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[リア]
お仕置き
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わたし個人の都合を言うと、もう『真実の愛』で押し切ってもらいたい。
騒ぎの発端はオポンチンさんの浮気を原因とした婚約破棄劇だったものの、後半は「神薙の代わりに恨みを晴らした」だの「自分は神薙派」だのと叫び散らしており、誰が聞いても神薙に近づきたくて騒ぎを起こしたとしか思えないアピールぶりだった。
これでは「神薙が舞踏会に来たことが悪い」とも思われかねないので、せめて表向きだけでも「真実の愛ゆえの婚約破棄」というところへ落とし込みたいのだ。
しばらくすると、ようやくオポンチンさんが顔を上げて弱々しい声を絞り出した。
「クレアは私の真実の愛です……」と。
不安そうに彼の言葉を待っていたクレアさんはホッとした表情で「ウウー」と唸ると、また拘束を解こうとジタバタした。
どうやら彼女は言葉の上っ面だけを都合良く捉えてハッピーになれるタイプのようだ。こういう人なら、仮に彼とケンカをしても爆速で仲直りができそうだし、相性が良いかも知れない。
「クレアさん」
声を掛けると彼女は暴れるのを止め、大きな瞳をこちらに向けた。
一際目を引くのは豊満なお胸だけれども、よく見れば愛嬌のある可愛らしいお顔をしている。意地悪な顔でエルデン伯令嬢を見てニヤニヤしていたときとはまるで印象が違っていた。
わざと負の感情を抱くよう、良からぬ事前情報を植えつけられていたのかも知れない。
「婚約者がとんでもない悪女で結婚したくない。婚約を破棄したい」とでも言えば、この人は信じてしまいそうだ。
こちらに敵意がないことが分かったのか、彼女はもうわたしのことを睨んではいなかった。
「オポンチンさんは今日、内緒の企みがあり、ここへあなたを連れてきました。でも、残念ながらその計画は失敗し、周りに大変な迷惑をかけてしまいました。これから彼はその責任を取らなくてはなりません。そんな彼でも支えてあげられそうですか?」
彼女は頷きながら「ウーウー」と声を出し、グーで自分の胸をどんと叩いた。「任せてよ」といったところだ。
彼の沈黙で不安な思いをしたせいか、彼女は先程よりもおとなしくなっていた。
わたしが「ありがとう。頼りにしていますね」と言うと、彼女は元気に二度頷いた。幸い彼女は人の話を聞けるし、三秒で物を忘れることはなさそうだ。
あとはオポンチンさんに責任を取って頂くだけだ。
主催者にお詫びをして自ら出ていってもらうのがベストではあるけれども、果たして彼のニワトリ並みの記憶力でそこまで辿り着けるだろうか……。
お扇子の裏で口を真一文字に結んで考えていると、腰に触れていたヴィルさんの手がわずかに動いた。
「オポンチン殿、誠に残念なことだが、このことは然るべきところに報告させてもらうことになる」
ヴィルさんの言葉に、オポンチンさんは力なく「え……」と声を出した。
「参考までに伺うが、貴公は神薙の披露目の会、もしくは王宮舞踏会には参加されたのだろうか?」
「は、はい。どちらにも」
「先代の時代はこういった騒ぎが頻繁にあった。上手く気に入られて夫になった者も多い。しかし、当代の神薙に対して先程の振る舞いが意味をなさないとは考え至らなかったのだろうか。今後、一切控えて頂くよう要請する」
「あ……あの」
「本件は神薙の後見人である国王陛下、ならびに警護の最高責任者である兵部大臣、それから宰相にも報告することになる」
ヴィルさんが淡々と言うと、オポンチンさんは目を泳がせた。
「貴公らは神薙に近づくために王を利用した。破棄する前提で婚約の承認を取りつけたとは言語道断だ。何らかの処分が下るだろう」
「え……処分?」
「王宮から連絡が行くまで、王都のご自宅に留まって頂きたい。この忠告を無視されて姿を消した場合、王国全土に指名手配をかけることになる。全国指名手配は新しい制度だ。血の気の多い連中も捜索に加わることから、捕縛時の安全の保証は致しかねる。ゆめゆめお忘れなきよう、お父上にもよろしくお伝え頂きたい」
