56 / 210
第三章
四十話 文化祭へのお誘い 前編
しおりを挟む初デートの翌日、俺はいつも通り与えられた自室で一人勉強をしていた。タブレットを使用しての勉強にも大分慣れてきて、問題を解く速さも格段に上がってきているように思う。
今学習しているのは高校一年生の内容なので、高校三年間の内容を全て勉強しようとするとまだまだ先は長いように思えるが、それでも少しずつわからないところをわかるようにしていくのは楽しかった。
夕方も過ぎてもうすぐ夜という頃、壱弦からメッセージが届いた。なんでも九月の最後の週に高校の文化祭があるらしい。なるほど、だから最近の律樹さんは普段よりもさらに忙しさに拍車がかかっていたのかと納得する。
『壱弦はなにするの?』
『模擬店というか屋台?』
確かに文化祭といえば展示や演劇、模擬店というイメージがある。展示や演劇も楽しそうではあるが、模擬店にはやっぱり憧れがあった。多分この間見たテレビの影響かもしれない。
いいなぁ……俺も行ってみたいなぁなんて思いながら壱弦にメッセージを送ればそんな返事が来た。
『屋台?』
『うちのクラスはたこ焼きだってよ』
『たこ焼き!』
いいなぁ、いいなぁ!と自分が参加するわけでもないのに内心ワクワクする。
というのも俺は粉物全般が好きなのだ。その中でも特にたこ焼きが好きで、今度家でたこ焼きパーティーをしようねと律樹さんとも約束をしているくらいだ。たこ焼きって、齧ると中からとろりとした生地と弾力のあるたこが出てくるんだよね……ああ、食べたいなぁ。
『そういえば弓月ってたこ焼き好きだったっけ?』
『うん、好き』
テレビ電話でもないのにこくこくと首を縦に振りながらそう返す。だって美味しいからねと心の中で付け加えながら返信を待つが、数分経っても返信は返ってこない。
それまでは一分も掛からずに返ってきていたのにどうしたんだろうと首を傾げながら、もしかして俺今変な言葉を送ったっけとやりとりを確認してみるが特におかしなところはなさそうだ。
きっと壱弦も文化祭の準備や勉強で忙しいんだろう。そうざわざわとする自分の心を落ち着かせるように、一旦机の上にスマホを置いて勉強の続きをすることにした。
そうして十分が経過した頃、ピロンという電子音と共に俺もよく使うとてもいい笑顔のうさぎが親指を立てているスタンプが返ってきた。
続けてメッセージが届いたのを見て、どうやら俺が何かしたわけではなくてただ忙しかったのだとわかって、俺はほっと息を吐いた。
『それでさっき伝えた日程なんだけどさ、弓月空いてる?』
文化祭は三日間あるらしい。律樹さんと共有しているカレンダーアプリを見てみると、一日目以外は特に用はなさそうだったのでそう送る。まあそうは言っても一日目のこの日は朝から病院に行くだけなので本当は午後からは空いているのだが、病院に行った後はいつも疲れてしまうのでこの日は勉強もお休みだ。
しかしどうして俺に予定を聞いたんだろう。俺は生徒じゃないから文化祭には関係がないのでは、と首を捻っているとピロンとスマホが音を立てた。
『もしよかったら文化祭に来ないか?』
その言葉に俺は目をぱちくりと瞬かせる。
見間違いだろうかと目を擦ったりしてみるが、やはりそこには文化祭へのお誘いが書かれていた。
文化祭とは学校の行事だ。だから誘われたもののそもそも俺なんかが行ってもいいのかがわからない。
俺は『俺生徒じゃないけど』とスマホに打ち込んで……消した。これは言わなくていいことだと思ったのだ。俺がもう生徒じゃないことくらい俺も壱弦もわかってる。それをあえて言葉にするのはほんの少し躊躇われた。
でも本当は行ってみたい、行けるなら高校の文化祭に行ってみたいとは思っている。けれどそれと同時に怖いなとも思うのだ。
俺が返事に迷っていると、再びピロンと新着メッセージを告げる電子音が鳴った。
『文化祭の二日目と三日目は一般開放するんだ。まあ一般開放って言っても、俺たち生徒や先生達からチケットをもらった人しか入れないんだけどな』
なるほどと思うと同時に、あれ?という疑問も浮かぶ。生徒や先生達からチケットをもらわなければならないということはつまり、チケットを持っていない俺にはそもそも行く権利がないってことだ。
チケットがないから行けないということは簡単だけど、それを送れば催促しているように思われないだろうかと不安になる。文字を打ち込んでは消し、また打ち込んでは消してを繰り返していると再び電子音が受信を告げた。
『瀬名先生から貰ってたらそれで良いんだけど、もし持っていなかったらチケットは俺が渡すから安心して。俺は裏方だから当日は暇なんだ。もし来れるなら俺に案内させてほしい』
チケットが一人当たり何枚貰えるのかはわからない。そんな貴重なものを俺に渡してもいいのかななんて思っていると、続けてメッセージが送られてくる。
『返事はすぐじゃなくても良いから』
俺もう塾の時間だからまたな、というメッセージを最後にやりとりが終わった。
深く息を吐きながら勉強机に突っ伏す。
行きたい行きたくないで言えば、もちろん行ってみたい。けれどもやっぱり怖いとも思ってしまう自分がいる。
指先でシャーペンを転がしながらまた溜息を吐く。壱弦は俺を案内してくれると言ったが、きっと俺は彼の思うような反応が出来ないだろう。声が出ないから話しかけられても上手く答えられないし、昨日の律樹さんとのお出掛けみたいに人酔いをするかもしれない。
様々な不安ごとが波のように襲ってきて、俺は耐えるようにぎゅっと目を閉じた。
206
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!
野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ
平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、
どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。
数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。
きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、
生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。
「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」
それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
隠れSubは大好きなDomに跪きたい
みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。
更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる