95 / 210
第四章
七十二話 もっと触れ合いたい
しおりを挟むもぞもぞと身体を動かし、重い瞼を押し上げる。ゆっくりと瞬きを繰り返しているとふいに腹部に引き寄せられるようなぐっとした圧を感じ、背中に温もりが広がった。
「んん……」
後ろからしっかりと俺を抱きしめた律樹さんが小さく唸った。低い声と共に熱い吐息が耳を掠め、ぴくっと小さく身体が跳ねてしまう。最近わかったことだが、どうやら俺は耳が弱いらしい。身動ぎをした俺を逃さないとでもいうように、お腹に回った彼の腕に力が込められた。
少し経つと再び小さな寝息が耳に届いた。さっきの小さな唸り声は反射的なものだったのかもしれない。
俺の背中と律樹さんの前面がぴったりと隙間なく合わさっているのが温もりと感触でわかる。まだ残暑は厳しいとはいえ徐々に朝晩の気温も低くなり涼しくなってきているこの頃だ。この温もりは離れがたくなるほどにとても心地がいい。こんな風に朝と夜、律樹さんとこうしてくっついている時間が最近の俺にとっては一番の幸せかもしれない。
律樹さんの寝顔が見たくて寝返りを打とうとしたが、逞しい腕にしっかりと腹部をホールドされているために叶わなかった。諦めてお腹に回った彼の腕に手を添えて、ただぼんやりと室内の様子を眺める。カーテンの隙間から溢れた光が暗かった部屋の中を少しずつ明るく照らしていく。もう朝なんだなぁ……なんて思っていると、折角開いた瞼が再び重さを増していくのがわかった。ふわりと宙に浮かぶような心地良さに意識が微睡んでいく。すぐ近くに聞こえる寝息と規則正しく鳴り響く時計の針の音をBGMに、再び重くなった瞼をそっと下ろした。
今度は温もりが離れていく感覚に、俺はもう一度瞼を押し上げた。どうやら一度起きたにも関わらず、二度寝をしてしまっていたらしい。
寝起きに霞む視界や思考ををすっきりさせるように、ゆっくりと数回瞬きをする。そして僅かに離れた温もりを追いかけるようにごろんと寝返りを打った。
「……起こしちゃった?」
ううん、と首を小さくゆっくりと横に振る。寝起きだからか、全ての動作が緩慢だった。
俺は律樹さんの適度に固い胸板に額をコツンと押し当て、温もりを求めるようにすりすりと擦り寄る。動く度にふわっと香る彼の優しい香りをすうっと吸い込めば、肺が幸せに満たされていくような心地がした。
ぎゅっと律樹さんの胸元を掴んで顔を上げる。見上げた先にあったのは、薄らと頬を染めながらも穏やかな笑みだった。言葉にしなくてもその視線と笑みだけで、十分だと思えるほどの俺への好意が伝わってくる。胸の奥がほわほわと温かくなっていくのを感じながら、俺も締まりのない顔で笑った。
「っ……はあぁ…………好き」
「……?」
ちらりと見えた口の動きを見るに、おそらく律樹さんが溜息と共に何かを呟いたんだろうなってことはわかった。しかしあまりにも声が小さかったために、俺の耳が何かを捉えることはなかった。なんて言ったのと首を傾げながら服を掴んだ手をくいくいと揺らせば、背中に回った腕に力が入って胸元へと引き寄せられた。
「大好きだよ……弓月」
ぎゅうぅっと俺を強く抱きしめながら律樹さんは俺の耳元でそう囁いた。熱い吐息が耳殻を掠め、ぴくんと肩が跳ねる。
……やっぱり俺は耳が弱いらしい。
とくんとくんと胸が穏やかに高鳴っていく。プレイ中ではないのに今すぐキスをしたい衝動に駆られ、俺は彼の胸元にぐりぐりと頭を擦り付けた。
プレイ中ならまだしも、寝起きになんの脈絡もなくいきなりキスしたいだなんて言えばきっと引かれてしまうだろう。なのにどうしてもキスがしたくなった俺は、その考えを振り払うようにさらに激しく頭を擦り付けた。
「あっ……」
そんなことをしていると不意に律樹さんが声を上げた。なんだろうと彼を見上げると、さっきまで穏やかだった彼の表情に焦りのような感情が含まれていることに気がついて俺は首を傾げる。
どうしたのと口を動かせば、彼は顔を赤くしながら俺から視線を逸らした。なんだか前にもこんなことがあったなぁ、なんて思いながらさらに身体をくっつけると、俺の大腿部に固いものが触れた。
……なるほど、律樹さんが焦っている原因はこれか。
律樹さんのそれを俺はもう何度も見ているので今更感もあるのだが、俺も男なのでなんとなく恥ずかしくなる気持ちはわかる。好きあった恋人同士とはいえ、確かにこれは羞恥を覚えるかもしれない。俺だって普段は隠されている場所の状況を知られることはやっぱり恥ずかしいからだ。
「……トイレ行ってくるね」
「……」
「弓月……?」
確かに律樹さんの恥ずかしがる気持ちもよくわかる。わかるからこそ離れてあげた方がいいのはわかっているんだけど、なんとなく今は離れたくなくて服を掴んだ手に力を込めた。
俺は訴えるような視線を律樹さんに向け、離れたくない、行かないでと口を動かす。彼の喉がごくりと音を立てた。
『プレイ、しよう?』
ゆっくりと唇で文字を形作っていく。寝起きではあるけれど、なんだかとても律樹さんと触れ合いたい気分だった。
今の俺にとってプレイというのは、気兼ねなく律樹さんと触れ合える時間だ。それ以外でも勿論抱き合ったりといった軽い触れ合いはするけれど、キスやそれ以上のことはプレイ以外ですることはないからこそ、律樹さんとするプレイは特別なものだった。
俺の言葉を理解しただろう律樹さんの眉が下がっていく。律樹さんは今あまりそういう気分じゃなかったのかな、なんてつられて俺も眉尻を下げる。すると彼は俺を抱きしめながら、髪をすくように後頭部を優しく撫で、口を開いた。
「……いいよ」
215
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!
野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ
平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、
どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。
数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。
きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、
生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。
「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」
それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
隠れSubは大好きなDomに跪きたい
みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。
更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる