昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[クリス]

往路 §2

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 王都を出て七日目。

 フォルサン村に着くと、村長の居場所を聞いて回った。
 とんちんかんな婆ちゃん連中に翻弄されたが、最終的に案内された場所は菜の花畑だ。農作業をしていた中年の男に声をかけると、俺を見て「若殿?」と驚いた様子で言った。

「一週間ほど前、この村に見慣れぬ女性が来なかったか」
 社交辞令を交わしている暇が惜しい。俺は単刀直入に尋ねた。
 村長はあっさりと「ああ、いらしてましたよぉ」と答えた。やたらと血色が良く、にこやかで感じのいいオッサンだ。
「色白で茶色の長い髪のねぇ、とてもきれいなご令嬢でした」

 ――リア様だ……。

「わずかになまりがなかったか?」
「ありましたねぇ。魔法の事故で飛んできてしまったと仰っていました」

 ――完全に、リア様だ。

「名を名乗っていたか」
「ええ。リアさんという方でねぇ」

――俺は天才だったのか。
 大当たりすぎて、もはや自分の勘が恐ろしい。

「彼女は今どこにいる。大至急、会わねばならない」
「それでしたら、殿に会いたいと仰って……」
「グレコルへ行ったのか!」
「いいえ。市長さんのところへご案内しました」
「タヴァルコの市長か?」
「はい、サンストン男爵様です」
 ――おかしい。父に会いたいのなら、領都グレコルへ行くべきだ。

「なぜ市長のもとへ?」
「我々がお城にお連れしても、門前払いになるかと思いました。貴族であられる市長夫妻がご一緒なら、と」
 風が吹いて菜の花が一斉に同じ方向に揺れた。

「領館は身分など問わず、万人に対して開かれている場所だぞ」
 平民でも領主との面会を申し込むことができる。絶対に父でなければならない用件なら、役場が秘書官へとつなぐはずだ。父が多忙であっても弟がいる。二人ともいなければ、日時を指定したうえでもう一度来てもらえばいいだけだ。
「そのぉ……」と、村長が渋い顔をしていた。
「構わん。なんでも言え。もし、俺の家族が何かやらかしているのなら、俺がそれを正しに行く」
「いいえ、殿とトーマス様は何も悪くありません」
「では、誰が悪い。役所の者か?」
「そのぅ――ドルマンという男が、民を追い返しているようなのです」
「ドルマン? 誰だ?」聞いたことのない名だ。
「名はダドリーというそうです」
「ダドリーだと!?」
 仲が良かったという理由だけで、弟の従者になった農家の息子だ。
「いくらなんでも平民の従者はない」と周りが説得を試みたが、弟が「彼でなくては嫌だ」と駄々をこねたと聞いた。

「ドルマンというのは誰の家名だ。貴族の養子になったのか?」
「最近、殿が与えた家名とのうわさです」
「父が? では、領内だけで通じる家名か」
 父が平民に対し、領内だけで使える家名を与えることがあった。
 しかし、多くの民に影響を与えるような、功績のある者に対してだけだ。大抵は領の騎士や学者、大きな商家などが褒賞の一つとしてもらうものだった。身の周りの世話をしているだけの若造に与えるものではない。
「家名を賜った後、そういう困ったことがひどくなっているらしく」
「誰からその話を聞いた?」
「村に来る商人たちからです。すみません。若殿にこんな話をして……」
「いい。詳しく聞かせろ」
 俺は村長から話を聞くと、タヴァルコ市庁舎へ急いだ。しかし、途中で日没が来てしまい、適当な場所で野営をした。

 ☟

 町と町の間の何もない場所だった。数時間前の視界には、何かの工場か工房のような建物があったが、日没とともに見えなくなった。
 わずかな風が気になる。俺はさておき、ザップの体力が削られるのはよろしくない。枝を拾って適当に組み、荷物から大きな布を引っぱり出して簡易テントを張った。
 火をき、夕食はフォルサン村でもらった食材を調理する。村長がいろいろと持たせてくれたおかげで助かった。
 真っ暗な中、ただ目の前で火が燃えているだけの夜だ。
 薪がパチッと大きくはじけ、煙が流れて目にしみた。手袋を外して目をこすると、オランジェットの包み紙を固くねじって火に放る。赤い焚火の中で、小さく青い炎を上げて消えていった。

