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[リア]
護符師 §3
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「外がどうした?」
ヴィルさんが窓に近づいていったので、わたしも後からついて行った。
外を見ると、視界の端から端まで遠くに光のカーテンのようなものが見える。地面から何かが生えているようにも、下から湯気かオーロラが立ち昇っているようにも見えた。
「何だあれは……」と、ヴィルさんは目をまん丸にしている。
「リア様、先ほどの護符の説明をもう一度教えていただけますか?」
アレンさんに促されて机から本を取り、説明文を読んだ。
「身の回りを安全に保ち、心地良く過ごせる護符……」
「それはオルランディア語の本にも載っていましたか?」
「あちらは見なくなってしまって。古書はサンプルの種類が多くて入門者に親切な内容なものですから」
「そうですか。なるほど」
彼はアゴを触りながら何か考えていた。
「安全に保ち……もしや、あれは『結界』では?」
窓から少し離れていたヴィルさんは「結界?!」と言って、再び窓に貼り付いた。
「まさか! いやしかし、あの古書なら有り得る。これが結界か」
皆で窓にへばりつき、目を凝らして光の壁を見た。
てっぺんを確認しようと上のほうに視線をやったものの、ドーム状になっているのか、境目は見えない。
心配だ。光の壁で覆ってしまったら、皆が出入りできなくなるのでは……?
「リア、やってくれたな」と、ヴィルさんが腕組みをして再び片眉を上げた。
「ご、ごめんなさいっ」
いたたまれず小っちゃくなっていると、アレンさんが頭をなでながら笑っていた。
「褒められているのですよ、リア様」
ヴィルさんの指示で光の壁の調査が行われ、宮殿の敷地全体が結界に包まれていることがわかった。
団員やなじみの納品業者は、いつもどおり外との往来ができているようだ。しかし、月に二度ほどやって来るインチキ魔道具のセールスマンは、壁に阻まれて入れなかった。
便利だけれど、何を基準にして出入り制限をしているのかは謎だ。
「何かの信用度が影響しているのではないか」と、アレンさんはメガネを拭きながら言った。今日も直視困難なイケメンである。
「護符って、こんなに広い範囲に有効なのですか?」
「護符師によりますね」と、彼はメガネをかけ直した。
「呪符と同様に護符も個性が出るのです。しかも、神薙が謎の古代語で書いた護符ですから、なおさらです。目の前で起きたことがすべてだとしか言いようがありません」
アレンさんはわたしをヨシヨシしながら、結界はお伽話の中だけになっていると教えてくれた。
大昔の魔導師は使っていたものの、建築技術の発展に伴って堅固な城や要塞を築くのが主流となり、いつしか結界関係の魔法は失われてしまったのだとか。
発動させた護符は、破いたり燃やしたりすれば効果がなくなる。
とりあえず使えるのはわかったので、拾って破こうとした。ところが、ヴィルさんにそれを止められた。
「消さなくていい。警備の面でも悪くないし、王宮に報告も入れたい。このままにしておこう。ほら、もう怖い音もしていないし、外の光も目立たなくなっているだろう? 効果がどのくらい持つのかも検証したほうがいいだろう」
そう言うとヴィルさんは護符を拾ってくれた。
「ありがとうございます」と手を差し出したけれど、なぜか彼は護符の裏側を見てクワッと目を見開いている。
その紙の正体を知っていたアレンさんは、フッと鼻で笑いながら部屋から出ていった。
練習として書いたものを発動させたため、チラシの裏紙だった。しかも、朝刊に折り込まれていた八百屋の特売チラシだ……。
人生で初めて見た結界にはしゃぎ、感動してくれていたヴィルさんには見られたくなかった。きっと「せっかく良い紙を買ってあげたのに」などと思っているに違いない。顔から火が噴き出した。
「そ、それは練習用の紙で、そのぅ、経費削減と言いますか……お清書はヴィルさんから頂いたきれいな紙に書こうと思っていたのですっ」
わたしの弁明に、彼は「んんっ、そ、そうか」と口元を押さえながらせき払いをした。笑いをこらえているときのクセだ。
彼はチラシ護符をそっと手渡してくれたけれど、恥ずかしさのあまり沈黙が恐ろしい。なんだかもう焦ってしまって、話さずにはいられなくなった。
「えっと、今日はキャベツと大根がお安い日みたいで……」
この余計な一言に、彼はブファーッと吹き出すと「ごめん、笑うつもりはなかった」と言いながら、お腹を抱えて大笑い。
――完全に自爆した。
体がアッツアツになりプルプルしていると、アレンさんが何かを小脇に抱えて戻ってきた。
優しい彼は護符を入れる額を持ってきてくれたのだ。
ところが彼は「これに入れれば裏側が見えないので安心ですよ」と、またもやチラシ裏に言及してしまった。不用意な一言に再びヴィルさんのスイッチが入ってしまい、今度はヒィヒィ泣きながら笑っていた。
護符に「防犯中」と書いて日付を入れた。さらに「キャベツ特売」とも書き加えた。
アレンさんは額に入れて書斎に飾ると「護符師デビューですね」と微笑んだ。
それ以来、護符と聞く見るたびにヴィルさんはニヨニヨと口元を緩ませながら「今度は何の裏に書くんだ?」と聞いてくる。
「おぱんつ屋さんのチラシの裏ですわ」と、こちらもヤケクソな答えを返すものだから、余計に彼は面白がっていた。
お義父様にお渡しする護符も術式を組み立て始めた。
もちろんきれいな紙に書くけれど、それをどうやって携帯していただくのかも考えなくては――
──────────────
noteのメンバーサイト限定で、この後に幕間エピソード「アヒルさんボート」があります。
ポルト・デリングでアレンの話が途中になってしまったアヒルさんに乗っています。
https://note.com/mutsukihamu
ヴィルさんが窓に近づいていったので、わたしも後からついて行った。
外を見ると、視界の端から端まで遠くに光のカーテンのようなものが見える。地面から何かが生えているようにも、下から湯気かオーロラが立ち昇っているようにも見えた。
「何だあれは……」と、ヴィルさんは目をまん丸にしている。
「リア様、先ほどの護符の説明をもう一度教えていただけますか?」
アレンさんに促されて机から本を取り、説明文を読んだ。
「身の回りを安全に保ち、心地良く過ごせる護符……」
「それはオルランディア語の本にも載っていましたか?」
「あちらは見なくなってしまって。古書はサンプルの種類が多くて入門者に親切な内容なものですから」
「そうですか。なるほど」
彼はアゴを触りながら何か考えていた。
「安全に保ち……もしや、あれは『結界』では?」
窓から少し離れていたヴィルさんは「結界?!」と言って、再び窓に貼り付いた。
「まさか! いやしかし、あの古書なら有り得る。これが結界か」
皆で窓にへばりつき、目を凝らして光の壁を見た。
てっぺんを確認しようと上のほうに視線をやったものの、ドーム状になっているのか、境目は見えない。
心配だ。光の壁で覆ってしまったら、皆が出入りできなくなるのでは……?
「リア、やってくれたな」と、ヴィルさんが腕組みをして再び片眉を上げた。
「ご、ごめんなさいっ」
いたたまれず小っちゃくなっていると、アレンさんが頭をなでながら笑っていた。
「褒められているのですよ、リア様」
ヴィルさんの指示で光の壁の調査が行われ、宮殿の敷地全体が結界に包まれていることがわかった。
団員やなじみの納品業者は、いつもどおり外との往来ができているようだ。しかし、月に二度ほどやって来るインチキ魔道具のセールスマンは、壁に阻まれて入れなかった。
便利だけれど、何を基準にして出入り制限をしているのかは謎だ。
「何かの信用度が影響しているのではないか」と、アレンさんはメガネを拭きながら言った。今日も直視困難なイケメンである。
「護符って、こんなに広い範囲に有効なのですか?」
「護符師によりますね」と、彼はメガネをかけ直した。
「呪符と同様に護符も個性が出るのです。しかも、神薙が謎の古代語で書いた護符ですから、なおさらです。目の前で起きたことがすべてだとしか言いようがありません」
アレンさんはわたしをヨシヨシしながら、結界はお伽話の中だけになっていると教えてくれた。
大昔の魔導師は使っていたものの、建築技術の発展に伴って堅固な城や要塞を築くのが主流となり、いつしか結界関係の魔法は失われてしまったのだとか。
発動させた護符は、破いたり燃やしたりすれば効果がなくなる。
とりあえず使えるのはわかったので、拾って破こうとした。ところが、ヴィルさんにそれを止められた。
「消さなくていい。警備の面でも悪くないし、王宮に報告も入れたい。このままにしておこう。ほら、もう怖い音もしていないし、外の光も目立たなくなっているだろう? 効果がどのくらい持つのかも検証したほうがいいだろう」
そう言うとヴィルさんは護符を拾ってくれた。
「ありがとうございます」と手を差し出したけれど、なぜか彼は護符の裏側を見てクワッと目を見開いている。
その紙の正体を知っていたアレンさんは、フッと鼻で笑いながら部屋から出ていった。
練習として書いたものを発動させたため、チラシの裏紙だった。しかも、朝刊に折り込まれていた八百屋の特売チラシだ……。
人生で初めて見た結界にはしゃぎ、感動してくれていたヴィルさんには見られたくなかった。きっと「せっかく良い紙を買ってあげたのに」などと思っているに違いない。顔から火が噴き出した。
「そ、それは練習用の紙で、そのぅ、経費削減と言いますか……お清書はヴィルさんから頂いたきれいな紙に書こうと思っていたのですっ」
わたしの弁明に、彼は「んんっ、そ、そうか」と口元を押さえながらせき払いをした。笑いをこらえているときのクセだ。
彼はチラシ護符をそっと手渡してくれたけれど、恥ずかしさのあまり沈黙が恐ろしい。なんだかもう焦ってしまって、話さずにはいられなくなった。
「えっと、今日はキャベツと大根がお安い日みたいで……」
この余計な一言に、彼はブファーッと吹き出すと「ごめん、笑うつもりはなかった」と言いながら、お腹を抱えて大笑い。
――完全に自爆した。
体がアッツアツになりプルプルしていると、アレンさんが何かを小脇に抱えて戻ってきた。
優しい彼は護符を入れる額を持ってきてくれたのだ。
ところが彼は「これに入れれば裏側が見えないので安心ですよ」と、またもやチラシ裏に言及してしまった。不用意な一言に再びヴィルさんのスイッチが入ってしまい、今度はヒィヒィ泣きながら笑っていた。
護符に「防犯中」と書いて日付を入れた。さらに「キャベツ特売」とも書き加えた。
アレンさんは額に入れて書斎に飾ると「護符師デビューですね」と微笑んだ。
それ以来、護符と聞く見るたびにヴィルさんはニヨニヨと口元を緩ませながら「今度は何の裏に書くんだ?」と聞いてくる。
「おぱんつ屋さんのチラシの裏ですわ」と、こちらもヤケクソな答えを返すものだから、余計に彼は面白がっていた。
お義父様にお渡しする護符も術式を組み立て始めた。
もちろんきれいな紙に書くけれど、それをどうやって携帯していただくのかも考えなくては――
──────────────
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ポルト・デリングでアレンの話が途中になってしまったアヒルさんに乗っています。
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