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カタン──と扉が開く音がして、振り向く。
「来とったんか。気配せんから分からんかったわ」
そう言ってぬっと入ってきた、濃紺のコートに身を包んだ長身の男。
俺と同じようにコートを掛けてベッドを挟んだ反対側にイスを引いてきて砂酉は腰を下ろした。
「虹は…相変わらずか」
「…ああ」
黒灰色の瞳を細め、落胆混じりの呟きを落とす。
俺はそれに一言だけ答えて、そんな同じやり取りを、もう何度交わしたのだろう。
「いつこっちに戻ってたんだ?」
「昨日の晩や」
切れ長な眼と威圧感ある風貌はそのままに、しかし奏でるバイオリンの音色は超繊細という(謳い文句が売りらしい)ギャップを持つコイツは
海外コンサートから帰国した時は真っ先にこうして見舞いにやってくる。
ちなみに、ここは砂酉の親戚がやっている系列の病院らしい。
どこまでも金持ちめ。
「未だにお前とバイオリンっていう組み合わせが違和感半端ねえわ」
「やかましいわ。ギャップがあってええやろが」
「自分で言ってりゃ世話ねえな」
久しぶりに交わす会話に、お互いに顔を見合わせて笑う。
「………」
「? 何や?間抜け面して」
「誰が間抜け面だ。ぼうっとして、とかあんだろ」
「あ?やからそう言うたやろが」
「…言ってねぇよ」
その前に分かるか。
相変わらず日本語不自由だな、と溜め息が出る。
「ちょっと…昔の事を思い出してたんだよ」
「昔?」
「懐かしい夢でも見たからかもな」
夢?と疑問符を浮べている奴に向かってニヤリと口角を上げる。
「お前、初っ端から『信用してない』はねぇだろ」
「………会うたばっかで『信用しとる』言うた方が100パー怪しいやろが」
一瞬何の事だと目を瞬かせていたが、直ぐに思い至ったらしい。
バツの悪そうな顔に更に笑みがニヒルになっていく。
「お前の言い回しが独特過ぎんのが悪いんだよ」
「…虹は分かっとった」
「コイツはコイツで変わってたからだろ」
「オレも変わっとる言いたいんか」
「お前自分が変わってないとでも思ってんの?」
「虹ほどやないわ」
「どっちもどっちだろ」
「そこはオレが勝っとる言えや」
「はあ?面倒くせぇな…。ハイハイ、お前の方が勝ってるよ。ヨカッタネー」
面倒臭い負けず嫌いに適当に返すと、納得していないというようにムスッとされる。
そんな砂酉を揶揄っていると、ピロンと着信音が鳴った。
画面を見た砂酉から「げっ」という声が上がる。
「何て来たんだ?」
「こっちに戻るなら連絡ぐらいしろ、て」
「してなかったんだな」
「……発つ前までは覚えとった」
「それを世間では忘れてたって言うんだろ」
「…………」
「ごちゃごちゃ言い訳並べるより早めに謝った方が身のためだと思うけどな。俺は」
「……………ちょっと電話してくるわ」
電話を選ぶあたりが懸命な判断だな。
「頑張れよ」と見送って、再び静かになった病室に規則正しい電子音が鳴り響く。
「……雨か」
変わらず何の反応も示さない寝顔から、ふと視線を上げるとぽつぽつと雨粒が窓を濡らし始めていた。
立ち上がって窓辺に近付く。
そして、シトシトと降り始めた光景から何とはなしに花瓶に生けられた花に目がいった。
「……そういえば、部活…やってたんだよな。俺」
ポツリと零した問いに、答えは当然返ってこない。
「何だっけか…ああ、栽培部だ」
けれど、全く期待していない訳じゃない。
『もしかしたら』という願望が捨てきれなくて
こうしていたら、いつか…なんて淡い期待を持ち続けている。
何でだろうな、今日はやたらと昔の事を思い出す。
