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第11章 苦難を越えて、皆ちょっと待って

ソルの嫉妬、ここは特別だから

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俺が何かを言う前に、ソルは俺の膝裏に手を回してヒョイッと抱き上げた。突然のお姫様抱っこ状態に、俺が足をバタつかせようとする前に、ソルが俺を抱いたまま身軽にバルコニーの手すりを飛び越える。

盛大な拍手と歓声が止むところを知らない広間を尻目に、風魔法でふわりと地面に着地すると迷いなく歩き出す。


「このまま、部屋に戻ろう?アヤハたちのおかげで、俺たちが抜けたことなんか、誰も気が付かないよ」

「……えっ?……このまま、か?」


まさか、俺をお姫様抱っこしたままで行く気か?

驚きと焦りで目を瞬く俺に、ソルは可愛く小首を傾げながら『そうだよ』とけろりっと宣った。恥ずかしいから降ろして欲しいと懇願する俺へ、ソルは見事な笑顔を向けて知らん顔をしたあとに、寂しかった子犬が甘えるように頬ずりをする。絹のようなきめ細かい肌が触れ合って、黄金の髪がふわりと俺の頬をくすぐった。

恥ずかしさに身悶える俺を尻目に、ソルは幸い誰もいなかった王宮の裏庭を足早に通り過ぎて外廊下を進み、俺達に用意された離宮の客室へ辿り着く。魔王討伐メンバーは、今夜のパーティーに王からの客人として招待されて各々部屋を用意されたのだ。


「オレの部屋でいい?」

「……うん」


幾分か早いソルの心音が心地良いけど、少し気恥ずかしくて。俺は小さく頷きながら、自然と顔を隠すようにソルの胸にすり寄った。俺の返事に、嬉しそうにふっと笑ったソルの吐息が、頭上から髪を揺らしてくすぐったい。

艶やかな扉の前に立ったソルは、俺を静かに床に降ろすと鍵穴に鍵を差し込んだ。扉を開ける僅かな時間でさえも、ソルは俺の手を握ったまま離さない。片時も離れたくないと思うのは俺も一緒で、そっとソルの手を握り返して琥珀色の瞳を見上げると、甘やかな笑みを浮かべたソルが俺の髪に口付けを落とした。


「どうぞ、入って」

ソルの少し熱い手に引かれて入った扉の先は、流石は王宮と言ったところだろう。豪華で洗練された客室はまるで一流ホテルだと、呑気に周囲を見回していた俺は、ふいに右手をくいっと引っ張られて前のめりに傾いた。

扉が閉まるや否や、前を歩いていたソルは素早く振り返り、我慢できないとばかりに性急に俺を抱きしめた。背中に回されたソルの腕の力は強く、たくましい胸の中に閉じ込めるように抱き込まれる。


「好きだ。大好きだ、ヒズミ。……大切にする」

肩口で囁かれた愛情と決意の込められた熱い声音に、愛しさが胸にじんっと広がって目頭が熱くなる。俺もソルに応えたくて、お互いの隙間を失くすようにぎゅっと抱き着いた。


「俺も……。俺も大好きだよ、ソル」

爽やかな香りに包まれて心地良さに酔いしれていると、ソルがほんの少しだけ身体を離す。ソルの背中に回していた俺の右手を、やんわりと引き剥がすと、形の良い唇へと近づけて指に口づけを落とした。そこは舞踏会で敬愛する騎士に口づけられた場所だ。

柔らかな唇の感触に小さく震えて、おずおずとソルを見上げると鋭い眼差しに射抜かれて、俺は息を飲む。


「……遠くから見ていたけど。ヒズミったらあんなに無防備に、皆にキスされてるんだもん。……オレがちゃんと、上書きしないとね?」

言葉は拗ねたように可愛らしいのに、低い声音にはソルの仄暗い嫉妬が見え隠れしていて、項からぞくりっと震えが走った。


ソルは俺の前髪を後ろに撫でつけてると、そっと額に口付けを落として、さらに左頬、右頬へキスしても飽き足りなかったのか、顔中に口づけが降り注いだ。啄むだけのキスなのに、ソルの柔らかな唇が肌に触れるたび、項あたりからそわりと熱がくすぶって、悩ましく肌が粟立った。

優しく触れるキスを繰り返していたソルが、耳元へと唇を寄せるとふっと吐息を溢す。


「ンッ……!」

「こんな場所まで、キスされてたみたいだね?……あのドS王太子、ヒズミが耳が弱いって知ってたよ。どうして、バレてるの……?」

オレだけが知っていたかったのに、とソルは耳元で俺を少し責めるように囁いた。わざと耳に吹き込むように吐息を零されて、たまらず身体がビクッと跳ねる。


「ンんっ……。くすぐっ、た……。ソ、ル……」

ソルが耳朶にちゅっと小さく口づけを落としたあとに、悪戯に耳朶の輪郭を唇でなぞって食む。皮膚の薄いそこはソルの言う通り敏感で、ついばまれる度に俺の身体が小さく跳ねるのが止められない。

あえてリップ音を立てながら口付けるソルの思惑通り、湿りを帯びた音に敏感に反応してしまう自分が恥ずかしい。いつもの優しい青年とは違う、意地悪なソルの様子にほんの少し戸惑いながら、ふと考える。


ソルの柔らかな唇が、俺に触れる度に思うのだ。やっぱり、皆にキスされたときとは明らかに違う。口づけをされた所が熱をもって震えて、格別に甘く感じる。それに、色んな人から敬愛や友情、親愛のキスは幾度となくされたことがあるが、俺が唯一愛しい人にしか許していない場所がある。


あの心が浮くような恥ずかしさと、蕩けるような甘美な嬉しさと気持ち良さを思い出すと、欲しくてたまらなくなる。俺は嫉妬に淀んだ蜜色の宝石を下からじっと見つめて、自分の唇を指先で一度だけなぞった。自分から誘うような仕草に、一気に顔に熱が上がる。羞恥に辿々しくなる言葉を何とか紡いだ。


「……ここはソルだけ。ソルにしか、あげてない……」

ファーストキスは、ソルに捧げた。この世界でも日本でも、ソルの唇しか触れていない。


ここは、ソルだけのもの。 
これから先も、貴方だけに。


そんな思いでじっとソルの瞳を見つめ続けると、ソルが小さく溜息を溢した。流石に露骨すぎたというか、調子に乗りすぎただろうか……。居た堪れなくなって、顔を落ち着かせようとした俺の顎先を、ソルがぐっと掴んで阻んだ。


甘いはずの蜜色の瞳が、鋭く妖艶に光った。嫉妬の淀みが消えた宝石に、今度は確かな欲情の熱が揺らめいているのが見えて、俺は囚われた獲物のごとく動けなくなる。


「とびきり甘やかして、優しくしたいのに……。そんな可愛い顔して。……あんまり、オレを煽らないで……?」


喉奥で唸ったような掠れた声で呟くと、ソルは荒々しく俺の唇を奪った。




 
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