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第4章 学園編、乙女ゲームが始まる準備をしよう
図書棟の最奥、謎解きってワクワクするよな
しおりを挟むソルを勇者として覚醒させなければ、進学どころか、この世界が滅びてしまう。
どうすれば、紋章は発現するのだろうか……。
他の攻略対象者たちの情報を思い出しても、やはり明確な覚醒時期については記載されていなかった。それならば、彼らに直接話を聞ければ早いのだが、なんたって彼らはSクラス。
揃いも揃って高位貴族だし、なおかつ第二王子に至っては王族だ。おいそれと、俺が話しかけられるような身分の人達じゃない。
いくら身分平等を宣う学園内でも、平民が声を掛けることはご法度である。不敬で退学、最悪の場合は罪に問われ牢屋行きだ。
チンッという小気味良い音が鳴り、目的の階に到着したことを知らされる。格子状の蛇腹な鉄扉が、ガラガラと音を立てて開いた。
進んだ廊下の左右は、やはり本でみっちりだ。暗めの室内を照らす多角形の星型が、ぼんやりとした照明代わりに宙に浮く。……あれは、浮遊輝石だな。
ノスタルジックな温かみが、俺を迎えてくれた。
「確か、この置物を指先で優しくノックしろと……。」
本棚の端には、木にぶら下げているのと同じ置物が複数くっついていた。司書の人に言われたとおり、指の爪でカツ、カツ、と音を立ててノックする。
ひゅぽっ!という何かが嵌まった音がしたかと思うと、大きなまん丸の黒色の目と、ふん、ふん、としきりに動く顔が丸窓にすっぽりと収まる。
俺を見ながら指先の匂いを嗅ぐように、ちょんっと湿った鼻先をつけて小刻みに震える。忙しない動きが可愛くて、思わず頬が緩む。
「……ふふっ。こんにちは。英傑について、詳しいことが書かれた本を探しているんだ。手伝ってくれるか?」
俺がそう言うと、すぽんっ!と勢いよく丸窓から身を乗り出して、勢いよく木製の床に着地した。
リスのごとく弧を描きながら、ちょん、ちょんっ!と駆けて行き、しばらくすると止まる。俺のほうを振り返って、俺が近づくとまた離れて止まる。
……どうやら、着いて来いと言っているようだ。
小さな案内人の後を追いながら、本の海を歩いていく。どこからともなく現れた小さなモフモフが、俺の横の本棚を並走した。
気まぐれに俺の右肩へ、並走する1匹のモモンガが飛び乗った。ちょこんっと、お行儀良く腰を休める。どうやら、そのまま肩に居座る気のようだ。
「……さっき俺にぶつかったのは、君だな?」
モモンガには、各々を識別するために小さな腕輪が嵌められている。その腕輪に、魔力と個体番号を登録しているらしい。さっきぶつかったモモンガと、この肩に乗る個体の魔力が同じだから気が付いた。
「プゥ。」
俺をちゃっかり移動手段にしているモモンガは、正解だというように鳴くと、尻尾で俺の頬をモフっと一撫でした。
「ふはっ。くすぐったい。」
本当に賢いな。会話が成立している。
俺を案内していたモモンガは、廊下の最奥まで行くとピタッと止まった。壁際の本棚に登ると、「キュキュっ!」と一声鳴く。どうやら、目的の本棚へとたどり着いたらしい。
本棚の上には、何が置かれているのか記された金色のプレートがある。
「……『歴史書、古代文字資料』か……。」
本棚に納められた本たちは、他の棚よりもさらに古びた本で埋め尽くされていた。中には紐でただ括られている資料のようなものまである。
それにしても、膨大だな……。
俺は案内してくれたモモンガにお礼を言いつつ、本棚を物色する。順番に上から背表紙を見て、それっぽいのを探そうと思っていたんだが……。
「………?」
なんだろう……。
先程から本に触っているのに、触れている気がしない。しっかりと文字も記載された、手にずっしりと重い感触もするのに。
何処と無く、重い空気だけを掴まされているような……。
この本棚自体が、虚ろっぽい。
