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第11章 苦難を越えて、皆ちょっと待って

始まった舞踏会、順番待ちって何?

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エストはそっと俺の右耳に唇を近づけると、その甘く低い声でそっと囁いた。


「満月の夜に開かれた舞踏会で、永遠の愛を誓った恋人たちは生涯ずっと幸せになれる」

今日は何と御誂え向きの月夜だろうなと、付け加えながら。なんでも、この王宮が完成した際に祈祷を行ったのがエストの先祖である、あの大賢者だったらしい。恋の駆け引きが行われる舞踏会。その会場となる大広間には恋愛成就の祈祷を行ったようだ。大賢者は意外とロマンチストだったんだな。


「……近い!」

飲み物を探しに行って戻って来たソルが、俺とエストの間に入ってぐいっと身体を離させる。煌びやかな衣装に身を包んだエストは両肩を竦めて、ソルに向かって皮肉げな笑みを浮かべる。


「ソレイユ、今日は覚悟しておいたほうが良いぞ?皆、この日を待ちわびて、気合いを入れていたからな?……ヒズミも、覚悟しておいて?」


エストは俺へ意味深にウィンクをした。氷の貴公子と名高い冷たい美貌のエストがウィンクをすると、普段の無表情とのギャップがありすぎて心臓に悪い。色気もマシマシだし、不意打ちに胸がキュンっとする。女性ならイチコロだろう。

それにしても……。


「……?」

覚悟とは、何に対する覚悟なのだろうか?

エストの謎めいた言葉に、ただ俺は首を傾げるばかりだ。そう言えば、魔王討伐のパーティーメンバーの衣装は実に凝っていて、どれも本人たちの魅力を存分に引き立てているし、髪もアレンジしていたりと、確かに気合いが入っている様子ではある。


「……くそっ」

首を傾げる俺と悪態を吐くソルにクスッと笑い、貴公子はヒラリと手を振って俺たちの前から去っていった。次の瞬間には俺の腰にソルの手が回されて、肩が触れるように抱き寄せられる。


「……ソル?」

こんな公の場でこんなに身体を密着させていたら、勇者に憧れているご令息やご令嬢に睨まれてしまうだろう?現に、舞踏会が始まってから俺に視線が集まっていて、穴が開くくらいだ。焦った俺が見上げると、ソルは苦しそうな顔をして呻く。


「……ヒズミ。今日の衣装、本当に良く似合ってる。だから、そんなに可愛い顔を無防備に見せないで?」

ソルは俺の左耳に、乱れた髪をそっと掛けてくれた。優しい指先が離れるのが名残惜しくて、ついつい行き先を目で追う。ソルの全身が目に入って、思わずうっとりとした吐息を溢した。

今日の俺の衣装は、デザイナーであるリュイのお姉さんが特別に作ってくれた。黒色がベースに金の優美な刺繍があしらわれた細身のスーツ。その衣装は、ソルと対になるように作られたものだ。鏡の前でソルと並んで見た時は、俺は馬子にも衣裳だったが、ソルは超のつく絶世の美青年になった。何度見てもその姿が凛々しく、俺はまた見惚れて呟いてしまった。


「ソルも凄く似合っているよ。……かっこいい」

思わず漏れ出た言葉に後から恥ずかしくなって、俺の顔に熱が集まったのを感じて俯いた。同性の俺でも惚れ直してしまうくらい、正装のソルがカッコイイのだから、仕方ないじゃないか。しばらく無言だったソルが、大きな溜息を吐いたのが頭上から聞こえた。

思わずビクっと肩を跳ねさせると、顎先に手を掛けられて上を向かされる。


「……もう、言った傍から……。でも、すごく嬉しいよ」

俺と同じように顔を真っ赤にしたソルが、はにかんで笑った。勇ましいソルの姿も好きだけど、こうやって年相応に笑ってくれるソルも大好きだ。2人で笑い合っていると、突如として広間に流れる音楽がぴたりと止んで、会場全体が静まりかえった。

広間の数段高くなった上座で、1人の威厳ある青年が白髪を揺らして椅子から立ち上がった。この人は立ち上がっただけで、人々が傅きたくなるような覇気を放つのだ。王太子であるロワの高らかな声が、静かな広間に響き渡った。


「皆。この度の討伐への助力、真に感謝する。皆の力が無ければ、魔王を倒すことも敵わなかっただろう。今宵は戦いの疲れを癒すとともに、存分に楽しんでほしい。……では、舞踏会の開催の合図を私から……」


王太子であるロワが、階段を足音を鳴らしながら階段を降りてくる。皆がその次代の王に相応しい姿に見惚れる中で、ソルが俺の腰に回していた手をそっと離して、なぜかすいっと俺の背中を押した。

疑問に思う瞬間が与えられないまま、俺は目の前までやって来たロワに手を取られていた。ルビーの瞳が、情熱を孕んだ熱い視線で俺を射貫いた。


「私のファーストダンスの相手を頼むよ。『闇の英傑』、ヒズミ殿」

「…………えっ??」

目を見開いたまま、間抜けな声しか出ない俺をロワはスタスタと広間の真ん中に誘導する。

ちょっと待って。全く聞いてないんだが?確かにファーストダンスは身分の高い者からと決まっているけれども、その相手が俺?


「ほら、呆けていても始まらん。何よりも、ヒズミと踊りたがって順番待ちになっているんだから、さっさと踊るぞ」

素早く俺の背中に手を回されたのを合図に、先ほどよりも更にゆったりとした音楽が流れ始まる。これは、舞踏会の始まりを告げるものだ。


「わっ、待ってロワ。……最初の相手が俺なんて、聞いてないんだが?」

王太子のダンスのお相手は、普通であれば公爵令嬢とか身分の高い貴族がするものだ。俺のような身分のない者が相手をして良いとはとても思えない。軽快な足取りでダンスを始めたロワに、俺はされるがままステップを踏み始める。俺の戸惑った様子に、ロワは至近距離で悪戯に口角を上げて笑った。


「ヒズミは、国を守ったもう一人の英傑だ。その功績からも、俺のダンスの相手に相応しい。……それに俺は最初から、ファーストダンスの相手は、ヒズミと決めていたしな?」




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