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第1章 Tempest Girl
08.ノスタルジア
しおりを挟む夕食は作った。後はアンドリューの帰りを待つだけだ。
そこでキャスは食卓につき、「よいしょ」の方法について考えを巡らせていた。
子種というものは、固体ではなく液体らしい。そこまでは分かった。しかし男の人が出した子種を、どうやって女性の中に入れるのか。それが問題である。
考察のため、弟がやったように、テーブルに牛乳を垂らしてみようかと考えたが思いとどまる。「子種は牛乳っぽい感じ」これが頭の中にあれば良いのだ。牛乳そのものを使う必要はない。なにより、牛乳を使うのは勿体無いし、拭った後の布巾が臭くなるし。
そこでマグカップに水を注ぎ、それを使うことにした。
「こうやって子種が出てきたとしてえ……」
そう言いながらマグカップを傾け、もう片方の手のひらを椀型にして水を受け止める。
「これをー……こうやってえ……」
マグカップをテーブルに置き、今度は空いた手の人差し指で水を掬った。
「……これを、入れる?」
つまり、子種を纏わせた指を「よいしょ」と女の人の中に。結構面倒くさい作業である。しかもこぼしたら大変だし、布巾も用意しておかなくてはいけない。
濡れた手を拭いながら、また別の方法を考えてみる。
女学校に通っていた頃、化学実験を見学する授業があった。教師は液体の入ったビーカーから、中身をちょっとだけ別のビーカーに移した。移す際に、ある器具を使ったのだが、それは細いガラスの管であった。ガラス管の半分ほどを液体の中に沈め、指の腹で上方の穴を押さえる。どういう訳か、持ち上げてもガラス管の中の液体が零れることがなかった。
さらに教師はそのガラス管を、別のビーカーの上に持って行き親指を離した。すると、そこで初めて中から液体が零れだしたのだ。
「もしかして、あのガラス管が必要……?」
キャスはそう考えたが、昔はガラスが高級品であったと聞く。さらにもっと昔は、ガラスなんて存在しなかったらしい。
確かに、石の斧や槍を持って獣を追いかけ回していたほどの昔に、ガラス管が存在していたとは思えない。その頃はどうやって子供を作っていたというのだ。それに割れた時のことを思うと恐ろしい。ガラス管説はお蔵入りである。
「いえ、待って……藁(ストロー)よ! ストローがあるじゃない!」
勢いよく立ち上がり、キッチンの引き出しから藁のストローを手に取った。
これだ。これだとしか思えない。古代から存在していて、液体を吸い上げ、別の場所に移せるもの。ガラスほど危なくないもの。ストローなら、女性の中にも入れやすいんじゃない? と、もう正解を見つけた気分だった。
椅子に座ることもせず、マグカップの中にストローを突っ込む。そして親指で蓋をし、テーブルの上に持ってきたところで、指を離した。液体がたらりと零れる。
キャスはにんまりと笑った。
「これよ……! これだわ!」
液体を受け止めるもの──手のひらでもいいかもしれないけれど、古代でも木や石、葉っぱの器くらい作れたはずだ──と、ストローがあれば「よいしょ」ができるのだ!
