召喚士の嗜み【本編完結】

江村朋恵

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【1st】 Dream of seeing @ center of restart

パールフェリカ姫の儀式

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(1)
 実に晴れやかな笑顔で、真っ白な衣装に身を包んだ少女が門をくぐった。
 久しぶりに城外に出られているというのも彼女を幸福に包んでいる。
 手にはお気に入りの“うさぎのぬいぐるみ”がぶら下がっており、少女が小躍りするたびその腕が引きちぎれんばかりに振り回されている。
「姫様、階段です、お気をつけください」
 少女の背後に居た女性が声をかけた。
 いつもなら「わかってるわよ、うるさいわね。いちいち教えてくれなくても平気よ!」と邪険に返事をする少女も、今日だけはにこやかに女を振り返った。
「ありがとう」
 そう言ってまた前を向く。少女の絹製の上下の衣装がスルスルと風に揺れた。
 白い衣装自体はシンプルで、上着は丈が胸のすぐ下辺りまでのジャケット、下に赤のシルクのシャツ、これは肌にぴったりとフィットしている。下はスカートのようなものではなく、足首へ行くほど幅が広がるズボン──ハーレムパンツ。
 すべてに金糸銀糸で実に細かく刺繍がされていた。
 アクセサリーも鈴なりだ。金の腕輪は長袖の両方の二の腕に、生地が広がり過ぎないようにとどめるのに役立っている。袖の裾は金糸で編まれたレース。その下には銀のブレスレットがちゃらりと揺れている。
 赤のシャツの上を細かな金の装飾具が飾っていた。
 腰にも金や銀の装飾具がジャラジャラとぶら下がっている。
 足首より少し上から始まるブーツも、金糸銀糸で刺繍をされている。
 白と赤と、金と銀。
 華やかさと清楚さの両方を併せ持ちつつ、動きやすい衣装だ。が、それらを押しのけるのが少女の愛らしい笑顔。
 大きな瞳は深い蒼。
 透けそうな白い肌。
 結い上げてまとめてある亜麻色の髪。
 頭の上にはちょこんと乗っかる濃紺の薄い土台のある金のティアラ。
 キラキラと金銀の宝飾で光を照り返しながら少女は、軽い足取りで門をくぐる。
 門は、彼女の背丈の5倍の高さはある。
 左右の広さも10人が並んで歩いても充分余裕がある。
 その巨大な門には沢山の彫り物がされていている。30人分程の人の形と、それと同じだけの数の獣の形が彫刻されていた。
 この門は神殿と外界を区切る神聖なものだとか、建国当時からあるものなので色々と神話めいた話があるらしい。
 聞かされた事があるはずの少女の頭にはしかし、その辺の知識はさっぱり残っていなかった。ただ、この神殿と門はこの山の中腹にあって、静かに時を刻んでいる事はよくわかった。静謐な空気が森を包んでいるから。
 ふうと溜息をついて、機嫌の良い主を見守る女。
 姫に注意を促したのは20代前半の女。こちらは深い紺色の衣装に身を包んでいる。
 絹ではなく、生地自体が強い繊維で編まれたもののようで、その上には装飾具というよりも、防具がその身を包んでいる。
 目深な帽子も装飾というより頭部を守る為にあるようだ。帽子は肩まで生地が垂れており、首も守っている。
 耳の前辺りから渋い色味のチェーンが2、3伸びて、口元の深い紺の五角形の布に繋がっている。四角形の底辺に頂点が一つ加えられてるような五角形で、下部の頂点が喉元まで垂れているマスクだ。
 左右にチェーンがあり、片耳にだけにぶら下げて口元をあらわにしていた女だが、垂れていた側のチェーンを慣れた手つきで持ち上げて留めた。
 首までを隠す帽子と喉までを隠すマスクで、顔のほとんどがわからなくなってしまった。
 腰には動きを阻害しないような位置でベルトに鞄と長剣がぶら下がっている。
 女は小言のつもりではないと言おうとしたが、姫の前を歩く男が先に口を開いた。
「エステリオ、今日はお小言なしでいこう。──姫様、手順は大丈夫ですか? 我々も覚えておりますので不安でしたらおっしゃってくださいね」
