上 下
12 / 70
第二章 出会い、隠し事

温かな体温、涙

しおりを挟む


「……サエ…。サエか。良い名前だな。」


そう言ってライは、僕の頭にポンっと手を置いた。そのまま、頭をポンポンっと撫でられる。

あまりに驚いて、僕は思わず目を見張った。瞼の裏が熱を帯びて、視界がぼやけていく。そこからはもう、涙腺が決壊する。

ポロポロと溢れ出る涙が、止まらない。


この世界で、僕は自分の名前を、
一度も人に聞かれなかった。


シエルとステラには、僕から必要に刈られて名乗った。『忌み子』が名前だと言った二人に、名前がどういったものか説明するためだった。


騎士や神官、王、宰相たちは、僕の名前など聞きもしない。
『名前』という個人を表す言葉は、不要だとばかりに。


異世界の人に優しくされたのは、ライが初めてのことだった。


僕はただ、生かされているだけだった。
必要な時に呼び出されて、石に暗黒魔術を入れる。
それだけの存在。魔道具という操り人形。


本当はこんなこと嫌だ。でも、僕にはこれしかない。
逃げ出そうとしたけど、逃げられないと気が付いた。


それからは、もうずっと、このまま。
自分が何をしているのか、詳しくは知らないまま。
それは、恐ろしく怖かった。


神殿の廊下で出くわす人々の、突き刺さる視線。好意的なものなど一つとして無かった。嫌悪や興味が入り混じっているのに、それを超える関心があるのだろう。


ひそひそと言うには、いささか声が聞こえ過ぎている噂話の声は、僕の心に棘のように刺さった。

「あの小ささ……、まだ子供ではないか?」

「おぞましい呪いの魔道具であることに、変わりない。」

「洗脳が効かなかったらしい。なんと怖ろしや。」


僕の姿を目にするや否や、さっと廊下の陰に身を隠す人もいた。


僕を神殿へと案内する騎士たち。腰に下げた剣の柄に、常に手をかけていることに気が付いた。視線も、僕の周りを見ているのではなく、僕を観察している。

僕をいつでも斬れるようにという、警戒だった。


「バケモノ」「道具」「兵器」「人殺し」

そんな言葉しか、聞こえてこなかった。


もう、自分では慣れていたと思っていた。
ぞんざいに扱いも、心ない言葉も。蔑まされる視線も。


でも……。


声が出ないことを心配され、労るように、励ますように頭を撫でられる。久々の人扱いされたという優しさが、とてつもなく身に染みた。


僕は、哀しかったんだ。


「……サエ。」


驚いたライの声が、頭上から聞こえる。頭に置かれた手が、ほんの少しだけ震えた気がした。そのまま髪を梳くように何度も動く。

僕はエストをぎゅっと抱きかかえながら、しばらくの間泣き続けた。



翌日から、ライはこの建物を訪れてくれるようになった。本当に僕の世話人になったようだ。

双子が食事を運んでくるタイミングで一緒に訪れる。食事に「食堂からくすねてきた」といって果物をくれたりもした。


双子とライは仲が良く、3人で話をしているのを良く見かける。うん、イケメンと可愛い幼児は、目の保養だ。


ライは、双子から念話について聞いたらしく、数日後にはライとも念話ができるようになった。

なんでも、僕が話したいと念じて相手に魔力を流せば、念話ができるようだと分かったのだ。ただし、魔力量が多い人限定らしい。


双子もライも、魔力量が多いためすんなりと念話が出来る。


夜は、長い時間、ライが僕に付き合ってくれた。僕はライから、この世界の常識を教えてもらった。文字も、ライに教えてもらって書けるようになった。


世界の情勢も聞いた。
僕のいるロイラック王国は、領地内の資源が枯渇して財政が苦しいこと。隣国のラディウス国へ攻め入ろうとしていること。


魔法と魔術についても、教わった。

魔法は、魔力量の大小に関わらず、誰でも練習をすれば使用できる。小さな水や火種を出したり、風を起こせる。

魔法には属性があって、火、水、土、風の4種類。そして、それに属さない無属性魔法もある。

こちらは、生活魔法とも言われていて、『洗浄』という身体の汚れや、部屋のホコリを瞬時に綺麗にするといったことができるのだ。すぐにライに教えて貰った。


「無属性魔法を極めたモノには、見たものの情報が言葉として、頭に入ってくるという者がいたな。」


ゲームやアニメに出てくる、鑑定という魔法みたいな感じかな。


魔術は、より高度な魔法のこと。使える人も限られている。

特に、暗黒魔術と聖魔術は失われた魔術と呼ばれていた。どちらの魔術も、古代文書に記されているのみだそうだ。研究者たちがこぞって研究をしたが、現代でできる者はいない。


そう、僕を除いては。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

天使の分け前

BL / 完結 24h.ポイント:447pt お気に入り:1,853

私のおウチ様がチートすぎる!!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:3,302

最愛の人がいるのでさようなら

恋愛 / 完結 24h.ポイント:62,103pt お気に入り:639

美形に溺愛されて波乱万丈な人生を送ることになる平凡の話

BL / 連載中 24h.ポイント:1,556pt お気に入り:1,045

商店街の恋

BL / 完結 24h.ポイント:646pt お気に入り:1

【完結】悲劇の令嬢は、巻き戻って悪役令嬢へと変化する

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:894

処理中です...