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最終幕
VS時間旅行者②
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「気に食わねぇな……」
「何が?」
昼下がりのプールにプカプカと浮かぶ櫻子に、坂本が首をかしげて尋ねた。櫻子は浮き輪にしがみ付き、赤いワンピースを水中に漂わせた。
「一人称が自分の名字の男……怪しすぎる」
「そこ??」
櫻子が渋い顔を見せる。坂本が七色のビーチパラソルの下で、さらに首を深く曲げた。
二人は今、ホテルの屋上にいた。見上げると、真っ青な空に浮かぶ白い入道雲。利用客は坂本と櫻子の二人しかおらず、貸し切り状態だ。アロハシャツに着替えた坂本は、プールサイドに備え付けられた真っ白なビーチチェアに寝そべり、黒いサングラスを光らせながらトロピカルフルーツジュースを啜った。
「神経質になり過ぎだよ、櫻子君。きっとそんな人間だっているよ。それに世の中じゃ名探偵と言われる人物ほど、世間一般から外れた”変わり者”が多いもんさ。きっと僕らでは想像もつかないような頭の作りをしてるんだろう。そんなことより、オーシャンビューを楽しもうよ。ホラ、とっても奇麗だよ。アハハ……」
櫻子は『流れるプール』の波に身を任せ、能天気極まる坂本を無視して屋上から海を見渡した。降り注ぐ太陽の光が眼下に広がる海に反射して、キラキラと輝いている。
坂本の言う通り、考えすぎなのだろうか?
櫻子が、少し思案気に顔を曇らせた。彼女の金髪が、緩やかな波のさざめきに合わせて水面でゆらゆらと揺れた。
□□□
田中一曰く、このホテルで起きた殺人事件は昨日のうちに彼が解決し、とっくに警察も帰った後だと言う。二人は事件現場を見せてもらうこともなく、田中一に手を引っ張られ地元の名所だと言う滝へと案内された。滝は二人が越えてきた山のさらに奥深くにあった。高さ数メートルの崖から吹き出る水流を見上げ、田中一は落下防止のための手すりの前から緋色の目を輝かせた。
「この滝は宗祇滝……地元の人たちの間じゃ通称『天狗滝』と言って、かつて何百年前に伝説の天狗がここで滝登りの修行をした、と言い伝えられてるんですよ」
「へええ……」
「…………」
坂本が近くに掲げられていた観光案内の看板を興味深げに覗き込んだ。両手を広げ、霧のように降り注ぐ水しぶきに気持ち良さそうに顔を緩ませていた田中一だったが、ふと櫻子の視線に気づき彼女に顔を近づけた。
「どうしたんだい? 『天狗滝』について、何か気になることでも?」
「いや……」
穏やかな笑みを絶やさない田中一に、櫻子は無表情のまま小さく首を振り、それから世界一の名探偵をじっと見つめた。
「なあ……アンタ」
「ん??」
「私と、どっかで会ったことあるか?」
遠くの方で、野鳥の鳴き声が届いた。櫻子の言葉に、田中一は少し驚いたように眉を動かした。
「おや? そうかもしれないね。田中一は、世界中を旅して回っているから……ね。君はどうしてそう思ったの?」
「…………」
櫻子は答えず、黙って滝を見上げた。田中一もそれに釣られて視線を逸らした。それきり、田中一と櫻子の会話らしい会話はなくなり、彼もそれ以上深くは追求して来なかった。
「あれ? 田中一さん」
先ほどからじっと観光案内を見ていた坂本が、看板に書かれた小さな文字を指差しながら二人を振り返った。
「この滝、『天狗滝』じゃなくて、『河童滝』らしいですよ。河童が泳ぎを練習した滝だって。ホラ……」