 エステリオと呼ばれた女は小さく溜息をつき、二人を追いつつ言い淀む。
「しかし……だから……」
 が、追いついたエステリオの肩を、つま先立ちの姫がぽんぽんと撫ぜるように叩いた。
 エステリオは促されるまま姫の顔を見る。
「そうよ~? 今日という日! この素晴らしく良き日! ──もっと気持ちよく迎えましょう? エステルはちょっと煩いのよ。あなたは黙ってるくらいで人より少し煩いんだから」
 日頃からお小言が耐えないエステリオに、ここぞとばかり、姫は明るい声でウィンクまで足して告げた。嫌味というよりも能天気な発言だ。
 エステリオの翡翠の瞳が揺らぐ。
 黙っていて人より煩いという意味に困惑し、言葉を詰まらせた。そんなエステリオに姫はどこか満足したとばかりに微笑み、先導する若い男の横に再び並んだ。姫は男の琥珀色の瞳を見上げる。
「リディ、今日の手順はさすがにきっちり頭に入ってるわ、心配しないで」
 姫にリディと呼ばれた先導する男の名はリディクディという。
 リディクディは自分を見上げる美少女ににっこりと微笑んだ。微笑んだが、後ろのエステリオと同じ種類の服の、男用を着用しているので、表情はわかりにくかった。
 それでも姫にとっては何年も一緒に居て、もちろん素顔を知っているのでリディクディの笑顔にさらに笑みを返した。
「リディもエステルも居る。何が不安な事なんてあるの?」
 そう言ってくるっとまわってにしていた一抱えほどの“うさぎのぬいぐるみ”の手で後ろにいたエステリオを指差し、ふふふっと笑った。
「それにしてもパール姫。みーちゃんはさすがに置いてきた方がよろしいのでは?」
 リディクディはぶんぶん勢いよく振り回される“うさぎのぬいぐるみ”をじっと見て言った。
「──えぇ……?」
 姫は可愛らしい眉をぎゅうっと寄せて唇を尖らせた。
「いえ……その……」
 両手を胸の前にあげて──それは既に降参のポーズ──リディクディは言葉が出なくなった。
 リディクディからすると、何度見ても何度接しても姫の美少女ぶりには勝てそうに無いのだ。だから周囲の誰からも『リディクディ、お前は姫様に甘すぎる!』とお説教をされてしまうのだ。
 後ろで大きな溜息が吐き出される。エステリオだ。彼女が代わりにぬいぐるみを置いてくるよう言ってくれるのかとリディクディは思ったが、違った。
「姫様、大事なぬいぐるみならばそう振り回さないで、胸に抱いていてあげてください。いくら頑丈に縫いとめてあってもそれだけ振り回しては千切れてしまいますよ? クライスラーに特別に作らせたとはいえ、限度がございます」
 精緻な人形を作る事で有名な人形師クライスラーに、デフォルメされたシンプルな“うさぎのぬいぐるみ”を依頼した姫だ。どれだけ通じるかわからないものだが、エステリオは告げた。ただ、いつものお小言と違って優しい声音だった。
「……そうね……」
 少し押し黙った後、姫は“うさぎのぬいぐるみ”を抱きしめた。
 ぬいぐるみは本来のうさぎの形ではなく、人型にうさぎの特徴を詰めたようなフォルムがベースだ。
 耳を除いた背の高さは5歳の幼児ほど。
 赤糸とほんの少しの銀糸で刺繍された丸い目が特徴的だった。少し離れ気味、垂れ目気味という整いすぎない愛嬌のある可愛らしい表情をしている。
 シンプルすぎて目の他には、口も鼻もなかった。
 鼻は頭の正面の形が緩やかに尖っているだけ。耳は長く、直立で立たせた場合にはふくらはぎに相当する所まで垂れ下がるだろう。
 抱きしめた“うさぎのぬいぐるみ”の耳が、たるんたるんと揺れた。
 他人がどう見るとしても、ふわふわとしていながら芯のしっかりとしたこの“うさぎのぬいぐるみ”は姫の心の支えだった。
 いかに今日、一人前の召喚士初めての召喚の儀式を行うと言っても、まだ12歳……今日13歳になる少女なのだ。
 まして、それほど強国でないこの国で、母である王妃は既に他界しており、忙しい父には会うことすらままならない日々……。年が離れた兄らに寂しさを紛らわす為と買い与えられたぬいぐるみが、真に心を打ち明けられる存在だった。
