声を失ったSubはDomの名を呼びたい

白井由貴

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第四章

七十四話 パートナーと恋人 中編

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 向けられた表情の意味を正確に捉えることは出来なかった。もしかすると俺たちの間に認識の違いがあったのかも知れない。だからこそ律樹さんは寂しそうに笑っているんだろう。
 律樹さんの寂しそうな表情を見ていると、胸を細い針で刺されるような心地がした。
 俺はそっと目を伏せ、彼の胸元へと擦り寄る。すん、と息を吸い込むと優しい香りが肺いっぱいに広がっていった。
 
「弓月はさ、プレイ以外で……恋人と、どんなことがしたい?」

 するすると髪を梳くように撫でられながら投げかけられた質問に、俺は目を瞬かせた。思わず胸元に埋めていた顔を上げる。すると眉を八の字に下げた律樹さんと目があった。
 
 そういえば恋人ってプレイ以外になにをするんだろうと首を傾げる。そういったテレビドラマや少女漫画を見る機会が殆どなく、さらに言えば、そういうことに興味があると言われている思春期真っ只中の時期をあの歪んだ兄と過ごしていたせいで、一般的な十八歳なら知っているだろうその辺りの知識が少ないことに今更ながら気がついた。
 一応恋人になったらデートをするということは知っている。あとは男女でお付き合いをするなら、その……性行為えっちをすることも知識としてはある。だがそういったものを動画なりなんなりで見た記憶はないし、勿論実際にした記憶もない。だから具体的な行為の仕方なんてものはさっぱりだが、それでもどこに何を挿れるかくらいは知っている。
 けれどそういった意味では、男同士の場合は挿れるモノはあっても挿れる場所がないので、異性と同性では違うのかもしれない。

 俺は少し迷った後、『デートとか?』と答えた。
 律樹さんはその文字列を確認した後、眉尻を下げたまま微笑んだ。

「……弓月は、デート好き?」

 俺はこくりと頷いた。
 律樹さんとのデートーーというよりはお出掛けと言った方が正しいかもしれないーーは好きだ。人の目が気になることもあるが、それでも今まであまり見られなかった外の世界を見ることができるのはとても楽しい。
 でもそれはきっと、隣に律樹さんがいるというのが大きいだろう。律樹さんと手を繋いで、色んなものを見て、沢山歩いて――きっと律樹さんとだからこんなにも安心や幸せを感じられるんだろうなと思えるくらい、俺の中ではとても充実した幸福の時間だ。

「そっか……うん、またデート行こうね」
「……!」
「他にはどう? したいことじゃなくても、弓月の思う恋人像を言ってくれたら嬉しいんだけど……」

 他、と言われても、残念ながらそれ以外には思いつかなかった。
 なんとか絞り出した返答をゆっくりぽちぽちとスマホに文字を入力していくが、なかなか指が進まない。やっと書けたと思っても、読み直したそれがなんとなく気に入らなくてまた全て消してしまうということを何度も繰り返す。
 こういう時声に出して話せたらこんなにも悩まなくてすむのだろうか。否、きっと話せたとしても同じように言い淀んでしまったかもしれない。
 スマホの画面の上、俺の心情を表すように二本の親指が居心地悪そうにゆらゆらと彷徨っていた。

「……ちょっと意地悪しすぎたかも」
「……?」
「うん……あのね、弓月。プレイじゃなくても、こうして触れ合ってもいいんだよ。コマンドがなかったとしても抱き合っていいし、キスをしたっていい。俺と弓月は……恋人、なんだから」

 律樹さんの腕が俺の背中と後頭部に回り、俺を優しく包み込むように抱きしめた。ふわりと心地の良い温かさが全身を包みこんでいくと同時に、さっきまで何かに急いていた気持ちが一気におさまっていく。

「俺はもっといっぱい、弓月とこうして触れ合いたい。数え切れないくらいたくさんキスをして……それ以上のことも、弓月とはしたいって思ってる」
「……?」

 それ以上という言葉に、俺は抱きしめられた腕から僅かに顔を出して彼を見上げた。俺の視界に広がるのは律樹さんの首元。控えめ過ぎる俺の喉仏と違い、明らかに男性だとわかるそれが小さく上下した。

「……弓月は知らないかもしれないけど、性行為って男女だけじゃなくて男同士でも出来るんだよ」
「……⁉︎」
「本当はさっきのも、この間のも……俺は弓月が好きだから触れたいと思った。プレイだとかそういうのじゃない、ただ恋人として優しく触れ合いたいと……思ってる」
「……っ」

 どうしてだろう、心臓が痛いほどに鳴り響いている。ドクンドクンって今までに聞いたことがないくらい強くて痛くて、でも不思議と嫌な感じはしない。羞恥や嬉しさのようなものが湧き出てくるようなそんな鼓動に、俺はゆっくりと目を伏せるように瞬かせた。

 そっか……男同士でも性行為って出来るんだ。
 プレイの一環としてではなく、恋人としての触れ合い。それは俺にとっては未知の世界だ。けれどなんとなく納得もした。今まで律樹さんの言動に対して不思議に思ったこともあったが、今この瞬間、やっと俺の中で何かがはまったような気がしたのだ。

「……まあ、俺や弓月みたいな高ランク持ちは元々の欲求が高いから、恋人としての触れ合いよりもプレイパートナーとしての触れ合いを本能で求めてしまうらしいんだけどね」
「……」
「でも、俺はそれでも、弓月とはプレイだけじゃなくて恋人として触れ合いたいって思うよ」

 ぴったりとくっついていた身体が少し離れ、律樹さんの顔が見えるようになった。穏やかながらも真剣な眼差しが俺をまっすぐに見つめている。

 俺はその琥珀色の瞳を見つめ返しながら、眉尻を下げて笑った。『おれも』と口を動かせば、驚いたように琥珀色が見開かれていく。それが少し可笑しくて、俺はくすりと笑った。


 
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