昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

相談事 §2

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 ヴィルさんのグラスに入った氷が小さく音を立てた。
「クリスの言うとおり、騎士は信心深い。不自然な在り方を美徳とするよう教育されてきたせいかな」
 彼は指でくるりと氷を回して軽く混ぜると、静かにソーダ割りを飲んだ。
「本来、生きとし生けるものは己の欲と生に執着する。執着が強いほど失くしたくないし、もっと手に入れたいと願うものだ」と、くまんつ様が答えた。
「そうですねぇ」
「それにも関わらず、自分以外のために体を張り、場合によっては命を差し出すことを生業としている。願わくは自分の死が有意義なものであるように。一日でも長く幸福でいられるように……。祈らずにはいられない」
「俺も面倒くさい宗派問題がなければ、休みの日に聖堂へ行って祈るかも知れないな」と、ヴィルさんはソーダ割りをもう一口飲んで小さなため息をついた。

 わかるような気がする。わたしにもそれなりに執着はあった。命以外のすべてがなくなったので、思い出さないようにしているけれど。

「神薙とのつながりを探し回っても、異世界から来たリアとの接点は簡単には見つからない。少しでも自分を知ってもらおうと、彼らはリアに群がってしまう」
「先代の頃は考えられない発想だけどな」と、くまんつ様もため息をついている。
 いつぞや騎士団宿舎で全然知らない騎士さんがどわーっと群がってきた理由がわかり、複雑な気分だった。

「現状、リアとお近づきになるのに最も手っ取り早い方法は、第一騎士団に入ることだ」
 ヴィルさんがグラスを置くと、黒地に金の縁飾りが施されたコースターに水滴が落ちる。
「うわさを聞いたのか入団希望者が増えた。新人の選考をやっていた副団長三人が悲鳴を上げる。一方で転属希望者たちに志望動機を聞けば、神薙の近くに行きたかったと恥ずかしげもなく答える有り様……」
「そんな奴は使えないから要りません」と、アレンさんがわたしの頭をナデナデしながらつぶやいた。

 先代を守っていた時代の第一騎士団は、ブラック企業のようなものだった。入団を志す人は名誉が欲しくて来る人がほとんどで、間口をうんと広くしておかないと人が集まらなかった。わたしに代替わりしてから、ずいぶん事情が変わったようだ。

「新人の採用はしばらく見合わせ、入り口をほかの騎士団からの転属のみに絞ることで、近衛と同様に二次職とした。『真実の宝珠』を使って動機が不純な輩はすべて不合格とする。一度不合格になった者は向こう二年間受け付けない」
「そこで不合格を突きつけられた連中が、今回の騒ぎの発端じゃないのか?」と彼が言うと、くまんつ様は申し訳なさそうな顔でうなずいた。
「彼らが第一騎士団に転属できないのは実力不足が原因だ。ヴィルが選考方法を変えたせいではない」
「実力のない者ほど大きな声で文句を言う。声がでかいと感化される奴も出てくる」
 魔導師団を捕らえた件が変に成功体験のようになっていて、神薙が絡むと良くも悪くも団結するのだとくまんつ様は言った。
「魔導師団を捕らえたのは幹部とごく一部の団員だった。その騒いでいる連中は別なのだろう?」
 ヴィルさんが尋ねると、くまんつ様は「ご名答」と言った。
 ――むむぅ……困りましたねぇ。

「あのぅ、あまり神格化されるのは困ります。皆さんの意識改革はできないのでしょうか。わたし、普通すぎるほど普通ですし……。それとも、もう公の場に出ないようにしたほうが良いのでしょうか」
 マリンのお兄様だからお葬式に参列させていただこうと思っただけだし、それがたまたま国葬だっただけだ。

「リアは自分が思っているほど普通ではない。だから極端に隠しすぎると神秘性が増して、狂信的な輩を生むことになってしまう。危険度を高めないためにも『時々見かける人』程度にしておいたほうが良いと思う」
「そ、そうなのですね……」
「付加価値をつけるという手もある」
「どういう??」
「出世すれば会えるとか、共通の趣味があれば会える、同性なら会えるとか。だから、王宮主催の茶会に出ているのは非常に良いと思う」
「なるほどぉ」
「緩いところと締めるところを作るのが大事だ。クリスの部下も、リアに会えはしなくとも間接的に手伝う仕事を与えれば満足する。……というのが、クリスの考えた苦肉の策だ。そういうことだろう?」
 くまんつ様はうなずいて「すべてお見通しで助かる。申し訳ない」と言った。

「単に知り合いになりたいだけでしたら、わたし、結構な頻度で街中に出没しているので、見かけた際に声をかけていただくという手もありますが……」
 食材を買い込んだり、視察を兼ねて街中の飲食店でランチをしたり、お弁当と水筒を持って広場で本を読んだりもしている。
 もちろん変装はしているし、お隣にアレンさんがいて、その周りには一般人に変装した護衛も大勢いるけれども、会おうと思えば意外とどこでも会える。

 ヴィルさんは少しねたような顔をしていた。
「変装した神薙と側仕えの騎士が、広場でサンドウィッチを食べているとは誰も思わないよ。しかも、俺が仕事でいない日に限って」
「はぅ、すみません……」
 彼は変装してもバレてしまう確率が高いので、街歩きにはステルス効果つきのアレンさんが適任なのだ。
「しかし、街に出ていることは秘密にしておいたほうがいい」
 彼は、くまんつ様の言うとおり、人手を必要とする仕事をやってもらおう、と言った。

 ただ、これだけ周りにお手伝いしてくれる人が大勢いて、仕事が欲しいと言われても、すぐには見つからない。何か新しい用を作るなどして気合いでひねり出さなくては。
 とりあえず今日のところは「思いついたらご相談します」と言うに留め、宿題にさせていただいた。

 それよりも――
 ずうーっとわたしの髪と顔を触りまくっているお隣の人はどうしたらよいのだろう。
 見た感じは全然変わらないし、いつもどおり普通に会話をしているけれど、どうやらこのお方は酔っぱらっているようだ。
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