 ──それを。
 ぶん回して、手はちぎれかけ、足は地面に擦って今にも破れそうな状態にしてしまっている。
「ごめんね、みーちゃん」
 姫は“うさぎのぬいぐるみ”のみーちゃんをぎゅっと抱きしめたのだった。
 朝陽はじわじわと昇っている。
 ほんの少しだけ肌寒かった早朝の終わりは近い。
「さぁ、パールフェリカ姫、昼までには儀式を終え、王都に戻らねばなりません」
「ええ、行きましょう」
 パールフェリカは“うさぎのぬいぐるみ”を抱いたまま、顔を上げた。


(2)
 延々と傾斜のある深い森が広がっている。
 北は海に面し、国土の7割はこういった森で、残りは湖だ。
 隣には大国プロフェイブが5倍の国土で睨んでくる。
 パールフェリカ姫の国ガミカはそれほど大きな国ではなかったが、大陸で最古の歴史を持ち、召喚士のレベルは随一で揺るぎ無い。
 王家の者ともなると最上位の召喚獣を召喚する。
 パールフェリカ姫の兄二人はドラゴン種でもこの世に一匹しかいない最強優美の召喚獣ティアマトや“炎帝”とあだ名される――こちらもこの世に1匹しかいないフェニックスを従えている。
 召喚士は細分すると2種類ある。
 この大地のいずこかで命果てた獣の霊を召喚し、実体を与え操る獣使いジュウツカイ
 異界の精霊を召喚してその力を発現させる霊使いレイツカイ
 なお、異界の霊には実体を与える事が出来ない。
 過去様々な方法で異界の偉大な英霊に実体を与え、この大地に定着させようと実験が試みられたが、成功した試しがない。
 異界の霊は呼び出してもほんの数秒しかこの世界に留まることが出来ない。
 また、高位の召喚士が呼び出すと異界の霊……その中でも“神”の類を引き寄せる。
 現在異界の“神”を召喚出来るのは大国プロフェイブ国王一人だけである。しかし、やはりそれをこの世界に留める事は出来ない。
 昨夜、パールフェリカは身を清める為と山の中腹の神殿で一夜を明かした。
 待ちに待ったこの日、興奮からほとんど眠れなかった。
 何せ、初めての召喚術の実践なのだ、期待と緊張が交互に襲ってきて眠るどころではない。柔らかいシーツにくるまれて右に左に寝返りを打ち続けて朝を迎えた。
 緑の木々に囲まれた山道も抜け、さらに北の門を潜り、木々の間から朝陽差し込むより深い森の奥へと、リディクディとエステリオを伴ってパールフェリカは歩みを進めた。
 山に分け入って1時間余りが経過していた。
 種類まではわからないが、辺りの声を上げながら鳥たちが一斉に飛び立って逃げ去った。
 山頂近くを歩いていたが何事かと足を止めた時、木々の合間から風が吹きぬけた。
 見上げると、青空に黒い点が7つ……三角の形に広がっているのが見えた。三角の頂点を先頭に空をすいと動いている。その頂点が一番大きな点だ。
 手を額の上にかざして見上げていたリディクディが口を開いた。
「あれは……」
「見えるの?」
 リディクディは細めていた目を元に戻し、パールフェリカを見て微笑んだ。
「ドラゴンの編隊ですね。先頭は間違いなくティアマトです」
「え!?」
 パールフェリカはぱっと顔を輝かせて空を見上げ、両手を大きく振った。ぴょんぴょんと飛び上がる。
「にーさまー! シュナにーさまーー!!」
 パールフェリカが大きな声で叫ぶと、編隊の頂点が三角形の隊から離れ、小さくクルリと輪を描くように動いた。その後すぐに元の編隊の形に戻る。
「にいさま、気付いたかな!?」
 パールフェリカは王城の方へ飛んでいった編隊を見上げたまま言った。
「気付いていらっしゃったのではありませんか、あのように隊を乱してまで……」
 エステリオが低い声で言うのをリディクディは乾いた笑いを浮かべて聞いていた。
 この世にただ1匹と言われ、最強の呼び声高いティアマトを召喚出来る召喚士もまた、この世にただ一人。
 パールフェリカの兄で、召喚古王国ガミカ・ノ・ミラ第2位王位継承者シュナヴィッツだ。彼も妹であるパールフェリカに異様に甘い。今年20歳になるこの兄は、北の要所で指揮を執っていたのだが、今日は見た目の美しいドラゴン種を召喚出来る者を引き連れて王都へ帰還している。
