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第四章
八十話 瀬名家襲来 後編
しおりを挟む「……今学校に行っていないのは弓月の意思だ」
俺を抱きしめながら律樹さんはぽつりと呟く。
俺自身が高校で教わる範囲は愚か、中学で教わる範囲も曖昧だから一から勉強し直したくて通信をしていること、そしてその結果次第で来年からの方向性を決めようと思っていることを俺の代わりに伝えてくれる。
「俺も弓月も……何も考えていないわけじゃない」
入院中や退院直後は本当に人の目が怖かったし、知らないDomが怖かった。だからすぐに学校に行くのではなく、まずはこの家で勉強をして、そして律樹さんにケアをしてもらっているのだと順を追って話をしていく。
でもまあ、それでも声が出ないままだというのは、側から見れば十分な治療が受けられていないと見えてしまうのかもしれない。確かに心因性の失声症の場合、長くても一、二週間で回復すると言われている。けれど俺の場合は心因性以外にも複数の原因が考えられるため、いつ戻るかなんて誰にもわからない。
だから治療が満足に受けられないわけじゃないんだよということを律樹さんが丁寧に伝えていくと、ようやく納得してくれたらしい律子さんが深い溜息を吐き出した。
「……お金は大丈夫なの?律樹はまだ社会人になったばかりでしょう?」
「ああ、まあ……」
「教師は激務だと聞くけれど……ご飯は勿論、体調の管理やケアはしっかりできているの?」
「昼食用に作り置きは十分しているし、夜は……遅くなることもあるけれどしっかり作って一緒に食べてる」
律子さんの言葉に律樹さんが丁寧に答えていく。しかし律子さんは額に手を当てて、それはそれは大きな溜息を吐いた。
「弓月のこともだけれど……律樹、貴方はどうなの?」
「…………俺?」
言われた意味を理解するのに時間を要したのか、律樹さんはたっぷりと間を開けた後、そう声を上げた。まさか自分のことを聞かれているとは思わなかったらしい。
視界の端で六花さんが手招きをしているのが見えた。確かに、俺がいると気になって話せないこともあるかもしれない。そう思った俺は力の抜けた律樹さんの腕からするりと抜け出し、床を静かに這いながら彼女の近くへと向かった。
ぺたりと床に座り込み、床に手をついて這うように移動していく。律樹さんのから一歩分ほど離れた時、律子さんの呆れたような気落ちしたような溜息混じりの声が背中から聞こえてきた。思わず顔を上げて振り返る。視界に映るのは、先ほどと同じ真剣な顔つきながら優しげに目を細めた律子さんの姿だった。
「弓月は大事な甥だけれど、貴方も大事な息子よ。……二人とも私の大事な子どもなんだから、心配して当然でしょう?」
「ふふっ……母さんはね、初めから二人を心配していただけなのよ。でも律樹と顔を合わせるとお互いいつも喧嘩腰になっちゃって……もう、素直じゃないんだから」
律子さんの言葉のあと、すぐ近くまでやってきていたらしい六花さんが小さな声でそう俺に耳打ちした。
律子さんの実の息子である律樹さんのことを心配するのはわかるけれど、どうして俺のことも心配してくれているのだろうと首を捻ると、耳元で六花さんがくすくすと笑った。
「多分弓月くんは覚えていないだろうけれど……昔、色々あったの。その時からあの二人は弓月くんのことを……うん、弓月くんが思っている以上に大切に想っているわ」
「……?」
――また『昔』だ。
さっき律子さんが口走った『あんなこと』と関係あるんだろうか。
六花さんの言葉を聞いてもそれほど納得できなかった俺は、頭に疑問符を浮かべながら小さく首を傾げる。しかしもう彼女の視線は俺には向いていなかった。律樹さんと同じ琥珀色の綺麗な瞳に映るのは、俺の背後で話している二人の姿。
きっと家族とは本来こういうものなんだろうなと漠然と思う。俺は多分普通の家族を知らない。もう忘れてしまった。けれどこうして言い合いや話し合いをしたり、心配したり、思い遣ったり――それが本当の家族というものなんだろう。
「――俺と弓月は付き合ってる」
「……!」
背後から聞こえてきた呟きに、俺はパッと勢いよく振り返った。まさか実の母親にそう告げるとは思わず、あまりの驚きに動きが止まる。
しかしそんなことには一切気が付いていないだろう律樹さんは、なおも言葉を続けていく。
「弓月は俺の恋人だ。だからこれからも俺が弓月を守るし……この先もずっと、一緒に暮らしていくつもりだよ」
「……結婚は?」
「しない。……弓月と以外の人と恋人になるつもりはないし、結婚するつもりもない」
もし俺が女の子だったら従兄である律樹さんとも正式に結婚できただろうが、生憎俺は男だ。今のこの国の法律ではプレイパートナーや同性パートナーとして登録することはできるが、同性の結婚はまだ認められていない。そう遠くない未来に結婚も可能になるかもしれないが、正直いつになるかなんて誰にもわからない。
……顔が熱い。いや、顔だけじゃなくて全身が沸騰したように熱かった。
琥珀色の瞳が俺を捉える。俺と目があった瞬間、それまで真剣な色を宿していた琥珀色がとろりと蕩けるように細まった。
「結婚するなら弓月がいい」
まるでプロポーズをされているみたいな言葉に、全身が更に熱くなる。……もしかしてこれは『みたい』じゃなくて、されているんだろうか。
「なるほど……わかったわ」
「……⁉︎」
「律樹と弓月が結婚するつもりなら、もう弓月は私の息子ということよね?」
「まあ……そうだな」
「……‼︎?」
否定というか、苦言を呈される覚悟はあった。だというのに、律子さんと律樹さんは先ほどの険悪な雰囲気なんて初めからなかったかのように穏やかな雰囲気を醸し出しながら微笑みあっている。
多分この場でついていけていないのは俺だけだろう。俺は自分が予想していなかった展開に呆然と二人の様子を見つめた。
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