昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

密かな計画

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 まだ誰にも話していないけれど、わたしだけの極秘プロジェクトがある。

「前の世界のお道具を商品化できたら売れそうですわねぇ」
 わたしはサロンでピーナッツの殻をむきながら言った。
「アルキマンの話は、素晴らしい案だったぞ」と、ヴィルさんは言った。
 彼にかかれば、アルキメディアン・スクリューも新しいアメリカンヒーローか、ポータブルオーディオプレーヤーのアレのような名前に変身してしまう(アレは「歩く男」でしたか)

「魔道具屋なら、ブランド名は『聖女のお道具箱』がかわいくて良いのでは?」
 アレンさんがにこやかに言う。
「それいいな!」
 ヴィルさんはナッツをカパッと口に入れ、美味しそうな音を立てて咀嚼そしゃくした。
 空になったお皿にむき終えたナッツを入れると、またそこに彼の手が伸びてくる。
「お道具箱、いいですわねぇ」
 調味料に、チョコにおぱんつ、美顔化粧水、そしてお道具――イレーネさんの言うとおり、本当になんでも屋状態だ。
 まだ開店前とは言え、ベルソール商会が試算したおぱんつの売り上げ予測はとんでもない規模になっている。わたしは早々に億万長者になってしまうかも知れない。それもこれも、すべてはベルソールさん一家がすごいからなのだけれど。

 自分でも「そんなに稼いでどうするの?」とは思う。
 お金って不思議だ。ここに来た当初は「無一文」という言葉の重みに圧し潰されそうだった。でも、口座にうなるほどのお金が入ってくるようになると、今度は「これをある程度使っていかなくてはいけない」という新たな焦りが湧き上がる。
 金は天下の回り物。わたしの手元に大金を滞留させるのはあまり良いことではない。貧富の差が大きいからこそ、余計にそう思う。
 大金を一気に使うよりも、少しずつずっと使い続けるほうが、世の経済のためになるはず。
 何かきちんとした目標があったほうがいいはずだ。

 ソファーでお昼寝をしていたフェンリルが「ん~~」と伸びをしている。
 次のナッツを手に取り、親指でぐっと押して殻を割った。
 シッポふりふり殻がむけるのを待っている金髪のワンコ(どうして自分でむかないのかしら。笑)

 わたしは自問自答していた。
 ありがちだけれど、ローンで家を買う、とか?
 自立を目指すという意味でも、家を買うのは良い案だ。
 ふと前にヴィルさんが言っていたことを思い出した。
「もし王都を追われたら、田舎で農家をやろうな」
 彼は農家、わたしはアレンさんとカフェをやるという「都落ち構想」の話だ。
 くまんつ様は「海が近い場所にしろ」と言ったらしい。気軽に海釣りをしたいそうだ。
 この話をするときは皆がすごく楽しそうで、まるで悲壮感がない。皆、生まれながらに生きる道が決まっているような人たちなので、心のどこかに別の人生への憧れがあるのだろう。
 しかし、そういう「万が一」が起きない保証はどこにもない。お義父様からも「備えは万全に」と言われている。
 逃げる時は南へ向かって逃げること、その時、そばにヴィルさんがいないことも想定しておくこと。必ず逃げ切ること……

 そこでピコン! と、ひらめいた。
 ぱぱっと手をはたき、ついていた殻を落とす。ついでにテーブルをきれいに拭いた。

 有事に備えて、本気で都落ちの準備をしてしまうのはどうかしら♪

 宮殿の倉庫には食べ物などの備蓄がある。ただ、それは被災した場合や、聖女宮から外に出られないときに、皆が飢えないようにするための備えだ。
 それ以外の備えというと『王都を追われても逃げ延びる』という避難訓練のシナリオだけ。

 そうよ。問題は逃げ出した後なのだわ……

 一生、王都に戻ってこられない「究極の都落ち」シナリオもあるはずだ。
 人に紛れ、貴族オーラを消し飛ばし、身分を隠して平民として生きる。
 そこそこハッピーに生きていけるよう備えるには、多くのものが必要になるはずだ。お金が必要だし、住む場所は必須。新たな土地にたどり着いてから家を買おうと動けば、目立ってバレてしまう。
 計画的にやらなくては。

 わたしの場合、魔道具さえあれば平民生活はお手のものだ。
 先にわたしだけ市井に紛れ込んでおく案はどうだろう?
 それができたら、当初目標だった自立もできるし、スローライフやカフェ経営も、やろうと思えばできるのでは?
 ちょっと過激すぎる? さすがのアレンさんも怒るかしら。

「どうした?」と、ヴィルさんが言った。
 わたしはプルプルと首を横に振った。
「なんでもないですわ」
 いけない。ニヤニヤしちゃいそう。むふふ。
 やっぱりわたしは根っからの平民なのだわ。だって、こんなにワクワクするのだもの。聖女様になってもこんな高揚感はなかったけれど、平民生活のことを考えると胸が高鳴る。

 席を立った。
 図書室へ行きたい。猛烈に行きたい。いいえ、今すぐ行かなくてはならないわ!
 平民生活に備えて準備をしましょう♪
 初めはみんなにナイショでやるの。だって、王都を追われて逃げるときの備えですもの。知っている人は極力少ないほうがいいでしょう? 必要な人にだけコソッと教えておくからこそ、無事に逃げおおせるというものよ。
 ヴィルさんには準備が整ったところで教えてあげることにしましょう。アレンさんには、そのちょっと前くらいに話して……。

