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2[ヴィル]
夢と現実の狭間で
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寝るべき夜が二回到来していたが俺は寝ていない。
そんな状態だったが、気が張っていたせいか眠いという感覚がないままエムブラ宮殿へ戻った。
使用人たちが拍手で出迎えてくれたが、とりあえず彼女が怪我なく戻って来られたことへの感謝だろうと、前向きに受け止める努力をした。
一応「君らが拍手をするような喜ばしいことは何一つ起きていないぞ」とだけは言った。意味が分かったのは数人だろう。
「ヴィルさんっ」
リアが上から顔を出していた。
久々に見た元気そうな笑顔だった。アレンから十三条の話を聞いたのかも知れない。
階段を駆け上がって腕を広げると、いつものように胸に飛び込んできた。
「良かった……。気が気じゃなかった」
砂糖をたくさん入れた甘い茶のような髪が、彼女の動きに合わせて艶やかに波を描き、フワフワと揺れた。
口付けをすると、彼女は恥じらって真っ赤になった。
徹夜明けの癒しだった。
リアに触れているだけで気持ちがいい。
華奢な身体を抱き締めると、甘くて切ない気持ちになる。
彼女の負担にならない程度に触れ合っていたくて、少しだけ一緒にいてもらえないか尋ねると、彼女は顔を赤らめたまま頷いた。
その直後、突如として濃厚な花の香りに包まれた。
披露目の会で分かったことだが、リアが放つ花の香りは男を虜にする神薙特有の力だ。
魔力での防御が間に合わないと「ちょっとドキドキした」程度では話が済まなくなる。
今の自分がこれを食らうと少々まずいのではないか、という思いが脳裏をかすめた。
心身の調子が乱れると体内の魔力も調子が乱れ、防御しているつもりが効いていないなど、色々と弊害が起きる。
ひどい疲労や怪我といった物理的ダメージもさることながら、恐怖や動揺、焦りや重圧など精神の乱れも良くない。
中でも徹夜は特によろしくないだろう。寝ずに活動しっぱなしというのは、心身ともに削られるものだ。一日程度なら何ともないかも知れないが、ほぼ不眠での活動も三日目だ。
しかしながら、リアから漏れ出している癒しの力で「回復もしている」という実感があった。
これなら意外と大丈夫かも知れない。
癒しの魔力漏れと、神薙の力では、どちらのほうが強いのだろうか。
そんなことを考えていたあたりから、記憶が途切れ途切れになった。
しつこいようだが、徹夜はとても良くない。
アレンがかけている特殊な魔道具のメガネでも持っていないかぎり、人は毎日きちんと寝るべきだ。
特にリアのような、何もしなくても十分過ぎるほど可憐なのに、まったく無自覚に色香をまき散らしてしまう神薙の前では。
ぐちゃぐちゃの記憶の中で、気がつくと自分のベッドに彼女を押し倒して啼かせていた。
リアが「待ってほしい。今はちょっと問題がある」というようなことを言った気がする。しかし、意識があったりなかったりで何の話をしていたかは定かではない。
部屋には窒息しそうなほど花の香りが充満していて頭がクラクラとした。
心臓と、そこから繋がるあっちこっちが狂ったように脈打っている。
胸のリボンをほどいた……ような気がする。
☟
「いや待て! それはまずい!」
勢い良く起き上がるとベッドでぽつんと一人だった。
「あれ? え……朝か?」
朝である。
小鳥がちゅんちゅんと鳴いている。
「リア?」
誰もいない。
カーテンが閉まっているせいで部屋は薄暗く、しんとしていた。
花の香りもしなかった。
「夢か……?」
どうやら夢らしい。
がっくりと項垂れた。
少々ガッカリではあるが、逆に現実だったら由々しき事態だ。
いくら神薙の力にやられたからと言って、夫に選ばれてもいない男が、婚姻前にドレスの紐をほどくなど有り得ない蛮行だ。
しかし、陶器のようにすべすべとした肌の感触が、手と頬に、それから唇に、なぜか生々しく残っている……ような気がする。
いや、気のせいか。
少々想像力が過ぎたようだ。
心臓の音がうるさい。
ベッドから降りてカーテンと窓を開けた。
外の新鮮な空気を吸い込み、振り返って再び部屋を見回す。
外套と制服の上着がコート掛けにきちんと掛かっていた。
俺は「いつもどおり」と、指差し確認をした。
剣も所定の場所にある。よし。
鍵、よし。
時計、よし。
「これも、よし。……なんだ、いつもと変わりないな」
片付けたのは従者のキースだ。彼はリアが部屋にいる時は入ってこない。つまり俺の行動がいつもどおりだった証拠だ。
身支度をしようと鏡を見た瞬間ゾッとした。
ひどい姿だった。
上着とタイを取っただけで、皺だらけの制服姿だった。
身に着けていたものがこれほどしっかりと定位置に置かれながら、俺自身は着替えもせずに寝ていたようだ。
どのような寝方をしたらそうなるのか思いつきもしないほど、頭がボサボサだった。まるで何かの爆発に巻き込まれた人の頭だ。重力と引力はどうしたのだろうか。俺の髪は自然の法則に逆らっていた。
屋敷に入る前に浄化魔法を使っているため、不潔ではないにせよ魔法で直るような状態でもない。
とりあえず風呂に入った。
「それにしても、妙に現実味のある夢だったな」
ブツブツ言いながら寝室に戻ると、ベッドの上で何かが光っていた。
寝相が悪くてボタンでも取れたのだろうか?
