声を失ったSubはDomの名を呼びたい

白井由貴

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第四章

七十二話 もっと触れ合いたい

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 もぞもぞと身体を動かし、重い瞼を押し上げる。ゆっくりと瞬きを繰り返しているとふいに腹部に引き寄せられるようなぐっとした圧を感じ、背中に温もりが広がった。

「んん……」

 後ろからしっかりと俺を抱きしめた律樹さんが小さく唸った。低い声と共に熱い吐息が耳を掠め、ぴくっと小さく身体が跳ねてしまう。最近わかったことだが、どうやら俺は耳が弱いらしい。身動ぎをした俺を逃さないとでもいうように、お腹に回った彼の腕に力が込められた。
 少し経つと再び小さな寝息が耳に届いた。さっきの小さな唸り声は反射的なものだったのかもしれない。

 俺の背中と律樹さんの前面がぴったりと隙間なく合わさっているのが温もりと感触でわかる。まだ残暑は厳しいとはいえ徐々に朝晩の気温も低くなり涼しくなってきているこの頃だ。この温もりは離れがたくなるほどにとても心地がいい。こんな風に朝と夜、律樹さんとこうしてくっついている時間が最近の俺にとっては一番の幸せかもしれない。
 律樹さんの寝顔が見たくて寝返りを打とうとしたが、逞しい腕にしっかりと腹部をホールドされているために叶わなかった。諦めてお腹に回った彼の腕に手を添えて、ただぼんやりと室内の様子を眺める。カーテンの隙間から溢れた光が暗かった部屋の中を少しずつ明るく照らしていく。もう朝なんだなぁ……なんて思っていると、折角開いた瞼が再び重さを増していくのがわかった。ふわりと宙に浮かぶような心地良さに意識が微睡んでいく。すぐ近くに聞こえる寝息と規則正しく鳴り響く時計の針の音をBGMに、再び重くなった瞼をそっと下ろした。
 
 今度は温もりが離れていく感覚に、俺はもう一度瞼を押し上げた。どうやら一度起きたにも関わらず、二度寝をしてしまっていたらしい。
 寝起きに霞む視界や思考ををすっきりさせるように、ゆっくりと数回瞬きをする。そして僅かに離れた温もりを追いかけるようにごろんと寝返りを打った。

「……起こしちゃった?」

 ううん、と首を小さくゆっくりと横に振る。寝起きだからか、全ての動作が緩慢だった。

 俺は律樹さんの適度に固い胸板に額をコツンと押し当て、温もりを求めるようにすりすりと擦り寄る。動く度にふわっと香る彼の優しい香りをすうっと吸い込めば、肺が幸せに満たされていくような心地がした。
 ぎゅっと律樹さんの胸元を掴んで顔を上げる。見上げた先にあったのは、薄らと頬を染めながらも穏やかな笑みだった。言葉にしなくてもその視線と笑みだけで、十分だと思えるほどの俺への好意が伝わってくる。胸の奥がほわほわと温かくなっていくのを感じながら、俺も締まりのない顔で笑った。

「っ……はあぁ…………好き」
「……?」

 ちらりと見えた口の動きを見るに、おそらく律樹さんが溜息と共に何かを呟いたんだろうなってことはわかった。しかしあまりにも声が小さかったために、俺の耳が何かを捉えることはなかった。なんて言ったのと首を傾げながら服を掴んだ手をくいくいと揺らせば、背中に回った腕に力が入って胸元へと引き寄せられた。

「大好きだよ……弓月」

 ぎゅうぅっと俺を強く抱きしめながら律樹さんは俺の耳元でそう囁いた。熱い吐息が耳殻を掠め、ぴくんと肩が跳ねる。
 ……やっぱり俺は耳が弱いらしい。

 とくんとくんと胸が穏やかに高鳴っていく。プレイ中ではないのに今すぐキスをしたい衝動に駆られ、俺は彼の胸元にぐりぐりと頭を擦り付けた。
 プレイ中ならまだしも、寝起きになんの脈絡もなくいきなりキスしたいだなんて言えばきっと引かれてしまうだろう。なのにどうしてもキスがしたくなった俺は、その考えを振り払うようにさらに激しく頭を擦り付けた。

「あっ……」

 そんなことをしていると不意に律樹さんが声を上げた。なんだろうと彼を見上げると、さっきまで穏やかだった彼の表情に焦りのような感情が含まれていることに気がついて俺は首を傾げる。
 どうしたのと口を動かせば、彼は顔を赤くしながら俺から視線を逸らした。なんだか前にもこんなことがあったなぁ、なんて思いながらさらに身体をくっつけると、俺の大腿部に固いものが触れた。
 
 ……なるほど、律樹さんが焦っている原因はこれか。
 律樹さんのそれを俺はもう何度も見ているので今更感もあるのだが、俺も男なのでなんとなく恥ずかしくなる気持ちはわかる。好きあった恋人同士とはいえ、確かにこれは羞恥を覚えるかもしれない。俺だって普段は隠されている場所の状況を知られることはやっぱり恥ずかしいからだ。

「……トイレ行ってくるね」
「……」
「弓月……?」

 確かに律樹さんの恥ずかしがる気持ちもよくわかる。わかるからこそ離れてあげた方がいいのはわかっているんだけど、なんとなく今は離れたくなくて服を掴んだ手に力を込めた。
 俺は訴えるような視線を律樹さんに向け、離れたくない、行かないでと口を動かす。彼の喉がごくりと音を立てた。

『プレイ、しよう?』

 ゆっくりと唇で文字を形作っていく。寝起きではあるけれど、なんだかとても律樹さんと触れ合いたい気分だった。
 
 今の俺にとってプレイというのは、気兼ねなく律樹さんと触れ合える時間だ。それ以外でも勿論抱き合ったりといった軽い触れ合いはするけれど、キスやそれ以上のことはプレイ以外ですることはないからこそ、律樹さんとするプレイは特別なものだった。

 俺の言葉を理解しただろう律樹さんの眉が下がっていく。律樹さんは今あまりそういう気分じゃなかったのかな、なんてつられて俺も眉尻を下げる。すると彼は俺を抱きしめながら、髪をすくように後頭部を優しく撫で、口を開いた。

「……いいよ」


 
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