昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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4[ミスト]

個人的な話 §1

 特務師団訓練場——
 うちの隊のお色気担当、同僚のイヴが気の抜けた声を上げた。
「――ミストぉ、聞いてぇー? また騎士様が来るらしいんだよぉ」
「へえ、そうなんだ……」
 思わず嫌そうな顔をしてしまったが、イヴはもっとひどい顔をしている。
「もうさぁ、やめとけっつーの……こっちは毎回教え損じゃんねえ?」
「教えるのはいいんだけど、態度が嫌だ。教わりに来たくせに、偉そうに威張る意味がわからないし」

 騎士団と特務師団は、いずれも王の直下か兵部大臣カールの下に所属している。
 長剣の扱いに慣れた者が騎士で、長剣以外のことに長けた諜報活動が特務師の仕事だ。騎士は騎士道という気高い信念を持つ者で、そういう念を持たない結果主義者が私たち特務師だった。
 互いに協力して任務にあたることも珍しくない。だから、特務師の訓練に騎士が参加しても不思議ではなかった。

 私が所属している組織は『クーラム』という武術を使うのが特徴だ。そんな訓練所にやって来るのは大抵、要人警護に従事している騎士で、敵の特務師との戦闘を想定し、武術を身につけることが目的だった。
 ただ、単に職務経歴書に箔を付ける目的で来て、訓練所内での態度にも大いに問題のある者が多い。王都を護る立派な職であるはずの騎士は、私たちにとって歓迎されない客だ。

「今まで見た騎士様じゃぁ、一人ぐらいしかマトモなのいなかったよ」と、イヴは言った。
 残念ながら、私は任務でいなかったため、その人物にはお目にかかっていない。
「チャラいイケメンだっけ?」
「そう。もう結構前だね。なんて名前だったかなー。もう忘れちゃった。赤い髪でさ、ヒゲがセクシーで結構イケてたんだよね」
「へえ、この間来た騎士はイケメンでもなかったし、一日しか持たなかったな」
「せめていい男であってほしいよぉ。どうせ性格はクソなんだもん」
「ふふっ……まあね」

 願わくは来て欲しくない(面倒だから)そんな私たちの気も知らず、新しい騎士がやって来た。
 ——場がどよめいていた。身内が騒いでいるせいで上司が何を話しているのかが聞こえない。
「ねえ、なんかヤバくない?」と、イヴが引きつった顔で言った。
「ん、んん……」私は返事に困った。

 私の目がおかしいのか、それとも深刻な病気か……隊長の隣に、メガネをかけた長細い岩が立っている。立っているだけならまだしも、裂け目(おそらくは口)を動かして何か話していた。
「な、なんなんだろう。この光景……」

 周りを見回すと引いているのは女子だけだった。
 男性の特務師は普通に話しかけ、岩から生えた枝(おそらくは手)を握り、あいさつをしていた。
「あれは握手をしている、でいいの?」と、私は尋ねた。
「ねえ、あれってかぶり物?」と、イヴがほぼ同時に言った。
 思わず顔を見合わせた。

「何かの魔道具じゃない? 男子は普通に接しているし」
「珍しいよ。あんな歓迎してる男子は。有名な岩なの?」
「有名な岩って何?」思わず噴き出した。
「雪だるまの親戚とか?」
「雪だるまが怒るわ」

 隊長がこちらを指さして何か話している。
「あ、嫌な予感……」背筋に悪寒が走る。
「ミスト! 基本的な動きを教えてやってくれ」と、隊長が言った。
「ぐあっ、今日だけはほかを当たって欲しい……」
 後ろでイヴが「うわっ、最悪やん」とつぶやいていたが、上官の命令では仕方がない。心の中で泣きながら「ハイ」と答えた。

