昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

ニワトリ化

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 一代貴族の場合、嫡男がいたとしても一切の相続が許されないため、オポンチンさんだけが平民に落ちることになる。
 それに伴ってクレアさんも貴夫人にはなれないけれども、平民同士になるおかげで誰からも反対されずに結婚ができる。
 オポンチンさんが本当に彼女のことを愛しているのであれば、甘んじて受け入れる内容のお仕置きだ。

 ただ、クレアさんに語った愛が偽りだった場合は大変な屈辱になるだろう。
 自分の行動に責任を取らせるという意味ではこれ以上ない提案だった。

「誤解でございます! 信じてください!」

 やはりオポンチンさんはすんなり受け入れられないようで、焦った表情を見せていた。
 彼はなぜかわたしに向かって声を張り上げ、執拗に食い下がる。そんなことをすれば護衛を怒らせるだけなのに……やはり彼は分かっていない。
 お隣からピリピリとしたお怒りムードが漂ってきたので、ヴィルさんの手にそっと触れてなだめた。

「何が誤解なのですか?」と、わたしは訊ねた。
「私は、次期侯爵にございます!」と、オポンチンさんは鼻息を荒げて大声を出す。

 どうして男の人って、大きな声を出せば女性が言うことを聞くと思うのでしょうね?(しかも、だいたいそういう時って、話の中身がスッカラカンなの)

 ヴィルさんのピリピリ成分が増量したため、彼の手の甲をナデナデした。
 きっとオポンチンさんは女のわたしを言いくるめれば、ヴィルさんを止めてもらえるとでも思っているのだろう。

 あーもう、いっそわたしも彼の真似をしてスーパーポジティブなニワトリになってみようかしら。なーんてね。うふふ♪
 あーでも……自分で言っておいてなんですけれども、なにげそれって名案かも知れませんねぇ?

「私は! 侯家の嫡男にございます!!」

 平民になど落とされてたまるかとばかりにオポンチンさんは叫んだ。

 さすがに疲れてきたので、わたしも彼に倣ってニワトリ脳となり、これまで聞いた話をすべて忘れてしまおう。

「はい。侯家の嫡男……ですのに、平民になりたかったのでしたわね?」

 わたしはスンとして言った。

「あなたは『真実の愛』であるクレアさんと出会い、身分違いの恋に苦しんでおられました。そして、ついにその愛を貫く方法を見つけました。その方法こそがこの騒動を起こすことでしたのよね?」

 何か言いかけた彼を遮るように、わたしは「ああぁ、なんて深い愛でしょうっ」と大袈裟に言った。
 ヴィルさんがゲホッとむせかえる。
 アレンさんが口角を上げながら下を向いた。

 お仕置き案に合わせてポジティブに情報を歪曲させてみましたけれども、いかがでしょうか。
 こう言っておけば、オポンチンさんが平民落ちしても「そもそも平民になりたかった」ということで、前向きな印象になりますでしょう?
 加えて、エルデン伯令嬢は「どうしても平民になりたい彼の強い意志を尊重して差し上げた」ということになりますわよね?
 見方によっては『互いの幸せのために選択した前向きな婚約破棄』ということになるでしょう? 我ながら良いアイディアではないかと思うのです。

「い、いいえっ! 私は侯爵としての、きょっ教育を受けてまいりました!」

 あら、残念ですわ。オポンチンさんは気に入ってくださらなかったみたい。
 でも、わたくしはニワトリ脳なうえに、とてもとても思い込みが激しい困った神薙様なのです。
 超パッパラパーなので、スーパー照り焼きチキンなぎ様(かんはどこ行った?)とでも呼んで頂けたら幸いですわ。

「努力の方向を誤り残念な侯爵嫡男になりましたが、あなたは諦めずに『真実の愛』を見つけました。あなたは人生に無駄な経験は一つもないと証明したのです。どうぞお望みどおり、クレアさんと幸福に生きてくださいね。エルデン伯令嬢のことは皆で見守りますので、貴族社会にお任せくださいませ」

 オポンチンさんは顔を真っ赤にして地団駄を踏みながら癇癪かんしゃくを起こした。

「私が平民の女ごときと生涯を共にするなど、有り得ませんッッッ!!」

 彼はこれまで一方的に自分勝手な主張をし続けていたものの、同じことを他人からやられるのは耐えられないようだ。
 彼は『真実の愛』だと宣言したばかりの新しい婚約者を「平民の女ごとき」と言って、いとも簡単に切り捨てた。

 胃の辺りがむかむかした。
 心なしか隣にいるヴィルさんの体温が上昇したような気がする。
 アレンさんもオポンチンさんを鋭い目で睨みつけていて、足元を風が撫でていった。

 クレアさんは口を押さえられたまま事の成り行きを見ていたけれども、さすがに面食らった様子で彼を見上げた。
 彼が力なく手を離すと「ロフ、今のどういうこと?」と覗き込む。しかし、卑怯者はそれに答えず俯いた。

 わたしは間髪入れず「オポンチンさん」と優しく声を掛けた。
 ここで彼女に向かって謝られるのは、こちらとしては都合が悪い。
 そもそもクレアさんが彼を好いていなかったならば、こんなに面倒くさいことはやらず、王への謀反だと言って牢に入れて話は終わっていただろう。
 ヴィルさんも彼女がいるから「平民落ち」で収めようとしているのだ。

「きっとお二人はお似合いの夫婦になることでしょう。わたくしにはお二人の間に『真実の愛』が見えますわ。ぜひクレアさんと結婚なさいませ。ここにいる皆さんも祝福してくださることでしょう」

 クレアさんはこちらを向いて「応援してくれるの?」と言った。
 あんなにひどいことを言われたのに、彼女はいきなり泣き出したりしない。それどころか、わたしと話をする余裕すらある。めちゃくちゃタフな人だ。
 わたしは目を細めて「もちろんですわ」と答えた。
 彼女が悪いわけではないし、今となっては彼女がオポンチンさんの生命線だ。
 まだ彼だけが気づいていない。ここで彼女を逃がしたら、平民に落とされたときに自分の面倒を見てくれる人がおらず、一人で路頭に迷うということに。


「クレアさんが貴族になるよりも楽に結婚ができるよう、わたくしの婚約者が取り計らってくれるそうですわ」
「本当にいいの? ナントカ教育とか、そういうのを受けなくても」
「貴族にならないのなら、淑女教育の必要はありませんわ。ただ、今後は少しだけお口に気をつけるのですよ? 大切な彼のためにも」
「分かったわ。さっきは勘違いして色々言っちゃって……。助けてくれようとしてたのに、ごめんね? あたし、ロフと結婚できるのね」
「ええ。何の障害もなくなりますわ」
「ありがとう! 嬉しい!」

 オポンチンさんは大声でワーワーと何か騒いでいたけれど、わたし達はそれを無視して平和なやり取りをしていた。
 彼女はヴィルさんにも「ありがとう!」と言った。

「礼には及ばない。貴女が幸せになれるよう尽力しよう」

 ヴィルさんは世界を癒す王族スマイルで彼女を祝福した。

 今、オポンチンさんとクレアさんのパワーバランスはひどく偏っている。しかし、彼の平民落ちを機に立場は入れ替わるだろう。
 騎士など一部の人を除き、貴族は何もかも使用人任せで生活している。着替えもお風呂も一人ではできないという話だ。
 平民になった彼は、クレアさんがいなくては生活がままならなくなる。しかし、それは彼女にとってのハッピーエンドだ。

「幸せになるのですよ」と声を掛けると、彼女は幸せそうな微笑みを返した。
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