オポンチンさんの顔は真っ青だった。
やんわりと「逃げたら殺す」と言われていることは分かっているようだ。
この流れでヴィルさんが彼らを追い出して終わりになるのかと思いきや、お仕置きタイムはここからが本番だった。
「貴公は己の欲に王と神薙を巻き込んだ。これは貴族の振る舞いとして許されるものではない。私は貴公が爵位を継ぐことに反対する。本件は貴族会議にかけさせて頂き、賛成多数の場合は王に裁可を求めることとなる」
オルランディアでも不信任決議のようなものがあるようだ。
これほどまでに思い込みの激しいオポンチンさんのことだ。将来、陛下に対しても先程のようなオポンチン劇場をやらかす可能性がゼロではない。跡を継ぐことにヴィルさんが反対するのは当然のことだった。
厳しい通告をしているわりに、ヴィルさんの表情は柔らかく、気味が悪いほど穏やかだ。
わたしのような付け焼刃の微笑みとは違い、これぞ本物という感じがする。
「貴公は平民の女性を新たな婚約者とした。侯爵と平民では釣り合いが取れないため、王の承認は得られない。貴公にとってはイバラの道であろう。しかし、貴公が平民になれば何の問題もないはずだ。首謀者の現当主へは陛下が罰を与えると思うが、貴公の相続権をなくすだけではなく、オポンチン家を一代貴族に変更するよう提案するつもりだ。貴公は安心して『真実の愛』を貫かれよ」
彼は世界を癒す微笑みを浮かべながら続ける。
「貴公の気持ちはよく分かるぞ。私もリアが平民だったならば、喜んで王籍を抜ける決断をしただろう。彼女さえいれば何を失おうとも惜しくはない。それほど『真実の愛』とは尊いものだ」
はぅ……いけません、ヴィルさん。
わたくし、神薙様の能面装着中ですのに、お顔が真っ赤になっちゃいますわ……。
笑い過ぎてイエローカードをビシバシ食らっていた人とは思えない。いつの間にかヴィルさんにもニッコリ社製スーパーポジティブ・エンジンが搭載されていた。
騒ぎの発端はオポンチンさんの浮気を原因とした婚約破棄劇だったものの、後半は「神薙の代わりに恨みを晴らした」だの「自分は神薙派」だのと叫び散らしており、誰が聞いても神薙に近づきたくて騒ぎを起こしたとしか思えないアピールぶりだった。
これでは「神薙が舞踏会に来たことが悪い」とも思われかねないので、せめて表向きだけでも「真実の愛ゆえの婚約破棄」というところへ落とし込みたいのだ。
しばらくすると、ようやくオポンチンさんが顔を上げて弱々しい声を絞り出した。
「クレアは私の真実の愛です……」と。
不安そうに彼の言葉を待っていたクレアさんはホッとした表情で「ウウー」と唸ると、また拘束を解こうとジタバタした。
どうやら彼女は言葉の上っ面だけを都合良く捉えてハッピーになれるタイプのようだ。こういう人なら、仮に彼とケンカをしても爆速で仲直りができそうだし、相性が良いかも知れない。
「クレアさん」
声を掛けると彼女は暴れるのを止め、大きな瞳をこちらに向けた。
一際目を引くのは豊満なお胸だけれども、よく見れば愛嬌のある可愛らしいお顔をしている。意地悪な顔でエルデン伯令嬢を見てニヤニヤしていたときとはまるで印象が違っていた。
わざと負の感情を抱くよう、良からぬ事前情報を植えつけられていたのかも知れない。
「婚約者がとんでもない悪女で結婚したくない。婚約を破棄したい」とでも言えば、この人は信じてしまいそうだ。
こちらに敵意がないことが分かったのか、彼女はもうわたしのことを睨んではいなかった。
「オポンチンさんは今日、内緒の企みがあり、ここへあなたを連れてきました。でも、残念ながらその計画は失敗し、周りに大変な迷惑をかけてしまいました。これから彼はその責任を取らなくてはなりません。そんな彼でも支えてあげられそうですか?」
彼女は頷きながら「ウーウー」と声を出し、グーで自分の胸をどんと叩いた。「任せてよ」といったところだ。
