昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[クリス]

南北道 §4

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 俺はずっと不思議に思っていた。彼がやかまし娘に対して「王都の騎士アレン」とだけ伝え、家名を名乗らなかったからだ。
 理由を尋ねると「彼女たちはリア様のことを商人の娘だと思っていますから」と、彼は答えた。
 彼は自分が貴族であることを明かさないつもりだ。平民の騎士を装い、やかまし娘にのびのびと旅を楽しませてやろうとしている。
 これを使わない手はない。

「騎士団員六人に対しても、家名を伏せたままで構わないか?」と、俺は確認をした。
「別にいいですけど、それが原因で私がいじめられたら助けてくださいね?」
 察しの良い彼はクスクスと笑いながら言った。
「もちろんだ。悪い奴がいたら、俺に助けを求めてくれ。少しばかり大げさに言ってもいいぞ」
「では、泣きながら『せんぱぁい助けてぇ』って言いますよ」
「ぶははははっ!」

 団員は彼を「自分たちと同じ平民出身の護衛騎士」だと思い込み、何かしら絡むはずだ。
 領主の息子おれに怒られるのもいいが、一級品とも言える彼の強烈な皮肉を食らうほうが良い薬になるだろう。

「彼女のことは私に任せてください。必ず万全な状態で王都へ連れて帰ります」と、アレンは言った。
「お互いにやるべきことをやろう。俺は騎士団員あいつらのお花畑をどうにかする」

 自分で推薦しておいてなんだが、アレンが彼女の側仕えで良かった。そして親切な友人で良かったと心から思う夜だった。

 翌日以降、彼は宣言どおり本領を発揮し始めた。
 アレンにとって熱量計算の手伝いなんて朝メシ前だ。彼は爆速で計算結果をたたき出し、彼女の不安を払拭した。彼女に元気がない時は、優しく抱き寄せて何かささやき、髪に口づけをした。
 やかまし娘が「キラキラ王子ヤッバぁ!!」などと騒いでいたが、リア様は目に見えて笑顔が増えていった。ひとりで考え込むことはなくなり、なんでも彼に相談していた。

 彼が「婚約者」だと大嘘をついたことには理由があった。
 世間の常識に配慮しつつお忍びの聖女を護るには、婚約者か夫のふりをするほうが不自然さがなく、都合もいいらしい。大抵の男は、婚約者のいる女性にちょっかいは出さないものだ。
「仕事のためだけか?」と、俺は尋ねた。
「当然、実益も兼ねていますよ?」と、彼は悪びれずに笑顔を見せた。
 やはり俺が真似できないことをやる男だ。彼の代わりだけは、一生かかってもできない気がする。

 ☟

 王都を出て十九日目。
 朝からひたすら北へ向かって進んでいた。
 旅は順調だったが、昼休憩を済ませて出発すると、すぐに緊急事態が発生した。

 前後をバラバラと進んでいた平民の馬、馬車、荷馬車が急に接近してきた。そのままなぜか離れていこうとしない。俺たちは妙な集団に取り囲まれていた。
 ほろを掛けていないむき出しの荷車には、白髪のじい様が乗っていた。
 長い白髪に、長い白眉と白ヒゲ。頭頂部が見事にハゲている。周りの者から「長老」と呼ばれていた。周りは皆、長老の言うことを聞いている。どうやら彼の命令は絶対らしい。
 ――なんなんだ、こいつら……。聖女がいると知って取り囲んでいるのか?

 アレンをチラリと見たが、特に表情は変わっていない。
 ただ、もともと戦場に出ても顔色ひとつ変えない男だ。奴らが襲ってくれば、スンとした顔のまま一網打尽にし、やはりスンとしたまま何事もなかったように先へ進むだろう。彼はそういう男だ。

「ほっほっほ、そこの元気そうなゴリラ」
 荷車の上で膝を抱えて座っていた長老が、ふいに話しかけてきた。
 俺が無視していると、おもむろにデカいミカンの皮をむき始め、むしゃむしゃと食べている。半分食べたところで「聞こえんのかゴリラ」と再び絡んできた。

「お前は誰だ? 俺を知ってのうえでの無礼か?」と尋ねた。
「王国の猛き虎ことクリストフ・クランツ様じゃろう? たった一人で百の軍勢を相手に戦ったことがあると、何かの本で読んだぞい? 大変な英雄じゃな」
 ジジイはミカンからほとんど視線を外さず、残りの半分を食べながら話している。
 なんだこいつは、めんどくせえなぁ……。

 身に覚えのない英雄たんほど困るものはないのだが、日頃からそういう話が多すぎた。本人に許可なく書物に書き、平民にまで広めた奴がいるらしいのだ。
 著者は賞賛してくれているつもりなのかも知れないが、本当にやめてもらいたい。俺にとってはただの迷惑行為だった。
 百人を相手に戦った? どこで? 俺ってそんなにすごい奴だったっけ?
 話を盛るにも限度というものがある。しかし、読書家のジジイに罪はなかった。どこのどいつか知らないが、書いた奴が悪いのだ。
 俺がため息をつくと、利口な馬が真似して「ハーッ」と言った。

「お前は誰だ、と聞いている。答えろ」
 少し威圧的に言ってやった。
 仮にこのジジイが周りに命じて襲ってきたとしても、俺は一瞬で制圧できる。そもそも百人を相手に戦ったらしい猛きナントカ様を、二十人にも満たない軍勢で攻めるアホウはいないだろう。
 長老がミカンを食べるのに夢中だったので、俺はもう一度「答えろ」と言った。

