昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

置いてけぼり

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 アレンさんとフィデルさんも涙を流していた。
 異常事態だ。彼らが泣いている理由さえ想像がつかない。
「ちょっ……皆さん、どうしたの?」
 ほかの団員に助けを求めようにも、次々と伝染するように泣いていた。
 久々に味わう、この感じはオルランディア名物と言っても過言ではない。『説明が足りなくてわたしだけが何もわかってない状況』である。
 フェンリルの答えを思い返してみても、いったいどこに涙する要素があったのか疑問が増えるばかりだ。

「あの、わたしまで泣きたくなってしまうのですけれども……」

 フィデルさんがグスンと鼻をならすと、顔を覆って泣いているヴィルさんの肩をグイと持ち上げた。
「さあ仕事だ。しっかりしろ。これから死ぬほど忙しくなるぞ」

 ヴィルさんはハンカチで涙を拭うと、唇を震わせながら大きく息を吐き出している。そして、わたしの前にひざまずいた。
 彼に倣い、すべての団員が一斉に跪く。
「ちょっと、そういうのはやめてくださいって、いつも言っ――」
「リア、今だけだ。これはとても大事なことだ。今日だけは許してほしい」
「どうして?」
「俺はずっと信じていた。いつかこういう日が来ると……ずっと信じていた」
 彼は感極まったのか、また涙をこぼして制服の袖で涙を拭った。
「わたしは何がなんだか……」
「リア、愛している。出会えただけでも俺は幸福だったのに、こんな大役をくれた。ありがとう」
「大役って?」と聞くと、彼は穏やかに微笑んだ。

「暗黒の時代を終わらせる宣誓だ」

 暗黒の時代? オルランディアが? あんなに華やかな王都なのに??
 戸惑うわたしをよそに、彼は皆に聞こえるよう声を張った。
「皆よく聞け! 本日より我ら王都第一騎士団は、名をオルランディア聖騎士団に改める!」
 静かだった林が「ウオオーッ!」という雄叫びで揺れた。

 一拍置いて、皆が静かになってから彼は続けた。
「神狼フェンリル殿! ならびに、我が愛する妻……聖女リア殿!」

 え? 今、なんて?

「我らオルランディア聖騎士団は、お二方に永遠の忠誠を誓う!」

 ――は、はい?

「今なんて言ったのですか?」と尋ねたけれども、再び巻き起こった団員の雄叫びにかき消されてしまった。
 ちょっと待って。ねえ、ヴィルさん? 聞いて?
「ヴィルさん、これは何の……」
「せっかくだ。皆、派手にやるぞぉ!」
「ウオォォォィ!!」
 いつものことだけれども、全然こちらの話を聞いていない。
 ナントカ騎士団に変わった(らしい)第一騎士団は、ビシッ! バシッ! と、カッコイイ音を立てながら「主従を結ぶ儀式と褒賞をもらうときしかやらない」と言っていた臣従礼をしていた。
 なぜそんなことをしているのかはサッパリわからないけれど、一糸乱れぬその動きは圧巻だ。
 一通りやるべきことを済ませたのか、皆立ち上がり、笑顔で握手やハグをして喜びを分かち合っている。
 わたしはそれをポカーンと眺めていた。

 いまだかつてないほどエグい置いてけぼり感だ……。



 ヴィルさん、知っていますか? ナントカウサギは寂しいと死んでしまうらしいですよ? 皆と大喜びしてハグする前に、わたしに何か言うことがあるのでは?
 だって、だって……わたし、急に「聖女リア殿」と呼ばれた意味がわかっていません。
 ずっと思っていたのですけれど、オルランディアの皆さんは勝手すぎません? 人を合意なくんで「神薙様」と呼んでみたり、子どもをたくさん作れと言ってみたり、かと思いきや今度は「聖女」ですか? きちんと説明をしていただけないでしょうか。さすがにわたしも怒っちゃいますよ? カミナリが落ちちゃいますよ?

「彼はリアのことが大好きだし、顔もかっこいいよね。性格もまあ悪くはない。ちょっとバカだけど」と、フェンリルが言った。

 ええ、それは間違いないのですけれども……。
 フェンリルさん、ちょっとその話は後にしてもらえるかしら? わたしの『イヌたらし』なハンドテクニックを食らいなさい。ワンコをモフって二十年以上の大ベテランよ? ほーらほらほら、気持ちいいでしょう?

 フェンリルの胸や首をなで回してやると、彼はハァーンとかフゥーンとか言いながら、気持ち良さでもだえていた。

「さあ、帰りましょうか、聖女様」と、フィデルさんが満面の笑みで言った。

 いやいや、あのねフィデルさん、人違いだと思いますの。わたしは廉価版の「神薙様」ですわ。子どもをたくさん作るのがお仕事だと聞いています。来年はそればっかりの一年になるのだろうなぁと、今から覚悟しておりますの。だからね? 忙しい聖女様のお役目なんて無理なのですよ?

