昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

怒風 §1

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 ついにやって来た婚姻の日。
 朝、寝起きのぼんやりした頭で「ついに結婚か」と考えた。
 一瞬、前夜のダンス猛特訓が脳裏をかすめたものの、もう終わったことだと言い聞かせ、窓の外を眺めた。
 目覚めのお茶を頂きながら、一人で静かに過ごす朝が好きだ。
 冬でもめったに雪が降らない地域とはいえ、一月初旬ともなれば窓の外には冬らしい景色が広がる。薄曇りの空の下、冷たい風が枯れ葉を運び、ベランダ菜園では寒さに強い根菜や葉物がぐんぐんと背を伸ばしていた。
 ベッドに戻ると、フェンリルがポテンと寝返りを打ち、もぞもぞとくっついてくる。穏やかな朝だった。

 ところが、着替えを持ってきてくれた侍女長が、言いづらそうに嵐の来襲を告げた。
「リア様、実は、ランドルフ様がこれからご帰宅されるようで……」
「へ? こ、これから帰宅?」
「今、下で大騒ぎになっております」
 このめでたき日に、なんと我が夫は朝帰りらしい。
「普通、浮気をするなら明日以降にするものでは?」と言うと、侍女長は「リア様、冷静すぎますわ」と首を左右に振った。

「オーディンス様がお出迎えをするそうです」
「そんな……荒れるわ。百パーセント、大荒れよ」
 朝から玄関先で武力衝突を起こしかねない事態だ。縁起が悪いし、けが人は出したくない。
「わたしも行きますわ。記念に顔を拝みたいと伝えてください」
「かしこまりました。では、お支度をいたしましょう」
 簡単な身支度をして部屋を出ると、フィデルさんが待っていた。

「リア様、かなり危険です。私から離れないでくださいね」と言いながら、彼は手にしていた外套がいとうを羽織っている。
 わたしも厚手のガウンとケープコートを重ね、さらにもふもふ帽をかぶった。侍女二人も万全の防寒対策だ。
「では、皆さん、危なくなったら各自判断して逃げてくださいね」

 ジョイーン♪
 エレベーターが一階に到着し、普段どおりに玄関ホールへ出て行こうとすると、ブオッと音がして突風に吹き飛ばされかけた。
「ふぎゃーーっ!」
 玄関ホールはまるで台風でも上陸したかのような暴風「ゴオオォォォッ!」とうなりを上げていた。
「リア様、大丈夫ですか! つかまってください!」とフィデルさん。
「す、すごい風ですわーーっ」

 耳元で叫ばなければ互いの声もかき消されてしまうほど荒れ狂う風の正体は、アレンさんの魔力漏れだ。抑えきれない怒りが魔力の蛇口を緩ませ、王国最強とも言われる彼の風属性を帯びながら外へ漏れ出して怒風となる。
 風神の怒りは、かつてないほどの規模だった。
「も、もう誰にも彼を止めることはできないわ」

 夫を出迎えるために集まった皆は、吹き飛ばされないよう必死で踏ん張っている。身を寄せて支え合ったり、柱につかまったり、壁にへばりついたりと、とても屋内とは思えない有り様だ。
 過去の教訓から、玄関に置かれていた高価な壺や絵などの調度品は、別の部屋へ移動させたようだ。さすが有能な執事長である。唯一残っているカーテンがバタバタと音を立てて突風に耐えているが、今にも引きちぎられそうだった。

 ギイィと音がして扉が開き、抜き足差し足で夫が中へ入ってきた。
「こ~の~クソバカ野郎ぉ! こんな時間までどこをほっつき歩いていたぁぁ!」
 暴風の魔王と化したアレンさんが、ドスの利いた声で怒鳴った。
「お、落ち着け、アレン……」
「どこの女だ、俺の聖女を愚弄したのは!」
「誤解だ! 俺はクリスの部屋にいた。本当だ。信じてくれ。あいつに聞いてもらえばわかる! 誓って女ではない!」
「言い訳がましいぞ。このクズ野郎がぁぁぁ!」
 アレンさんがこぶしを握りしめてズンズンと旦那様に近づいていく。

「待ってアレンさん、顔はヤバいわ! ボディをやって、ボディを!」と、とっさに顔面への攻撃を控えてもらうようお願いした。
「『殴らないで』じゃないんですか?」と、フィデルさんがゲラゲラ笑い出す。ミストさんや執事長たちも下を向いて肩を震わせた。
「だって、だ……はわぁーーっ! わたしのもふもふ帽がー!」
 帽子が風に吹き飛ばされ、吹き抜けをぐるぐる回りながら上昇して三階あたりに消えていった。おかげで髪があおられてボサボサだ。
 フィデルさんの外套がいとうに包んでもらい、飛ばされないよう必死で足を踏ん張った。

 アレンさんは旦那様の胸倉をつかんだものの、なぜか握りしめたこぶしを自分の鼻に当てて顔をそむけた。
 どうしたのかしら……。彼は元来優しい人だし、良心が勝ってしまった?
「お? 風が止んだか?」と、フィデルさんが言った。
「今のうちに軽く話をして、早々に上へ戻りましょう!」
 テテテッと小走りで旦那様に近づく。
「リア! 誤解だ!」と、彼は焦った様子で言った。その瞬間、気絶しそうになったわたしをアレンさんが素早く支えてくれた。
「リア様、しっかりしてください!」
「あ、アレンさん……そういうことだったのですね」
「すみません。あまりに強烈で、お伝えするのが遅れました」

 拝啓 旦那様、あまりのお酒臭さに、リアはおそばに寄ることもままなりません。
 星屑ほしくずは夜空にきらきら瞬いて美しいものですが、爽やかな朝にアルコールをぷんぷんさせる酒クズは、ただのクズですわ。 敬具

 つい先ほどまでお酒を召し上がっていたのだろう。夫の酒臭さは尋常ではなく、火を点けたら青白い炎を上げて燃えそうなほどだった。普段に増して一緒にいる時間が長い一日だというのに、わたしはどうしたらいいのだろう。
アデンアレンさん、こでこれは、そのぉ……どうにかだるもどだどどうにかなるものなのでしょうか」
 鼻をつまみながら尋ねた。
「いい薬がありす。あとはおかせください。リアさはお支度を」
 彼も鼻をつまんでいる。
すびばせんすみません。いつもありがとうございす」

 わたしとフィデルさんはエレベーターに乗り込むと、背中を壁につけ、ダラリとうなだれた。なんて疲れる朝だろう……。
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