昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

約束の言葉

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 わたしの中では、依然としてイヌ疑惑が渦巻いている。
 フェンリルは狼爪ろうそう(※前足にある親指のようなところ)を上手く使って顔をいていた。丸っこい毛玉が腕の中でモソモソと動いている。
「かゆいの?」と額を掻いてやると、彼は「ありがと」と言って狼爪をペロペロなめている。もう、どちゃくそにかわいいムチムチの子犬さんだ。

「つながったほうがいいのではないかと言われているのですが、ちょっと意味がわからなくて……。これから詳しく聞こうかと」
 こちらの状況を伝えると、ヴィルさんが珍しく慌てていた。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと、待ってくれ!」
 彼は胸のポケットから手帳を取り出す際に手を滑らせて落としてしまい、それを地面から拾い上げていた。
「俺にも話をさせて欲しい。彼に質問があると伝えてくれないか」

 わたしがそれを伝える前に、フェンリルが「いいよぉ」と言った。まだ手をなめてお手入れを続けている。
「あなた、オルランディア語がわかるの?」
「うん。でも、わかんないフリしたいの。リアと内緒話がしたいから」
 直接しゃべってくれたほうが楽なのに、フェンリルはわたしを通訳として使うつもりらしい。

「その人って今の王のムスコでしょ? リアの夫になるんだよね?」
「王兄の息子よ。どうしてわたしの婚約者だと知っているの?」
「ボク、なんでも知っているの。すごいでしょ?」
 フェンリルは得意げに小さな鼻をフフンと鳴らした。
 半ばやけくそで「すごいね」と答えてイイコイイコすると、彼はもっとなでてとばかりにグイグイ頭を押しつけてくる。行動が子犬すぎて、彼のスゴさがすんなり頭に入ってこない。

 わたしはヴィルさんに「質問をどうぞ」と伝えた。
 彼は手帳をセッセとめくっていて、目的のページを見つけたのか、ある場所で手を止めた。そして「んッんッ!」とせき払いをしてから書いてあるものを読み上げた。

 我 古き聖都 護る 王族
 我 問う
 風 今 どこ 吹く

 読み終えた彼は、とても不安そうな顔で「通じただろうか」と言った。
 わたしはうなずいた。

 彼の手帳に書かれていた文字は、英単語に振ったカタカナのルビに似たようなもので、そのまま読み上げると、多少発音がおかしいながらも「別の言語」になった。わたしがつい今しがた「イヌ語」と呼んだ言葉だ。
 たどたどしくはあったけれども、意味は通じる。単語のぶつ切りだったことも通じやすさの一助になっていた。

 それにしても「自分は古き聖都を守る王族であるが、風は今どこを吹いているのか」とは不思議な質問だ。それをわざわざイヌ語で尋ねる必要があるのだろうか。

「ふふ。約束の言葉だね」と、フェンリルが言った。
「約束の言葉って?」
「昔々、聖都の王とボクで決めた言葉だよ」
「ふうん?」
「王が子どもに伝えたんだね」

 聖都の王……? と、また首をかしげた。

 聖都とは、聖女様が降りる都のことだ。
 オルランディアの王都はかつて聖都だったけれども、聖女様が降りなくなったため、今は聖都とは呼ばない。聖女様のいない東大陸に聖都は存在しないのだ。
 つまり『聖都の王』とは『聖女様がいた時代の王様』か『別の大陸の聖都を治める王』という意味になる。

 最後の聖女様が降りたのは、八百年前だか、九百年前だか……とにかく大昔だ。その時代からヴィルさんに伝言ゲームをしていたという意味だろうか。しかも、イヌ語で? 何のために?

「ねえ、ちょっと待って。フェンリル、あなたいったい何歳いくつなの? どう見ても生後三ヶ月くらいにしか見えないのに」
 彼はわたしの質問には答えず「もっと気になること、ほかになかったの?」とあきれ気味に言った。

「そんなことよりさぁ」
「なあに?」
「ボクのオデコに、リアのをつけてみて?」
「わたしはどちらかと言うと頬ずりをしたいのだけど」
「それでも別にいいけど、カッコつかないと思うよ?」
「何の格好? こう?」
 
 わたしはわずかにフェンリルを持ち上げ、オデコをくっつけた。
 すると驚いたことに、心地良いモフモフを伝って、何かが体の中に流れ込んできた。温かいものが、頭から胸、腕、お腹、足と、どんどん巡っていく。
「な、何これ……??」

 ヴィルさんは手帳をポケットに戻しながら、心配そうにこちらを見ていた。ほかの皆もじっと静観している。

「ボクの神力しんりきが少し入っただけ。今はリアからボクに入ってくる分のほうが多いかな。ボクとリアのがつながったの。知ってる? つながると徐々に増えるんだよ。面白いよね」
 シンリキ??
 またなんだかわからないのが出てきた……増えると言われても何の話なのかサッパリだ。
「面白いよね」も、何が面白いのかわからない。

「ご、ごめんなさい。シンリキって何? ジン・リッキーなら知っているのだけど?」
「ボクはリアから神力をもらって元気になれるの」
「その分、わたしの元気がなくなるの?」
「ううん。それはないよ」
 それならオッケー。よくわからないけれど、細かいことは気にしない方向で。
 この子が弱っているのは間違いなさそうだったので、まずはケアを優先したい。シンリキだかジン・リッキーだかは後まわしだ。

「とりあえず、一緒におうちに帰りましょう? ご飯を食べて、元気になって、落ち着いたら、ゆっくりいろいろ教えて?」
「いいよ。ねえ、ずっとリアと一緒にいてもいい?」
「もちろんよ。仲良くしましょうね」
「うん」
 いずれワンちゃんと一緒に暮らすつもりだった。それが『自称オオカミのしゃべる子犬さん』に変わっただけなので、特に問題はない。

「あっ、いけない!」
 ほったらかしにしていた婚約者のことを思い出した。
 何もかも説明しないと、彼らは何が起きているか把握できないのだった。
「フェンリル、わたしの婚約者にお返事をしてもらえる?」
「あ、わすれてた。ごめんね。約束の言葉だから、返事は決まっているんだよ」
 
 フェンリルはヴィルさんに向かって、イヌ語で言った。

 我が名は 神狼フェンリル
 我 汝をゆるす者
 風 再び ここに吹く

 彼の返事を聞いたヴィルさんは、わたしの名前を呼ぶと両手で顔を覆った。
「リア……リアが……」
 わたしは心配になって彼に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「リア……」
「ヴィルさん? どうしたの?」

 彼は泣いていた。
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