昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

オルランディアの夜明け §2

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「ねえ、アレンさん……」
 特訓の甲斐あって、踊りながら話す余裕が出てきた。
「なんですか?」
 三十回くらい足を踏まれたのに、アレンさんは微笑みを絶やさない。さすがだ。

「愛が冷めたのでしょうか。だから旦那様はわたしに意地悪を?」
「単なる天然ボケです。昔からですよ」と、彼は呆れ気味に言った。
「天然ボケの規模がおかしいですわ」
「クランツ団長が吸収剤になっているせいか、周りが気づきにくいのです」

「なぜ、くまんつ様はここにいらっしゃらないのでしょうか」
「じきに来ると思いますよ。第一騎士団改め聖騎士団に」
「えええっ。四人目の副団長に?」
「いいえ、団長です」
「そうなると、旦那様は?」
「今もほとんど飾りのようなものでしょう?」
 もし、くまんつ様がいたら、旦那様に起因した事件は減るに違いない。なるべく早く来てくださるとうれしいのだけれど……。

「わたしもくまんつ様のように吸収すればいいのですよね?」
「は?」アレンさんは片眉をピクリとさせた。
「まずはムキムキになり……」
「ならなくていいです」
「頭部はモシャモシャに」
「休憩にしましょう……」
「わぁい、アレンさん好き♪」
「それ、あとでもう一回言ってください」

 ソファーにポフッと収まると、アレンさんがギュッとしてヨシヨシしてくれた。
「大丈夫。ちゃんとうまくいきますよ」
「ううぅ……」
 彼の言葉と己を信じて練習するしかない。
 結婚披露には外国のお客様も大勢いらっしゃる。陛下とお義父様は各国の賓客のお相手でスケジュールがパツパツだと言っていた。おふたりのためにも、絶対に、絶対に、絶対に、失敗はできない。

「怖いよう」
「大丈夫。私がそばにいますよ」
「アレンさん……」
 嗚呼、結婚式は女の子にとって夢のイベントなのに、どうしてこんなことに。

 ☟

 コツコツコツと、誰かの規則正しい足音が静寂を破った。
「リア、いるか?」
 ををーっ! 旦那様である。
「いっいっいぃーっいー……」
 さまざまな思いが交錯して言葉にならない。
「いらっしゃいますよ」と、アレンさんが代わりに答えてくれた。

 ――落ち着いて自分の言葉できちんと話をしなくては!
 そう思った瞬間、彼は先制攻撃を仕掛けてきた。

「リア、どうしてこんなところでダンスの練習なんかしているんだ?」

 ――は……?
 はあぁぁああぁぁぁ~~ッ!?
 なんつった? ちょっ今、このシトなんつったぁぁ? あなたのせいですぅ。あなたがヘンな曲を選んだせいですぅぅ!
「なっ、ヴィッ……ダンッ、だっ、だんっ、ちょおっどぉっ」
 ダメだ。言語中枢が死んだ。天然ボケも度がすぎると人間の脳細胞を破壊することができるのだろう。

「『なんでこんな知らない曲にしたんだ。いくらなんでも、これはチョットひどすぎるだろう』と、言いたいようですよ」
 アレンさんによるスーパー意訳アシストが入った。
 少し雑めではあるけれど、意味はバッチリ合っている。

「それはさておき、さっき独身最後の夜だから飲みに行こうと誘われた。行ってくる、と伝えてくれ」
 旦那様はアレンさんに向かって答えた。
 耳を疑うような言葉に、アレンさんは驚いた表情を見せている。
「私に言わないでくださいよ」と、彼は切り返した。

 旦那様……?
 あなたがそう呼んでほしいと言うから、今日から「旦那様」とお呼びしておりますけれどね?
 わたしの耳がおかしいのかしら。「それはさておき」と仰いましたか? さておかないでくださいませーーっ!
 わたしにとっても今日は独身最後の日ですわっ。その最後の日をこんなふうにしておいて、自分だけお友達と「飲みに行く」ってどういうことですの? この状況で、わたしを放り出そうとしていらっしゃるぅー?

「はうーぁっ、ちょっ、ヴぃっだあっ、なぁーっ!」
「『ダメに決まってんだろ、何言ってんだコラ』だそうです」

 あん……通訳が雑ですわ。

「この埋め合わせは明日必ずするとリアに伝えてくれ」
「私に言わないでください。きちんと寝て、明日のために体調を整えてください。酒などいつでも飲めるでしょう」
 あまりの衝撃でお口をぱくぱくしているわたしに代わり、アレンさんが闘ってくれている。
「まあ、そうは言うが、せっかく誘ってもらったことだし。クリスとオリヴァーもいるから。なっ」と、旦那様も譲らない。

 ひ、ひどいっ。わたしと何を天秤にかけていらっしゃるの? 待って、待ってください、行っちゃイヤァァァーッ。
「待ぁっあぃっ、ちょっちょあーっ!!」

 カチャリ、と無情にもドアノブが回る音。そして、バタン、とドアの閉まる乾いた音が聞こえる。彼はそそくさと逃げるように出て行ってしまった。
「こ、これがうわさに聞く『逃げる夫』ですのね……」
 わたしはガックリと膝をついた。

 以前、職場で「夫は都合が悪くなると逃げ出す生き物だ」と話している先輩が複数いた。
 引っ越し荷造り中に出ていったきり深夜まで帰ってこなかったとか、親族のお葬式なのに姿を消したとか。オモシロ不憫ふびんなネタ話だと思って聞いていたけれど、あれはきっと本当の話なのだろう。まさかそれが自分の身にも起きるなんて……。

「独身最後の日がダンスの特訓なんて、あんまりですわっ」
「本当ですね」と、アレンさんがため息をついた。
「くまんつ一号、二号に負けるなんて、悔しいーっ」
「ぷっ」
「笑った?」
「いいえ? 抱っこはもういいのですか?」
「も、もうちょっとだけお願いします……」
 ぱぱっとスカートをはたき、休憩用のソファーによじ上ると、アレンさんが【浄化】をかけてからギュッとしてくれた(たぶん、床に落ちてたバッチイものと認識された)

 わたしの夫になる人は、絶対にやってはいけないことを、絶対にやってはいけない場面にかぎって、絶対にやってしまう人だ。
 今さらだけど、本当に結婚して大丈夫なのだろうか……。
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