濡れた髪を拭きながら近づくと、その光の正体が分かり、スーッと血が冷たくなった。
夢の中のリアが耳に着けていた小さなエメラルドの飾りだった。
「まずい。非常にまずい。やはり、あれは現実だ。ちょっと待て……落ち着け、俺。あんな事件の直後に何をやらかした? というか、どこまでした?」
てっきり夢だと思っていた断片的な場面を繋ぎ合わせ、それがすべて現実だと仮定すると、もう生きた心地がしなかった。
ベッドに突っ伏して死んだ。
いや、俺の名に懸けて最後まではしていない。
しかし、婚約者ではない男のお行儀としては最低で最悪で失格だ。
俺はこれ以外にも男として失格なことをいくつも彼女にやらかしている。
元気になっていたとはいえ、あんな出来事の翌々日だぞ。
「ああ……最悪だ……本当に最低だ……」
夫への道がまた遠ざかった気がした。
そんな状態だったが、気が張っていたせいか眠いという感覚がないままエムブラ宮殿へ戻った。
使用人たちが拍手で出迎えてくれたが、とりあえず彼女が怪我なく戻って来られたことへの感謝だろうと、前向きに受け止める努力をした。
一応「君らが拍手をするような喜ばしいことは何一つ起きていないぞ」とだけは言った。意味が分かったのは数人だろう。
「ヴィルさんっ」
リアが上から顔を出していた。
久々に見た元気そうな笑顔だった。アレンから十三条の話を聞いたのかも知れない。
階段を駆け上がって腕を広げると、いつものように胸に飛び込んできた。
「良かった……。気が気じゃなかった」
砂糖をたくさん入れた甘い茶のような髪が、彼女の動きに合わせて艶やかに波を描き、フワフワと揺れた。
口付けをすると、彼女は恥じらって真っ赤になった。
徹夜明けの癒しだった。
リアに触れているだけで気持ちがいい。
華奢な身体を抱き締めると、甘くて切ない気持ちになる。
彼女の負担にならない程度に触れ合っていたくて、少しだけ一緒にいてもらえないか尋ねると、彼女は顔を赤らめたまま頷いた。
その直後、突如として濃厚な花の香りに包まれた。
披露目の会で分かったことだが、リアが放つ花の香りは男を虜にする神薙特有の力だ。
魔力での防御が間に合わないと「ちょっとドキドキした」程度では話が済まなくなる。
今の自分がこれを食らうと少々まずいのではないか、という思いが脳裏をかすめた。
心身の調子が乱れると体内の魔力も調子が乱れ、防御しているつもりが効いていないなど、色々と弊害が起きる。
ひどい疲労や怪我といった物理的ダメージもさることながら、恐怖や動揺、焦りや重圧など精神の乱れも良くない。
中でも徹夜は特によろしくないだろう。寝ずに活動しっぱなしというのは、心身ともに削られるものだ。一日程度なら何ともないかも知れないが、ほぼ不眠での活動も三日目だ。
しかしながら、リアから漏れ出している癒しの力で「回復もしている」という実感があった。
これなら意外と大丈夫かも知れない。
癒しの魔力漏れと、神薙の力では、どちらのほうが強いのだろうか。
そんなことを考えていたあたりから、記憶が途切れ途切れになった。
しつこいようだが、徹夜はとても良くない。
アレンがかけている特殊な魔道具のメガネでも持っていないかぎり、人は毎日きちんと寝るべきだ。
特にリアのような、何もしなくても十分過ぎるほど可憐なのに、まったく無自覚に色香をまき散らしてしまう神薙の前では。
ぐちゃぐちゃの記憶の中で、気がつくと自分のベッドに彼女を押し倒して啼かせていた。
