245 / 392
[リア]
相談事 §2
しおりを挟む
ヴィルさんのグラスに入った氷が小さく音を立てた。
「クリスの言うとおり、騎士は信心深い。不自然な在り方を美徳とするよう教育されてきたせいかな」
彼は指でくるりと氷を回して軽く混ぜると、静かにソーダ割りを飲んだ。
「本来、生きとし生けるものは己の欲と生に執着する。執着が強いほど失くしたくないし、もっと手に入れたいと願うものだ」と、くまんつ様が答えた。
「そうですねぇ」
「それにも関わらず、自分以外のために体を張り、場合によっては命を差し出すことを生業としている。願わくは自分の死が有意義なものであるように。一日でも長く幸福でいられるように……。祈らずにはいられない」
「俺も面倒くさい宗派問題がなければ、休みの日に聖堂へ行って祈るかも知れないな」と、ヴィルさんはソーダ割りをもう一口飲んで小さなため息をついた。
わかるような気がする。わたしにもそれなりに執着はあった。命以外のすべてがなくなったので、思い出さないようにしているけれど。
「神薙とのつながりを探し回っても、異世界から来たリアとの接点は簡単には見つからない。少しでも自分を知ってもらおうと、彼らはリアに群がってしまう」
「先代の頃は考えられない発想だけどな」と、くまんつ様もため息をついている。
いつぞや騎士団宿舎で全然知らない騎士さんがどわーっと群がってきた理由がわかり、複雑な気分だった。
「現状、リアとお近づきになるのに最も手っ取り早い方法は、第一騎士団に入ることだ」
ヴィルさんがグラスを置くと、黒地に金の縁飾りが施されたコースターに水滴が落ちる。
「うわさを聞いたのか入団希望者が増えた。新人の選考をやっていた副団長三人が悲鳴を上げる。一方で転属希望者たちに志望動機を聞けば、神薙の近くに行きたかったと恥ずかしげもなく答える有り様……」
「そんな奴は使えないから要りません」と、アレンさんがわたしの頭をナデナデしながらつぶやいた。
先代を守っていた時代の第一騎士団は、ブラック企業のようなものだった。入団を志す人は名誉が欲しくて来る人がほとんどで、間口をうんと広くしておかないと人が集まらなかった。わたしに代替わりしてから、ずいぶん事情が変わったようだ。
「新人の採用はしばらく見合わせ、入り口をほかの騎士団からの転属のみに絞ることで、近衛と同様に二次職とした。『真実の宝珠』を使って動機が不純な輩はすべて不合格とする。一度不合格になった者は向こう二年間受け付けない」
「そこで不合格を突きつけられた連中が、今回の騒ぎの発端じゃないのか?」と彼が言うと、くまんつ様は申し訳なさそうな顔でうなずいた。
「彼らが第一騎士団に転属できないのは実力不足が原因だ。ヴィルが選考方法を変えたせいではない」
「実力のない者ほど大きな声で文句を言う。声がでかいと感化される奴も出てくる」
魔導師団を捕らえた件が変に成功体験のようになっていて、神薙が絡むと良くも悪くも団結するのだとくまんつ様は言った。
「魔導師団を捕らえたのは幹部とごく一部の団員だった。その騒いでいる連中は別なのだろう?」
ヴィルさんが尋ねると、くまんつ様は「ご名答」と言った。
――むむぅ……困りましたねぇ。
「あのぅ、あまり神格化されるのは困ります。皆さんの意識改革はできないのでしょうか。わたし、普通すぎるほど普通ですし……。それとも、もう公の場に出ないようにしたほうが良いのでしょうか」
マリンのお兄様だからお葬式に参列させていただこうと思っただけだし、それがたまたま国葬だっただけだ。
「リアは自分が思っているほど普通ではない。だから極端に隠しすぎると神秘性が増して、狂信的な輩を生むことになってしまう。危険度を高めないためにも『時々見かける人』程度にしておいたほうが良いと思う」
「そ、そうなのですね……」
「付加価値をつけるという手もある」
「どういう??」
「出世すれば会えるとか、共通の趣味があれば会える、同性なら会えるとか。だから、王宮主催の茶会に出ているのは非常に良いと思う」
「なるほどぉ」
「緩いところと締めるところを作るのが大事だ。クリスの部下も、リアに会えはしなくとも間接的に手伝う仕事を与えれば満足する。……というのが、クリスの考えた苦肉の策だ。そういうことだろう?」
くまんつ様はうなずいて「すべてお見通しで助かる。申し訳ない」と言った。
「単に知り合いになりたいだけでしたら、わたし、結構な頻度で街中に出没しているので、見かけた際に声をかけていただくという手もありますが……」
食材を買い込んだり、視察を兼ねて街中の飲食店でランチをしたり、お弁当と水筒を持って広場で本を読んだりもしている。
もちろん変装はしているし、お隣にアレンさんがいて、その周りには一般人に変装した護衛も大勢いるけれども、会おうと思えば意外とどこでも会える。
ヴィルさんは少し拗ねたような顔をしていた。
「変装した神薙と側仕えの騎士が、広場でサンドウィッチを食べているとは誰も思わないよ。しかも、俺が仕事でいない日に限って」
「はぅ、すみません……」
彼は変装してもバレてしまう確率が高いので、街歩きにはステルス効果つきのアレンさんが適任なのだ。
「しかし、街に出ていることは秘密にしておいたほうがいい」
彼は、くまんつ様の言うとおり、人手を必要とする仕事をやってもらおう、と言った。
ただ、これだけ周りにお手伝いしてくれる人が大勢いて、仕事が欲しいと言われても、すぐには見つからない。何か新しい用を作るなどして気合いでひねり出さなくては。
とりあえず今日のところは「思いついたらご相談します」と言うに留め、宿題にさせていただいた。
それよりも――
ずうーっとわたしの髪と顔を触りまくっているお隣の人はどうしたらよいのだろう。
見た感じは全然変わらないし、いつもどおり普通に会話をしているけれど、どうやらこのお方は酔っぱらっているようだ。
「クリスの言うとおり、騎士は信心深い。不自然な在り方を美徳とするよう教育されてきたせいかな」
彼は指でくるりと氷を回して軽く混ぜると、静かにソーダ割りを飲んだ。
「本来、生きとし生けるものは己の欲と生に執着する。執着が強いほど失くしたくないし、もっと手に入れたいと願うものだ」と、くまんつ様が答えた。
「そうですねぇ」
「それにも関わらず、自分以外のために体を張り、場合によっては命を差し出すことを生業としている。願わくは自分の死が有意義なものであるように。一日でも長く幸福でいられるように……。祈らずにはいられない」
「俺も面倒くさい宗派問題がなければ、休みの日に聖堂へ行って祈るかも知れないな」と、ヴィルさんはソーダ割りをもう一口飲んで小さなため息をついた。
わかるような気がする。わたしにもそれなりに執着はあった。命以外のすべてがなくなったので、思い出さないようにしているけれど。
「神薙とのつながりを探し回っても、異世界から来たリアとの接点は簡単には見つからない。少しでも自分を知ってもらおうと、彼らはリアに群がってしまう」
「先代の頃は考えられない発想だけどな」と、くまんつ様もため息をついている。
いつぞや騎士団宿舎で全然知らない騎士さんがどわーっと群がってきた理由がわかり、複雑な気分だった。
「現状、リアとお近づきになるのに最も手っ取り早い方法は、第一騎士団に入ることだ」
ヴィルさんがグラスを置くと、黒地に金の縁飾りが施されたコースターに水滴が落ちる。
「うわさを聞いたのか入団希望者が増えた。新人の選考をやっていた副団長三人が悲鳴を上げる。一方で転属希望者たちに志望動機を聞けば、神薙の近くに行きたかったと恥ずかしげもなく答える有り様……」
「そんな奴は使えないから要りません」と、アレンさんがわたしの頭をナデナデしながらつぶやいた。
先代を守っていた時代の第一騎士団は、ブラック企業のようなものだった。入団を志す人は名誉が欲しくて来る人がほとんどで、間口をうんと広くしておかないと人が集まらなかった。わたしに代替わりしてから、ずいぶん事情が変わったようだ。
「新人の採用はしばらく見合わせ、入り口をほかの騎士団からの転属のみに絞ることで、近衛と同様に二次職とした。『真実の宝珠』を使って動機が不純な輩はすべて不合格とする。一度不合格になった者は向こう二年間受け付けない」
