けば「絶対になんでも喜ばれますから大丈夫」と、案すら出ていないうちから全肯定。せめてヒントだけでもほしいところ。

「でも、リア様は、もうご公務をやっているのでは?」と、イレーネさんは言う。
「ううん。陛下から公務を考えて、と言われているの」
「ほかの聖女様だと……」
「何か聞いたことある?」
「これはわたくしが夜会でブイブイ言わせていた頃に聞いた話ですけれど……」
「ぶいぶい?」
「なんかね? 南の聖女様は『舞う』って聞きましたわよ?」

 予想外の答えに、わたしは目を見開いた。
「舞うって、踊りのこと?」
「そう。なんでも伝統舞踊だそうで。大陸全体に対して浄化魔法のような効果があると。そんなうわさを聞いたことがありますわ」
「わ、わたしなんて、ダンスも練習に練習を重ねてようやくですのに……」

 南の聖女様は、前の世界で舞踊をやっていた人なのだろうか。しかも、超絶広範囲に対する【浄化】と同じ効果だなんて……。
 打ちのめされたような気分になった。来る日も来る日もダンスの特訓を受けてようやく人前で一曲踊ったことや、地獄のような魔力操作トレーニングを経て魔法を習得した日々を否定されたかのようだ。

「西の大聖女様は、政治家に近いですし、文化人でもありますわよね? 顔も出されているし、世界平和会議とかで理事を務めていたり、詩を詠まれたり。癒しの力もあると聞きましたわ」
「そうなのよね。大聖女様は、よく新聞に載っていて……」
 大聖女様はすごい方だ。
 結構なお歳だと聞いているけれども、影響力の大きな人だ。そもそもアレンさんのお母様だという時点で、絶対に優秀な方だろうと確信できてしまう。

「リア様? 大丈夫? なんか小声でブツブツ言っていますけれど?」

 ダ、ダメだ……っ。
 ほかの聖女様の真似から入ろうと思ったけれども、神秘的すぎるし立派すぎる。
 そもそも神薙は聖女の廉価版だから役目が少なかった。結婚して、やることさえやっていればとがめられないレベルなのだ。しかし、聖女は神薙の役目に加えて、大陸のためにもっと役立つ仕事を持っていた。
 最初から聖女として喚ばれたわけではないわたしは、そもそもの要求スペックが低かったのだろう。芸術的なスキルもなければ、政治ができるほどの賢さもない。舞踊も詩も、やってみたいと思ったことすらない。
 とてもじゃないけれど、本職の聖女様と肩を並べるなんて無理だ。
 わたしでもできることで、どうにか「公務やってます感」を醸し出せるような作戦を立てなくては。ダンスと同様に、今度は聖女様としての平均点を取りにいかないと!

「た、大変だわ……」
 ようやく聖女になった重大さに気づき、わたしは震えていた。
「どうなさったの?」と、彼女は首をかしげている。
「東大陸の皆さまをガッカリさせない公務を考えないと……。どうしましょう……」
「は? ガッカリ?」
「失望されるのが一番困るの。あいつじゃダメだって言われて、クビになるとか、命を狙われるとか。だって、わたしには帰るところがないし、一人で生きていけるかと言われると。まだ自信がないのだもの」
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