「にいさまとは三ヵ月ぶりね、お会いするのは。ああ……! 私も早く帰らなくっちゃ! その時は、きっとにいさまに負けないような召喚獣を連れて帰らなくては!」
「その意気です、姫様」
 微笑んでガッツポーズを取るパールフェリカにエステリオが頷いた。ガッツポーズの下で“うさぎのぬいぐるみ”の耳が握り拳で潰されつつ、プランプランと揺れて、地面で足を擦っていたのだった。


 10分余り進むと、洞穴が見えた。
 入り口は人が4、5人横に並んで歩いて通れる程度。ごつごつとした岩肌が森との境界線を引いている。
 入り口の左右には結界として石柱が立てられ、赤と銀のロープが張り巡らされている。
 柱の頂点にはメラメラと炎が立ち上っていて、森の中では異彩を放っている。これは“浄化の炎”と呼ばれている。実際はただの火だが、古王国ならではの伝統《ならわし》だ。
 この洞穴は関係者以外立ち入り禁止になっている。
 エステリオは背負っていた荷物を下ろし、腕の長さほどの松明を取り出すと“浄化の火”を移した。そのままパールフェリカに松明を渡す。
「では姫様、私どもはここでお待ちしております。お気をつけて」
「パール様、何か異変があればすぐにお戻りくださいね」
 エステリオとリディクディの見送りにパールフェリカは笑顔で応え、結界の内側――赤と銀のロープの隙間に身体を捻じ込ませた。
 次に手にぶら下げた“うさぎのぬいぐるみ”をひっかけないように器用に引き寄せる。最後に松明を持った左手を器用にくぐらせ、全身を暗い洞穴に投じた。
 ──洞穴は、暗い。
 手元の火で照らせる範囲などたかが知れる。
 何千年とガミカ国とともにあって神殿に管理され、最も召喚に適した聖なる場所として長い年月王家の人間の歩みを受け入れてきた。
 地面は壁の岩肌ほどはゴツゴツしておらず、難なく歩けた。
 一人、足音をコツコツと鳴らして歩く。道は一本だ。迷いようがない。
 5分も歩かないうちに広間に出る。
 直径が50歩程度の円形の部屋。
 天井はとても高い。
 中央、直径30歩程度の台座がある。その縁取りには細かな彫刻が施されていた。
 ここまでくると床は平らで、切り出されて形を整えられた石がぴっちりと敷かれていた。
 天井からは色とりどりの大きな布が何枚も垂れ下がっている。松明の火に照らされるそれらの、なんと美しい事か……。
 ここは神殿の者が毎日清掃整備を続けているので、洞穴とは言い難い。神秘的で厳かな、重たい空気を保っていた。
 パールフェリカは小さく溜息をついて5段ほどの階段を登り、台座の真ん中へ歩み寄った。
 中央には松明を差し入れる穴があるのでそのまま置いた。
「……ここで、選別されるのね。私が、獣使いか、霊使いか」
 先ほど空に居たティアマトを召喚するパールフェリカの兄は獣使いだ。
 ティアマトは大昔に死んだドラゴンの霊で、兄の召喚術によって実体が与えられている存在。
 また、異界の“神”を召喚出来る隣国プロフェイブ国王は霊使いだ。霊使いは霊を召喚し――霊そのものを操るというのではなく――霊が元から持つ力を振るわせる術だ。
 王族であれば王位を継ぐなり王を補佐する重要な役職に就く事が多く、獣使いであろうと霊使いであろうと扱いは大きく違わない。
 だが、一般庶民にとっては一生を左右するほどこの分かれ道は大きい。
 獣使いの場合、最初に召喚した獣がどのようなものかで軍に配属されるかどうか分けられる。戦いに適した獣を召喚できた場合、強制的に軍へ配属される。それが世の、ガミカ国の民の務めとされていた。
 霊使いの方が遥かに自由であるとはいえ、獣使いと霊使いの比率は9対1……霊使いはとても少ない。商家の者などが軍に属したくないと言って霊使いと偽る事もままあるので、実際はさらに少ない。
 13歳の誕生日に行われるこの儀式で最初に召喚されるものは召喚士にとって非常に重要な意味を持つ。召喚士としての力の指標とされる為だ。
