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[リア]
月とスッポン
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「お、お待ちください!」
オポンチンさんは、まだ言い足りないようだ。
わたしも最後に聞きたいことがあった。
「オポンチンさん、きちんとお詫びをする気はないのですか?」
これが彼のラストチャンスだ。
今、彼の未来はヴィルさんの手に握られている。少しでもマシな平民ライフにしたいのならば、ここで最善を尽くすことをお勧めしたい。
「私は未来の侯爵でございます!」
「……またわたくしの話を聞いていませんねぇ」
「私は平民になどなりませんッ!」
フー……ダメですわね。
彼はわたしの首でも絞めるつもりなのか、両腕を前に出して向かってこようとしていた。
この環境で、それが実現できるわけがない。
近くにいた数人の男性が助っ人に来ようとしていたけれども、それを待たずして彼は「グエェッ!!」と、まるで生まれたての恐竜のような声を出した。
アレンさんの首絞めシステムが音もなく作動したのだ。彼のお怒りゲージに比例して、徐々に締め方がキツくなっている。
周りの騎士様の手を煩わせる必要もなかった。
よせばいいのに、オポンチンさんはアレンさんを振りほどこうと腕を振り回して暴れた。
彼の貧弱な腕は目にも止まらぬ速さで後ろ手に拘束され、その手首をヒモのようなものでグルグルっと縛り上げられた。それでも彼が体をよじって逃れようとしたため、右わき腹にアレンさんの拳が入った。
「ウゴァ……ッ!!」
上半身を前に倒して苦痛に顔を歪めるオポンチンさん。
アレンさんは彼の膝を俗に言う『ひざカックン』で落とすと、床に両膝をつかせて頭を押さえつけた。体格の良い男性招待客の皆さんから思わず歓声が上がるほど、彼の一連の動作は華麗だった。
やはり月とスッポン、アレンとオポンチンだ。何もかもが天と地ほど違う。
チラリとアレンさんの顔を見ると、穏やかに微笑みかけてくれた。癒し機能付きだ。
「オポンチンさん、これは主催者ご夫妻にお詫びをする最後の機会なのですが、このままで本当によろしいのですか?」
「絶対に! 平民になどっ!! なりませんッッ!! 私は侯爵です!」
彼は叫び散らしていて話にならない。
これ以上話していると、こちらの具合が悪くなる。
「残念ですわ」
「ほ、本当に私は神薙様のためにっ!」
ヴィルさんの手の上で『真実の宝珠』が赤く光っていた。
「嘘は見破られると忠告したはずです。それに、本当にわたくしのために命を懸けて働いている人達の前で、軽々しく『神薙のため』などという言葉を使うべきではありませんわ。あなたは終始自分のことばかりを考えておられます」
わたしはヴィルさんに「あとは貴族会議の皆さまの判断にお任せすることにして、お話は終わりにしたいと思います」と伝えた。
彼は頷いてアレンさんに合図をした。
アレンさんはその視線を受け取り、オポンチンさんの襟をむんずと掴むと後ろに強く引っ張り上げ、そのまま駆け寄ってきた第一騎士団員に彼を引き渡した。
「この男を敷地の外に放り出せ!」
オポンチンさんはかなり手荒に会場から排除されることになった。
小走りで彼について行くクレアさんに小さく手を振ると、満面の笑みで手を振り返してくれた。
結局、最初から最後まで最もタフでポジティブだったのは彼女だった。
オポンチンさんとのやり取りは、超濃厚ベイクドチーズケーキを丸ごと飲み込んだかのようにズッシリと胃にもたれていたけれども、最後に彼女が見せた屈託のない笑顔は、その不快感を少しだけ和らげてくれた。
彼女の仕事は酒場で裸になって踊ること。日本にもそういうお仕事はあった。間違いなく需要がある職なのに蔑まれがちだ。相当な覚悟をもって飛び込んでいるだろうし、前向きで肝が据わっていなければできない仕事だと思う。彼女のタフさがそれを物語っている気がした。
