117 / 210
第四章
八十九話 あまくてあまい
しおりを挟む湯船の中で達し、その上出してしまうという失態を犯した後、俺たちはもう一度頭の先から足の先まで綺麗に洗い直し、お風呂を終えた。律樹さんは、俺が悪かったから謝らないでほしいなんて言っていたけれど、それじゃあやっぱり俺の気が済まなくて、もう一度ごめんなさいと謝った。
身体が熱い。いつもより長い時間お湯に浸かっていたせいもあるだろうが、先程の行為による熱の方が大きいような気がする。心臓もまだまだばくばくとうるさくて、俺は頭から湿ったバスタオルを被りながら脱衣所に敷かれた足拭きマットの上にしゃがみ込んだ。
一足早くお風呂を出た俺とは違い、律樹さんは今お風呂の掃除をしてくれている。俺がしてしまった失態の尻拭いをしてくれているのである。本当なら俺がしないといけないのに、俺の顔が赤かったことを心配した律樹さんが先に出してくれたのだ。
(はあぁ……それにしても、俺なんで胸で……っ)
俺も、まさか胸でイくなんて思わなかった。
寧ろ自分でもほとんど触れたことのないそこ――そもそも自慰すらもほとんどしたことがない――を律樹さんに触れられるという羞恥はあったが、気持ちがいいとはまた違った感覚だったように思う。なんというか、むずむずするというか、背筋がぞくぞくするというか、そんな感覚だった。
「どうかした?」
「……っ!」
頭を抱えながらお風呂の中でのことを考えていると、突然がらがらとお風呂の扉が開き、律樹さんの不思議そうな声が降ってきた。ばっと振り向いた先、俺の目の前には立派な律樹さんのものが律樹さんの動きに合わせて僅かに揺れている。
やっぱり大きいなぁ……とぼんやりしていると、くすくすと笑う声が上から降ってきた。
「……そんなに見られると、恥ずかしいな」
「……‼︎」
そう言われると同時に我にかえった。そうだよなと思うよりも前に反射的にばっと顔を逸らしたが、目に焼きついた先程までの光景に顔だけじゃなく全身の体温が一気に上がる。
脳裏に残るその映像を振り切るようにふるふると頭を振れば、急に激しく動かしたせいなのか頭がくらりと揺れた。咄嗟に床に膝をついたことで倒れることはなかったが、正直危なかったかもしれない。俺は安堵にほっと息を吐き、頭から被っていたバスタオルをぎゅっと握りしめた。
「あ、そうだ」
「?」
いつの間にか部屋着を着終わっていた律樹さんが声を上げた。その声にバスタオルを頭から被った状態のまま顔を上げて首を傾げる。
「おいで。首輪つけてあげる」
そう言う律樹さんの手にはさっきもらったばかりの黒色のカラーがあった。そういえばお風呂に入るときに濡らしたくなくて外したんだったか。濡れても大丈夫な素材で作られているらしく、本当はつけたままお風呂に入ることも可能なんだそうだが、初めのうちは綺麗に使いたいからと一度外したのだ。
俺は緩む頬を押さえながら、羽織っていたバスタオルを床に落として律樹さんの方へと歩いていった。さっきまでふらついていたとは思えないほどの足取りの軽さに、どれだけ嬉しいんだと心の中で笑う。
彼の前に辿り着くと同時に、つけやすいようにと顎を上げて目を瞑った。いいこだねという律樹さんの声が聞こえ、思わず頬が緩んだ。
首筋に律樹さんの手が触れる。続いてひやりとした硬い感触が首に回り、かちりと音が鳴った。
「……ん、出来たよ」
律樹さんの声を合図に目を開く。そして首元に手をやれば、さっきまではなかった硬い感触が指先に触れた。
ありがとうと頬を緩めると、彼もまた満足そうな笑みを浮かべながら俺の頭を撫でた。その優しい手つきに目を細めると、唇に柔らかな感触が合わさった。
「ん……あんまり可愛かったから、つい」
「……!」
さっきも思ったけれど、律樹さんの態度や言葉がプロポーズの後から甘い気がする。
……いや、今までも十分甘かったと言われればそうなのかもしれないけれど、今はそれ以上だ。
もしかしたら俺が知らないだけで、世の恋人というのは皆こんな感じなのかもしれないけれど、やっぱりちょっと照れ臭くて恥ずかしい。
「ほら、早く服を着ないと。風邪ひくよ」
身体が火照っていたせいで今の今まで寒さなんて感じなかったけれど、言われてみればほんの少し涼しい気がした。風邪をひいたら大変だと、用意していた部屋着をいそいそと着ていく。肌触りの良いこの部屋着は俺の一番のお気に入りだった。
それからドライヤーで髪を乾かし、歯を磨いてから俺と律樹さんは一緒に寝室へと向かった。恋人としていちゃいちゃするためである。
律樹さんはプレイは今日の夜にすると言っていた。本当なら今頃は限界を迎えている欲求は、何故か今はなりを潜めている。まあふとした瞬間に身体の奥底からどうしようもないほどの欲求が湧き上がってくることはあるが、それでも貰った首輪に指先を触れれば、どういう原理なのか驚くほど簡単にすうっとおさまっていくのだ。
寝室のベッドの上で二人並びながらスマホで会話をする。会話とはいっても俺がスマホで律樹さんは口頭とスマホの両方なので、側から見れば不思議な光景だろう。でも俺たちにとってはこれが普通であり、日常だった。
俺が打ち込んだ内容に、律樹さんがくすりと笑う。何かおかしいことでもあった?と首を傾げれば、彼は何も言わずに俺の頭をその大きくてゴツゴツした手で撫でた。
『りつきさんって俺の頭撫でるの好きだよね』
「うん、好きだよ」
律樹さんは事あるごとに俺の頭を撫でる。俺の頭を撫でて楽しい事なんてあるはずがないのに、今も今で幸せそうな表情で撫でてくるものだから冗談混じりに言ってみただけだった。けれど返ってきたのは真っ直ぐな瞳と言葉。
『好きだよ』――その言葉に、おさまったばかりの心臓がまたうるさく鳴り始めた。
193
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!
野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ
平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、
どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。
数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。
きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、
生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。
「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」
それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
隠れSubは大好きなDomに跪きたい
みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。
更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる