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第五章
閑話 刈谷壱弦と壊れたピアス
しおりを挟む『俺……次に弓月に会ったら告白しようと思ってます』
今日学校で瀬名先生に向かって放った言葉が頭の中をぐるぐると回っている。
どうして俺が急にそんなことを言ったのかなんて、先生にはきっとわからないだろう。俺がずっと隠してきた弓月への想いを打ち明けたのだって、多分先生にとっては意味のわからない行動だったに違いない。
「だって、俺が先生だったら……意味わかんねぇもん……」
俺と瀬名先生はお互いのことをある程度知っているとはいえ、そこまで深く関わりがあるわけではない。そりゃあ他に比べれば『教師と生徒』という関係性よりも少しだけ関わりは深いかもしれないが、それもほんの少しだけだ。
そんな俺が瀬名先生に対してそんな宣言をしたんだから、先生が驚いて困惑するのも無理はないと思う。
「はぁ……」
先生にとって俺は、ただの従兄弟の友人だ。
いや、もしかしたら恋敵だと思ってくれているかもしれない。
俺と瀬名先生、同じ想いを抱えているのだから、その可能性は大いにあると思う。
そんな俺の宣言は、先生にとっては突然のことに思えただろう。
けれど俺にとっては悩みに悩んで、よく考えた結果の末の行動だった。
もう後悔はしたくない――そう思ったんだ。
俺はずっと坂薙弓月のことが好きだった。
中学で友達になった時から、大好きだった。
あの頃はまさか自分が同性の友人を好きになるとは思わなくて悩んだ時期もあったが、それでも離れようと思ったことは一度もない。
そうして一緒に過ごしていくうちにどんどんと想いは膨らんでいった。小さな小さな種のようだった好きという気持ちは、いつしか大木のような大きな恋になっていたんだ。
けれど想いを告げられないまま中学を卒業し、そして高校に入った。同じ高校に進学したのだからこのまま親友でいれば今まで通り隣に居られると思っていた、のに。
「……っ」
高校に入ってから、弓月の様子がどこかおかしいことには気がついていた。けれどあいつは何も言わない。人に頼られることはあっても、弓月が人を頼ることはない。
それを知っていたのに、もし何か困ったことがあれば言ってくれるだろうなんて呑気に構えていたんだ。
俺は弓月の家族と会ったことがある。
特に弓月の兄貴とは同じ中学校、高校ということもあり、何度か顔を合わせたことがあったが、正直苦手だった。
校内では格好良いだとか頭が良いだとかで女子からの人気は高かったようだが、俺から言わせてもらえば、騒いでいる女子たち全ての目は節穴だなと思う。そんなことを言えば、少し話しただけのお前に何がわかるって袋叩きにされそうだ。
でも、わかっちゃうんだよなぁ、これが。
思春期とはいえ、偶々顔を合わせたら何かしらの反応はするもんだ。したくなくても、顔を背けるなり声をかけるなり、何かしらはあるはずなんだ。
けれどその時の弓月は、俺たちが想像するような反応を示さなかった。あれって弓月の兄貴だよなと隣を見た時、彼の表情は見る見るうちに強張っていったのである。俺はその反応に少なからず驚き、そして目の前にいた弓月の兄貴に不信感や懐疑の念を抱いた。
……いや、だって、好きな人にそんな顔させるやつなんて絶対に碌でもない奴だって思ってたから。
『……大丈夫か?』
その時の俺は、強張っていく弓月にそう聞いた。
今から思えばもっと気の利いた聞き方あっただろうと思うが、あの時は部外者が深く踏み込んでいいものなのかを迷ってしまったんだ。……日和ったと言ってもいいかもしれない。なんにせよ、その時の俺にとってはこの言葉が精一杯の言葉だった。
『……うん、大丈夫。ごめん……』
大丈夫かと聞かれたら「大丈夫」だと答えるのが弓月だって知っていたのに、あの時の俺はその答えを素直に信じてしまった。
そのすぐ後くらいから幼馴染であり、弓月との共通の友人であった打木桃矢の態度もおかしくなり始めた。
あいつは今でも俺に対してはかなり言う方だから、あの時も何かあったのかと俺は聞いてみたんだ。いつもなら文句を言いながらも教えてくれたり、絶対に教えたくないってことは「聞いてくんなばーか」なんて言ってきたりするのに、その時だけは違った。
俺が最近どうしたみたいなことを口にした瞬間、桃矢は顔を赤くしたり青くしたりと忙しなく顔色を変え、そして泣きそうな顔で逃げるように去ったんだ。俺は意味がわからなくて、それから何日もおんなじように聞き続けたんだが、結果は同じ。
それが何度も続いたある日――弓月が姿を消した。
後悔? ……してるに決まってる。
あの時の俺の行動次第では何かが変わったんじゃないかって、今でも思う。それからは後悔と懺悔の念から全てを諦め、生きる屍のようにただただ日々を過ごすだけだった。
少しでもこの後悔と懺悔の念を忘れないように――そう思った俺は高校一年生の夏にピアスを開けた。
初めてのピアスは痛かった。
開けたばかりのピアスホールには血が滲み、ジンジンと痛かったけれど、同時にその痛みが俺を責めているように思えてほっとした。
これから先ずっと俺は後悔する。後悔し続けるだろう。
だから俺はそれまで楽しかった思い出や、芽吹き始めたばかりの淡い恋心に鍵をかけ、ピアスの痛みと共に心の奥底へと無理やり押し込んだんだ。
俺は耳に手をやった。指先に金属と石の硬い感触が触れる。
あの時初めて開けたピアスホールには今、ガーネットという石がついたピアスがついている。ピアスを探している時、偶然目に入ったのがこれだった。小ぶりながらも店の照明の下できらりと輝く黒褐色が気に入り、気づいた時には購入していた。一目惚れというやつだ。安物ではあったが、あの時買って良かったと思う。
ふと、そういえばこのピアスは一度も変えたことがなかったなと思った。もう一組のピアスは開けてから何度か変えているが、このガーネットのピアスだけはずっとそのままだった。
でも今更変える気にもならないんだよなぁ、なんて思いながら黒褐色のガーネットに触れた時だった。
「……あ」
小さな黒褐色の石が開いていた問題集の上にぽろりと落ちた。ころころと静かに転がり、さっきまで使っていたペンに当たって止まる。
「うそだろ……」
半ば呆然としながら両側のピアスを外せば、片方だけが金属部分しかない状態だった。ピアスの台座部分に取れた小さな石を当てるが、当然くっつくわけもなく。二年ずっとつけていたものが壊れる瞬間は思っていた以上に呆気ないものだった。
呆然と壊れたピアスを見つめる。衝動的に買った物だったが、いつの間にか自分の中でもあって当たり前のような気持ちになっていた。心にぽっかりと穴が空いたような――ああ、この気持ちを俺は知っている。
「……っ、……」
ぽとり、と壊れたピアスを持つ手に雫が落ちた。ひとつ、またひとつと目の端からこぼれ出たそれが頬を伝って落ちていく。
この気持ちは弓月がいなくなったあの時によく似ていた。
いつまでも手の届くところにいると思っていたのに、突然届かなくなってしまったあの時だ。
「なんで……なんで、今なんだよ……」
俺は壊れたピアスを見つめながら、呆然とそう呟いた。
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ガーネットの石言葉:
真実、友愛、情熱、忠実、繁栄、実り
「変わらない愛」
「変わらない友情」
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