20 / 62
20 side雨月
しおりを挟む
忘れもしない18年前の11月1日。8歳になる年、おれは母さんを亡くした。
自動車事故だった。けれど、それは被害者としてではなく加害者として起こした事故。
世間は母さんの事を飲酒運転で事故を起こした人間と報道した。
でも、そんなの信じなかった。だって、母さんは酒が全く飲めなかったのだから。
マスコミは引き取ってくれた祖父母のもとに毎日のようにやって来た。
その度におれたちは母さんの無実を訴えた。
だけど、誰も耳を貸してはくれなかった。信じようともしてくれなかった。
小学校を卒業するまで三度転校した。どこへ行っても加害者の子供と言われ、酷いいじめを受けた。
中学に上がる頃、周囲からバッシングを受ける中、祖父母が相次いで亡くなった。
お葬式で、伯父さんという人に初めて会った。
何でも、勘当されていたから、母さんが亡くなった事を祖父母から伝えられていなかったらしい。
けど、祖母が亡くなる直前、伯父──裕太郎さんに連絡をしてくれたらしく、おれは裕太郎さんが住むフランスに行く事になった。
フランスでの生活は日本でのあの煩わしかった喧騒が嘘のように穏やかなものだった。
誰もおれの事を知らない。いじめてこない。
誰も彼もが、自分の人生を謳歌していた。
成長するにつれ、経営者でもありデザイナーでもある裕太郎さんの仕事に興味を持つようになった。
そして、裕太郎さんについて仕事場を見学するようになってから1年が過ぎた頃、おれはカメラマンという職業に魅せられる事になる。
カメラの世界は奥深くて、撮っても撮っても答えのない答え探しのように様々な技法を学んだ。
大学を出てからも答えを探し続けるようにカメラにのめり込んだ。
そうして1年、2年と過ごす内に何度か賞も取った頃、母さんの17回忌がやってきた。
それを機に、今まで触れてこなかった母さんの遺品を整理しようという事になった。
…そこで、おれは見つけてしまった。
それは、生前母さんが書いてた日記だった。
───4月1日
今日から新しい勤め先。うまくやっていけるか不安だけど、あの人がいるから大丈夫。頑張ろう。
───6月6日
やっとあの人と夫婦になれた。幸せな家庭を築きたい。これからの生活が楽しみだ。
───9月11日
会社でゆりえと再会した。驚いた事にゆりえは会社の副社長をしているらしく、しかも社長夫人だという。
会うのは学生の頃以来だけど、ゆりえはあまり変わっていなかった。あの頃が懐かしい。
───10月2日
ゆりえが旦那さんを紹介してくれた。冷泉院さんは気さくな人で、良い人そうだった。ゆりえ、良い人と結婚できてよかったね。今度お互いの夫を紹介し合おうと約束した。
───10月7日
今日は約束の日。なんと夫と冷泉院さんは兄弟だった。夫があの冷泉院グループの長男だった事には驚いたけれど、実家の事は気にしないでいいと言ってくれた。
───10月15日
…最近、誰かに見られている気がする。行きも帰りも、誰かの気配がする。気味が悪い。気のせいだといいのだけれど…
───11月8日
ストーカーが誰か分かった。冷泉院さんだ。
どうしてこんな事をするのか聞くと、私の事が好きだからだと言う。
止めてくれと頼んだ。私には夫がいるのだから。でも、冷泉院さんは頷かなかった。
───11月24日
あれから冷泉院さんからのアプローチが大胆になってきたような気がする。
会社でも、ゆりえの前でも露骨に誘ってきたりする。
もうこんな事は止めて欲しい。どうすれば止めてくれるのだろう。こんな事、誰にも言えない…
───12月5日
ついに冷泉院さんが止めると頷いてくれた。でも、交換条件があった。
───12月12日
今日、冷泉院さんと食事に行く。正真正銘、これで最後だ。今日を我慢すれば全て終わる。
───12月14日
騙された。嘘つき。あいつの顔なんかもう二度と見たくない。
酔わされた。私は絶対に浮気なんかしてない。
───1月10日
検査薬で妊娠しているのが分かった。病院に行った。
夫は喜んでくれたけれど…嫌な予感がする。だって、三週間前に私はあいつと…
───1月31日
あの人がいなくなった。どうして帰ってこないの?お腹の子の事を知ったから?
