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第二章 出会い、隠し事

ライとエスト、夜の出会い

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「……なぜ、泣いている。」


宵闇を思わせる、凛とした静かな声。かなり間近で頭上から聞こえた言葉に、僕は反射的に顔を上げた。見上げて目に飛び込んできた光景に、息を飲む。


僕の背後から、こちらを見下ろしている男性。切れ長いの瞳に、形の良い唇、筋の通っている整った顔貌は、まるでモデルのようだ。

僅かな月光を反射させて揺れ動く、灰色に近いシルバーグレーの短髪。それは研ぎ澄まされた刃のように、冷たい印象を与える。


切れ長の瞳は燃えるように紅く、深紅色の宝石。ルビーの瞳の中には炎のように揺らめく、金色の細かな輝きを秘めていた。その、不思議で神秘的な紅玉は、僕の瞳を射貫いて離さない。


なんて、深い色をした紅なのだろう。

そして、金の粒子が月光を浴びて煌めくさまは、
数多の小さな星が降り注ぐようにも見える。


僕の背中からは人肌の温かな体温が伝わって、身体が密着しているのが分かった。後ろから頬に回された両手は、革手袋特有のひやっとした冷たさを感じる。


その両手が僕の両頬を包み込んで、優し気に顎先へと指が伸びて、上向かされていた。親指は目元へと当てられ、そっと僕の涙を拭う。


『っ……。』

突然目の前に現れた、冷酷な雰囲気の中に強さを秘めた美しい男性に、僕は思わず呆けてしまった。


「……おい___」

「キュイっ!」


男性の言葉が、少し高い鳴き声で遮られる。それと同時に黒色の物体が、小さな手を広げて顔面に落ちて来るのが見えた。


『……えっ?っぅぶ!!』

顔面に突如として降ってきた黒い物体。肌触りのよい毛に、顔全体が覆われた。首をするりと撫でていくモフモフが、くすぐったい。


「こら、エスト。何をしてる。」

僕の顔に張り付いていたモフ体が、離れていった。僕の頬を包んでいた手も自然と離れていく。僕はとっさに身体ごと後ろを振り返った。


全身紺色の服に身を包んだ美男子が、手に黒色の生き物を持って佇んでいた。美男子の着ている長い紺色のローブは、神官がよく身に付けている服だ。


美男子が手に持っている生き物は、子狐に似ている。耳が僕の知るものよりもやや長い。ピンッと立てた長めの耳を、ピクピク動かしている。

生き物の琥珀色の瞳が、暗闇の中でつるりと光った。


「……ずいぶんと気に入っているな。」

「キュー」


モフモフの首根っこを掴む、灰色の髪の美男子が話しかける。ぷらんっと力なく男性の手に下げられながら、そのモフ体は美男子の方を向いて小首を傾げていた。


美男子と可愛いモフモフ。なんだこの光景は。


それよりも……。
僕は、状況を確認したあとに青ざめる。


さっきの自分の魔術は、見られてしまったのか?


言い訳を考えようとしても、混乱した頭では何も思い付かない。カタカタと身体が勝手に震え出す。自分自身でも止められない。僕は緊張から一歩も動けなくなってしまった。


「……別に取って食いやしない。そんなに怯えるな。」


全身黒色のイケメンは、僕の怯えた様子に気がついたようだった。深紅の瞳で僕をじっと見つめながら、手に持っていた黒いモフ体を地面にひょいっと投げた。

軽やかに地面に着地した黒いモフモフは、そのまま僕に向かってトトトトっと走ってくる。地面を軽く蹴って、僕の胸にジャンプして飛び込んでくる。


『わっ?!』

僕が咄嗟に腕で抱き止めると、アーモンド型の目を細めて嬉しそうにキュイキュイと鳴いた。狐のようなフサフサの尻尾が機嫌よく動いて、僕の腕をくすぐる。


『ふふっ。可愛い。……それに、あったかい。』

愛くるしい生き物に、思わず笑みが零れた。目の前の美男子が僕の様子を見ているのを感じるが……。何故だろう。

この国で会った人たちのような、負の感情の視線を感じない。
静かに見守るような、優しげな雰囲気。

僕のしていた、花と蝶の魔術についても言及してこない。もしかして、見られていない……?


まだ、知らない人物を目の前にして怖いけど、緊張がほんのりと溶けた。いつの間にか、涙も引っ込んでいる。


「……俺はライ。そいつは使役獣のエスト。……今日から、お前の世話人になった。お前の名前は?」


……世話人?


騎士たちや神官たちからは、何も聞かされていない。この建物での生活は、食事以外は自分で行っていた。今さら世話人とは一体どういうことだろう……?


僕が思考に耽って黙ったままでいると、ライと名乗った美男子は訝しげに眉を寄せた。そして、僕の首もとに目を向ける。


「呪詛の首輪か……。もしかして、声を奪われたのか?」


ライの問いかけに、僕は素直にこくりと頷いた。

とたんに、ライの眉間のシワが深まる。僕の声がでないのを知らないということは、神官でも下級階級の人なのかもしれない。


それに、僕に嫌悪の感情を向けてこないのを見ると、上位神官に詳しい説明もされず、面倒な仕事を押し付けられたのだろう。



「……そうか。」


一言だけ、そうライは呟いた。紅色の瞳の奥が、僅かに寂しさを帯びていく。僕は少し考えて、そうだ、と閃いた。辺りをキョロキョロと見回して、ちょうど良さそうな木の枝を拾った。


エストと呼ばれた黒色のモフモフを抱えたまま、地面にしゃがみこむ。草に覆われていない部分を探し、焦げ茶色の地面を枝でガリガリと傷つける。

地面に丸を4個書き終えると、僕は庭にある一本の木を枝で指し示した。橙色の小さな実をたくさんつけた、可愛らしい木だ。


「……セレーサの実がどうした?」

僕は、地面に描いた丸の4つ目を枝で指し示す。そして、今度は3個丸を描いて、胸元に抱き締めたエストを指差した。そのあとに、1つ目の丸を枝で指し示す。
最後に自分を指差した。


「エスト……?」


僕は何回かその動作を繰り返すと、ライは右拳を顎に当てて考え込んだ。木とエスト、地面の丸を順番に見ながら、はたと気がついたように顔をあげた。


「セレーサ、エスト……。そうか。お前の名前は、もしかして''サエ''か……?」


『正解!』


僕がコクコクと頭を縦に降る。僕は、この国の言葉を読むことはできても、書くことはできないから。伝わらなかったらどうしようと思った。木の実の名前を、双子に聞いていて良かった。


僕の名前を見事言い当てたライは、何度か確認するように呟いた。


「……サエ…。サエか。良い名前だな。」


そう言ってライは、僕の頭にポンっと手を置いた。


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