声を失ったSubはDomの名を呼びたい

白井由貴

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第五章

百三十二話 アルバム

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 楽しい食事が終わり、改めて試験の合格に対するお祝いの言葉を頂いた俺は、とても幸せな気分を抱いていた。サブスペースに入っている時のようなふわふわとした心地に、自然と笑みがこぼれ出る。隣を見れば律樹さんがあたたかな眼差しで俺を見つめながら幸せそうに微笑んでいた。

 ――俺は今、とても幸せだ。
 大好きな人の大切な家族が俺のことを受け入れてくれているこの事実が本当に嬉しくて、涙が出そうになる。鼻の奥がつんとして思わず下を向くと、律樹さんが俺の肩を抱いて引き寄せてくれた。触れたところから伝わる温もりとふわりと香る大好きな香り。こんなに幸せでいいのだろうかと不安になるくらい、今の俺は本当に幸せだった。

「ねえねえ弓月くん、アルバム見てみない?」

 律樹さんがお手洗いに立った瞬間、六花さんが空いた俺の隣に腰を下ろしながらそう言った。それにアルバム?と首を傾げると、六花さんは綺麗な笑みを浮かべながら一つ頷いた。その優しい笑みがなんだか律樹さんに似ているような気がして、やっぱり姉弟なんだなぁ……なんて思う。
 俺がこくりと頷くと、待ってましたと言わんばかりのタイミングで目の前のテーブルの上にどさりと分厚い冊子たちが置かれた。その音に少々びっくりしながらテーブルの方を見てみると、これまた彼とよく似た笑みを浮かべた律子さんが嬉しそうに俺を見ていた。

「隣、失礼するわね」

 律子さんがそう言って俺の隣に腰を下ろした。女性二人、それも律樹さんによく似た二人に挟まれたような形になっている今の状況にどうやら俺は緊張しているらしい。さっきまで落ち着いていた心臓がとくとくと音を立て始めた。
 六花さんが積み重ねられた内の一冊を手に取り、俺に差し出した。それを受け取り、膝の上に乗せて広げてみる。そこには律樹さんと思われる小さな赤ん坊の写真が何枚も入っていた。

「これは律樹の生まれた頃ね。ほらこの赤ちゃんが律樹で、ここに映ってる小さい子どもが私と一番上の法子ほうこ姉さん。法子姉さんはもう結婚して子供もいるから今は会うこともあまりないんだけど、これでも昔は仲が良かったのよ」
「今日ね、本当は法子も来る予定だったんだけれど、子どもが熱を出したみたいで……弓月くんに会えなくてすごく悔しいって言ってたから、良かったらまた会ってやってね」

 律樹さんには二人のお姉さんがいる、ということは前々から知っていた。名前までは知らなかったが、どうやらもう一人のお姉さんは法子さんと言うらしい。律樹さんと同じDomだという彼女は、こうして写真で見てみると男女という差はあれど一番律樹さんによく似ているような気がした。
 俺はアルバムから視線を外し、そう言った律子さんを見上げた。本当に残念だと思っているのだろう彼女の表情に、俺は口元を緩めながら「ぜひ」と口を動かしながらこくりと頷いた。

 それから二人の話を聞きながらアルバムを順々に見ていると、不意に柊一さんが律子さんと六花さんを呼んだ。どうやら二人に用があるらしい。穏やかながらもどこか困ったような表情の彼に律子さんがどうしたのと声をかけた。

「あれ……どうしようか?」
「あれ?……あら、そうだったわね。ごめんなさい」
「いや、僕の方こそお邪魔してごめんね」

 以前律樹さんと対峙していた時の律子さんしか知らなかったが、きっと本来の彼女は穏やかなのかもしれない。柊一さんと話す律子さんはとても柔らかな笑みを浮かべていた。

 柊一さんと一言二言交わした律子さんがソファーから立ち上がる。そのまま柊一さんの方まで歩いて行った彼女は、徐に俺たちの方を振り返って六花さんの名前を呼んだ。隣に座る彼女の方がびくりと跳ね、俺は目をぱちくりと瞬かせた。

「えっ?もしかして私も?」
「当たり前じゃない。律樹への説明をお願いね」
「えぇ……はぁ、わかったわよ。……ごめんね、弓月くん。私たちちょっと席を外すけれど、好きに過ごしていていいからね!」

 名残惜しそうに手を振りながら部屋を出ていく六花さん達。残された俺はポツンとソファーに座ったまま呆然と閉まった扉を見つめていた。
 
 暫くして我に返った俺は再び手元に開いたアルバムに視線を落とした。ページを一枚一枚丁寧にめくっていく。次へ次へとページを送るごとに成長していく幼い律樹さん達の姿に、俺の頬は自然と綻んでいった。
 
 幼いお姉さん達と一緒に手を繋ぎながら楽しそうに歩く幼い律樹さん、ソフトクリームを服に溢して泣く律樹さん、そして運動会なのか首に提げたメダルを持ちながらはにかんでいる律樹さん――俺の知らない律樹さんの姿や表情がそこにはたくさんあって、俺は目を細めながらそっとアルバムの縁をなぞるように指先を滑らせた。
 そうしてまたページを捲った時、アルバムに綴じられずに挟まったままだったのか、一枚の写真がひらりと床に舞い落ちた。ソファーから僅かにお尻を浮かしながら手を伸ばし、床に落ちた写真を拾う。所々擦れたような汚れのある白い裏面の右下には走り書きで『律樹八歳、夏』と書かれていた。どうしてこれだけアルバムに綴じられていないのだろうと不思議に思いながら裏返した時、俺は妙な感覚に襲われた。

 それは小学生くらいの男の子と小さな子が二人で写っている写真だった。裏面に書かれていた走り書きの内容から推測するに、小学生くらいの男の子の方は多分律樹さんだろう。
 しかし残念ながら八歳だろう律樹さんにぎゅっと抱きしめられているもう一人の子どもの方は、顔の所が酷く擦れているため誰かはわからない。
 ……昔のこととはいえ、幼い律樹さんに抱きしめられているこの子が羨ましいと思った。俺もこの頃に会っていたら写真の子のようにぎゅっとしてもらえていただろうか。モヤっとしたものが胸を覆っていくような感じがした。

「……?」

 それにしてもこの写真と似たようなものを少し前にどこかで見たことがあるような気がする。どこでなのかはわからない。けれどなんとなく既視感があった。

 俺が写真を手に持ちながらうーんうーんと考えているうちに、用が済んだらしい六花さん達が律樹さんと一緒にリビングへと戻ってきた。俺は慌ててアルバムに写真を挟み、ぱっと笑みを浮かべながら律樹さん達の方を見ておかえりと口を開く。俺と目があった律樹さんはハッとしたような表情の後、蕩けるような笑みを浮かべたのだった。

 
 
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