お願い、一人にしないで。
───2月9日
ゆりえに相談された。夫婦仲がうまくいっていないらしい。
泣きながら夫の浮気症をどうすればいいと、私を信じて聞いてくるゆりえの眼を真っ直ぐ見られなかった。
───2月20日
会社を辞めた。もう耐えられない。あいつと顔を合わせる事も、ゆりえに顔向けできない事も。何もかも、もう嫌だ。
───11月25日。
生まれた。雨が降る月夜だ。雨月と名付けた。可愛い。この子は私が育てる。
この子に罪はないのだから。
───5月5日
久しぶりに日記を書く。
雨月が生まれてからもう8年になる。この8年、長いようで短かったようにも思える。
…あの人は一体どこへ行ったのだろう。
───10月24日
生活が苦しい。このままでは立ち行かなくなってしまう。私はともかく、雨月の事だけでも何とかしなければ。
…癪だけれど、あいつを頼る事にしよう。
───10月31日
雨月を育てるために助けてくれないかと頼んだ。…でも、ダメだった。
仕方がない。ゆりえに会いに行こう。
自動車事故だった。けれど、それは被害者としてではなく加害者として起こした事故。
世間は母さんの事を飲酒運転で事故を起こした人間と報道した。
でも、そんなの信じなかった。だって、母さんは酒が全く飲めなかったのだから。
マスコミは引き取ってくれた祖父母のもとに毎日のようにやって来た。
その度におれたちは母さんの無実を訴えた。
だけど、誰も耳を貸してはくれなかった。信じようともしてくれなかった。
小学校を卒業するまで三度転校した。どこへ行っても加害者の子供と言われ、酷いいじめを受けた。
中学に上がる頃、周囲からバッシングを受ける中、祖父母が相次いで亡くなった。
お葬式で、伯父さんという人に初めて会った。
何でも、勘当されていたから、母さんが亡くなった事を祖父母から伝えられていなかったらしい。
けど、祖母が亡くなる直前、伯父──裕太郎さんに連絡をしてくれたらしく、おれは裕太郎さんが住むフランスに行く事になった。
フランスでの生活は日本でのあの煩わしかった喧騒が嘘のように穏やかなものだった。
誰もおれの事を知らない。いじめてこない。
誰も彼もが、自分の人生を謳歌していた。
成長するにつれ、経営者でもありデザイナーでもある裕太郎さんの仕事に興味を持つようになった。
そして、裕太郎さんについて仕事場を見学するようになってから1年が過ぎた頃、おれはカメラマンという職業に魅せられる事になる。
カメラの世界は奥深くて、撮っても撮っても答えのない答え探しのように様々な技法を学んだ。
大学を出てからも答えを探し続けるようにカメラにのめり込んだ。
そうして1年、2年と過ごす内に何度か賞も取った頃、母さんの17回忌がやってきた。
それを機に、今まで触れてこなかった母さんの遺品を整理しようという事になった。
…そこで、おれは見つけてしまった。
それは、生前母さんが書いてた日記だった。
───4月1日
今日から新しい勤め先。うまくやっていけるか不安だけど、あの人がいるから大丈夫。頑張ろう。
───6月6日
やっとあの人と夫婦になれた。幸せな家庭を築きたい。これからの生活が楽しみだ。
───9月11日
会社でゆりえと再会した。驚いた事にゆりえは会社の副社長をしているらしく、しかも社長夫人だという。
会うのは学生の頃以来だけど、ゆりえはあまり変わっていなかった。あの頃が懐かしい。
───10月2日
ゆりえが旦那さんを紹介してくれた。冷泉院さんは気さくな人で、良い人そうだった。ゆりえ、良い人と結婚できてよかったね。今度お互いの夫を紹介し合おうと約束した。
───10月7日
今日は約束の日。なんと夫と冷泉院さんは兄弟だった。夫があの冷泉院グループの長男だった事には驚いたけれど、実家の事は気にしないでいいと言ってくれた。
───10月15日
…最近、誰かに見られている気がする。行きも帰りも、誰かの気配がする。気味が悪い。気のせいだといいのだけれど…
───11月8日
ストーカーが誰か分かった。冷泉院さんだ。
どうしてこんな事をするのか聞くと、私の事が好きだからだと言う。
止めてくれと頼んだ。私には夫がいるのだから。でも、冷泉院さんは頷かなかった。
───11月24日
あれから冷泉院さんからのアプローチが大胆になってきたような気がする。
会社でも、ゆりえの前でも露骨に誘ってきたりする。
もうこんな事は止めて欲しい。どうすれば止めてくれるのだろう。こんな事、誰にも言えない…
───12月5日
ついに冷泉院さんが止めると頷いてくれた。でも、交換条件があった。
───12月12日
今日、冷泉院さんと食事に行く。正真正銘、これで最後だ。今日を我慢すれば全て終わる。
───12月14日
騙された。嘘つき。あいつの顔なんかもう二度と見たくない。
酔わされた。私は絶対に浮気なんかしてない。
───1月10日
検査薬で妊娠しているのが分かった。病院に行った。
夫は喜んでくれたけれど…嫌な予感がする。だって、三週間前に私はあいつと…
───1月31日
あの人がいなくなった。どうして帰ってこないの?お腹の子の事を知ったから?
お願い、一人にしないで。
───2月9日
ゆりえに相談された。夫婦仲がうまくいっていないらしい。
泣きながら夫の浮気症をどうすればいいと、私を信じて聞いてくるゆりえの眼を真っ直ぐ見られなかった。
───2月20日
会社を辞めた。もう耐えられない。あいつと顔を合わせる事も、ゆりえに顔向けできない事も。何もかも、もう嫌だ。
───11月25日。
生まれた。雨が降る月夜だ。雨月と名付けた。可愛い。この子は私が育てる。
この子に罪はないのだから。
───5月5日
久しぶりに日記を書く。
雨月が生まれてからもう8年になる。この8年、長いようで短かったようにも思える。
…あの人は一体どこへ行ったのだろう。
───10月24日
生活が苦しい。このままでは立ち行かなくなってしまう。私はともかく、雨月の事だけでも何とかしなければ。
…癪だけれど、あいつを頼る事にしよう。
───10月31日
雨月を育てるために助けてくれないかと頼んだ。…でも、ダメだった。
仕方がない。ゆりえに会いに行こう。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
またのご利用をお待ちしています。
あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。
緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?!
・マッサージ師×客
・年下敬語攻め
・男前土木作業員受け
・ノリ軽め
※年齢順イメージ
九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮
【登場人物】
▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻
・マッサージ店の店長
・爽やかイケメン
・優しくて低めのセクシーボイス
・良識はある人
▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受
・土木作業員
・敏感体質
・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ
・性格も見た目も男前
【登場人物(第二弾の人たち)】
▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻
・マッサージ店の施術者のひとり。
・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。
・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。
・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。
▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受
・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』
・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。
・理性が強め。隠れコミュ障。
・無自覚ドM。乱れるときは乱れる
作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。
徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。
よろしくお願いいたします。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる