全ルート斬首刑の悪役令嬢に転生して対策練ってたら破滅理由の第二王子(魔王)がグイグイ絡んでくる。

江村朋恵

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本編 【5歳】

10.サンクラー

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 その──沼でも這い出すような重だるい感触を、前世三十路は二日酔いの朝のようだと例えるかもしれない。

 ゆっくりと目を覚ますクリスティーナ。
「──あ、生きてる?」
 横になったまま体をペタペタ触ってみる。

(──うん、乳がない。幼児だ)

 いっそ、悪役令嬢に転生した『夢』を見ただけだったなら──三十路のままならよかったのにと期待したが、それは霧散する。
 未来を知っている。死ぬタイミングがわかっている人生はストレス性胃潰瘍まっしぐらだ。ブラックではない、ホワイトでもない会社で毎日残業して酒飲んで暮らしてる方がまだマシというもの。

(──よりによってデスルートのみだもんねぇ……いや、隠しキャラは見つけてないからどうかわからない……………………わからないものに希望託すって方が胃に悪いわねぇ……)

 ごてごてドレスのままの為、完全に横に転がってしまうと幼児体型は頭も重く体をおこすのも一苦労。クリスティーナは腹筋を駆使してどうにか立ち上がり、ドレスの汚れを払った。

 土と木の香りが強い、薄暗い場所だ。
 強いて言うなら夜の公園遊具の中──……子供の頃に遊んだ場所で缶ビールとあたりめを堪能するのはほんの少しの優越感とゾクゾクする背徳感がたまらないのだ……と前世三十路は思い出す。
(ゴミはちゃんとお家に持って帰ったわよ……!)
 ゆるく頭をふって不要な干渉を頭の中から追い出す。

「えーっと……なんでこんなとこに?」

 その時、薄暗い一角にパッと光がさした。
 こちらに真っ直ぐ光が伸びてくる。

「サンクラー? 起きた~?」

 眩しさに手をかざして光を避けつつ、クリスティーナはそっと光源を見る。

「え!? でか!!」

 アレキサンダーと庭を歩いていた時に遭遇した妖精フェアリーが立っていた──のだが……。

「やぁね、失礼よ? あ、これ? おっぱい? んもっ、人間の子どもはおっぱいが好きねぇ。あ、男も?」
 たゆんたゆんする立派な乳をこれ見よがしに揺らす妖精──だが、クリスティーナがデカいとさしたのは乳についてではない。いや、乳もデカい。

 背の高さが人間の成人女性そのもの──。
 姿の特徴は30CMの時と同じで、耳のてっぺんが尖り、背中に折りたたんだ蝶の羽がある──妖精だ。
 意識を失う寸前に見た、金色ラメを散らしていた妖精──が大きくなっている。
 手には光る虫らしきものを閉じ込めたカゴを持って妖精は足を地面につけて立っていた──。

「あれ? 半透明じゃない?」
「アハハ、あれは魔法よ~? 人間の領域に行くときは生身はここに置いて、思念だけ飛ばすの」

(なにそれ……どんなファンタジー……? え? むしろSFっぽい? アバター? ちがう……)

「──……マトリックスみたいなの? え?どっちが現実……」
「はぁ? なに? マト?」

「──や、ごめん。なんでもないわ。それより、ここ! ここはどこなの?」
「聖樹のウロよ。精霊王のおわすところってヤツね」

 クリスティーナが眠っていたのは三畳ほどの狭いスペースで窓は無い。妖精の持つ灯りで壁がベージュ色……くり抜かれた木の内側のようである様が見えた。

「せ、精霊王?」
「お子ちゃまには難しいわね?」
「はい。教えてください!」
 あっさりと、しおらしく聞くクリスティーナ。

 先程の金色キラキラに飲み込まれて、死ぬことはなかった。
 だが、このファンタジー世界、何が死亡原因として突如降りかかってくるかわからない。

 前世において、道路は横断歩道を青で渡りましょうと知っていたが、ここではそもそもどこのなにが危険でどうしたら安全にやり過ごせるかわからないのだ。

 斬首回避で生き延びようとする前に他の要因で死んでしまったら愚鈍の他にない。

 書斎をもらってすぐ決意したはずだ。
(情報、知識──!)
 前世の記憶回復から──決意から時間が無く、ゲーム記憶はあるものの知識の偏りは否めない。

(足りない。死なないために、圧倒的に足りない……)
 悲壮感のある思いで拳を握るクリスティーナをよそに、妖精は軽い調子で答える。

「えー? 精霊王くらい、人間のとこでもわかるわよ。他のをなんか聞いてよ! あたしにしか答えられない、あたしがドヤッって出来そうなヤツ!」

(え……なにこのエロ妖精、めんどくさ……)

「ほら、ちょっとついてきて。行くとこあるから」
 有無を言わさず妖精は先導し、扉もない狭いスペースから廊下に出る。廊下も部屋と変わらず、木をくりぬいたような丸い通路だった。
 転々と、壁に光る虫の入った籠がぶら下がっており、昼間並みの明るさを維持している。
 丸い通路の両側には先ほどのような小さな部屋がいくつもあり、突き当たりは緩い螺旋階段につながっていた。上へとのぼっていく。