ようやく真理に辿り着いた。全知全能の神になった気分だった。が、あのいけ好かない騎士も、弟もとっくにこれを知っていたのだと思い返す。そう考えると、勿体ぶった挙句キャスのことを笑ったりして、なんて嫌な奴らだと思った。
「もう、ほんと、男の人って……!」
ぶつぶつ文句を言いながらも、アンドリューの帰りが遅いことに気づいた。それから、窓の外から話し声が聞こえることも。しかも片方は弟の声のような気がした。
窓に近づいて、表の方を覗いてみる。案の定、弟の姿が目に入った。誰かと話しているようだ。
一瞬、アンドリューの話し相手が社交界の人だったらどうしようと思った。細々と暮らしていることは彼らに知られたくない。でも、もしも相手が社交界の人間であったら、アンドリューは家の前で立ち止まったりしない筈だ。つまり、相手は仕事仲間、或いは今の仕事に就いてからできた友人と考えられた。
しばらく待ってみても、アンドリューはまだ家に入ってくる様子がない。キャスはとうとう痺れを切らしてしまったのだった。
*
この家がキャスリーン・メイトランドの住まいになっているとは。
さすがにそこまでの想像は及ばなかった。
事実を知った後で彼女の弟であるというアンドリュー・メイトランドを良く観察してみれば、そっくりという程ではないにしてもなんとなく雰囲気が似ている。もっとも、キャスリーンの方が年下に見えるが。
グレンが昔この家に住んでいて、さらに購入を考えていると知ると、キャスリーンは驚いていた。さらに弟のアンドリューが「言い値で買ってくれるってさ!」と付け加えると、キャスリーンはますます目を見開く。
言い値で良いなんて言ったことをちょっと後悔し始めていたグレンだ。
騎士の給料は安定しているが、高収入という訳ではない。しかし衣食住に金がかからないから、夜遊びや賭け事をしないグレンはそこそこの金をため込んでいた。それでも中古の一軒家を一括で買える程ではないだろう。それにこの姉弟が強欲で、一生働いても稼げないような金額を提示されたらお終いである。
だが、キャスリーンはちょっと考えた後で口を開いた。
「ええと、騎士様」
「ぼくの名前はグレン・バークレイだ」
「えっと、じゃあ、グレン様……」
躊躇いがちに紡がれた自分の名前に、グレンは彼女の唇を注視した。
キャスリーンとは何度か顔を合わせている筈なのに、そう言えば名乗っていなかったのだ。グレン様。大抵の女性は自分をそう呼ぶ。特別なことではない。だが、この人騒がせな娘から名を呼ばれると……。
「グレン様?」
「……うん。ごめん。何?」
もう一度名を呼ばれ、グレンは我に返った。今、なぜか別のことに気を取られてしまっていた。
「貴方はこの家を、本当に買うつもりなの? 私たちの言い値で?」
「……法外な値段でなければ。最初に手付け金を払って、その後は……値段にもよるけど、十年以内には払いきるつもりでいる」
法外な値段でなければ、たぶん、十年で払いきることが出来るとグレンは踏んだ。給料と賞与のほとんどすべてを費やすことになるかもしれないが。
そこでアンドリューがキャスリーンの肩をポンポンと叩く。
「姉さん、いい話だと思うよ! 俺たちはここを引き払って、家賃の安い小さい家に移ってさ……そしたら、姉さんも仕事を辞めて日記……えーと、目の前のことに集中できると思うんだ」
今アンドリューが口にしかけた「日記」とは、彼らの曾祖母の日記のことだろうか。バラバラになって市場に流れてしまったという。そしてキャスリーンはそれをすべて集めたいと言っていた。両親が亡くなった後は苦しい生活になったようだが、それでも何とか夜会に参加して日記の手がかりを調べているとは、大した情熱だ。
だがキャスリーンは弟に向かって首を振った。それからグレンに向き直り、精一杯真剣な顔をして見せた。というのも、グレンの目にはキャスリーン・メイトランドの姿はどこかコミカルに映る。たぶん真剣な表情を作っているのだろうけれど、背が低くて童顔で、本当は何にも知らないくせにバレバレの知ったかぶりをしていて、珍しいことに年を上にごまかしている。おまけに胸だけはでかい女ということからして、冗談みたいな存在なのだ。
その態度からグレンの申し出を断ろうとしているのが分かったが、なんだか彼女が面白くて、グレンはがっかりするより先に笑いを我慢しなくてはならなかった。
「グレン様の申し出はとても魅力的だけれど……現金一括払い以外では、お断りしなくてはならないわ」
「現金一括……」
「ええ」
「姉さん。グレン様はルルザ聖騎士団の騎士様だよ。ちゃんとした身分の人だ。信用してもいいと思うよ」
分割で払うと約束しておきながら、状況が変わってしまう人も少なくない。彼女はそれを心配しているのだろう。弟の口添えに再び首を振る。
「でも……騎士様だって仕事を失うことはあるわ」
