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第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦
幻想遺跡の主、オレの知らない過去(ソレイユside)
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オレたち2人と1匹の臨戦態勢を見たリベルは、ふうっとため息を零した。
「……つまらんな。……だが、挑むというのなら、相手をしよう」
オレの身体から離れたリベルの身体が、ゆらりと動いた。魔力の強い流れを感じて、オレとアイトリアさんは身構える。漆黒の神官服が風に煽られて裾を広げた。
「この幻想遺跡の主は、私たち双子だ。白き片翼は泡沫の幸せと優しい夢を、黒き片翼は…… 」
リベルの宙に浮いている足元から、黒色の魔力が炎のように燻る。
「残酷な真実と悪夢を」
その言葉を合図に、リベルの魔力が一気に爆発した。室内には黒色の魔力が溢れる。アイトリアさんが、すかさず俺に防御結界を張ってくれる。漆黒で辺りが塗りつぶされる中で、嘲笑う声が聞こえてきた。
「精神干渉も防げる結界のようだが、無駄なあがきだ。神の眷属に近い我に、通用などしない。大人しく試練を受け入れるのだな……。なに、身体に怪我はしないさ」
身体にはな……。
その呟きを最後に、目の前が真っ暗になる。隣りにいたはずのアイトリアさんの気配が、無くなった。
揺れる馬車の中、はしゃいだ子供の声が聞こえる。
「ソレイユは大きくなったら、何になりたいんだ?」
「おとうさんと、おかあさんみたいな、つよい、ぼうけんしゃ!」
「おう!嬉しいねえ。じゃあ、いっぱい稽古しなくちゃな!」
オレの名前を呼ぶ男性は、金色の瞳を優し気に細めて、幼い男の子の頭を撫でた。胡坐を掻いた男性の足の間に座った子は、その大きな手に嬉しそうにはしゃいでいる。
幼い子は、男性と同じ金色の瞳を嬉しそうに細めた。
「そうね。たくさん稽古をして、たくさんご飯を食べれば強くなれるわよ」
そう優しげな声音で、男性の隣に座る女性が微笑んだ。
一纏めの金色の長い髪を揺らし、男性と幼子を愛しそうに見つめている。男性と女性の、それぞれの色と雰囲気を纏った男の子は、一目で2人の子供だと分かった。
夫婦は冒険者の装備を付け、腰には長剣をつけている。
オレの中に僅かに残っている、父と母の声。何よりも、オレの名前を呼んでいるそのことが、物語っている。
これは、オレの過去の出来事だ。幻想遺跡の主が見せる、真実というものか。
馬車の中には、オレたち3人以外にも、使用人の服を着た1人の男性がいた。試しに、男性の肩へ手を置こうとすると、オレの手はその人の身体をすり抜けて行った。
どうやら、オレはこの世界には干渉出来ないようだ。誰とも目も合わないし、存在に気付かれていない。
「父さん、母さん……」
聞こえるはずがないのに、オレは無意識に呟いていた。父と母の面立ちは、はっきりとは覚えていない。でも、2人がとても優しかったことだけは、覚えている。
つんっと目頭が痛くなる。心の奥底に眠っていた懐かしさが、オレを震わせる。
立派な馬車のようで、豪華な箱に入った荷物がたくさん奥に積まれていた。窓から外を覗き込めば、前後にも豪奢な馬車が並ぶ。
貴族か何かの一向なのかもしれない。分厚い雲からは、夕日が僅かだけ漏れていた。
「あともう少しで交代の時間か……。土砂崩れで道が塞がれていたのは痛いな……。それに何かおかしい。このぐらいの距離の移動なら、貴族の雇っている騎士がするはずだ。なぜ、冒険者を雇う?」
「ええ……。この馬車に乗っているのが、奥方様とご令嬢だけなのも気にかかるわ……。そろそろ、教えてくれても良いのではないかしら?」
その言葉に、一緒に乗っていた使用人がビクッと身体を震わせた。冒険者2人の鋭い眼光が、使用人に突き刺さる。終始俯いていた使用人は、さらに身を小さくした。
しかし、父からの威圧に、耐えきれなくなったのか、身体を震わせて言葉を零した。使用人の顔は、青ざめている。
「……奥方様は、元平民です。貴族の養子になるほどの才女ではありますが……。そのことを、大旦那様が良く思われていないのです……。大旦那様の子は、旦那様お一人です。必然的に、奥方様の子が跡取りとなります……」
大旦那とは、貴族間では隠居した元領主を意味する言葉だ。女性でも男性でも、貴族では当主となれる。
つまりは、元平民が産んだご令嬢が、未来の領主になるのだ。
不穏な空気になった馬車が、大きく揺れた。ここまで思ったんだが、いくら正規なルートを通れなかったとはいえ、悪路すぎるのでは?
こんなにも悪路を行く必要があるのだろうか?
「どこの馬の骨とも分からない血が、貴族の血に混じることが許せないとおっしゃっておりました……。だから……」
突如として、馬車が止まる。あまりの衝撃に乗せていた荷物が車内に散乱した。
「敵襲だ!!くそっ!待ち伏せされていたぞ!!」
「!!」
外からは緊迫した叫び声と、金属が激しくぶつかり合う音が聞こえる。馬車の窓から様子を窺がうと、フードを被った黒装束の集団と、護衛の冒険者が剣を交わらせていた。
そんな緊迫した状況の中で、その使用人だけが1人冷静だった。亡霊ののうに佇み、諦めと絶望が滲み出る。
「……僕も、病気の妹と家族を人質に取られて、どうすることもできなかった……。そして、無関係の貴方たちを巻き込んでしまった……」
懺悔の言葉を繰り返す使用人は、いつの間にか震える手に小瓶を握りしめていた。恐ろしく、毒々しい色の液体が入った小瓶。
使用人は、きょとんっと座るオレを一瞥すると、すまなそうに眉根を寄せて呟いた。
「……本当に、ごめんなさい」
そう言って、使用人は手にしていた小瓶を馬車の床に叩きつけた。甲高い破壊音が響き、ガラスの破片と毒々しい色の液体が馬車内に広がる。
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