リアが「待ってほしい。今はちょっと問題がある」というようなことを言った気がする。しかし、意識があったりなかったりで何の話をしていたかは定かではない。
部屋には窒息しそうなほど花の香りが充満していて頭がクラクラとした。
心臓と、そこから繋がるあっちこっちが狂ったように脈打っている。
胸のリボンをほどいた……ような気がする。
☟
「いや待て! それはまずい!」
勢い良く起き上がるとベッドでぽつんと一人だった。
「あれ? え……朝か?」
朝である。
小鳥がちゅんちゅんと鳴いている。
「リア?」
誰もいない。
カーテンが閉まっているせいで部屋は薄暗く、しんとしていた。
花の香りもしなかった。
「夢か……?」
どうやら夢らしい。
がっくりと項垂れた。
少々ガッカリではあるが、逆に現実だったら由々しき事態だ。
いくら神薙の力にやられたからと言って、夫に選ばれてもいない男が、婚姻前にドレスの紐をほどくなど有り得ない蛮行だ。
しかし、陶器のようにすべすべとした肌の感触が、手と頬に、それから唇に、なぜか生々しく残っている……ような気がする。
いや、気のせいか。
少々想像力が過ぎたようだ。
心臓の音がうるさい。
ベッドから降りてカーテンと窓を開けた。
外の新鮮な空気を吸い込み、振り返って再び部屋を見回す。
外套と制服の上着がコート掛けにきちんと掛かっていた。
俺は「いつもどおり」と、指差し確認をした。
剣も所定の場所にある。よし。
鍵、よし。
時計、よし。
「これも、よし。……なんだ、いつもと変わりないな」
片付けたのは従者のキースだ。彼はリアが部屋にいる時は入ってこない。つまり俺の行動がいつもどおりだった証拠だ。
身支度をしようと鏡を見た瞬間ゾッとした。
ひどい姿だった。
上着とタイを取っただけで、皺だらけの制服姿だった。
身に着けていたものがこれほどしっかりと定位置に置かれながら、俺自身は着替えもせずに寝ていたようだ。
どのような寝方をしたらそうなるのか思いつきもしないほど、頭がボサボサだった。まるで何かの爆発に巻き込まれた人の頭だ。重力と引力はどうしたのだろうか。俺の髪は自然の法則に逆らっていた。
屋敷に入る前に浄化魔法を使っているため、不潔ではないにせよ魔法で直るような状態でもない。
とりあえず風呂に入った。
「それにしても、妙に現実味のある夢だったな」
ブツブツ言いながら寝室に戻ると、ベッドの上で何かが光っていた。
寝相が悪くてボタンでも取れたのだろうか?
濡れた髪を拭きながら近づくと、その光の正体が分かり、スーッと血が冷たくなった。
夢の中のリアが耳に着けていた小さなエメラルドの飾りだった。
「まずい。非常にまずい。やはり、あれは現実だ。ちょっと待て……落ち着け、俺。あんな事件の直後に何をやらかした? というか、どこまでした?」
てっきり夢だと思っていた断片的な場面を繋ぎ合わせ、それがすべて現実だと仮定すると、もう生きた心地がしなかった。
ベッドに突っ伏して死んだ。
いや、俺の名に懸けて最後まではしていない。
しかし、婚約者ではない男のお行儀としては最低で最悪で失格だ。
俺はこれ以外にも男として失格なことをいくつも彼女にやらかしている。
元気になっていたとはいえ、あんな出来事の翌々日だぞ。
「ああ……最悪だ……本当に最低だ……」
夫への道がまた遠ざかった気がした。
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