目の前にあるこの容れ物が、視覚でしっかり捉えているのに、朧げに感じてしまうのだ。
「……随分と特殊だが……、結界魔法?」
赴きのある図書館に、こういった謎解きがあるのは何とも滾るものがある。
隠し通路とか、隠し部屋とか、男のロマンだ……。
気付いてしまえば、どうしても秘密を解きたくなってしまう。本棚をじっくりと観察したり、触ったりして確かめた。
「……何か、鍵になるものがあるはずだ。」
一歩下がって、本棚全体を見れるように位置を取る。アンティークの本棚には、金色が美しいアラベスク模様の装飾が施されていた。
本棚は4段で、模様は全部で10か所。装飾されている場所も段によって位置が異なる。
一見すると、模様には規則性がない。一つの模様を注意深く見ると、中心には円がある。さらに円の中に小さな花の模様が描かれていた。繊細な花は、花びらが全部で10枚ある。
「……1枚だけ、花びらが欠けている……」
他の装飾を見ても、やはり花びらが1枚ない。しかも、どの花も別々の場所が1片だけ散っているのだ。
花びらの欠けている場所、模様の位置……。なるほどな。
「……一筆書きか。」
俺は試しに、人差し指から魔力を放った。1つの花の装飾へと魔力を飛ばして、そこを起点として魔力で線を描いていく。分かりやすいように、金色を魔力に纏わせておく。
おそらく、欠けた花びらの部分が次点の方向を示している。線は上下に、斜めや左右に動かしやがて一つの形となる。花に魔力を流すたび、花の模様が金色に光っていった。
全てを繋ぎ合わせると、その形が露わになる。
「……五芒星だな。」
現れたのは、三角が頂点を逆にして2つ重なった星。すべてを繋ぎ終えると、一瞬その五芒星が呼応するように、ポウッと金色の光を放つ。
やがて、五芒星は下からサラサラと砂のように、金色の粒子になって宙を流れていった。粒子が独りでに宙を舞い渦を巻いた。渦を巻いた粒子が、細い線となって俺の目線の高さで文字を編み出す。
それは、この世界では見慣れない文字の羅列だ。でも、以前の世界では見慣れたものと言える。
「……これって、アルファベット?」
この世界の言語は、独特の文字と言葉を使う。当然、文字の形も以前の世界では見たことがないものだった。おれは、転生チートなのか、この世界の言語を操れる。
この世界に来てから、馴染み深い言語を初めて見た。
それに、この並びは……。
「……これ、フランス語だな。」
うちの祖母がフランス人で、良く教えてもらった。母方の親戚と話をするときには、フランス語が必須で必然的に妹も俺も覚えたのだ。
乙女ゲーム制作者の中には、フランス語が得意な人がいたのかもしれないな……。
宙に浮かぶ金色の言葉を、俺は口にした。
「……『見つからないなら、探して追い求めるまで。』」
目線の高さで宙に浮かび上がった言葉は、何とも果敢な言葉だった。つい、フランス語で呟く。呟きが本の波に消えていくと、どこか奥まったところから、気のせいかと思うほど小さく、ピチャンっという音が聞こえた。
「っ?!」
目の前の本棚が、水面に映る景色のように揺らぐ。水滴を落とされた本棚の波面が収まると、突如として人が1人通れるほどの木製の扉が現れた。
本棚は存在していたはずなのに、とても高度な隠蔽と結界魔法だ。ドアノブを回して、カチッという音で押し開く。上品なボルドー色の絨毯が敷かれた室内に、その男子生徒は優雅に佇んでいた。
「……ここに自力で辿り着ける者が、同学年にいたとは驚きだな。」
銀色の髪が、冷たい夜空の星のように輝く。胸元まである長髪が、顔を上げてサラリと揺れた。
ダイヤモンドダストのような、冷たくも細かな輝きを閉じ込めた銀色の瞳が、俺を眼鏡のレンズ越しに興味深げに射貫いている。
攻略対象者の一人。公爵家長男にして、宰相の息子。
エストレイア・スヴァルトル。
怜悧な美貌の青年が、優雅にソファで本を広げながら佇んでいた。
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