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しおりを挟む「あらまあ、三門坊ちゃんじゃないですか。お帰りなさいませ」
「…坊ちゃんはやめてくれ」
出迎えてくれたばあやに、げんなりとしつつも元気そうにしている事に安堵する。
「今日は急にどうされたんです?奥様なら──」
「いや、ゆりえさんに用があった訳じゃない」
「? そうなんですか?」
「ああ。…なあ、倉庫の鍵ってどこにあるか知ってるか?」
「ええ、存じておりますが…」
「ちょっと開けてくれねえか」
「それは構いませんが…何かお探し物でも?それならこのばあやが探しておきますが──」
「いや、いい。自分で探す」
「さようでございますか」
「では、こちらに」と歩き出したばあやの後を追いながら、オレは今日ここ──冷泉院本家の屋敷に来る事になった経緯を思い出していた。
*****
「…ブレーキ?」
雨月の手伝いをすると決まった後、オレたちはお互い知っている情報を交換し合い、どうすれば目的を果たせるのか話し合った。
そしてその過程で、オレは記憶にあった名雪彩子が叫んでいたと思しき言葉を雨月に伝えた。
「確かにそう言っていたんですか?」
「いや、ガキの頃の記憶だからな。自信があるとは言えねえ。…悪い」
「いえ、謝らないで下さい。でも、そうですね…もしそれが本当だったとしたら、母さんの事故はやっぱり情報が捻じ曲げられていたという事になります」
「確か、お前の伯父が言ってたんだよな。ゆりえさんがもしかしたら『酒を飲んでいた』という嘘の情報を流した犯人じゃないかって」
「はい…もっと別の原因があった可能性があると言っていました」
もう少し気付いた事を聞きたかったが、伯父はまだ昏睡状態だ。…オレと雨月でやるしかない。
まずは証拠を集めなければ。
そのためには、まず…
「実家に行ってくる」
「え?」
「冷泉院の本家に、確かゆりえさんの私物が仕舞ってある倉庫があったはずだ。そこに何か無いか探ってくる」
「そうですか…では、そちらは宜しくお願いします」
「おう、任せろ。…で、お前はどうするんだ?何か他に当てがあるのか?」
「えっと、まあ、有ると言えば有るんですが…」
そう聞くと、何故か雨月は言いにくそうに口籠る。
「? 何だよ」
「…君の前で言うのは非常に心苦しいのですが」
「………」
「その…ゆりえさんには複数人、囲っている愛人の方々がいます」
「ぶっ」
思わず、飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになる。
「げほっ。はあ!?愛人!?」
「はい。何でも芸術を志している若者たちばかりだそうです」
「…あー…つまり、」
「ゆりえさんがパトロンという事になりますね」
「………」
まじかよ
あまりの衝撃にこめかみを押さえる。
「大丈夫ですか?」
「…続けてくれ」
手の平を見せて大丈夫だと示し、先を促す。今はこんな事くらいで驚いている場合ではない。
「近々、その愛人さん達が集まって新しい愛人の方を歓迎する会を開くそうです」
「何だそれ。えらく和気藹々としてんだな。普通自分の他にも愛人がいるって知ってたらもっと殺伐としねえか?」
「さあ…どうなんでしょう。他を知らないので何とも言えませんね」
「まあ、確かにな」
雨月が知っていたら知っていたで、嫉妬で問い詰めていた事だろう。
「それでですね。おれも新しい愛人の一人として、その会に潜入して来ようと思うんです」
「………は?」
「古来より愛人には口が軽くなると言いますから。何か知っていると思うんです」
そりゃあ、まあ確かにそう言うとは言うが…
「大丈夫ですよ。愛人といっても既にゆりえさんと懇意にしている誰かの紹介で入る人がほとんどだそうで、月に一度開かれるパーティーでゆりえさんのお眼鏡に適った人だけが愛人になる事ができるそうですよ」
「………」
初めて聞く事実の数々に、開いた口が塞がらなくなりそうだ。
…まあでも、改めて思い返してみても、ゆりえさんと通さんの夫婦仲はあまり良くなかったと思う。
オレの前ではいつも笑顔で接してくれたが、二人が笑い合っている所を見た事がない。
それにオレと竜雅が成人して家を出てからは、別居をし始めたと聞いた。
通さんが大の女好きで浮気を繰り返していた事は雨月から聞くまで知らなかったが、だがそんな昔から冷え切った関係であったのなら、ゆりえさんだけ愛人がいる事を責めるのはおかしいというものだろう。
「じゃあ、決まりだな」
オレは冷泉院の本家を、雨月はその愛人たちとやらが集う会を。
「気を付けろよ」
「はい」
そんなこんなで、オレは次の休みの日に冷泉院本家を訪れたのだった。
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