「ええ? ホントですか? ああ……これはしまったな」
田中一が驚いたように観光案内まで駆け寄って、看板の文字を覗き込んだ。
「本当だ。天狗滝じゃなくて、河童滝だ。自信満々でガイドしてたつもりが、どうやら間違えて覚えていたようです。これはお恥ずかしい」
田中一は照れたように笑って、後ろで黙ったまま立っていた櫻子を振り返った。
□□□
「向こうは有名な探偵さんなんだから、ニュースとかで見た記憶が残ってたんじゃない?」
「ンー……」
坂本がグラスのふちに蜜柑の輪切りが刺さったTFJを飲み干した。
田中一はホテルに帰ってくるなり、泊まっていた彼のファンに見つかり、敢え無く即席のサイン会を開き始めた。雪崩のようにやってきた黄色い声援の輪の外側に押しやられた坂本と櫻子は、仕方なく二人で屋上に向かったのだった。
水色のプールに赤いワンピースが揺らぐ。櫻子はまだ納得いかない様子で、浮き輪にぎゅっとしがみ付きぼんやりと遠くの海を見つめた。
そう、なのかもしれない。
彼女とて、田中一を一目見て何となくそんな気がしただけで、確証がある訳ではなかった。それに疑念はまだある。わざわざ自分の前で『天狗』なんて言葉を口にしたのは、本当にただの偶然なのだろうか、それとも……。
「いやあ、それにしても意外だったね」
「は?」
何とか記憶を辿ろうと、水面の上を顔をしかめて漂っていた櫻子に、坂本がGHMWSTFJを片手に素っ頓狂な声を上げた。
「櫻子君……君、泳げなかったんだ」
「はああ?」
櫻子は思わず浮き輪から落っこちそうになり、さっと血の気が引いた顔で必死に浮き輪にしがみ付いた。その顔はあっという間に着ている水着よりも真っ赤に染まった。普段の彼女からは想像もつかないその様子に、坂本が驚いて目を丸くした。
「気をつけて! 僕も泳げないから。溺れたら、助けに行けない!!」
「何言ってんだ、バカ! 自慢すんなそんなこと! うぉぉお……っ!?」
「ああっ! 危ないッ! 落ちるッ!! 右、もうちょい右……!」
「うるセー! もう! バカぁ!!」
急にバシャバシャと騒がしくなったプールサイドに、金髪少女の金切り声が響き渡った。
「きゃあああああッ!?」
櫻子がプールの中で悲鳴を上げた、それとちょうど同じタイミングだった。突然、下の階から誰かの悲鳴が上がったのは。
「何が?」
昼下がりのプールにプカプカと浮かぶ櫻子に、坂本が首をかしげて尋ねた。櫻子は浮き輪にしがみ付き、赤いワンピースを水中に漂わせた。
「一人称が自分の名字の男……怪しすぎる」
「そこ??」
櫻子が渋い顔を見せる。坂本が七色のビーチパラソルの下で、さらに首を深く曲げた。
二人は今、ホテルの屋上にいた。見上げると、真っ青な空に浮かぶ白い入道雲。利用客は坂本と櫻子の二人しかおらず、貸し切り状態だ。アロハシャツに着替えた坂本は、プールサイドに備え付けられた真っ白なビーチチェアに寝そべり、黒いサングラスを光らせながらトロピカルフルーツジュースを啜った。
「神経質になり過ぎだよ、櫻子君。きっとそんな人間だっているよ。それに世の中じゃ名探偵と言われる人物ほど、世間一般から外れた”変わり者”が多いもんさ。きっと僕らでは想像もつかないような頭の作りをしてるんだろう。そんなことより、オーシャンビューを楽しもうよ。ホラ、とっても奇麗だよ。アハハ……」
櫻子は『流れるプール』の波に身を任せ、能天気極まる坂本を無視して屋上から海を見渡した。降り注ぐ太陽の光が眼下に広がる海に反射して、キラキラと輝いている。
坂本の言う通り、考えすぎなのだろうか?
