全ルート斬首刑の悪役令嬢に転生して対策練ってたら破滅理由の第二王子(魔王)がグイグイ絡んでくる。

江村朋恵

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本編 【5歳】

9.Spirited Away

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 庭に出るクリスティーナとアレキサンダーは終始なごやかに会話し、お互い装着した仮面ごしに微笑みあっていた。
 だが、庭の遊歩道の分岐点でばったりと遭遇してしまう。
 クリスティーナには暴走5歳児として映るオズワルド第二王子だ。

「──ん? 兄上! 来客か?」
「ああ、オズ、ここに居たのか──……紹介するよ。まだ発表はされていないけど、僕の婚約者クリスティーナ嬢だ。僕らのいとこ」
「…………」
 初対面ではないが、クリスティーナは目線を落としてスカートの中で足をググッと折り曲げ、お辞儀カーテシーをした。

 オズワルドはクリスティーナの態度を見ると、誰にも読みとれない無表情で告げる。
「第二王子のオズワルドだ。オズって呼んでくれよ」
「──は……はい」

 落ち着いたテンションで自己紹介され、クリスティーナは戸惑う。
 昨日、控え室に嵐のように現れて去っていったのは幻だったのか──。

「じゃあ、行こうか、ティナ」
「待って!」
 止めたのはオズワルドだ。
「おれも行く」
 アレキサンダーの頬がひくりと揺れた。
「だめだよ、オズ。僕がティナを案内するって言ったんだから」
「やだ。ついてく」
「オズ、後で相手してあげるから、今は遠慮して」
 兄弟の一幕にクリスティーナは黙って見守っている。

「──……わかった」
「じゃあ、あとでね」
 そう言って、アレキサンダーはクリスティーナの腰に手を回して「いこう?」と誘った。
 至近距離のキラキラスマイルには先ほどまでと少し異なり、有無を言わせぬ強制力があった。仮面がわずかに外れているのだと気付き、クリスティーナは反射的に「はい」と頷いた。

(でもでも、あれあれ~? オズさま昨日はあんなにうるさかったのになぁ? 手紙もかなりしつこかったのに引き下がるんだ、オズさま。へぇ~?)
 少なからず後ろ髪を引かれつつ、クリスティーナはアレキサンダーにあわせて歩を進めた。
 庭の床石は毎日磨かれ、ピカピカだ。各国から訪れる賓客も招き、王家の庭として紹介するのだから当然ではある。

 クリスティーナはゲームの第一王子ルートのエンディングで見たなと思い出していた。
 この王家の庭で18歳のアレキサンダーとヒロインが永遠の愛を誓うのだ。口づけを交わすキラキラしいスチルが華やかなBGMとともに流れ、ハッピーエンドを見せつけてくる。
(──……そのときには私、死んでるのかな)
 クリスティーナは妙な、胸の底が抜けそうな鈍い痛みを感じてそっと下を向いた。

 王族プライベートエリアの庭は北側の森に繋がる。その森もそっくり城壁には囲まれている。
 城壁内は四六時中ドーム型の結界で包まれており、侵入者を阻む。野鳥さえ遮るので、森の中の鳥はすべて王城内で生息・活動している。
 クリスティーナとアレキサンダーは森までは行かず、手入れの行き届いた庭をゆっくりと歩く。
 春の暖かな気候もあり、色とりどりの花が並んで今こそ盛りと咲いている。
 その花の中で、クリスティーナは5歳の無邪気さを装うタイミングを計っていた。

(おっ、あれいいね、きれい)
 大きさは子供の手の平サイズの花だが、中心の白から花弁にかけ、水彩絵の具の水色を落としたかのように美しいグラデーションが彩っている。キラキラした金色のラメまで散っているのだ。

「アレックスさま、あのお花、きれいな水色ですね」
「ん。ああ、そうだね」
 少し方向転換し、花壇と仕切りの敷石のそばまで進んで止まる。

「ティナは水色が好きなの? ドレスもこの色だよね」
「え──は、はい……」
(どう? これ恥じらい系だよ、ほらほら、気付けー! あなたの瞳と同じ色ですよ~)
 念じるクリスティーナをよそに、アレキサンダーは花を見つめて目を細めている。