「ダドリーと話したことはあるか?」と、ザップに尋ねた。
「あります」と、彼は口を曲げた。
 素直でわかりやすい男だ。もう一言、二言、何か言いたそうな顔をしている。
 俺がオランジェットを一本差し出すと、彼はうれしそうにそれを受け取った。包み紙をむいて口に放り込み、ぎゅっとみしめて口角を上げる。
「美味いだろう。発売したばかりの新作だ」
「癒されます」と言うと、彼は鍋で沸かした濃いめの茶を飲み、はぁ~っと息をついた。
「ダドリーについて、何か印象に残っていることはあるか?」
「あいつ、頭おかしいですよ。初めて会った時から変でしたけど、年々おかしくなっている気がします」
「はははっ、お前は素直だな」
「うわさになっているなら、遠回しに言うよりいいかと思いまして」
 彼はオランジェットの紙をねじりながら、ダドリーについて語った。
 前回帰省した時、俺からの連絡事項を伝えに父のところへ行く途中、彼はダドリーに邪魔をされたそうだ。
 平民のダドリーが、貴族のザップに向かって「トーマスの代理」だと言った。彼を足止めし、父に会わせないようにしたかったらしい。しかし、彼は「偉いのはお前ではない。どけ」と言い返し、無視してその場を突破した。
「嫡男の使いで動いているのだから、仮にトーマス様ご本人であっても止まりませんよ」と彼は言う。
「はははっ、さすが俺の従者!」
 彼はニッと悪戯っぽく歯を見せた。ザップは痛快な男だ。腰が低く、控えめでおとなしそうに見えるが生粋の武家の息子だ。一度剣を合わせれば、戦うために生まれたような男だとわかる。彼は何度もダドリーに絡まれていたものの、適当にあしらっていた。
「いつ頃からだ?」
「通せんぼはここ一年ぐらいです。たまにしか帰省しないので、まったく実害はないのですが」
「一年もあれば、領境の菜の花畑までうわさも届くわな」
 彼は毅然きぜんと立ち向かえたからいい。しかし、弟の名のもとに悪さをしているのなら、言い返せない者もいるはずだ。

「役所の連中も知っているはずだよな。一人くらいトーマスに助言する者が現れても良さそうだが……」
「そうですよね」
「お前なら今みたいに俺に言うよな? 『ちょっと若、聞いてくれ。あいつは嫌なやつだ。いない隙を狙って若のように振る舞っている』と」
「絶対言いますよ。あんなやつのせいで、若が損をするのは嫌ですから」
「役所にはこういう素直な人間がいないのだろうか……」
「あそこの人たちは、いつも周りの顔色をうかがうので忙しそうです。役人なのに、殿の城を背負っている自覚がなさすぎます」
 彼は皮肉たっぷりに言うと、火にゴミを投げ入れた。

 フォルサン村の判断は適切だった。
 村長は自宅にリア様を招き、妻とともに心を込めてもてなした。リア様は村長の母親(俺を翻弄したオモシロ婆ちゃんの一人)とも気が合うらしく、気さくに話していたと言う。
 聖女と一緒に王都から飛んできた人形は、引き取りに来るまでの間、村長の家で保管中だ。
 村が属しているタヴァルコ市の市長は貴族であり、領の騎士でもある人物だ。その夫人はダドリーの実姉らしい。それを知っていた村長は、リア様が確実に領主に会えるようにと、あえて直接領都には送らず、市長のもとへ案内した。
 市長はリア様を見た瞬間、「大変だ」と言って妻を呼んでくるよう部下に命じたらしい。村長は彼らが顔見知りであることを確信した。
「できれば領都まで同行して殿に会わせてあげてほしい」と市長に頼み、快諾してもらえたので、安心して帰路についたと言う。
 ド田舎の農村の長とは思えぬ素晴らしい判断力。王都にいる下手な貴族よりも賢いくらいだ。
 しかし、村長はリア様の正体を知らないままだった。どこか良いところの貴族令嬢だと信じている。
 彼女はかなり用心深く行動していた。そして、絶対に間違いのない人物のもとに身を寄せている。
 それなのに――
 なぜ、こんなにも胸騒ぎがするのだろう。
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