櫻子が、少し思案気に顔を曇らせた。彼女の金髪が、緩やかな波のさざめきに合わせて水面でゆらゆらと揺れた。
□□□
田中一曰く、このホテルで起きた殺人事件は昨日のうちに彼が解決し、とっくに警察も帰った後だと言う。二人は事件現場を見せてもらうこともなく、田中一に手を引っ張られ地元の名所だと言う滝へと案内された。滝は二人が越えてきた山のさらに奥深くにあった。高さ数メートルの崖から吹き出る水流を見上げ、田中一は落下防止のための手すりの前から緋色の目を輝かせた。
「この滝は宗祇滝……地元の人たちの間じゃ通称『天狗滝』と言って、かつて何百年前に伝説の天狗がここで滝登りの修行をした、と言い伝えられてるんですよ」
「へええ……」
「…………」
坂本が近くに掲げられていた観光案内の看板を興味深げに覗き込んだ。両手を広げ、霧のように降り注ぐ水しぶきに気持ち良さそうに顔を緩ませていた田中一だったが、ふと櫻子の視線に気づき彼女に顔を近づけた。
「どうしたんだい? 『天狗滝』について、何か気になることでも?」
「いや……」
穏やかな笑みを絶やさない田中一に、櫻子は無表情のまま小さく首を振り、それから世界一の名探偵をじっと見つめた。
「なあ……アンタ」
「ん??」
「私と、どっかで会ったことあるか?」
遠くの方で、野鳥の鳴き声が届いた。櫻子の言葉に、田中一は少し驚いたように眉を動かした。
「おや? そうかもしれないね。田中一は、世界中を旅して回っているから……ね。君はどうしてそう思ったの?」
「…………」
櫻子は答えず、黙って滝を見上げた。田中一もそれに釣られて視線を逸らした。それきり、田中一と櫻子の会話らしい会話はなくなり、彼もそれ以上深くは追求して来なかった。
「あれ? 田中一さん」
先ほどからじっと観光案内を見ていた坂本が、看板に書かれた小さな文字を指差しながら二人を振り返った。
「この滝、『天狗滝』じゃなくて、『河童滝』らしいですよ。河童が泳ぎを練習した滝だって。ホラ……」
「ええ? ホントですか? ああ……これはしまったな」
田中一が驚いたように観光案内まで駆け寄って、看板の文字を覗き込んだ。
「本当だ。天狗滝じゃなくて、河童滝だ。自信満々でガイドしてたつもりが、どうやら間違えて覚えていたようです。これはお恥ずかしい」
田中一は照れたように笑って、後ろで黙ったまま立っていた櫻子を振り返った。
□□□
「向こうは有名な探偵さんなんだから、ニュースとかで見た記憶が残ってたんじゃない?」
「ンー……」
坂本がグラスのふちに蜜柑の輪切りが刺さったTFJを飲み干した。
田中一はホテルに帰ってくるなり、泊まっていた彼のファンに見つかり、敢え無く即席のサイン会を開き始めた。雪崩のようにやってきた黄色い声援の輪の外側に押しやられた坂本と櫻子は、仕方なく二人で屋上に向かったのだった。
水色のプールに赤いワンピースが揺らぐ。櫻子はまだ納得いかない様子で、浮き輪にぎゅっとしがみ付きぼんやりと遠くの海を見つめた。
そう、なのかもしれない。
彼女とて、田中一を一目見て何となくそんな気がしただけで、確証がある訳ではなかった。それに疑念はまだある。わざわざ自分の前で『天狗』なんて言葉を口にしたのは、本当にただの偶然なのだろうか、それとも……。
「いやあ、それにしても意外だったね」
「は?」
何とか記憶を辿ろうと、水面の上を顔をしかめて漂っていた櫻子に、坂本がGHMWSTFJを片手に素っ頓狂な声を上げた。
「櫻子君……君、泳げなかったんだ」
「はああ?」
櫻子は思わず浮き輪から落っこちそうになり、さっと血の気が引いた顔で必死に浮き輪にしがみ付いた。その顔はあっという間に着ている水着よりも真っ赤に染まった。普段の彼女からは想像もつかないその様子に、坂本が驚いて目を丸くした。
「気をつけて! 僕も泳げないから。溺れたら、助けに行けない!!」
「何言ってんだ、バカ! 自慢すんなそんなこと! うぉぉお……っ!?」
「ああっ! 危ないッ! 落ちるッ!! 右、もうちょい右……!」
「うるセー! もう! バカぁ!!」
急にバシャバシャと騒がしくなったプールサイドに、金髪少女の金切り声が響き渡った。
「きゃあああああッ!?」
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