 岩に向かって話すのは生まれて初めてだ。
 きちんと返事をしてくれたので助かった。気味が悪いくらい礼儀正しい岩だ。
 岩はアレン・オーディンスと名乗った。名を持っている岩で、騎士をやっている岩で、特務師の訓練に来た岩だ。
 オーディンスという家名はどこかで聞いたことがあるような気もしたが、岩の衝撃が大きすぎて何も思い出せない。

「で、では、最初に基本となる型をご説明しますね」と、私は説明を始めた。
 すると「カシコマラナクテイイ」とメガネ岩が言う。
 何を言っているのかと思えば「自分は教わる立場だし、皆と同じようにこの訓練所の決まりに従うつもりでいる。かしこまって話さなくていい」というようなことを言っていた。
 今まで来た騎士とは見た目も違うし言うことも違う。

 一通り基本的な動きと型を見せると、メガネ岩はメモを取りながら熱心に聞いていた。返ってくる質問もいい質問ばかりだ。
 一緒に真似してやってみる真面目な岩……飲み込みが早く、頭がいい。メガネ岩はデキる岩だ。

「あとは実際に手合わせして、体で覚えてしまったほうが楽だと思う。最初は体格の近い相手と素手でやって、慣れてきたら武器を持つ。武器の特性に合わせて応用が必要になってくるから、それはまた別途、ということで」
「フム。デワ、チョット タノンデミル」と、メガネ岩は隊長のところへ行った。

 なんというか……私は貴重な新体験をしていた。
「マジで何なんだろうアレ」と思いつつも、かつてないほどマトモなやり取りに感動していたし、何よりも「自分の技術を伝えた」という確かな手応えが残っていた。

 メガネ岩の後ろ姿を眺めていると、同僚のシンが近づいてきた。彼も特級特務師だ。
 あえて普通っぽい言い方をするなら「幼なじみ」という言い方が一番近い気がする。シンとは学校が一緒で、寮も一緒で、クラスも一緒。下手すると席も隣同士だったりした。気づいた時には毎日のように話をしていたので、いつどうやって知り合ったのかは覚えていない。気心の知れた仲間だ。

「よっ、先生」と、彼は言った。
「茶化してんじゃないよ」
「にらむなよ」
「こういう顔なのよ」
「いい男だからって惚れるなよ? 遊ばれちゃって、泣かされて、後が大変だぞ? 俺が慰めてやってもいいけど」
「あ? どこらへんを見て『いい男』って言ってんの?」と、私は聞いてみた。

「広場で姿絵を売ってるような超有名騎士だぞ?」
「え……岩の絵を買う物好きがいるってこと?」
「お前、面食いって言ってなかった?」シンはキョトンとして言った。
「ものすごく面食いですが、何か?」
「あれを超えるのは王族様ぐらいだぞ」
「王族様と岩を比べるのは不敬でしょう」
「お前さっきから何言ってんの? すげえ面白いけど」
 私たちがみ合わない話をしていると、隊長がシンを呼んだ。

「シン! 手合わせを頼む。最初はゆっくりだ」
 この訓練所では彼が一番背が高い。基礎の練習相手にはちょうど良さそうだった。
「ほぉーい了解! ちょっと行ってくるぜぇ、ミスト先生の教え子と手合わせに」
「ははっ、よろしくどうぞ」

 さて、岩の世話は終わった。あとは自分のことをやろうと思い、私は武器庫へ向かって歩き始めた。すると、急に練習場から女子のどよめきが聞こえた。
「やぁっば! ミストぉぉぉ、ちょちょっちょ、来てぇー!」
「今度は何? 岩が巨大化でもした?」
 笑いながら振り返ると、イヴが大騒ぎしながら手招きしていた。女子がこぞって赤い顔で一点を見ている。

「あれ見て! 見て見て!」
「誰だ、あれ」
「さっきの騎士様だよ!」
「さっきの騎士って、メガネ岩のこと?」
「メガネ外すと、あれになるんだよ!」
「あらら……。だから姿絵がどうとかって言っていたのか」
 シンが手合わせをしていた相手は、さっきの岩とはまるで別物だった。
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