 最初に召喚したものは、その召喚士にしか召喚出来ない。この時の召喚士と召喚獣あるいは召喚霊は強い絆で結ばれているとされる。それは、1対1の関係だ。
 パールフェリカの兄シュナヴィッツは最初の召喚でティアマトを召喚した。つまり彼が存命する限り、他の誰もティアマトを召喚する事は出来ない。シュナヴィッツだけがティアマトを召喚する事が出来る。
 最初の召喚で召喚されるものは、その召喚士の力を読み解いた上で訪れると言われている。
 今現在の力で召喚されてくるのではなく、将来持ちうる力――可能性を見越してやってくる。
 今後、どれだけの力を発揮する召喚士かを証明をする。
 召喚される側が選別して自らやって来るのだ。
 この13歳の誕生日に行われる初召喚の儀式で、どのような召喚士として生きていくか問われてくる。
 初召喚の儀式ではその時点での召喚士の力は召喚される側へ語りかける程度のものしかない持っていないのがほとんどだ。
 ティアマトを召喚したパールフェリカの兄シュナヴィッツや隣国で“神”を召喚した国王など最上位の召喚獣や召喚霊を召喚する者は現在、この大陸、いや全ての召喚士らの中でも五指に入れられるような存在だと言えた。
「……さすがに緊張するわね」
 この初召喚の儀式は今持っている召喚する技術より、潜在能力を試す側面があるのだが、それ以上に、召喚士にとって最も相性の良いものが召喚されると言われており、召喚される側が引き寄せられてくる――という。
 召喚されたものは召喚士にとっては生涯の友となる。
 召喚獣も霊も快く側に居られる召喚士かどうかという点も見ているらしい。力だけではなく、内面まで問われるのが初召喚の儀式なのだ。
 最初の召喚の儀式の後、様々な大小召喚獣や霊と契約する事はあっても、この最初の儀で結びついた召喚獣や霊はここで召喚した召喚士にしか従わない。
 召喚士にとって、人ではない人生の友を得るこの初召喚の儀式はとても重要なのだ。
「ネフィにいさまはフェニックスだし、シュナにいさまはティアマト……ちょっとハードル高いわよね」
 呟いて、台座をウロウロ歩いた。このウロウロというのも手順の一つなので別に遊んでいるわけではない。
 何歩西へ、何歩東へ、などという理屈のわからない事だったが、今はそれを詳しく知らなくてもいいと言われ、パールフェリカは手順だけを頭に入れてきたのだ。
 最後に、中央の松明の元に行き、“浄化の火”に両手をかざした。
 パールフェリカはごくりと唾を飲み込んで目を閉じ、息を整えた。
 濃淡のある赤から黄色へ色を変え、姿を揺らめかせる松明の火がパールフェリカの白い顔を照らす。
 パールフェリカはゆっくりと目を開いた。
 いつもの表情豊かな可愛らしいパールフェリカとうってかわって、無表情にも見える真剣な眼差し。
 両手を掲げ天を仰ぐ。
「我が名は、パールフェリカ! 我が魂に価値を見出す者あらば我が声に応えよ」
 言うなれば気合の言葉である。
 その後、パールフェリカは目を細めてぶつぶつと低い声で呟いている。
 先ほどパールフェリカがた東西南北歩いた足跡から、天井へ向けて垂直に真っ直ぐ光が放たれた。台座の周囲の彫刻らも光を帯び始める。
 やがて、広間自体が光に満ちた。


 洞穴の外で腕を組んでいたエステリオが、結界の中へ目を向けた。光がにじみ出て来ていたのだ。
「はじまったな」
「……姫様……」
「リディは……」
 エステリオは心配そうに眉間に皺を寄せるリディクディに、呆れた声を出し、組んでいた腕を解いた。
「お前な、いい加減にしろ。家臣であるお前の態度を知らぬ者が見たら姫様を見くびっていると取るぞ。この国の王家の者は家臣に侮れていると」
 こんな場所、深い森の奥で二人しか居ないのに言われても詮の無い事ではあったが、リディクディは素直に慌てた。
「え……いや、そんなつもりは」
「……パール姫なら心配無用だ。確かに能天気でおっちょこちょいで少し常識に欠けるが、我らが召喚古王国の連綿たる力ある血を引いておられる」
 何せパールフェリカの兄の王子らは唯一の召喚獣を召喚するのだ。どちらも世界で五指に入る立派な召喚士だ。
「……そうだね」
