頭ファンタジー探偵

てこ/ひかり

文字の大きさ
28 / 34
最終幕

VS時間旅行者②

しおりを挟む
「気に食わねぇな……」
「何が?」

 昼下がりのプールにプカプカと浮かぶ櫻子に、坂本が首をかしげて尋ねた。櫻子は浮き輪にしがみ付き、赤いワンピースを水中に漂わせた。

「一人称が自分の名字の男……怪しすぎる」
「そこ??」

 櫻子が渋い顔を見せる。坂本が七色のビーチパラソルの下で、さらに首を深く曲げた。
 二人は今、ホテルの屋上にいた。見上げると、真っ青な空に浮かぶ白い入道雲。利用客は坂本と櫻子の二人しかおらず、貸し切り状態だ。アロハシャツに着替えた坂本は、プールサイドに備え付けられた真っ白なビーチチェアに寝そべり、黒いサングラスを光らせながらトロピカルフルーツジュースを啜った。

「神経質になり過ぎだよ、櫻子君。きっとそんな人間だっているよ。それに世の中じゃ名探偵と言われる人物ほど、世間一般から外れた”変わり者”が多いもんさ。きっと僕らでは想像もつかないような頭の作りをしてるんだろう。そんなことより、オーシャンビューを楽しもうよ。ホラ、とっても奇麗だよ。アハハ……」

 櫻子は『流れるプール』の波に身を任せ、能天気極まる坂本を無視して屋上から海を見渡した。降り注ぐ太陽の光が眼下に広がる海に反射して、キラキラと輝いている。

 坂本の言う通り、考えすぎなのだろうか? 

 櫻子が、少し思案気に顔を曇らせた。彼女の金髪が、緩やかな波のさざめきに合わせて水面でゆらゆらと揺れた。

□□□

 田中一曰く、このホテルで起きた殺人事件は昨日のうちに彼が解決し、とっくに警察も帰った後だと言う。二人は事件現場を見せてもらうこともなく、田中一に手を引っ張られ地元の名所だと言う滝へと案内された。滝は二人が越えてきた山のさらに奥深くにあった。高さ数メートルの崖から吹き出る水流を見上げ、田中一は落下防止のための手すりの前から緋色の目を輝かせた。

「この滝は宗祇そうぎ滝……地元の人たちの間じゃ通称『天狗滝』と言って、かつて何百年前に伝説の天狗がここで滝登りの修行をした、と言い伝えられてるんですよ」
「へええ……」
「…………」
 
 坂本が近くに掲げられていた観光案内の看板を興味深げに覗き込んだ。両手を広げ、霧のように降り注ぐ水しぶきに気持ち良さそうに顔を緩ませていた田中一だったが、ふと櫻子の視線に気づき彼女に顔を近づけた。

「どうしたんだい? 『天狗滝』について、何か気になることでも?」
「いや……」

 穏やかな笑みを絶やさない田中一に、櫻子は無表情のまま小さく首を振り、それから世界一の名探偵をじっと見つめた。

「なあ……アンタ」
「ん??」
「私と、どっかで会ったことあるか?」

 遠くの方で、野鳥の鳴き声が届いた。櫻子の言葉に、田中一は少し驚いたように眉を動かした。
「おや? そうかもしれないね。田中一は、世界中を旅して回っているから……ね。君はどうしてそう思ったの?」
「…………」

 櫻子は答えず、黙って滝を見上げた。田中一もそれに釣られて視線を逸らした。それきり、田中一と櫻子の会話らしい会話はなくなり、彼もそれ以上深くは追求して来なかった。

「あれ? 田中一さん」
 先ほどからじっと観光案内を見ていた坂本が、看板に書かれた小さな文字を指差しながら二人を振り返った。
「この滝、『天狗滝』じゃなくて、『河童滝』らしいですよ。河童が泳ぎを練習した滝だって。ホラ……」
「ええ? ホントですか? ああ……これはしまったな」
 田中一が驚いたように観光案内まで駆け寄って、看板の文字を覗き込んだ。
「本当だ。滝じゃなくて、滝だ。自信満々でガイドしてたつもりが、どうやら間違えて覚えていたようです。これはお恥ずかしい」
 
 田中一は照れたように笑って、後ろで黙ったまま立っていた櫻子を振り返った。

□□□

「向こうは有名な探偵さんなんだから、ニュースとかで見た記憶が残ってたんじゃない?」
「ンー……」

 坂本がグラスのふちに蜜柑の輪切りが刺さったTトロピカルFフルーツJジュースを飲み干した。
 田中一はホテルに帰ってくるなり、泊まっていた彼のファンに見つかり、敢え無く即席のサイン会を開き始めた。雪崩のようにやってきた黄色い声援の輪の外側に押しやられた坂本と櫻子は、仕方なく二人で屋上に向かったのだった。

 水色のプールに赤いワンピースが揺らぐ。櫻子はまだ納得いかない様子で、浮き輪にぎゅっとしがみ付きぼんやりと遠くの海を見つめた。

 そう、なのかもしれない。

 彼女とて、田中一を一目見て何となくそんな気がしただけで、確証がある訳ではなかった。それに疑念はまだある。わざわざ自分の前で『天狗』なんて言葉を口にしたのは、本当にただの偶然なのだろうか、それとも……。

「いやあ、それにしても意外だったね」
「は?」

 何とか記憶を辿ろうと、水面の上を顔をしかめて漂っていた櫻子に、坂本がGグラスのHふちにM蜜柑のW輪切りがS刺さったTトロピカルFフルーツJジュースを片手に素っ頓狂な声を上げた。

「櫻子君……君、泳げなかったんだ」
「はああ?」

 櫻子は思わず浮き輪から落っこちそうになり、さっと血の気が引いた顔で必死に浮き輪にしがみ付いた。その顔はあっという間に着ている水着よりも真っ赤に染まった。普段の彼女からは想像もつかないその様子に、坂本が驚いて目を丸くした。

「気をつけて! 僕も泳げないから。溺れたら、助けに行けない!!」
「何言ってんだ、バカ! 自慢すんなそんなこと! うぉぉお……っ!?」
「ああっ! 危ないッ! 落ちるッ!! 右、もうちょい右……!」
「うるセー! もう! バカぁ!!」

 急にバシャバシャと騒がしくなったプールサイドに、金髪少女の金切り声が響き渡った。

「きゃあああああッ!?」

 櫻子がプールの中で悲鳴を上げた、それとちょうど同じタイミングだった。突然、下の階から誰かの悲鳴が上がったのは。

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...