昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
44 / 392
1[ヴィル]

フギンの二番

しおりを挟む
「アレン、ちょっと頼みたいことがある。いいことを思いついた」

 俺は机の引き出しを開け、濃紺に光る細身のペンを取り出した。以前、褒賞として叔父から貰ったものだ。
 なかなかに上質なペンだが、今はもう少し軸の太いものを愛用しているため、しばらく使っていなかった。神薙の小さな手でも、これならば馴染むだろう。

「これをお前のペンだと言って神薙に貸せ。インクをつける必要がなく、滲まないから便利だと言えばいい」
「しかし、これは……」

 クリスがまたもやヌッと首を出し、「ほーん、エルディル防衛の時の褒賞か」と言った。

「今思えば、あの頃はご褒美が出ただけ幸せだったよな。最近なんかタダ働きだぞ?」
「そうボヤくな。これをリア様に?」

 俺は頷いた。

 魔力ペンは、ペスキーという魔法植物が内蔵されており、人の魔力に反応してインクを生成する仕組みだ。
 ペスキーはペン軸に入るほど小さな植物で、魔力を食い、インクを吐き出す。エサとして必要な魔力はごく微量で、蓄えた魔力で十年くらいなら食わなくても平気で生きていられる。
 インクとしては実に優秀だが、草むらに入ると色とりどりの野生ペスキーが服にくっついて服を汚すので、別名は「ひっつき虫」だ。
 人の魔力量を測る……というより値踏みする・・・・・能力を持っているため、魔力測定器の機構の一部としても利用されている。
 性格はひねくれていて最悪。見た目に反してちっとも可愛げがない。

 我々はインクを出させるために少しだけ魔力を流してエサをやってから字を書くが、魔力操作のできない神薙は、そもそも魔力を垂れ流している可能性が高い。
 それを踏まえると、魔力ペンとの親和性は最高だ。
 ペスキーは大喜びで神薙の魔力を食うだろう。しかし、とても全部は食べ切れない。そうすると取り込んだものがインクに混じって出てくる。神薙の手から漏れた魔力が、すべての字に移るはずだ。
 インクと共に紙に染み込むわけだから、定着率も高いのではないだろうか。我ながら名案だ。

 「しかし、これは高魔力者用ですよ?」と、アレンが言うと、クリスがペンの職人名と型式を聞いた。

「フギンの二番と書いてあります。リア様の魔力量が我々と同程度以上でないと使えません」
「魔力量はともかく、しばらく使っていないペンなら試し書きをしたほうがいい。ペスキーが生きていても機嫌が悪いとインクは出ないぞ。ヴィル、なんか紙ないか?」

 俺はやけくそ気味に「そこら中に散らばっているだろう」と答えた。
 少し前からアレンが拾い集めてはいたが、依然として部屋はひどい有り様で、足の踏み場もない。
 俺は床を見渡し、落ちている紙の中から落書きをしても良さそうなものを見つけてクリスに渡した。

「お、ちゃんと書ける。ほら見ろ、クマだ」

 クリスは死ぬほど下手くそなクマの絵を描いていた。
 耳が頭の上と真横に二つずつ付いていて、目の焦点が合っておらず、人と同じ形の鼻が付いていた。口から見える歯はサメのようにギザギザだ。
 うっかり見てしまったアレンが、腹を抱えて痙攣していた。可哀想に。油断したな……。

「アレン、こいつの絵を見てはいけないと、昔教えてやっただろう」
「失礼だな。クランツ画伯と呼びたまえ」
「これはクマを見たことがない人が描く絵だぞ。耳が四つもある」
「ふっ……さては、俺の才能が恐ろしくなったな?」
「常々、別の意味で恐ろしいとは思っているよ」

 「これこそがゲイジュツだ」とふざけているクリスからペンを奪い、腹を押さえて死にそうになっているアレンに手渡した。

「使えなかったら別のものを用意すると伝えろ。いずれにせよ、字を書くなら魔力ペンは買ったほうがいい」

 アレンはぷるぷるしながら「分かりました」と言うと、ペンを胸のポケットに入れた。

 クリスの良いところは手紙を見せろとまでは言わないところで、何だかんだ文句を言いながらも部屋を片付けてくれるのがアレンの良いところだ。俺は友人に恵まれている。


 二人が帰った後、懐から神薙の手紙を取り出した。
 バラの印で封をしてある。
 神薙の紋は百合だ。別の印を誰かに用意させたのだろうか。自分が神薙だと分からないようにしたいらしい。

 出会った日、彼女は名前こそ名乗ったものの神薙だとは言わず「外国から来たばかり」とだけ言った。
 嘘ではないにせよ、なぜ隠す必要があるのだろうか。神薙だと言えば俺に何でも言うことを聞かせられるのに。

 しかし、俺にとっては好都合だった。
 ヴィルヘルムなんて、どこにでもよくいる名で良かった。
 ややこしい出自のせいで近寄ってくるのは下心が見え見えの連中ばかり。こちらの顔色を気にしない人物との交流は貴重だ。
 ましてやそれが異世界から来た可憐な神薙なら、なおさら歓迎だった。

 封を開けると、あの横道で出会った日と同じ花の香りが広がった。うっかりすると理性をぶっ飛ばされそうな魅力的な香りだ。
 これで本人がまるで無意識だというから、側近の護衛は色々な意味で大変だ。アレンが神経質になるのも納得だった。

 俺の腕の中で恥じらってうなじまで真っ赤になっていた彼女を思い出した。あれしきのことで恥じらうなんて、とても神薙とは思えない。

「字も可憐か……」

 便箋に並ぶ小さな字は、濃いところと薄いところがあった。ヒト族のペンとインクで書いたのが一目瞭然だ。
 文字を指でなぞってみたが、文字から魔力の気配は感じられない。
 右の三本指に意識を集中して便箋全体をゆっくりなぞると、魔力を感じる箇所となんともない箇所があった。
 魔力残りは便箋の左端にまとまっているようだ。字を書くときに押さえていた場所……神薙が長時間触れていた場所に多く残っているのかもしれない。

「この花の香りはどこからだ? 紙全体ではないな……これも端のほうだ」

 花の香りの発生源と魔力残りは、必ずしも場所が一致していなかった。

 手紙を撫でまわし匂いを嗅ぐ自分の姿を客観的に見るとほとんど変態だ。そう言えばクリスも「ド変態野郎」と言っていたっけ。
 研究熱心と言ってほしいところだが、まあ変態でも結構だ。

 神薙の手紙は予想以上にきちんとしていた。
 助けてもらったことへのお礼と、無事に回復したことの報告が書かれていた。
 お礼の菓子を用意したとは書いてあったが、アレンを騙して自分で作ったとは書いていなかった。

 卓上のベルを鳴らした。
 従者のキースが「お呼びですか?」と言って入ってくる。

「ベルソールに使いを出してくれ。菓子以外で、若い女性が喜びそうなものを買いたい。あまり高額でなく、しかし国内で市販されていない上質なものがいい。相手に礼を言わせるのが目的だと伝えてくれ」
「はい。かしこまりました」

 可憐な神薙よ。
 魔力ペンを使って、もう一度俺に手紙を書いてもらうぞ。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。 花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。 堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。 帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは? 異世界婚活ファンタジー、開幕。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

処理中です...