頭ファンタジー探偵

てこ/ひかり

文字の大きさ
26 / 34
幕間

インターバル②

しおりを挟む
 昔々あるところに、それはそれはおくびょうな天狗が住んでいました。
 天狗は人里離れた山奥の中に、誰にも見つかることなく何百年も生きていました。天狗は怖がりだったので山から降りようともせず、リスにどんぐりを上げたり、クマと相撲を取ったりしながら毎日を過ごしていました。

「にんげんは怖い生き物なんだ」

 天狗は、天狗のお父さんとお母さんからそう聞かされていましたし、たまに迷い込んで来たにんげんを追っ払うことはあっても、関わり合うことはなかったので、にんげんとはそんなものなのだろうと思っていました。

「だけど天狗は、にんげんに恐れられている」
「私たちは空も飛べるし、水や火の神の力を借りて、呼び起こすこともできるからね」
「鼻も長いしね」
「くれぐれも、にんげんに見つかってはいけないよ」

 幼い天狗は、亡くなった天狗のお父さんとお母さんにきつくそう言い聞かされていました。天狗もまた、山を降りる気はなかったので、見つかるつもりもありませんでした。


 ところが、そんなある日。


 ”山の再開発”という名目で、とうとう天狗の住む場所にまで、にんげんの手が伸びることになったのです。それからあっという間に、機械の歯車が天狗の住む家の近くまでやって来ました。
 天狗は仕方なく、追われるように山を降りました。
 そこで天狗は、初めてにんげんの世界に出会いました。

 空を飛ぶ、巨大な金属の鳥。
 持ち運べる紅蓮の炎。
 一度捻れば無限に湧き出る水。
 広告塔に映された、モデルの長い鼻。
 遠く離れた景色を映し出す四角い箱。

 幼い天狗は、びっくりしてしまいました。天狗ができることは全部、いやそれ以上の能力を、にんげんたちは当たり前のように使っていたのです。天狗はおどろきつつもおお喜びでした。

「彼らは私たち以上の力を手にしているのだから、これでもう、天狗を恐れることはないだろう」と、そう思ったのです。

 天狗はにんげんたちの輪に加わろうと羽を広げました。

 ところがにんげんたちは、天狗の姿を見てびっくりしてしまいました。

「なんだあのバケモノは!?」

 そう叫ぶとにんげんたちは、武器を手に取りました。天狗は慌てて逃げ出しました。どんなに自分たちが空を飛んでも、火や水を操っても、にんげんに取って天狗は異形の存在でしかなかったのです。


 当然のことながら彼らに取って、天狗は”現実にはいない”存在だったのです。


 天狗はしばらく、あちこちを周りながら自分を受け入れてくれる仲間を探しました。ところが、天狗が住めるような山には、鬼であったりダイダラボッチであったり、当然別の種族が縄張りを張っていました。天狗が再開発で山を追われたように、みんな自分の住む場所を守るのに必死でした。自分と同じ天狗の種族がどこに住んでいるのか、何百年も山にこもっていた天狗には見当もつきません。

 とはいえにんげんの里では、羽を広げてみせるだけでおどろいて天狗を追い払いました。追い払うだけならまだしも、捕まえたり、見せ物にしようとするにんげんも大勢いました。天狗は思わず、にんげんをぶん殴ったりしながら逃げ惑いました。

 天狗は途方に暮れ、亡くなったお父さんとお母さんの言葉をかみ締めました。やがて天狗は、自分が自分であることが悪いことのように思い始めました。羽を広げるのをやめ、神々の力を借りることをやめ、にんげんの社会にまぎれて、にんげんの真似事をするようになりました。

 だって、帰る場所もありません。天狗が天狗である限り、受け入れてくれるにんげんもありません。天狗は昼間はにんげんと同じように学校に行き、夜はぶらぶら街を彷徨い歩いて暮らしました。天狗もいつしか、そんな生活に慣れていきました。


 天狗なんて、もはやいない方がいいのかもしれない。
 いっそこのまま、自分が自分であることをあきらめてしまおうか。


 山を追われた天狗が、そう思った矢先でした。
 ある日、一人のにんげんが、イートインコーナーでだらだらアイスカフェラテを飲んでいる天狗に手をさしのべました。彼は自分のことを、「探偵だ」と名乗りました……。


《続く》
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...