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第三章 美少女学園一年目 芽吹き根付く乙女心

【第68話】 再教育(68)つばさ

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■末舛つばさサイド(23)

 ヘッドギアですっぽり頭を覆われたつばさは、虚ろな表情のまま、幼い自分の姿をただぼーっと見つめている。
 鼻に当てられたガーゼから漂う甘い匂いが、脳に直接作用して、記憶の定着を促していく。
 女の子として育ったにせの思い出を、刻み付けていく。
 男の子の思い出を上書きして、強制的に塗り替えていく。

 VRは、豪華な衣装を着た三歳のつばさを映し出している。
 アルバムでも登場した、ハレの日の一シーンだ。

 薄い鰯雲がゆったりと流れ、新緑が深まるその季節、映像の中のつばさは色とりどりの模様が刺繍された、華やかな着物を着ていた。
 赤い柄着物に、伊達衿、長襦袢を着て、頭には辛夷の花の髪飾りを付けている。
 軽くお化粧をした顔は、派手な衣装に調和して、上品に輝いていた。

「まだ七五三には半年早いけど、折角だから作ってきたの。思った通りとってもお似合いよ」
「嬉しい。つばさね、可愛いお着物を着られて、幸せなの。この衣装にずっと憧れてきたの」

 似合っていると言われて、つばさははにかんだ。
 綺麗に着飾ることが、何よりも嬉しいといった雰囲気だ。
 綺麗なお洋服を着ていたい。
 可愛らしくしていたい。
 女の子として魅力的でありたい。
 満面の笑顔はその気持ちを体現しているように見えた。

「ところでママ、この丸い球は何ていうの?」

 つばさは、着物と共にプレゼントされたサッカーボール大の球を指さす。

「これは蹴鞠って言うの。よく見ててね」

 そう言って母親は、千代紙風のデザインが施された鞠を、軽く叩いてみせる。
 すると、中が宝石のようにキラキラ光り出し、万華鏡のようにパターンを変え始めた。
 つばさは、食い入るように鞠を見つめている。

「きれい。とっても美しいわ」
「そうでしょ。つばさがすくすく美しく大きくなれるように、祈りを込めて作ってもらったのよ」
 そう言いながら、サッカーボール大の鞠を、つばさに手渡す。
 それを大事そうに抱きかかえると、つばさは微笑んでお礼を言った。

「ありがとう、ママ。つばさ、これからずっと大事にするわ」

 VRを見ている四歳のつばさの中で、蹴鞠とサッカーボールがリンクする。
 これまで一緒に寝ていた、サッカーボールの記憶が、蹴鞠に置き換わっていく。

 蹴鞠を蹴っていたのは、色が変わる様子を見るのが楽しかったから。
 記憶がそのように、整理されていく。

ーーーー

 そして、が起こった公園での映像に移る。
 大事そうに鞠を抱えるつばさに、男の子三人組が近づいてくる。

「へぇー。面白いもの持ってるじゃん。僕たちに貸せよ」
 坊主の少年は、言うが早いか、鞠をつばさの手から取り上げてしまう。
「えっ……ちょ、ちょっと」
 呆気にとられるつばさに構うことなく、三人は鞠をサッカーボールのように蹴り始める。

「すげー。このボール、色が変わるんだ」
「おもしれーな。こっちにパス」
「オッケー、オッケー」

 三人は、盗んだということを完全に忘れて、パスゲームを始めてしまう。

「ダメ。それは、大事なつばさのなの。返して。お願い返して」

 つばさは男子たちに駆け寄るが、三人はパスを回してつばさを回避し続ける。

「へへーんだ。取れるもんなら取ってみろよ」

 つばさがへとへとになるまで、三人は鳥かごを続ける。
 一時間経ち、肩で息をして一歩も動けなくなったつばさに、

「もう、おしまいか。つまんねーな。おら、ボール返してやるよ」

 そう言って、丸坊主の少年が蹴鞠に向かってダッシュする。

「稲妻シュート!!」

 蹴り上げた脚から勢いよくボールが放たれる。
 それは無防備なつばさの後頭部に直撃する。

ーープッツン

 映像は急にブラックアウトする。
 それ以降は、つばさが覚えていない記憶だから。

 洗脳装置を外し、意識が戻ってきたつばさに、明人は優しく話しかける。

「どうだい? 昔のこと、思い出してきたかい?」
「うっ、うーん。つばさ、昔は、ふわふわ病じゃなかったの?」
「そうだよ。かわいそうに、頭を怪我してね。でも、もう大丈夫」
「そうだったのね。つばさの蹴鞠、とられちゃって……」

 つばさは、サッカーに異常なほど執着している自分の心を理解できずにいた。
 いけないことと母親に言われても、何度「サッカー嫌い」と口にしても消えていかない思いがあった。

 それは全て、ママからの大事なプレゼントだったから。
 きれいな鞠の紋様に魅せられていたから。
 それを勝手に奪われて悔しかったから。

 つばさの中で、それまでの出来事が全て繋がっていく。

「そうだよ。よかった、思い出してくれて。そんなつばさちゃんに、おじさんからプレゼントがあるんだ」
「おじさまからのプレゼント? 何かしら」

 明人はカバンの中から、丸いものを取り出す。

「これ、見覚えがあるかい?」
「あっ、それはつばさの蹴鞠?」
「そうだよ。古いのはあの時壊れてしまったからね。つばさちゃんのパパとママの話を聞いて、おじさんが作り直したんだよ」

 つばさは貰った蹴鞠をギュッと抱き締める。

「うれしい。おじさまからプレゼントを貰っちゃった。つばさ、大事にするわ。ずっと、ずっとこれからも」

 可愛らしい笑顔のつばさを見ながら、明人は既に次のステップ、体の方の女性化について考え始めていた。 
 
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