きっと、今朝見たあの夢のせいだ───。
「来とったんか。気配せんから分からんかったわ」
そう言ってぬっと入ってきた、濃紺のコートに身を包んだ長身の男。
俺と同じようにコートを掛けてベッドを挟んだ反対側にイスを引いてきて砂酉は腰を下ろした。
「虹は…相変わらずか」
「…ああ」
黒灰色の瞳を細め、落胆混じりの呟きを落とす。
俺はそれに一言だけ答えて、そんな同じやり取りを、もう何度交わしたのだろう。
「いつこっちに戻ってたんだ?」
「昨日の晩や」
切れ長な眼と威圧感ある風貌はそのままに、しかし奏でるバイオリンの音色は超繊細という(謳い文句が売りらしい)ギャップを持つコイツは
海外コンサートから帰国した時は真っ先にこうして見舞いにやってくる。
ちなみに、ここは砂酉の親戚がやっている系列の病院らしい。
どこまでも金持ちめ。
「未だにお前とバイオリンっていう組み合わせが違和感半端ねえわ」
「やかましいわ。ギャップがあってええやろが」
「自分で言ってりゃ世話ねえな」
久しぶりに交わす会話に、お互いに顔を見合わせて笑う。
「………」
「? 何や?間抜け面して」
「誰が間抜け面だ。ぼうっとして、とかあんだろ」
「あ?やからそう言うたやろが」
「…言ってねぇよ」
その前に分かるか。
相変わらず日本語不自由だな、と溜め息が出る。
「ちょっと…昔の事を思い出してたんだよ」
「昔?」
「懐かしい夢でも見たからかもな」
夢?と疑問符を浮べている奴に向かってニヤリと口角を上げる。
「お前、初っ端から『信用してない』はねぇだろ」
「………会うたばっかで『信用しとる』言うた方が100パー怪しいやろが」
一瞬何の事だと目を瞬かせていたが、直ぐに思い至ったらしい。
バツの悪そうな顔に更に笑みがニヒルになっていく。
「お前の言い回しが独特過ぎんのが悪いんだよ」
「…虹は分かっとった」
「コイツはコイツで変わってたからだろ」
「オレも変わっとる言いたいんか」
「お前自分が変わってないとでも思ってんの?」
「虹ほどやないわ」
「どっちもどっちだろ」
「そこはオレが勝っとる言えや」
「はあ?面倒くせぇな…。ハイハイ、お前の方が勝ってるよ。ヨカッタネー」
面倒臭い負けず嫌いに適当に返すと、納得していないというようにムスッとされる。
そんな砂酉を揶揄っていると、ピロンと着信音が鳴った。
画面を見た砂酉から「げっ」という声が上がる。
「何て来たんだ?」
「こっちに戻るなら連絡ぐらいしろ、て」
「してなかったんだな」
「……発つ前までは覚えとった」
「それを世間では忘れてたって言うんだろ」
「…………」
「ごちゃごちゃ言い訳並べるより早めに謝った方が身のためだと思うけどな。俺は」
「……………ちょっと電話してくるわ」
電話を選ぶあたりが懸命な判断だな。
「頑張れよ」と見送って、再び静かになった病室に規則正しい電子音が鳴り響く。
「……雨か」
変わらず何の反応も示さない寝顔から、ふと視線を上げるとぽつぽつと雨粒が窓を濡らし始めていた。
立ち上がって窓辺に近付く。
そして、シトシトと降り始めた光景から何とはなしに花瓶に生けられた花に目がいった。
「……そういえば、部活…やってたんだよな。俺」
ポツリと零した問いに、答えは当然返ってこない。
「何だっけか…ああ、栽培部だ」
けれど、全く期待していない訳じゃない。
『もしかしたら』という願望が捨てきれなくて
こうしていたら、いつか…なんて淡い期待を持ち続けている。
何でだろうな、今日はやたらと昔の事を思い出す。
きっと、今朝見たあの夢のせいだ───。
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