甥の不始末を平謝りするヴァーゲンザイルご夫妻を励まし、ご子息にも声を掛けてご一家との再会を約束した。
ご夫妻は「どうにか舞踏会を再開する方向で頑張ってみる」と仰っていたけれども、会場を見るかぎり、ほとんどの招待客がヒソヒソと内緒話に夢中で、踊るような雰囲気ではなかった。
ヴィルさんは「損害賠償を求めたほうがいい」と言った。無理に舞踏会を続けるより、全額をオポンチン家に払わせて、やり直しをする方向へ持っていくほうが良いと言う。そういう手続きに詳しい知り合いの文官さんを紹介するようだ。
☟
ニッコリさんも「士気が下がっちゃった」と言うので一緒に帰ることになった。しかし、終始ニコニコしていて、まったく士気が下がっているようには見えない。なんとも安定の陽キャである。
今日はクレアさんとニッコリさんのポジティブさに助けられた。わずかに胃を刺激していた不快感も、帰りの馬車で彼と話しているうちに消えていった。
☟
エムブラ宮殿に戻り、皆をサロンに招いてお隣にあるバーを解放した。
もう料理人は夜勤を除いて仕事を終えた後だったけれども、手の空いている人に手伝ってもらいながら、簡単なおつまみとお菓子を用意した。皆でのんびりとお疲れ様会だ。
ヴィルさんは自らバーカウンターに立ち、ポルト・デリング名物となったカクテル『雪中の百合』を作って皆に振る舞っていた。
「これはもともとリアがアレンのために作ったもので……」と、彼が上機嫌でカクテルの誕生秘話を披露する。
それを聞きながら、侍女長が静かにマークさんと乾杯していた。
喋ってる? ねえ、彼は喋ってるの? どちらから声を掛けて、そうなったの??
突如として接近し始めた気になる二人の会話に聞き耳を立てたい半面、オポンチン騒ぎで食事をし損ねた騎士団員が数名いたので、それどころではなくなってしまった。腹ペコ騎士様のために、あり合わせの食材を使ってサンドウィッチを作った。
すると、なぜかニョキニョキと皆の手が伸びてきて足りなくなり、慌てておかわりを作ることに。
侍女長とマークさんも喜んで食べてくれた(ああぁ、でも気になるうっ)
アットホームな宴は笑いが絶えず、舞踏会の終了予定時刻を過ぎても続いた。
遅くなったので、ニッコリさんにはお泊まりをして頂くことになった。例によってヴィルさん達が温泉とサウナに連れていき、遅くまでチェスをして盛り上がっていたようだ。
☟
一晩寝て起きると、気分はスッキリとしていた。
ニッコリさんを交えて皆でワイワイと朝食を食べ、婚活リベンジを約束して彼らの出勤を見送った。
「昨日の彼の名前、覚えていますか?」
お庭をお散歩していると、アレンさんが聞いてきた。これは新しい人と出会った翌日に彼が必ず聞いてくることだ。
「えーと、パとかポでしたよ……あとね、オから始まるでしょ?」
様子を窺うように言うと、彼はこちらに手の平を見せて笑いながら「私は何も言っていませんよ?」と言った。
「オッポポ、オピンポン、こんな感じですよ。オッポン……オパ……? あ、わかりました! オパンポン? オパンポンヌ? オッ、オッ、オッペン……あっ、オパンポンが近いって顔してますねっ?」
「主催者は?」
「バーゲンセール侯爵でしょう?」
「惜しいっ」
「あれ? バーゲンセールじゃない? はっ! これは母国語で大安売りのことでした!」
例によって前の晩に会った人達の名前を覚えていなかったせいで大笑いだ。
「わたし、あんまり人をニワトリ頭とか言って馬鹿にできないのですよねぇ……」
アレンさんはひとしきり笑うとハンカチで目元を拭いながら「大丈夫ですよ。私が全員覚えていますから」と言ってくれた。
毎度のことながら、忘れていても「まあ、いっかー」とたいして気にせず流してしまう。
多分わたしのアタマには何かしら欠陥があるのだと思うけれども、大事な人の名前は覚えているのでヨシとしたい。
結局、この一件は領主が集まる貴族会議で大きな議題として取り上げられ、新聞でも大きく報道されることになった。
オポンチンさんは、まだ言い足りないようだ。