 リディクディは息苦しくなって口元のマスクのチェーンを片側を外し、光り輝く洞穴を見た。
 7歳のパールフェリカを知っている。
 10歳のパールフェリカを知っている。
 今日、13歳を迎えるが、いつだって変わらず、ずっと大事な大事な可愛い主君――。
 リディクディの顕になった顔は、整った甘い顔立ちをしている。こちらもエステリオと同じく二十代前半だろう。少年っぽさも見え隠れするが、背も高く立派な成人男子である。瞳は光によっては透けるのではないかと思わせる琥珀色。
「顔は出すな」
 苦い声でエステリオが言った。
「え……」
「もう姫様も戻られる。神殿に寄るのだしな」
「はあ」
 言われてマスクを留めなおすリディクディを、エステリオは小さな溜息を吐き出して視界の端に捉えていた。神殿仕えの――慎ましやかな生活を送る女達ですら「きゃーきゃー」言って集まってしまう顔立ちなのだから、簡単にマスクを外す習慣を付けさせるわけにはいかない。

 そうして、しばらく待って洞穴から出てきた“もの”に、二人はぎょっとしてしばし言葉を失った。


(3)
 “それ”は悠然と、かつしなやかに歩み寄ってきた。
 洞穴の光が失せて5分余りした後の事だ。
 “それ”は両手を空へ掲げている。
 その手の上に、パールフェリカが横たわっていた。左手でパールフェリカの腰を、右手で首を支えているらしい。“それ”の形では、そうやって運ぶしかなかったのだろう。
 しかし──。
「……みー……ちゃん……?」
 腰をひいた状態で、リディクディが“それ”を指差して呟いた。
 マスクで見えないが、エステリオはただ口をあんぐりと開いているだけだ。
 そう――パールフェリカを両手で持ち上げ、大地に両足を突き立て歩いて来るのは紛れも無く、先ほどまで姫が振り回していた“うさぎのぬいぐるみ”……。
 丸くつぶらな、刺繍の赤い瞳は当然ながら無表情だ。
 両手を掲げたままみーちゃんは2、3回首を回し、リディクディとエステリオを見比べた。両者の瞳を見つめているらしい。
 再びしゃなりしゃなりと歩いて、みーちゃんはリディクディの真正面に進んだ。
「……なんでみーちゃん……え……こんなカラクリ、クライスラーさん仕込んで……え?……いや、いくらなんでも……」
 リディクディは動揺を隠せず思っている事をポロポロと吐き出している。みーちゃんはつま先と両腕を伸ばして持ち上げ、パールフェリカをリディクディに近付ける。
「この子、気絶してしまった」
 しゃべった。
 女の声だ。みーちゃんは大人の女の声を出すんだ。
「…………」
「…………」
「あなた、名前は?」
「…………リディクディと申します」
「…………」
「そう。リディ、あるいはエステル……その二つの単語を呟いているのを聞いたわ。あなたはこの子の知り合い?」
 みーちゃんこと“うさぎのぬいぐるみ”は口を開くことも無く──構造上、口がないので当然だが──すらすらと、流麗に聞こえる声を発した。一体どこから声が発生しているのか、疑問は尽きない。
「…………私はその方をお護りする任にある者です」
 リディクディが言うと“うさぎのぬいぐるみ”は小さく頷き、次に首を60度グルンとまわし、エステリオの方へ無表情の顔を向けた。
「あなたはエステルでいいのかしら?」
「…………」
 目をぱちくりとさせるばかりでエステリオはまともな反応が出来なかった。
「あなたがエステルでいいのかしら?」
 “うさぎのぬいぐるみ”が再び問う。
「……あ……は……い……私はエステル……エステリオです」
 垂れ目の抜けた可愛いぬいぐるみの顔から、柔かいがどこか厳しい印象のある声が出てくる。ギャップに驚きつつ、エステリオはなんとか持ち直して答えた。
「では――」
 “うさぎのぬいぐるみ”のみーちゃんはリディクディに向き直った。
「足がつぶれてしまいそうなので、この子をお願いできますか?」
 見ると、みーちゃんの足は本来の半分以下の長さにぺしゃんこでつぶれている。
 足だけではない、全身でも本来の半分程の背丈になっている。