「──……なにかおかしいね」
「は?」

 険しい顔をしたと思うとアレキサンダーはクリスティーナの腰に回していた左手をきつく締め、右手を前へ出して抱き込んだ。
「下がって!」
「え、え、ええ???」

 戸惑うばかりのクリスティーナの目の前で、水色の花びらの金ラメが一斉に輝いた。
 ラメはブワッと宙に浮き上がると光をはなって固まる。

「──……なんで城内ここに」
 アレキサンダーの声に導かれ、彼の視線の先を見る。
 光が薄れた場所に浮かび上がるのは、30CMほどの半透明の存在。
 目をしばたかせるクリスティーナ。

(え? えぇ~?)

 光が完全に薄れても──透過率80%ほどだろうか──半透明の小さな小さな女性が背中の羽をパタパタさせて飛んでいた。

『やぁね。あなた、王子でしょ? 将来は勇者なんでしょ? 失礼な言い方じゃない?』

 ごくりと唾を飲むクリスティーナ。
 眼前にきらきらの粒子をちらして飛ぶのはティンカーベルのような妖精だった。つり目で木の葉を模した水着みたいなものを来て、蝶のような羽が生えている。

「人間の領域だよ、ここは」
『べつに。関係ないわよ。そ、れ、よ、り──』
 妖精はクリスティーナをひたりと見た。

『さがしたのよ? “サンクラー”』
「なに? 誰?」
『あなたよ、あなた。ふふふ』
 妖精が小さな手をクリスティーナに伸ばした時──。

「おいおい、こいつらも城に入り込んでんのか。ティナ、気をつけろよ? こいつら自分勝手だからな」

(あなたに言われましても)
 二人で歩いてきた方向から現れたのはオズワルドだ。どうやらついて来ていたらしい。

「透明にみえてこっちから触れねぇけど、向こうは触ってくるぞ。城の結界師どもはなにしてんだ?」
「オズこそ何をしてるんだい? あとで相手してやるって言ったろう?」
 クリスティーナにはキラキラスマイルを振りまくアレキサンダーだが、オズワルドには不機嫌をあらわにした。

「ケチくさいな、兄上」
「お前が粗暴だからだろう? 父上にも言われたはずだよ、今日も部屋から出るなと」

 肩をすくめるオズワルドは妖精の『結界師? いた?』という言葉に乗る。

「ははっ、様になんねぇな。気付かれてねぇよ、うちの結界師ども」

 わざとらしいため息をこぼすオズワルドを眺め、今度はクリスティーナが『結界師……って』とポツリと呟いている。
 ゲームには居なかったと記憶していたからだ。

「城にはたくさんの魔術師が集められているんだよ。そのうちのグループの一つかな。七色魔法の紫と、神聖魔法の黒と白の魔法使いたちがまとめて結界師と呼ばれるんだ。それぞれ特徴の違う結界魔法が使えるから。ティナはまだあまり勉強していない? 魔法」
 クリスティーナを横に抱き込んだままアレキサンダーが教えてくれた。

「ええ。文字の読み書き、言葉遣いやマナーを最優先で学びました。今はダンスと外国語をいくつか聞いています」
「そう、頑張っているんだね。急いで勉強する必要もないし、勉強を始めても面白いからきっとすぐ覚えられる。僕も教えてあげるられるよ」
 そしてオマケににっこりとキラキラスマイルを至近距離でお見舞いしてくるアレキサンダーに、クリスティーナは「あ、ありがとうございます」と相槌。

 七色魔法の七色。
 神聖魔法の二色。
 一色ずつの召喚魔法と禁呪魔法。
 ──この世界には全部で11色の魔法がある。

「僕ら王族や貴族の子供は6歳になって勉強を始めるし、ティナもオズも来年だろうね。本格的に学び始めるのは学園に入る12歳からだよ。楽しみだね」
 ──と、アレキサンダーは付け加えた。
 クリスティーナは前世三十路がプレイしたゲーム『虹のクローバー・グローリー』を思い出していく。