わたしも最後に聞きたいことがあった。
「オポンチンさん、きちんとお詫びをする気はないのですか?」
これが彼のラストチャンスだ。
今、彼の未来はヴィルさんの手に握られている。少しでもマシな平民ライフにしたいのならば、ここで最善を尽くすことをお勧めしたい。
「私は未来の侯爵でございます!」
「……またわたくしの話を聞いていませんねぇ」
「私は平民になどなりませんッ!」
フー……ダメですわね。
彼はわたしの首でも絞めるつもりなのか、両腕を前に出して向かってこようとしていた。
この環境で、それが実現できるわけがない。
近くにいた数人の男性が助っ人に来ようとしていたけれども、それを待たずして彼は「グエェッ!!」と、まるで生まれたての恐竜のような声を出した。
アレンさんの首絞めシステムが音もなく作動したのだ。彼のお怒りゲージに比例して、徐々に締め方がキツくなっている。
周りの騎士様の手を煩わせる必要もなかった。
よせばいいのに、オポンチンさんはアレンさんを振りほどこうと腕を振り回して暴れた。
彼の貧弱な腕は目にも止まらぬ速さで後ろ手に拘束され、その手首をヒモのようなものでグルグルっと縛り上げられた。それでも彼が体をよじって逃れようとしたため、右わき腹にアレンさんの拳が入った。
「ウゴァ……ッ!!」
上半身を前に倒して苦痛に顔を歪めるオポンチンさん。
アレンさんは彼の膝を俗に言う『ひざカックン』で落とすと、床に両膝をつかせて頭を押さえつけた。体格の良い男性招待客の皆さんから思わず歓声が上がるほど、彼の一連の動作は華麗だった。
やはり月とスッポン、アレンとオポンチンだ。何もかもが天と地ほど違う。
チラリとアレンさんの顔を見ると、穏やかに微笑みかけてくれた。癒し機能付きだ。
「オポンチンさん、これは主催者ご夫妻にお詫びをする最後の機会なのですが、このままで本当によろしいのですか?」
「絶対に! 平民になどっ!! なりませんッッ!! 私は侯爵です!」
彼は叫び散らしていて話にならない。
これ以上話していると、こちらの具合が悪くなる。
「残念ですわ」
「ほ、本当に私は神薙様のためにっ!」
ヴィルさんの手の上で『真実の宝珠』が赤く光っていた。
「嘘は見破られると忠告したはずです。それに、本当にわたくしのために命を懸けて働いている人達の前で、軽々しく『神薙のため』などという言葉を使うべきではありませんわ。あなたは終始自分のことばかりを考えておられます」
わたしはヴィルさんに「あとは貴族会議の皆さまの判断にお任せすることにして、お話は終わりにしたいと思います」と伝えた。
彼は頷いてアレンさんに合図をした。
アレンさんはその視線を受け取り、オポンチンさんの襟をむんずと掴むと後ろに強く引っ張り上げ、そのまま駆け寄ってきた第一騎士団員に彼を引き渡した。
「この男を敷地の外に放り出せ!」
オポンチンさんはかなり手荒に会場から排除されることになった。
小走りで彼について行くクレアさんに小さく手を振ると、満面の笑みで手を振り返してくれた。
結局、最初から最後まで最もタフでポジティブだったのは彼女だった。
オポンチンさんとのやり取りは、超濃厚ベイクドチーズケーキを丸ごと飲み込んだかのようにズッシリと胃にもたれていたけれども、最後に彼女が見せた屈託のない笑顔は、その不快感を少しだけ和らげてくれた。
彼女の仕事は酒場で裸になって踊ること。日本にもそういうお仕事はあった。間違いなく需要がある職なのに蔑まれがちだ。相当な覚悟をもって飛び込んでいるだろうし、前向きで肝が据わっていなければできない仕事だと思う。彼女のタフさがそれを物語っている気がした。
甥の不始末を平謝りするヴァーゲンザイルご夫妻を励まし、ご子息にも声を掛けてご一家との再会を約束した。
ご夫妻は「どうにか舞踏会を再開する方向で頑張ってみる」と仰っていたけれども、会場を見るかぎり、ほとんどの招待客がヒソヒソと内緒話に夢中で、踊るような雰囲気ではなかった。
ヴィルさんは「損害賠償を求めたほうがいい」と言った。無理に舞踏会を続けるより、全額をオポンチン家に払わせて、やり直しをする方向へ持っていくほうが良いと言う。そういう手続きに詳しい知り合いの文官さんを紹介するようだ。
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ニッコリさんも「士気が下がっちゃった」と言うので一緒に帰ることになった。しかし、終始ニコニコしていて、まったく士気が下がっているようには見えない。なんとも安定の陽キャである。
今日はクレアさんとニッコリさんのポジティブさに助けられた。わずかに胃を刺激していた不快感も、帰りの馬車で彼と話しているうちに消えていった。
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エムブラ宮殿に戻り、皆をサロンに招いてお隣にあるバーを解放した。
もう料理人は夜勤を除いて仕事を終えた後だったけれども、手の空いている人に手伝ってもらいながら、簡単なおつまみとお菓子を用意した。皆でのんびりとお疲れ様会だ。
ヴィルさんは自らバーカウンターに立ち、ポルト・デリング名物となったカクテル『雪中の百合』を作って皆に振る舞っていた。
「これはもともとリアがアレンのために作ったもので……」と、彼が上機嫌でカクテルの誕生秘話を披露する。
それを聞きながら、侍女長が静かにマークさんと乾杯していた。
喋ってる? ねえ、彼は喋ってるの? どちらから声を掛けて、そうなったの??
突如として接近し始めた気になる二人の会話に聞き耳を立てたい半面、オポンチン騒ぎで食事をし損ねた騎士団員が数名いたので、それどころではなくなってしまった。腹ペコ騎士様のために、あり合わせの食材を使ってサンドウィッチを作った。
すると、なぜかニョキニョキと皆の手が伸びてきて足りなくなり、慌てておかわりを作ることに。
侍女長とマークさんも喜んで食べてくれた(ああぁ、でも気になるうっ)
アットホームな宴は笑いが絶えず、舞踏会の終了予定時刻を過ぎても続いた。
遅くなったので、ニッコリさんにはお泊まりをして頂くことになった。例によってヴィルさん達が温泉とサウナに連れていき、遅くまでチェスをして盛り上がっていたようだ。
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一晩寝て起きると、気分はスッキリとしていた。
ニッコリさんを交えて皆でワイワイと朝食を食べ、婚活リベンジを約束して彼らの出勤を見送った。
「昨日の彼の名前、覚えていますか?」
お庭をお散歩していると、アレンさんが聞いてきた。これは新しい人と出会った翌日に彼が必ず聞いてくることだ。
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様子を窺うように言うと、彼はこちらに手の平を見せて笑いながら「私は何も言っていませんよ?」と言った。
「オッポポ、オピンポン、こんな感じですよ。オッポン……オパ……? あ、わかりました! オパンポン? オパンポンヌ? オッ、オッ、オッペン……あっ、オパンポンが近いって顔してますねっ?」
「主催者は?」
「バーゲンセール侯爵でしょう?」
「惜しいっ」
「あれ? バーゲンセールじゃない? はっ! これは母国語で大安売りのことでした!」
例によって前の晩に会った人達の名前を覚えていなかったせいで大笑いだ。
「わたし、あんまり人をニワトリ頭とか言って馬鹿にできないのですよねぇ……」
アレンさんはひとしきり笑うとハンカチで目元を拭いながら「大丈夫ですよ。私が全員覚えていますから」と言ってくれた。
毎度のことながら、忘れていても「まあ、いっかー」とたいして気にせず流してしまう。
多分わたしのアタマには何かしら欠陥があるのだと思うけれども、大事な人の名前は覚えているのでヨシとしたい。
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