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幕間
インターバル②
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昔々あるところに、それはそれはおくびょうな天狗が住んでいました。
天狗は人里離れた山奥の中に、誰にも見つかることなく何百年も生きていました。天狗は怖がりだったので山から降りようともせず、リスにどんぐりを上げたり、クマと相撲を取ったりしながら毎日を過ごしていました。
「にんげんは怖い生き物なんだ」
天狗は、天狗のお父さんとお母さんからそう聞かされていましたし、たまに迷い込んで来たにんげんを追っ払うことはあっても、関わり合うことはなかったので、にんげんとはそんなものなのだろうと思っていました。
「だけど天狗は、にんげんに恐れられている」
「私たちは空も飛べるし、水や火の神の力を借りて、呼び起こすこともできるからね」
「鼻も長いしね」
「くれぐれも、にんげんに見つかってはいけないよ」
幼い天狗は、亡くなった天狗のお父さんとお母さんにきつくそう言い聞かされていました。天狗もまた、山を降りる気はなかったので、見つかるつもりもありませんでした。
ところが、そんなある日。
”山の再開発”という名目で、とうとう天狗の住む場所にまで、にんげんの手が伸びることになったのです。それからあっという間に、機械の歯車が天狗の住む家の近くまでやって来ました。
天狗は仕方なく、追われるように山を降りました。
そこで天狗は、初めてにんげんの世界に出会いました。
空を飛ぶ、巨大な金属の鳥。
持ち運べる紅蓮の炎。
一度捻れば無限に湧き出る水。
広告塔に映された、モデルの長い鼻。
遠く離れた景色を映し出す四角い箱。
幼い天狗は、びっくりしてしまいました。天狗ができることは全部、いやそれ以上の能力を、にんげんたちは当たり前のように使っていたのです。天狗はおどろきつつもおお喜びでした。
「彼らは私たち以上の力を手にしているのだから、これでもう、天狗を恐れることはないだろう」と、そう思ったのです。
天狗はにんげんたちの輪に加わろうと羽を広げました。
ところがにんげんたちは、天狗の姿を見てびっくりしてしまいました。
「なんだあのバケモノは!?」
そう叫ぶとにんげんたちは、武器を手に取りました。天狗は慌てて逃げ出しました。どんなに自分たちが空を飛んでも、火や水を操っても、にんげんに取って天狗は異形の存在でしかなかったのです。
当然のことながら彼らに取って、天狗は”現実にはいない”存在だったのです。
天狗はしばらく、あちこちを周りながら自分を受け入れてくれる仲間を探しました。ところが、天狗が住めるような山には、鬼であったりダイダラボッチであったり、当然別の種族が縄張りを張っていました。天狗が再開発で山を追われたように、みんな自分の住む場所を守るのに必死でした。自分と同じ天狗の種族がどこに住んでいるのか、何百年も山にこもっていた天狗には見当もつきません。
とはいえにんげんの里では、羽を広げてみせるだけでおどろいて天狗を追い払いました。追い払うだけならまだしも、捕まえたり、見せ物にしようとするにんげんも大勢いました。天狗は思わず、にんげんをぶん殴ったりしながら逃げ惑いました。
天狗は途方に暮れ、亡くなったお父さんとお母さんの言葉をかみ締めました。やがて天狗は、自分が自分であることが悪いことのように思い始めました。羽を広げるのをやめ、神々の力を借りることをやめ、にんげんの社会にまぎれて、にんげんの真似事をするようになりました。
だって、帰る場所もありません。天狗が天狗である限り、受け入れてくれるにんげんもありません。天狗は昼間はにんげんと同じように学校に行き、夜はぶらぶら街を彷徨い歩いて暮らしました。天狗もいつしか、そんな生活に慣れていきました。
天狗なんて、もはやいない方がいいのかもしれない。
いっそこのまま、自分が自分であることをあきらめてしまおうか。
山を追われた天狗が、そう思った矢先でした。