 涙を拭くときにメガネを外していたアレンさんが、そのまま近づいてきて髪に口づけをした。そして、うっとりとした表情で「やはり私の目に狂いはありませんでした。我が聖女」と言った。

 あああぁアレンさん、メガネをかけてください。話はそれからですよ? 
 あなたの目がどうかという問題ではないのです。あなたがメガネを外すと、コチラがおかしくなるのです。おかしくなったわたしに襲われたくなければ、メガネをかけてくださいませ。そうそう、イイコですね。大丈夫、メガネをかけていても十分すぎるほどすてきですよ?
 それと、わたくしは聖女ではございません。あなたのお母様(西の聖女様)とは格が違うのです。
 西の聖女様なんて、もう立派すぎちゃって……新聞でも南の聖女様と区別をするために「西の聖女様」と書かれていますでしょう? そんな素晴らしいお母様と、わたしなんかを並べないでください。恥ずかしいですわ。

「ああ、リア……」と、ヴィルさんは恍惚こうこつの表情を浮かべた。人の話を聞かない総元締めの登場だ。
 彼は「こんなにうれしい日はない」と言うと、ブチュチュチュチュッ! と、アチコチに口づけをした。もう、動きが速すぎて見えない(泣)
 お願いですから、わたしをほったらかしにしないでください。ちゃんとわかるように、ゆっくり話してっ! ストレスで身体がぷるぷるしますわっ。

 なんなの、皆して聖女聖女って。最近ようやく神薙様っぽくなってきたかな? と思っていたところだったのにいっ。
「ど、どうしてこんな……っ」
「リア? どうした?」
「説明をして頂きたいのですっ」
「ん? 何をだ?」

 ぷるぷるぷる……

 ど、どうして……どうして……

「どうして、ワンちゃんを拾うと聖女様になるのですかぁーーーッ!」

 わたしの渾身こんしんの質問に対し、ヴィルさんとフェンリルは同時に別々の言語で言った。

「ボク、イヌじゃないよ」
「彼はイヌではないぞ」

 ――わたしはその場でそれ以上質問するのをやめた。



 馬車は順調に王都へ入った。
 商人街に差しかかる頃にはフェンリルがかなり元気になっていたので、ペット用品店に立ち寄った。犬用ベッドやお手入れグッズなど色々と必要なものを買いそろえるためだ。

「イヌではない」と豪語しているものの、ここまで姿かたちが似ているのだから、多少は好みも似ているはず。何か欲しいものはあるかと聞いてみたところ、彼が欲しがったものはわたしの想定よりもはるかに多かった。

・各種ジャーキー(とりささみ・ビーフなど)
・ビスケット 二種
・噛み噛みして食べられるホネ
・木のおもちゃ、ピーピー鳴るおもちゃ
・ふわふわのぬいぐるみ、
・ボール 大小
・ひっぱり合いして遊べるロープ
・丸くて大きなお昼寝用ベッド
・愛されワンコの純金製ペンダントトップ付き首輪(高すぎ)
・おしゃれなお洋服(超高級ブランド品)
・ワンちゃん用お食事テーブル(豪華な金の装飾付き)
・高級ドッグフード(めっちゃ試食して選んだカリカリタイプ)
・ワンちゃん用ミルク などなどなど。

「フー、これであとはお肉があれば完璧だよ」と、彼は満足そうにしていた。
 彼の欲しがるものは、実家の柴犬まめ太郎さんが気に入っていたものとほぼ同じだった(もっと庶民派ですけれどね)
 お手入れグッズも一緒に購入し、荷馬車に積み込む。ナルヴィルでクッキーとお茶を降ろして空っぽになっていた車が一台、フェンリルの荷物でいっぱいになった。

 わたしは『愛の下僕』になりました……。手持ちのお金だけでは足りなくて、ヴィルさんにお金を借りました(泣)



 宮殿に着くと、フェンリルはおもちゃに夢中になった。
 出会ったとき、クタクタに弱っていたのは何だったのかと思うほど元気に遊んでいた。わたしはバッティングセンターの機械のように、彼にボールを投げ続けた。
 満足するまで遊んだ彼は、高級カリカリと温かい手作りスープのお夕飯を食べ、デザートにフルーツも食べた。

 歯磨きの時に歯を確認すると、思ったとおり、先のとがった乳歯だった。彼が何百年生きていようと、体は間違いなく子犬さんのそれである。
 ブラッシングをして、温かいタオルで全身をきれいにしてあげると、彼はわたしのベッドでスヨスヨと眠った。ペットショップで買った犬用ベッドはお昼寝に使うそうだ。
 わたしがベッドに入る頃には、完全におなかを出して、いわゆる『へそ天』状態で寝ていた。

 皆、ムクムクの銀の毛玉に夢中だった。



 この国はいつだってこうだ。

 ここに来たとき、わたしは急に拉致されてパニック状態だったのに、面白い格好の人たちに襲われかけて「拉致された感」が薄まった。
 ポルト・デリングで厳しい現実を突きつけられたときも、目の前にあった木彫りの置き物が面白すぎて話に集中させてもらえなかった。
 ヴィルさんが王宮へ乗り込み、わたしと結婚したいという話をし始めたときも、別の話で親子ゲンカが始まってしまい、実は両想いだったことを喜ぶタイミングを見失った。
 犬がしゃべったと驚いていたら、臭いクマが出てきてそれどころではなくなり、ヴィルさんがクマにやられるー!と思ったら、ヴィルさんのほうがクマより危険だった。

 先触れとして帰った団員が皆に話したのだろう、宮殿の従業員は「聖女様、お帰りなさいませ」と言って仰々しくわたしを迎えた。しかし、わたしが抱っこしている彼を見た途端、エムブラ宮殿に空前の「フェンリル様ブーム」が到来してしまった。
 このムクムクの愛らしさに敵う者など、この世にはいない。

 なぜ、突如として『聖女様』と呼ばれるようになったのか。誰もその日のうちには教えてくれなかった。
 しかし、良くも悪くも、この日を境に様々なことが変わっていった。


――――――――――――――
※メンバーサイトに幕間エピソードがあります。
『豆まき』
 皆で豆まきします。

『青鬼さんとの秘密』
 過保護な青鬼さん(アレン)のお部屋へどうぞ

『青鬼さんとの毒抜き』
 後の展開の前フリになっています。

活動状況も下記URLで発信しております。
https://note.com/mutsukihamu
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