「そこで不合格を突きつけられた連中が、今回の騒ぎの発端じゃないのか?」と彼が言うと、くまんつ様は申し訳なさそうな顔でうなずいた。
「彼らが第一騎士団に転属できないのは実力不足が原因だ。ヴィルが選考方法を変えたせいではない」
「実力のない者ほど大きな声で文句を言う。声がでかいと感化される奴も出てくる」
魔導師団を捕らえた件が変に成功体験のようになっていて、神薙が絡むと良くも悪くも団結するのだとくまんつ様は言った。
「魔導師団を捕らえたのは幹部とごく一部の団員だった。その騒いでいる連中は別なのだろう?」
ヴィルさんが尋ねると、くまんつ様は「ご名答」と言った。
――むむぅ……困りましたねぇ。
「あのぅ、あまり神格化されるのは困ります。皆さんの意識改革はできないのでしょうか。わたし、普通すぎるほど普通ですし……。それとも、もう公の場に出ないようにしたほうが良いのでしょうか」
マリンのお兄様だからお葬式に参列させていただこうと思っただけだし、それがたまたま国葬だっただけだ。
「リアは自分が思っているほど普通ではない。だから極端に隠しすぎると神秘性が増して、狂信的な輩を生むことになってしまう。危険度を高めないためにも『時々見かける人』程度にしておいたほうが良いと思う」
「そ、そうなのですね……」
「付加価値をつけるという手もある」
「どういう??」
「出世すれば会えるとか、共通の趣味があれば会える、同性なら会えるとか。だから、王宮主催の茶会に出ているのは非常に良いと思う」
「なるほどぉ」
「緩いところと締めるところを作るのが大事だ。クリスの部下も、リアに会えはしなくとも間接的に手伝う仕事を与えれば満足する。……というのが、クリスの考えた苦肉の策だ。そういうことだろう?」
くまんつ様はうなずいて「すべてお見通しで助かる。申し訳ない」と言った。
「単に知り合いになりたいだけでしたら、わたし、結構な頻度で街中に出没しているので、見かけた際に声をかけていただくという手もありますが……」
食材を買い込んだり、視察を兼ねて街中の飲食店でランチをしたり、お弁当と水筒を持って広場で本を読んだりもしている。
もちろん変装はしているし、お隣にアレンさんがいて、その周りには一般人に変装した護衛も大勢いるけれども、会おうと思えば意外とどこでも会える。
ヴィルさんは少し拗ねたような顔をしていた。
「変装した神薙と側仕えの騎士が、広場でサンドウィッチを食べているとは誰も思わないよ。しかも、俺が仕事でいない日に限って」
「はぅ、すみません……」
彼は変装してもバレてしまう確率が高いので、街歩きにはステルス効果つきのアレンさんが適任なのだ。
「しかし、街に出ていることは秘密にしておいたほうがいい」
彼は、くまんつ様の言うとおり、人手を必要とする仕事をやってもらおう、と言った。
ただ、これだけ周りにお手伝いしてくれる人が大勢いて、仕事が欲しいと言われても、すぐには見つからない。何か新しい用を作るなどして気合いでひねり出さなくては。
とりあえず今日のところは「思いついたらご相談します」と言うに留め、宿題にさせていただいた。
それよりも――
ずうーっとわたしの髪と顔を触りまくっているお隣の人はどうしたらよいのだろう。
見た感じは全然変わらないし、いつもどおり普通に会話をしているけれど、どうやらこのお方は酔っぱらっているようだ。
58
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
転生先は男女比50:1の世界!?
4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。
「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」
デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・
どうなる!?学園生活!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる