男ですが聖女になりました

白井由貴

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IFストーリー(本編9話以降分岐)

IF 8話

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※この『IFストーリー』は作者が考えていた複数ある没になったプロットの一つを文章化した『もしものお話』です。
※本編10話の途中でクロヴィスに出会わなかった世界線です。本編9話まで読み進めた後に読む事をおすすめします。
※暴力表現があります。ご注意ください。




 満ち足りた日から一日が経った。
 その日から俺達はまた週に一度会うことが出来るようになり、体を重ねることもあればお互いに他愛ない話をするだけのこともあった。ただ純粋に好きだという気持ちが俺達の中にあったからこそ、この一緒にいられる時間を大切にしようと思ったのだ。

 だけどそれから数回後の逢瀬――つまり今日、俺はヒートを迎えてしまった。前回のヒート時は俺にとっては散々で、正直また同じようなことが起こったらどうしようという不安ばかりが募っていた。

 後孔は疼き、身体は熱を持つ。
 不安と性欲で埋め尽くされた脳内はぐちゃぐちゃで、吐きそうだった。自分のものを自分の手で慰め、何度目かもわからぬ精を手の中に吐き出した頃、俺の部屋に誰かが入ってきた。

「……この、甘い香りは……」

 それは聞いたことのない声だった。空気が触れるだけでも感じてしまうほど敏感な体を叱咤し、どうにか上半身を起こすとそこにいたのはやはり見知らぬ男。ドミニクと同じような服を着ているので司教だろうか。しかしどうしてこの部屋に知らない人が、そう思って首を傾げた瞬間、男の目がぎらりと光る。

 嫌な予感がして咄嗟に気怠い身体に鞭打って体を転がし、飛び込んできた男をどうにか躱わす。下着を履いていなくても大腿部の半分程が隠れるので、大きめの上衣を着ていて良かったと思う。少し動いただけでも息が上がった。

 血走った目が俺を見ている。口端からは涎が溢れ、フローリングにぽとりぽとりと落ちて染みを作っていく。まるで飢えた獣のような男の姿に足が震えた。

「お前か、お前がこの香りを……」
「……なんで、入ってこれた?」

 譫言のように呟かれる言葉を無視してそう問うと、男は口角を釣り上げて息を荒くしている。ぶわりと匂ってくる強い匂いが、この男の第二性を伝えてくる。
 こいつはアルファだ。その証拠にヒート中の身体は快感を求めて熱に震え、脳内が性に支配されていく。

 初めてリアムと繋がった日から、奉仕を役目と割り切ることが回を追うごとに難しくなっている。あの日愛する人に抱かれる幸福感を知ってしまったから、もう元の俺には戻れなくなっているんだろう。でも後悔はしていない。後悔はしていないけど、俺は明らかに弱くなってしまった。

 唇を血が滲む程に噛み締め、疼く体を叱咤する。じりじりと足を後ろに引き摺って男との距離をとっていく。緊張か恐怖か、心臓がどくどくと五月蝿い。

「……っ」

 背中に当たる感触が終わりを告げる。後ろは壁だ、窓も閉じられた逃げ場のない壁。今ここで大声をあげて誰かが来たとしても、俺がヒートである限り敵が増えるだけである。どうする、どうすればいい、したい、いやだ、気持ち良くなりたい、どうしたら……

 思考がまとまらない。視界が霞み、体内に湧き上がる熱が思考を飲み込んでいく。まるで洪水だ。荒々しい波が俺の思考をまるっと呑んでいくのだ。どくんどくんと心臓が大きく鼓動し、身体の奥底から何かが出てくるような感覚がする。

「あ……ッ」

 そういえばドミニクや他のアルファは何と言っていたか。俺のオメガとしての特性は少し特殊で、フェロモンが他のオメガよりも濃いのだとそう言っていたような気がする。

 ぼんやりとする視界の中、必死で震える体を抱き締めて耐えてはいるが、それもいつまで持つかはわからない。自分ではフェロモンがどのくらい出ているかなんてわからないから止めようもない。男は俺のヒートに当てられてラットを誘発されたのか、取り憑かれたように俺のことだけを見て笑っている。

 腕を掴まれ、引き寄せられるとより濃いアルファのフェロモンの匂いがしてくらりとした。視界も脳も揺れ、本能がアルファを求めているのがわかる。

「お前が、俺の運命なのか……っ!?」
「っ、うん、めい……?」

 今男が口走った『運命』とは何だろうか。
 以前ドミニクが一度だけ口にした『番』のことだろうかと、溶けかけた思考で何とか考えようとするがすぐにまた溶けてしまう。

 男が俺の腰を抱き寄せて唇を重ねようとしてくるのを必死に顔を背けて避ける。触れられる手が気持ち悪い。リアムとした時はもっとキスをしたいと思ったのに、今は絶対に重ねたくない。力尽くで迫ってくる男に必死に抵抗していると、突然頭と頬に鈍い衝撃が襲った。頬を殴られたのだと気がついた時には、頬は熱く、頭はぐわんぐわんと揺れていた。

「ひ、ひひっ……暴れるから、お前が暴れるからぁっ!」
「……、……?」

 切れたのか、口の中に血の味が広がる。殴られた衝撃で脳が思った以上に揺れたらしく、視界や頭がぼんやりとし、平衡感覚を失った身体は力なくベッドに倒れ込んだ。男は荒い息を繰り返すだけで動かない俺をごろんと無理矢理仰向けにし、ぎしりと軋ませながらベッドに上がって俺に馬乗りになった。

 男は何かを興奮気味に叫んでいるようだが、耳がキーンと鳴ってあまりよく聞こえない。男の唾液や汗が飛び散り、俺の顔に幾つか付着した。

 服を捲りあげられるが、指一本すらまともに動かせずに抵抗することができない。どうやら脳震盪を起こしているようで、感覚も鈍くなっている。ぱちり、ぱちりとゆっくりと瞬きをしつつ天井を見上げると、漸くぼんやりとしていた視界がクリアになってきた。

 このまま俺はまた無理矢理されるのだろうか。でも身体は動かないし、頭は未だはっきりとはせず感覚も鈍い。抵抗しようにもまともに抵抗出来ず、逃げようにも逃げられない。そのまま無抵抗の俺の首筋を舐め上げ、後孔に乱暴に指を突っ込まれたその時だった。

「ぐがっ!」

 男が目の前を勢いよく横切ったのである。相変わらず目をぱちくりとさせていると、体の上が軽くなったような気がした。目をぐるりと動かして、男が入ってきた出入り口に視線を向けるとそこにいたのは俺が待ち望んだ人その人だった。

「ラウルッ!!しっかりしろ!ラウル!!」
「ぅ……あ……」

 意味のない音の配列が口から漏れ、視界いっぱいの柔らかなミルキーブロンドの瞳が不安げに揺れる。大丈夫だと言いたいのに、意味のない音の羅列が出るだけだ。

 俺を動かさないように、覆い被さるようにそっと抱きしめたリアムの身体は小刻みに震えていた。リアムが訪れた時にこの扉が開いていることに気がついて、急いで走ってきたのだと言う。俺は、ほっと息を吐いた。
 
 
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