彼の沈黙で不安な思いをしたせいか、彼女は先程よりもおとなしくなっていた。
わたしが「ありがとう。頼りにしていますね」と言うと、彼女は元気に二度頷いた。幸い彼女は人の話を聞けるし、三秒で物を忘れることはなさそうだ。
あとはオポンチンさんに責任を取って頂くだけだ。
主催者にお詫びをして自ら出ていってもらうのがベストではあるけれども、果たして彼のニワトリ並みの記憶力でそこまで辿り着けるだろうか……。
お扇子の裏で口を真一文字に結んで考えていると、腰に触れていたヴィルさんの手がわずかに動いた。
「オポンチン殿、誠に残念なことだが、このことは然るべきところに報告させてもらうことになる」
ヴィルさんの言葉に、オポンチンさんは力なく「え……」と声を出した。
「参考までに伺うが、貴公は神薙の披露目の会、もしくは王宮舞踏会には参加されたのだろうか?」
「は、はい。どちらにも」
「先代の時代はこういった騒ぎが頻繁にあった。上手く気に入られて夫になった者も多い。しかし、当代の神薙に対して先程の振る舞いが意味をなさないとは考え至らなかったのだろうか。今後、一切控えて頂くよう要請する」
「あ……あの」
「本件は神薙の後見人である国王陛下、ならびに警護の最高責任者である兵部大臣、それから宰相にも報告することになる」
ヴィルさんが淡々と言うと、オポンチンさんは目を泳がせた。
「貴公らは神薙に近づくために王を利用した。破棄する前提で婚約の承認を取りつけたとは言語道断だ。何らかの処分が下るだろう」
「え……処分?」
「王宮から連絡が行くまで、王都のご自宅に留まって頂きたい。この忠告を無視されて姿を消した場合、王国全土に指名手配をかけることになる。全国指名手配は新しい制度だ。血の気の多い連中も捜索に加わることから、捕縛時の安全の保証は致しかねる。ゆめゆめお忘れなきよう、お父上にもよろしくお伝え頂きたい」
オポンチンさんの顔は真っ青だった。
やんわりと「逃げたら殺す」と言われていることは分かっているようだ。
この流れでヴィルさんが彼らを追い出して終わりになるのかと思いきや、お仕置きタイムはここからが本番だった。
「貴公は己の欲に王と神薙を巻き込んだ。これは貴族の振る舞いとして許されるものではない。私は貴公が爵位を継ぐことに反対する。本件は貴族会議にかけさせて頂き、賛成多数の場合は王に裁可を求めることとなる」
オルランディアでも不信任決議のようなものがあるようだ。
これほどまでに思い込みの激しいオポンチンさんのことだ。将来、陛下に対しても先程のようなオポンチン劇場をやらかす可能性がゼロではない。跡を継ぐことにヴィルさんが反対するのは当然のことだった。
厳しい通告をしているわりに、ヴィルさんの表情は柔らかく、気味が悪いほど穏やかだ。
わたしのような付け焼刃の微笑みとは違い、これぞ本物という感じがする。
「貴公は平民の女性を新たな婚約者とした。侯爵と平民では釣り合いが取れないため、王の承認は得られない。貴公にとってはイバラの道であろう。しかし、貴公が平民になれば何の問題もないはずだ。首謀者の現当主へは陛下が罰を与えると思うが、貴公の相続権をなくすだけではなく、オポンチン家を一代貴族に変更するよう提案するつもりだ。貴公は安心して『真実の愛』を貫かれよ」
彼は世界を癒す微笑みを浮かべながら続ける。
「貴公の気持ちはよく分かるぞ。私もリアが平民だったならば、喜んで王籍を抜ける決断をしただろう。彼女さえいれば何を失おうとも惜しくはない。それほど『真実の愛』とは尊いものだ」
はぅ……いけません、ヴィルさん。
わたくし、神薙様の能面装着中ですのに、お顔が真っ赤になっちゃいますわ……。
笑い過ぎてイエローカードをビシバシ食らっていた人とは思えない。いつの間にかヴィルさんにもニッコリ社製スーパーポジティブ・エンジンが搭載されていた。
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