「何を企んでいる」
「マア、ヒドイ。わたくしを信用していらっしゃらないの?」
「こーら、悪い子だ。白状しろ」
「ちょっとお買い物をしようかなって思っただけですわ」
「何を買うのだ? こらっ、逃げるな!」

 テテテッと走って逃げた。

 平民ハウスってどのくらいのお値段で買えるのかしら。やっぱりこちらも土地代と建物代が必要なのかしら? でも、土地はすべて陛下のものだから、建物だけを買うということなのかしら? 
 まずは不動産について、しっかりお勉強しなくては♪

 そうだわ。この『はれんちスリーブ』もなんとかしないといけないのだった。温度調節をする魔法か護符を早急に習得しなくては、町の不動産屋さんにも行けない。
 大変大変。調べなくてはならないことがたくさんあるわ。
 勉強した後はベルソールさんに相談しようかしら。信頼できる不動産屋さんを紹介してもらおう。彼なら秘密も守ってくれるし。

 るんたっ♪ るんたっ♪ たーのしいなっ♪

 エレベーターホールまで上機嫌でスキップをしていたら、腰に誰かの腕がぐるっと巻きついた。ぐんっと衝撃があって体が引き戻される。
「きゃんっ」

「リーアーさーまー」という声が聞こえるのと同時に、足が床から離れて宙に浮いた。
「は、は、わ……っ」
 焦ってぱたぱたと足を動かすものの、つま先が空を切っている。
 ああぁっ、ダメですわ。浮いていますわっ。
 そろーっと後ろを振り返ると、メガネのイケメンが額に青スジを立てていた。
 キャーーーッ!!

「あああアレンさん……怒っているの?」
「転んだらどうするのですかっ」
「だって、もう階段じゃないから転ばない……」
「意味がわかりませんっ。ちょっと目を離した隙にいなくなって」

 そういえば、走るときはアレンさんを引っ張って走ると決めたばかりだったのに、もう忘れて単独ダッシュをしてしまった。ついでにスキップも見られた。
「ご、ごめんなさい。急に調べ物がしたくなってしまって、どうしても今すぐ図書室に行きたいのです」
 珍しくプリプリしているアレンさんは、言い訳するわたしを渋々エレベーターに乗せた。行き先階にダイヤルを合わせてチョチョイと魔力を流している。
 リア様専用エレベーターだ。
 このほかにも四基ほど稼働している魔導昇降機エレベーターは、天人族の騎士が警備ついでに乗り、人や荷物を運びまくっている。前のお屋敷は低層階しか使っていなかったのでめったに必要なかったけれども、ここでの暮らしには必須だった。

「あの、降ろして……」
「ちゃんと私につかまっていてください?」
「怒らないで?」
「怒ってなどいません。ただ、ハラハラしていただけです」

 じょいーん♪
 ……行き先階に着いた合図の音である。

「変な音ですわ」
「リア様の世界の昇降機はどのような音なのですか?」
「ポーン♪ って言います」
「変な音ですね。普通はジョイーンですよ?」

 慣れましょうね。じょいーん……。

 その後、一応図書室までは連れていってもらえた(※抱っこのまま)
 しかし、わたしはそこで彼のお膝に乗せられ、ものすごい密着状態で長々と𠮟られる「お膝の刑」に処された。
 イケメンに抗うので忙しく、なぜ𠮟られているのかも良くわからない。お説教の内容はほとんど頭に入ってこなかった。
 エレベーターに一人で乗ってはいけないということは一応理解した。

 家を買って避難場所を作ろうとしている件については、まだ誰にも話していない。
 今は住宅ローンのお勉強中である。
「聖女が不動産を転がす気ですか? 住宅ローンを組んで?」
 一般常識として読んでいるだけだと説明しても、やたらとアレンさんが突っ込んでくる。
 わたしは本を見たまま、スーンと聞こえないふりをした。
「言わないつもりですか? 私に秘密を作ると?」
 彼は髪をナデナデしてわたしの読書を邪魔してくる。
 この調子だと、住宅情報誌は部屋でコッソリ読んだほうがいいかも知れない。誰かに頼んで密かにお部屋へ運び入れてもらおう。ほかの種類の雑誌も一緒に持ってきてもらえば、家を探しているとまでは思わないはず。

 立地選びは重要だ。王都から近い隠れ家では、すぐにバレてしまう。そうかと言って遠すぎると……
 はっ!
 今ふと気づいたのだけど、遠くに家を買ったとして、わたしはどうやってその家まで通うのかしら。
 空っぽの家だけがあってもダメなのよ。避難した時に困らないよう、家具などをそろえておかなくては。それを一人でどうやるのかしら……

 皆にナイショでやるのは意外に難しそうだ。
 しかし、お義父様の話では、非常時は誰が裏切るかわからないと言っていた。知っている人は極力少なくして、追っ手が来ないように準備をしなくてはいけない。
 アレンさんだけには先に伝えておいて、二人で家具を買いに行って準備するとか、そんな感じになるのだろうか。
 モヤモヤ考えていると、急に「ふーーっ」と、耳に息を吹きかけられた(ぴぎゃーっ!)
「あああぁアレンさんっ!? 何をなさるのっ!」
 抗議すると、彼はスーンとすまして聞こえないふりをした。

 こうして始まった秘密の都落ちプロジェクトは、わたしのうっかりが原因で思わぬトラブルを引き起こすことになった。
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