昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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4[ヴィル]

救済 §2

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 安心したせいか急激に空腹を感じた。
 最後にまともな食事をしたのはいつだっただろう……もう思い出せない。
「なあ、帰ってクリスの厨房ちゅうぼうでこの肉を焼かないか。ワインを飲みながらさ」
「王族のくせに行儀が悪いな」と、クリスは小声で言った。

「仕事終わりに一杯飲みながら厨房ちゅうぼうで肉を焼き、アツアツをその場で食す。お行儀は悪いが独り身の特権だと、俺の婚約者が話していたことがある。いい機会だから真似をしてみたい」
「やはりそのくらい豪胆でないとお前の婚約者は務まらないのだろうな。よし、ではその特権を行使しよう。なあんて、俺もたまにやっているから任せろ。最高の焼き加減で仕上げてやるぜ」

 俺たちは急いで宿舎へ戻り、リアが用意してくれた前菜をつまみながらワインを軽く飲んだ。美味い美味いと騒ぎながら、肉を焼く支度を始める。
 クリスの部屋は相変わらず釣り具店のような有り様だった。
「よし、肉を焼くぞお」
 彼が両手をこすり合わせながら言ったその時、ユミールの従者が一人で報告にやって来た。
 これまでは連絡係が来ていたのだが、従者が来たということは何か理由があるのだろう。

 従者は仕立てのいい灰色のぞろえに、しゃれたカバンを持っていた。真っ黒な髪は七三に分け、艶の出る整髪料でピッタリと押さえつけている。長髪を風になびかせている主とは正反対の髪型をした男だった。

 俺がリアの様子を尋ねたところ、彼は「とてもお元気にされています」と笑みをのぞかせた。
 そして、アレンの体からヘルグリン菌が消えたことを、まるで何かのついでのようにサラッと告げた。
「えっ?」「なにっ?」
 俺とクリスは顔を見合わせた後、ユミールの従者に向き直って「上位浄化ができたのか?」と尋ねた。
 しかし、彼は答えに困っている。

「神薙様は術式を自ら書かれているため、上位浄化かと聞かれると……お答えするのが難しく……。しかし普通の【浄化】なのかと聞かれても、それはそれで見た感じが違いました」
「え? ちょっと待て。術式を自分で書く……?」
「術式なんて、どうやって書くんだ?」
 俺とクリスは再び顔を見合わせた。
 ユミールが彼を寄こしたのは、俺たちがこうして質問攻めをする可能性が高いと踏んだからだろう。

 なぜリアは術式を書けるのだ? 術式は古代語を基にした魔術語だろう? リアは古代語もわかるのか?
 いや、そもそも詠唱はどうした? 上位浄化でないのだとしたら、何を使ったのだ?
 俺たちは矢継ぎ早に質問を浴びせたが、彼は少々角度の違う返事をした。
「人体の中には、健康を保つために必要な菌というのがあるそうです。それがすなわち悪いものから人を守る働きをしているとのことで……」
「んえっ?」「なにい??」
「それらの菌は、人の『抵抗力』の一部なのだと。『そもそも抵抗力が弱まっている時に、良い菌まで殺菌することは好ましくない』と、神薙様は仰いました」

 俺たちは少しの間沈黙していた。先に動いたのはクリスだ。
「なんだ健康に必要な菌というのは?」とコソコソ聞いてくる。俺にわかるわけもなく「知らん。俺に聞くな」と答えた。
 説明した張本人すらも詳しくはわからないらしく、彼も首を振っていた。

「これは傍から見ていた者の推測でしかありませんが、オーディンス様に必要な浄化項目だけを組み合わせた独自の術式を組んでおられるのでは、と」
 追ってユミールから詳細な説明があると従者は言った。俺は了承し、リアが術式を書いている件についての質問攻めはそこで止めた。

「ヘルグリン菌が消えた後はどうなるのだ?」と、クリスが尋ねた。
「高熱などの症状で弱っている体を癒すだけだそうです」
 従者はそう言うと、リアがアレンに【治癒】をかけていると付け加えた。またもやサラリとした言い方だった。彼はヒト族だてらに魔法学の知識を持つ変わった男だ。

「リアは【治癒】も使えるようになったのか」と聞くと、彼はうなずいた。そして、苦労しているのは魔力操作だけだと言った。
 ユミールは人命優先でやむなく使用許可を出したようだが、彼女の魔法は依然として「暴発」に近いものがあり、引き続き魔力残量には細心の注意を要するとのことだった。
 従者は一通り報告を終えると、丁寧に一礼して去っていった。

「なあクリス……【浄化】と【治癒】って暴発するものなのか?」と、俺は尋ねた。
「聞いたことねえな。どこかの王族は頻繁に炎を暴発させて、庭や校舎を燃やしまくっていたけどなあ」
「ほじくり返すなよ。俺だって苦労していたのだぞ?」
「知っているよ」
「しかし、同じ理由で暴発しているのなら、抑え方を教えてあげられるかもしれない」
「よかったな。お前の出禁解除も間近だろう」
「……解除されなかったらどうしよう」
「その時は、海釣りに行こうぜぇ♪」
「俺はあと何を釣ればリアのもとへ戻れるんだ……」

 落ち込んでショゲているのに、アホみたいに釣れるせいで周りの見知らぬ釣り人たちから誉めそやされる。今日は愛想笑いがつらかった。
「イカ釣り漁船に乗せてやるよ。冬でも疑似餌で釣れる場所がある」と、彼は恐ろしいことを言った。
「む、無理だ。あれが生きてウニョウニョ動いているところなんか見たら、俺は死んでしまう」
「あいつは墨まで美味いぞ」
「うえぇっ、そんなものを食べると腹黒い人間になってしまうぞ!」
「リア様が墨まで好きだったら?」
「く……っ、これ以上俺の悩みを増やすな」
「はははっ、さあ、肉を焼こうぜ」

 その晩、俺はクリスの部屋のソファーで死んだように眠った。
 夢の中で、白と金のドレスを着たリアが頬杖をついてふわふわと笑っていた。
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