昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[クリス]

王宮前

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 王都出発から、二十四日目。
 ついに、聖女を連れて戻ってきた。
 王宮の入り口前に、待ちきれずに出てきてしまったヴィルがいる。そわそわとしながらこちらを見ていた。

「リア!」
「ヴィルさんっ」
 馬車を降りた聖女は彼に駆け寄り、ぴょんっと抱き着いた。
 彼女が何度も可愛く「ごめんなさい」を言うものだから、ヴィルの野郎は人目もはばからず濃厚な口づけをし始めた。
 ……気持ちはわかるのだが、少しは俺たちに配慮をしやがれと思う。

 凝視するのは彼女に悪い気がして目を逸らした。隣にいたアレンも同じく複雑な表情でこちらを見ている。
 なんとなく互いに手持ち無沙汰で握手を交わした。
 ついでにフィデル先輩とも握手。今日は「じいじ」ではなく、普通の色男だ。

 ――任務完了。
 聖女リアは無事王都へ戻り、婚約者と再会した。

「平民と傭兵ようへいの姿で帰ってくるのではなかったのか?」と、ヴィルが言った。
 王都へ連絡係を走らせ、そう伝えるよう指示したのは、五日ほど前のことだ。
「そのつもりだったが、昨晩もう王都の端の宿にいたのでな」と、俺は答えた。
「予定より半日以上も早かったのか」
「おたくの優秀な副団長殿のおかげだ」
「どちらの?」
「二人ともだ。一人は誰よりも早く駆け付けて聖女を安心させてくれた。もう一人は全体の統率を執りながら、腹がちぎれそうなほど皆を笑わせてくれた。素晴らしい護衛だ。感謝している」

「フィデルの変装は天才的だよな」と、彼は笑いながら騎士団に目を向けた。「彼らがクランツ領の騎士か?」
「ああ。護衛としては力不足だったが、いい勉強になったはずだ」
「いい制服だな。深緑はクランツ王国の伝統色だろ? 俺は紺よりもあっちのほうが好みだな」

 王都の騎士団に倣い、ほかの領地は騎士の制服をこぞって紺に変更していた。うちの領地はデザインこそ変化しているが、色はクランツ王国時代から続く深緑のままだった。
 クランツ領の制服が変わらなければ、南部の領地はどこも変更しない。「謀反を疑われぬよう紺色にするべきではないか」という論争はあるようだが、今のところ変える予定はなかった。

「あの色には理由があってな……」
 俺が言いかけると、彼は「山や森で戦うことが多いからだろう?」と、まるで先を読んだかのように言った。
「よく知っているな」
「地形を見ればわかるさ。王都は夜襲のために馬鹿げた赤から紺に変えた。戦闘服は右へならえで変えるものではない。さすがは南部の王だ」
「おい、王家の人間が南部の王とか言うなよ」

 親友は聖女にチュッチュチュッチュしながら「クランツの王都を見たか? すごかっただろう。今度、旅行で行こうな?」などと言っている。
 俺は小声で「クランツの王都って言うな」と彼をいさめた。南部が王国だったのは、ずうっと昔の話だ。

「諸君、妻の護衛に心より感謝する」
 ヴィルに声をかけられ、クランツ騎士団は敬礼で応えた。
 王族の「ヴィルヘルム殿下」から話しかけられた、と良い土産話になるだろう。俺は彼の気遣いに感謝した。

「では、俺は陛下のところへ報告に行ってくる」
「うん。リアを連れて行ってくれ」
 彼は聖女を俺に託そうとしている。
「あれ? お前は?」俺は首をかしげた。
「ん……いや、ちょっと別の仕事がある」
「また国賓でも来ているのか?」

 彼は俺の質問には答えず、クランツ騎士団に向かって話しかけた。
「クランツの騎士よ、引き続き王の御前まで妻の護衛を頼みたい」
「ちょちょちょ待て待て待て! 聖騎士団がいるだろう」と、俺は慌てて彼の言葉を遮った。
 筆頭辺境伯の騎士団とはいえ、道中で聖騎士団との差を見せつけられたばかりだ。王の御前には連れて行けない。

「聖騎士団は一人を除いて、全員ここで待機だ」と、ヴィルはわけのわからないことを言っている。
「いや、お前、待機って……」
 どうやら彼はすべてをクランツ家の手柄にしようと考えているようだ。
 切羽詰まった我が家には大変ありがたい話だが「ハイそうですか」と言うわけにはいかない。

「聖騎士団も御前へ出るべきだ。合流してくれて本当に助かった」と、俺は言った。
「うん……気持ちはうれしいのだが、その話はここだけにしてくれ」
 彼は見たことのないような……変な顔をしている。
 なんだ? なんなんだ、その顔は。何を意味しているんだ?

「いいかクリス、彼らは偶然近くを通りかかっただけだ」と、変な顔のまま言った。
「お前はさっきから何を言っ――」
「大きな声を出すな。違うんだよ。彼らは今、休暇中なんだよ」
 彼はささやくような小声で言った。
「はっ!? えっ、これ全員か?」
「しーっ! バレるとマズイんだよ。だから内緒にしてほしい」

 衝撃の事実に、思わず振り返って聖騎士団の連中を見た。
「怖えぇ……ニヤニヤしているぞ」
 休暇を取って飛んでくるなんて、そんなアホなことをするのはアレンだけかと思っていた。
「だからあいつら、今日も制服を着ていなかったのか?」
 全員が紺色の落ち着いた私服だった。てっきり王都内でも目立たないようにしたいのかと思っていたが、そうではないようだ。
「休暇中に制服を着ると規則違反になるからさ」と、ヴィルは肩をすくめた。

「俺は迎えに行けとは命じていない。クリスがいるし、護衛付きだと連絡があったから、下手に動かず待とうと決めた」
「信用してもらえてありがたいが、よくお前も休暇を認めたよな。彼ら全員、役付きだろう?」
 俺も声をひそめてヒソヒソと話した。
「だってさ、信号を見た途端に、具合が悪いとか、骨が折れたとか、入院するとか、さっき親が死んだとか、めちゃくちゃなことを言うからさ……」

 ——誰だよ、親を死んだことにした奴はッ!(笑)

「行きたいよな。俺だって行きたかったのにカミロが来ちゃってさ」
 ヴィルは唇をとがらせて文句を言っている。自分は身動きが取れなかったため、代わりに彼らの休暇を認めて行かせたようだ。

「ちなみにさっき、その亡くなったはずのジェラーニ子爵殿が王宮を歩いていて、挨拶を交わしたところだ」と、彼は言った。
「ちゃんと『死んだんじゃなかったんですか?』って聞いたか?」と、俺はニヤニヤしながら尋ねた。
「聞けないよ。息子がジジイの扮装ふんそうをして祈ったら生き返ったんだろ?」
「ぶっ……くくくっ……」
 振り返るとフィデル先輩が親指を立てて笑っていた。純情なのか非情なのか、どっちかにしやがれ。

「アレンを連絡係として同行させるが、御前には出られない。リアを頼むよ」
「わかった。追って詳しく話すが、諸事情あって手柄が増えるのは非常に助かる。恩に着る」
「恩に着るは俺のセリフだ」と、彼は言った。

「ありがとう、クリス。この恩は一生忘れない」
 俺は彼とも握手を交わし「あとでな」と言うと、聖女の手を取った。
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