ある日、一人のにんげんが、イートインコーナーでだらだらアイスカフェラテを飲んでいる天狗に手をさしのべました。彼は自分のことを、「探偵だ」と名乗りました……。
《続く》
天狗は人里離れた山奥の中に、誰にも見つかることなく何百年も生きていました。天狗は怖がりだったので山から降りようともせず、リスにどんぐりを上げたり、クマと相撲を取ったりしながら毎日を過ごしていました。
「にんげんは怖い生き物なんだ」
天狗は、天狗のお父さんとお母さんからそう聞かされていましたし、たまに迷い込んで来たにんげんを追っ払うことはあっても、関わり合うことはなかったので、にんげんとはそんなものなのだろうと思っていました。
「だけど天狗は、にんげんに恐れられている」
「私たちは空も飛べるし、水や火の神の力を借りて、呼び起こすこともできるからね」
「鼻も長いしね」
「くれぐれも、にんげんに見つかってはいけないよ」
幼い天狗は、亡くなった天狗のお父さんとお母さんにきつくそう言い聞かされていました。天狗もまた、山を降りる気はなかったので、見つかるつもりもありませんでした。
ところが、そんなある日。
”山の再開発”という名目で、とうとう天狗の住む場所にまで、にんげんの手が伸びることになったのです。それからあっという間に、機械の歯車が天狗の住む家の近くまでやって来ました。
天狗は仕方なく、追われるように山を降りました。
そこで天狗は、初めてにんげんの世界に出会いました。
空を飛ぶ、巨大な金属の鳥。
持ち運べる紅蓮の炎。
一度捻れば無限に湧き出る水。
広告塔に映された、モデルの長い鼻。
遠く離れた景色を映し出す四角い箱。
幼い天狗は、びっくりしてしまいました。天狗ができることは全部、いやそれ以上の能力を、にんげんたちは当たり前のように使っていたのです。天狗はおどろきつつもおお喜びでした。
「彼らは私たち以上の力を手にしているのだから、これでもう、天狗を恐れることはないだろう」と、そう思ったのです。
天狗はにんげんたちの輪に加わろうと羽を広げました。
ところがにんげんたちは、天狗の姿を見てびっくりしてしまいました。
「なんだあのバケモノは!?」
そう叫ぶとにんげんたちは、武器を手に取りました。天狗は慌てて逃げ出しました。どんなに自分たちが空を飛んでも、火や水を操っても、にんげんに取って天狗は異形の存在でしかなかったのです。
当然のことながら彼らに取って、天狗は”現実にはいない”存在だったのです。
天狗はしばらく、あちこちを周りながら自分を受け入れてくれる仲間を探しました。ところが、天狗が住めるような山には、鬼であったりダイダラボッチであったり、当然別の種族が縄張りを張っていました。天狗が再開発で山を追われたように、みんな自分の住む場所を守るのに必死でした。自分と同じ天狗の種族がどこに住んでいるのか、何百年も山にこもっていた天狗には見当もつきません。
とはいえにんげんの里では、羽を広げてみせるだけでおどろいて天狗を追い払いました。追い払うだけならまだしも、捕まえたり、見せ物にしようとするにんげんも大勢いました。天狗は思わず、にんげんをぶん殴ったりしながら逃げ惑いました。
天狗は途方に暮れ、亡くなったお父さんとお母さんの言葉をかみ締めました。やがて天狗は、自分が自分であることが悪いことのように思い始めました。羽を広げるのをやめ、神々の力を借りることをやめ、にんげんの社会にまぎれて、にんげんの真似事をするようになりました。
だって、帰る場所もありません。天狗が天狗である限り、受け入れてくれるにんげんもありません。天狗は昼間はにんげんと同じように学校に行き、夜はぶらぶら街を彷徨い歩いて暮らしました。天狗もいつしか、そんな生活に慣れていきました。
天狗なんて、もはやいない方がいいのかもしれない。
いっそこのまま、自分が自分であることをあきらめてしまおうか。
山を追われた天狗が、そう思った矢先でした。
ある日、一人のにんげんが、イートインコーナーでだらだらアイスカフェラテを飲んでいる天狗に手をさしのべました。彼は自分のことを、「探偵だ」と名乗りました……。
《続く》
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