 七色魔法は赤橙黄緑青藍紫で、別名として光魔法や自然魔法とも呼ばれる。
 神聖魔法は白と黒。女神の加護とも呼ばれる。教会で神職につくにはこの加護が無ければならない。
 人間が使用する魔法はこれら七色魔法と神聖魔法の9色がほとんどだ。

 召喚魔法は金色。実体を持たない精霊と契約して召喚し、彼らに力をふるわせるのだという。これの特性にあう者は極端に少ないと言われている。精霊王と契約した存在は人間の残す記録にはない。

 最後に禁呪が多く含まれる魔法、黒銀色で別名は闇魔法と呼ばれ、魔王とその眷属専用の魔法と言われている。人が禁呪を使えば禁忌に触れ、闇に飲まれて死んでしまう。

(う~ん……そうだったそうだった。破滅回避ばっかり考えて、剣と魔法のファンタジーだったこと忘れてたわ)
 
 ぼんやり考え、はっと顔をあげた時、目の前に妖精の手があった。
 ぶんっと後ろに振り回される感覚にクリスティーナはぐっと息を詰める。とっさにアレキサンダーが遠ざけたらしい。
妖精フェアリーめ! ──オズ! 人を呼べ!」
「間に合わん!」
 王子二人の慌てた声が庭に響き、離れたところで護衛騎士の足音が石畳を叩く。

 それらを聞きながら、クリスティーナは視界に残像として残った妖精と目があっていた。
『ふふふ、“サンクラー”、やっと見つけたわ──まさか、アレの近くに居たなんて……』
 金色の光の粒子ラメが世界を満たしていく──気がした。

(な、なに、これ)

 目を大きく見開いているはずの視界は眩しい金色の光の波に飲まれ、胃を掴まれたかのような気持ち悪さに襲われる。
 わずかに残っていたアレキサンダーの腕と胸の感触が、消えていく。

「ふ……あ──た、たすけ──」
 どうにか声を出し、手を持ち上げてみた。だが、クリスティーナの意識は何かに絡みとられるかのように、強引に落とされる。

(ひ、ひど……不意打ち……うそ……死ぬ……の? 斬首の前に……?)
 思考も完全に途絶えた。





「──兄上、逃がしてる!」
 オズワルドの指摘に、アレキサンダーは抱えていたはずのクリスティーナが腕の中から消えていることに気付く。
 金色の粒がひとつふたつ、ピンッピンッとはね、大気に飲み込まれていくところだった。
 ぐっと奥歯を噛むアレキサンダー。
「お得意の召喚魔法……だな。精霊達の気まぐれで済めばいいけれど……」

 4名の騎士が集まったところで「クリスティーナが妖精フェアリーにさらわれた!」とアレキサンダーの声が飛ぶ。
 この日、この時から城は騒然とすることになった。

 王族のプライベートエリアは国中で最も強固に結界が張られている場所だ。
 そこで発生した誘拐事件に国王から下っ端の兵士までが走り回ることになった。




 いつの間にか庭からひっそりと姿を消して私室に戻っていたオズワルドは鼻でため息を吐く。
「──おい、ラルバトス」

 5秒後、絨毯の上にぬらりと黒い固まりが生まれ、次第に成人男性の形をとる。長い耳と黒い翼は生えてこなかった。
 今は昼間だ。人間に見えるように姿を見せたのだ。
 黒いばかりの貴族服なのは変わらず、冷たい白皙の美貌は見る者の言葉を奪うだろう。

「見ていたな?」
「はい」

 ひざまづくラルバトスの頭にオズワルドは命令する。
「先に行け。奴らの里は100を超えるだろう? 見つけたら知らせろ。おれが迎えにいく」
「はっ」
 すぐさま黒い塊に戻り、大気に消えていくラルバトス。

 黒い霞を眺めながらオズワルドは5歳児らしからぬ悪態をつく。
「急げよ──ったく。はじめに色をつけるのはおれだと決めていたのに……腹立たしい」
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