 奴は顔を上げると、急に若い男の声で「俺だよ、クリス。わかんねーの?」と答えた。
 低からず高からず、やたらとイイ声だ。
「はあッ? なっなんだと?」
 俺は馬から転げ落ちそうになった。
 どこかで聞いたことのある声だった。思い出そうとジジイの顔をまじまじと見たが、ただのジジイだ。何も思い出せない。

 騒ぎに気づいたのか、リア様が馬車の窓からぴょこんと顔を出した。
 彼女は長い髪を耳にかけながら、斜め前方を走る荷車に目をやった。そして、その上にいるジジイを見つけると、ぱあっと笑顔を見せてうれしそうに手を振り始めた。
「フィデルおじいちゃま~!」
「おおー、ワシのかわいいリア、元気かぁ~い」
 俺はのけぞりながら盛大に噴き出した。

 誰かと思えば、聖騎士団の副団長フィデル・ジェラーニが変装したジジイだった。
 彼は実質の団長だ。周りの平民集団も変装した聖騎士団員だった。
「先に言えよ」と文句の一つも言いたいところだが、これでアレンの負担がかなり軽減される。本隊との合流は大歓迎であり、非常にうれしかった。

「てめえ、何してんだよ、先輩!」
 仕事で上下関係にないせいか、つい学生時代のノリになってしまう。
「クリス、久しぶりぃ~ん」と、フィデルはハゲヅラのままふざけている。
「ぶりぃ~んじゃねぇんだよッ!」
「うちのかわいい孫が世話になったのう~」
「そんな声、どこから出してんだよ……」
 どういう喉をしているのか知らないが、とても同一人物とは思えぬ声の変わりようだ。
「ふはははっ。見たか、演劇部の真骨頂。俺にしかできない芸当だろ? 尊敬しろ?」と、彼は再びイイ声に戻った。まるで二人の人間を相手に話しているようだ。

「尊敬できる姿で現れてくれよ。なんなんだそのヅラ!」
 俺は眩しく輝く頭頂部を指さした。
「これか? 商品名なんだっけ?」と、フィデルは周りに尋ねている。
 アレンがスンとしたまま「白色長髪てっぺんハゲ『じいじ』」と答えたものだから、大所帯になった一団は大爆笑だった。

「なあ、俳優になろうとしていたぐらいの色男なのに、なぜ変装なんか……」と、俺はヒソヒソ声で尋ねた。
「任務を遂行するため、やむなく……ですかね」とアレンは言う。
 私服で歩くと女性が群がってしまい、警護どころではなくなるらしい。致し方なく素顔を隠し、じいじに変装しているのだとか。

 アレンの話では、フィデルじいじは素ではないのをいいことに、おじいちゃん口調で日頃言えないことをセッセと言うらしい。
 様子を見ていると「心配かけてごめんなさい」と謝るリア様に「無事で何よりじゃあ。愛してるぞぉ~い」などと答えている。
「ああいうの全部そうです」と、アレンは無表情で言った。

「想いが伝わる日が来ればいいのですがね」と、彼は目を細めた。
「あれでは単に孫を溺愛している祖父だから無理だろ。なぜ正攻法で攻めないんだ?」
「フィデルさんは、ああ見えて純情なのですよ。私もですけど」
 アレンは無表情のままシレっと言った。
「お前、どの口が言ってんだ、それ……」

 少なくとも俺には「婚約者です。よろしく」なんて言える肝っ玉はないし、彼女を抱っこする勇気もなければデートにも誘えない。変装したって「愛してる」なんて人前で言えないし、髪に口づけなんて絶対に無理だ(密室なら話は別だが)

「は、グゥッ……!」
「長老?!」
「どうしたの、おじいちゃま?」
 自称「純情」なフィデルじいじは、退屈しのぎに小芝居を始めた。リア様と周りも聖騎士たちも、慣れているのかノリがいい。

「わ、わしは、もうダメじゃ……こ、このミカンがすっぱすぎ……てッ」
「長老! 長老ーッ!」
「おじいちゃま! 死んじゃいやぁ~!」
「大変だ、父さん。長老が死んだ。ミカンが酸っぱすぎて死んだんだー」
「なんだってぇい?! それは本当かい息子ぉー!」
「ちょっと待て、お前ら! 一部ひどい大根役者が混ざっているぞ!」
 演技力ゼロの棒読み団員が二人もいるせいで、何を演じても大爆笑の喜劇になってしまう。おかしな連中だったが、いずれも聖騎士団の中では聖女の側近と呼ばれる精鋭ばかりだった。

「あまり身を乗り出すと危ないですよ」と、アレンは風になびく彼女の髪を優しくなでている。
 甘々でしゃくに障るが、リア様のかわいい笑顔が弾けていた。

 ――これでもう安心だ。ということは……もう遠慮は要らないということだな。
 俺はクランツの騎士をギロリとにらんだ。

「聞け。たった今、お前ら六人を護衛の任から解く!」
 狼狽うろたえる彼らに「役に立たねえからクビだ」とトドメを刺した。
 アレンに絡んで説教され、多少は態度を改めていたものの、所詮「いないよりマシ」レベルを脱していなかった。
「ありのままを地元に報告されたくなければ、俺と一緒に雑用に命を懸けやがれ!」

 俺はクランツ雑用団を結成し、王都までの道中、全員の美味い食事と宿の手配に注力した。
 ついでに先発隊二名の身柄を拘束させ、新聞紙を丸めて容赦なくケツをぶっ飛ばし、しこたま説教して辺境へ追い帰すと、父に手紙を書いて一段階以上の降格を頼んだ。

 俺たちの旅は、聖女を護ることに慣れた人々が合流したことにより、当初予定よりも速度が上がった。
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