 今のように万歳の姿勢になっていれば五歳児の背丈はあろうものを、それが半分。
 垂れるだけの長いうさぎの耳は力なく地面をずるずると擦ってきたようで、先が汚れている。
 不思議な思いでリディクディはパールフェリカをそっと受け取り横抱きにした。
 パールフェリカは、そのけぶるような睫毛を力なく伏せ、完全に意識を失っている。眠っているだけのようで、呼吸は規則正しく確かだ。その様子にリディクディの冷静さは取り戻されていく。
「みーちゃん……いえ、あなたは?」
 リディクディの問いに、ぴょいぴょいとその場で飛び上がって縮んだ体を伸ばすようにストレッチをしていた“うさぎのぬいぐるみ”は動きを止めた。次に声が出てくる。もちろん無表情で。
「色々な事は私の方が知りたいのですが──。とはいえ、こんな子供が気を失ってしまっているような状況でああだこうだ言うより、どこかその子を介抱してあげられるような場所へ移動した方がよくはないでしょうか?」
 至極真っ当な意見を“うさぎのぬいぐるみ”首をかしげつつ言い、リディクディを見上げた。
「えっと……」
「召喚の儀式とやらは、終わっているようですよ。その子が何か言っていたわ──そうね……『なんで、実体のある霊がきたの? でもこれで召喚の儀式は終わった。これでいいのよね?』と」
「実体のある霊!?」
 リディクディとエステリオが大きな声を上げた。“うさぎのぬいぐるみ”は顔を少し横へ向けた。うるさいという事らしい。
「続けても?」
 相変わらず柔らかいながら冷たさのある声音で“うさぎのぬいぐるみ”は言った。
「ど、どうぞ」
 その空気に圧されつつ、リディクディは先を促した。
「『ああ、こんなことってあるのかしら』──私は『あなたは?』と聞いたわ。『私はあなたの召喚主、パールフェリカ、私とともに歩んでくれますか?』『どういう意味かわからない』……そう返事をしたのだけれど、その子、パールフェリカちゃんはこう言ったわ。『ああ、もうだめ、力が足りない……リディ……エステル……助けて』と」
 先っちょの丸い左手を器用に顎にあて、“うさぎのぬいぐるみ”は諳んじるように続ける。
「パールフェリカちゃんはこう言ったわ。『今の私の力ではあなたを支えきれないみたい。こっちに移ってもらえない?』その後、気を失ったわ。こっちと指差されたのが、この、ほつれた感のある“うさぎのぬいぐるみ”だったのよ。──こんな説明でいいかしら?」
 ごくりと、リディクディとエステリオは息を飲んだ。二人はお互いの顔を見合わせる。
「リディ、これは……急ぎ陛下にご報告申し上げた方が良いだろう」
「そのようだね、エステル……」
 リディクディは“うさぎのぬいぐるみ”を見下ろした。
「みーちゃん、急ぎ戻ります。御身をこのエステリオが抱えてゆきます事、お許しいただけますか?」
「……この足ではね……どうぞ」
 その愛らしいシンプルな“うさぎのぬいぐるみ”の姿に似合わず、落ち着いたクールな女性の声は通る。それに頷いてエステリオはみーちゃんを抱えた。
「それはそうと、私はヤマシタミラノです。──みーちゃんと呼ばれても問題は無さそうだけれど」
 “うさぎのぬいぐるみ”は、無表情のまま名乗ったのだった。
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タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

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神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

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アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

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