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第二章 出会い、隠し事
温かな体温、涙
しおりを挟む「……サエ…。サエか。良い名前だな。」
そう言ってライは、僕の頭にポンっと手を置いた。そのまま、頭をポンポンっと撫でられる。
あまりに驚いて、僕は思わず目を見張った。瞼の裏が熱を帯びて、視界がぼやけていく。そこからはもう、涙腺が決壊する。
ポロポロと溢れ出る涙が、止まらない。
この世界で、僕は自分の名前を、
一度も人に聞かれなかった。
シエルとステラには、僕から必要に刈られて名乗った。『忌み子』が名前だと言った二人に、名前がどういったものか説明するためだった。
騎士や神官、王、宰相たちは、僕の名前など聞きもしない。
『名前』という個人を表す言葉は、不要だとばかりに。
異世界の人に優しくされたのは、ライが初めてのことだった。
僕はただ、生かされているだけだった。
必要な時に呼び出されて、石に暗黒魔術を入れる。
それだけの存在。魔道具という操り人形。
本当はこんなこと嫌だ。でも、僕にはこれしかない。
逃げ出そうとしたけど、逃げられないと気が付いた。
それからは、もうずっと、このまま。
自分が何をしているのか、詳しくは知らないまま。
それは、恐ろしく怖かった。
神殿の廊下で出くわす人々の、突き刺さる視線。好意的なものなど一つとして無かった。嫌悪や興味が入り混じっているのに、それを超える関心があるのだろう。
ひそひそと言うには、いささか声が聞こえ過ぎている噂話の声は、僕の心に棘のように刺さった。
「あの小ささ……、まだ子供ではないか?」
「おぞましい呪いの魔道具であることに、変わりない。」
「洗脳が効かなかったらしい。なんと怖ろしや。」
僕の姿を目にするや否や、さっと廊下の陰に身を隠す人もいた。
僕を神殿へと案内する騎士たち。腰に下げた剣の柄に、常に手をかけていることに気が付いた。視線も、僕の周りを見ているのではなく、僕を観察している。
僕をいつでも斬れるようにという、警戒だった。
「バケモノ」「道具」「兵器」「人殺し」
そんな言葉しか、聞こえてこなかった。
もう、自分では慣れていたと思っていた。
ぞんざいに扱いも、心ない言葉も。蔑まされる視線も。
でも……。
声が出ないことを心配され、労るように、励ますように頭を撫でられる。久々の人扱いされたという優しさが、とてつもなく身に染みた。
僕は、哀しかったんだ。
「……サエ。」
驚いたライの声が、頭上から聞こえる。頭に置かれた手が、ほんの少しだけ震えた気がした。そのまま髪を梳くように何度も動く。
僕はエストをぎゅっと抱きかかえながら、しばらくの間泣き続けた。
翌日から、ライはこの建物を訪れてくれるようになった。本当に僕の世話人になったようだ。
双子が食事を運んでくるタイミングで一緒に訪れる。食事に「食堂からくすねてきた」といって果物をくれたりもした。
双子とライは仲が良く、3人で話をしているのを良く見かける。うん、イケメンと可愛い幼児は、目の保養だ。
ライは、双子から念話について聞いたらしく、数日後にはライとも念話ができるようになった。
なんでも、僕が話したいと念じて相手に魔力を流せば、念話ができるようだと分かったのだ。ただし、魔力量が多い人限定らしい。
双子もライも、魔力量が多いためすんなりと念話が出来る。
夜は、長い時間、ライが僕に付き合ってくれた。僕はライから、この世界の常識を教えてもらった。文字も、ライに教えてもらって書けるようになった。
世界の情勢も聞いた。
僕のいるロイラック王国は、領地内の資源が枯渇して財政が苦しいこと。隣国のラディウス国へ攻め入ろうとしていること。
魔法と魔術についても、教わった。
魔法は、魔力量の大小に関わらず、誰でも練習をすれば使用できる。小さな水や火種を出したり、風を起こせる。
魔法には属性があって、火、水、土、風の4種類。そして、それに属さない無属性魔法もある。
こちらは、生活魔法とも言われていて、『洗浄』という身体の汚れや、部屋のホコリを瞬時に綺麗にするといったことができるのだ。すぐにライに教えて貰った。
「無属性魔法を極めたモノには、見たものの情報が言葉として、頭に入ってくるという者がいたな。」
ゲームやアニメに出てくる、鑑定という魔法みたいな感じかな。
魔術は、より高度な魔法のこと。使える人も限られている。
特に、暗黒魔術と聖魔術は失われた魔術と呼ばれていた。どちらの魔術も、古代文書に記されているのみだそうだ。研究者たちがこぞって研究をしたが、現代でできる者はいない。
そう、僕を除いては。
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