 クリスティーナは感情を表に出さないよう、脳みそを絞る。
「そ、そうですねぇ、えーと……えーと…………あ! サンクラーってなんですか??」
 この妖精フェアリーはことあるごとにクリスティーナをサンクラーと呼ぶ。それが何か知っておいても良いだろう。

「アハンッ! いいわね、それは私達精霊の言葉よ、人間は知らないかも!」
「なんですか?」
「サンクラーは“色なし”っていう意味よ」
「色なし?」
「たまにいるのよ」
 クリスティーナは長いくせっ毛をポニーテールにしている妖精を──人間の成人女性サイズなので──見上げる。

 妖精は視線を巻き込むように伸ばした人差し指をくるくるーと回した後、クリスティーナを見下ろして「あなたみたいな」と指差した。
「魂に色がついてなくて生まれてくるのが──ね」

「魂に色……」

 ふっと記憶にひっかかるものがある。
 ゲーム『虹のクローバー・グローリー』の魔法は使用者に相性の良い魔法があり、それは色で表した。
 なぜなら──『魂が色を示す』から……。

(そうだ。そうだった……!)
 ひらめくように思い出されるゲーム設定。

 王侯貴族は6歳で、学園入学者は12歳で──同じく12歳の一般庶民は就労資格授与の為に神殿を訪れた際、魔法特性の判定が下る。
 その時、魂の色を知らされる。
 魔力量の推定も行われて、庶民の中からは国政の一環で才能・魔力量次第で学園に特待生枠で入学する──。
 ヒロイン聖女の親友が確かこの入学枠の子で──。

(いやいや、まてまて、今は『色』よ。魂の、魔法特性の色の話──その色が、いま、私に……無い?? ゲームのクリスティーナってどうだった? どうだったかしら??)

 うつむき、顎に手を当てつつクリスティーナは大慌てでゲーム記憶をあさる。が、妖精は会話を止めて待ってはくれない。

「降り積もって踏まれも汚れもしていない雪の表面って、跡をつけたくなるでしょ? 精霊王さまもその“クチ”でずっとサンクラーを探してるの。あたしたちは精霊界から出てサンクラーを見つけると、精霊王さまのとこに連れていくのよ~。それが主な妖精フェアリーのお仕事なのね、ンフ」
 ウィンクを決める妖精だが、クリスティーナはまともに聞いていなかった。

(──…………緑……そうだ……攻略対象セオドアの姉である悪役令嬢クリスティーナは弟と同じ緑魔法が得意だった。ゲームのクリスティーナは緑魔法でヒロインによくいたずらを……突風で手にしていた第一王子からの手紙を飛ばして取り上げていた。同じく王子から贈られていたヒロインのドレスを切り裂いたのもクリスティーナの緑魔法──風魔術だ)

 階段をのぼりながら、すいと顔をあげるクリスティーナ。
「あの、本当に私、色なし──ですか?」
「ばっかねぇ! 人間ならいざ知らず、精霊よ、あたし。見間違えるわけないでしょ??」
「ええっと……緑じゃなくて?」
「えぇー?」

 しつこく確認すれば、妖精は足を止めて首を傾げつつ目を細めてクリスティーナの瞳をジィーと覗き込んできた。

「うーーん。緑なんてないわね~」

 身長差から曲げていた腰を伸ばし、妖精は再び歩き始め、言葉を続ける。
「色がつくってのはこう……ドロッとしてるしぃ、透明感なんて無くってさー」
「透明感……?」

「魔族なんかはあんたみたいなのは無色透明クリアって呼んでるわね~。隠語ではキャンディとかダイヤモンドって呼ぶほど特殊なのよ~? あたしたちもサンクラーを探すから魔族とはよくかちあうのよ~。希少性高すぎて宝石みたいに思ってるほどよ? あぁ~だから、魔族には気をつけなさいねぇ? あいつら黒銀真っ暗闇じゃん? 白よりもずっと無色の魂が大好物で──」
「魔族って……──ど、どうなるの? どうすれば……!?」

 遮ってまで聞けば、妖精はニヤリと笑って両手を口の両端に持って行き──「ガブリッ!」と言って笑った。
「アハハハハ! ねぇ~? だからー、見つからないことかなぁ?」
「ひえ~っ!!」

(どど、どういうこと? ゲームとの違いがあるってこと!? も、もしかして、クリスティーナが転生者──私になってしまったせい?? ゲームとは魂違うんだものね? え? ちがうの? ちがうか。ゲームは緑、私は色なし! ひぇぇえあぁ~っ! 斬首以外にも死亡フラグあったとか! ほかの死亡フラグとか、やーめーてーっ!)

 ドキドキしながら物思いに夢中のクリスティーナは妖精の「──ま、もう魔王に目つけられてるみたいだけど……」という声は聞こえていなかった。
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