酒、借金、女に纏わるトラブル。一度や二度ならば厳重注意や減給で済むことが多いが、被害が大きい場合や、相手が悪かった場合、何度も繰り返す場合は騎士の称号を剥奪される。グレンがそんな罪を犯してクビになると危惧しているならば、なんとも失礼な話ではある。しかし、キャスリーンはグレンのことをほとんど知らない。自分だって彼女のことをほとんど知らない。無理もない気がした。
「それに……王政が崩壊して、貴族や騎士たちが路頭に迷ったり、異国へ逃げ出したりする国だってあるのよ。この国だって、無いとは言い切れないじゃない……むぐっ?」
「うわわ、姉さん! 騎士様の前でそんなこと言っちゃまずいって! グレン様、姉の無礼をお許しください!」
アンドリューは姉の口を塞ぎ、グレンに向かって頭を下げる。
遠い異国の話やたとえ話だとしても、騎士に向かって王政の崩壊を口にするなどなかなかの遠慮知らずではあるが、彼女は意外と慎重で堅実な考えの持ち主だ。グレンの申し出に飛びついた挙句、法外な値段を要求したりするごうつくばりでは無いらしい。なんとなくちゃっかり者に見えるから、これは意外であった。
「グレン様、ほんとに……」
もう一度頭を下げようとするアンドリューを、グレンは手で制した。
「いや、いいよ。逆の立場だったら、ぼくもやっぱり君のお姉さんみたいに思うだろうから。ぼくの方こそ、急に悪かった」
時機とアプローチの仕方が悪かったのだ。心のどこかで、若い姉弟相手ならば強気に出られるだろうという驕りがあったのかもしれない。だがこの家自体を諦めるつもりはない。この姉弟だっていつまでも二人でこの家に住むわけではないのだろう。今回の反省を踏まえつつ、家を取り戻すための、ちゃんとした計画を練らなくては。
一瞬だけ、ヒューイと伯父の顔がグレンの脳裏を過った。彼らならば、グレンのためにお金を立て替えてくれるのではないだろうか。伯父は「そうかそうか、グレンの想い出が詰まった家だものね」と無条件で出資してくれるだろう。でも、ヒューイは……。
──グレン。その家は君にとって本当に有意義な買い物なのか? もう一度、よく考えてみたまえ。
グレンのかつての英雄だったヒューイはそんなことを言うに違いない。感傷的な気持ちに惑わされて大金を使うものではないと。
でも、今のカッコ悪いヒューイはどうなのだろう……。初代ラッキーの死に涙したり、髪も生えそろっちゃいない娘にリボンを買ってきたりする、今のヒューイは……。
そこまで考えて、頭の中からヒューイのことを振り払った。ヒューイに頼るつもりはない。頼ってはいけない。彼はもう、グレンの道標ではないのだから。
「今日は本当にごめん。これで失礼するよ」
「あ、待って!」
帰ろうとすると、キャスリーンに呼び止められる。彼女はポーチに立っていたが、家の扉を手で示した。
「あの、せめて……家の中を見て行く? 前に住んでいた人がどうしていたかは分からないけど……私たちが住むようになってからの三年間は、改装とかしていないわよ」
「……いいの?」
これまた意外な申し出だ。グレンが確認するように問うと、キャスリーンは頷いた。
「ええ。私たちだって前に住んでいた家のこと……気になるもの。況して家を手放して十年以上経っていたら、中を見てみたいと思うだろうし」
どうぞ、という彼女の言葉に倣って、グレンはポーチに上がった。家の中からは懐かしい香りが漂ってくる。ルルザの家庭料理の香りだ。
その香りを嗅ぎながら家の中へ一歩足を踏み入れると、グレンの膝から力が抜けそうになった。
──グレン? 帰ってきたのね、お帰りなさい。あら、ロイドは? ……まあ。まだ外で遊んでいるの? ごはんが冷めちゃうわ。ねえ、ジェーン! グレンと一緒に、ロイドを迎えに行ってきてくれない?
──はーい! 行こっか、グレン。今日は何して遊んだの? ああ、また「秘密基地」を作っていたのね? なになに……えっ? ロイドは「おれは今日からここで暮らす」って言ってるの? それでグレンだけ帰って来ちゃったのね? もーう、ロイドったら!
外へ遊びに出かけたグレンがこの扉をくぐると、いつも美味しそうな夕食の匂いがしていた。決まって母か姉が顔を出し、ご飯の前に手を洗って来なさいと告げる。彼女らは時には泥まみれのロイドを見て仰天していたし、また別の時にはロイドが帰って来なくて、改めて姉と一緒に彼を迎えに行ったものだった。
喉に熱い塊がこみ上げて、上手く唾が呑み込めない。
「……グレン様?」
「え? あ、ああ。ごめん。お言葉に甘えて、ちょっとだけ、お邪魔させてもらうよ……」
一歩入ったところで宙を見つめ佇んだままだったグレンを、キャスリーンは訝しんだようだった。グレンはひどく懐かしい幻を目にしていたのだ。家族全員が揃っていて、幸せだった頃の幻を。ぼんやりとしていたことを詫びてもう一歩を踏み出したが、グレンの声は僅かに震えていた。
玄関を入ってすぐのところに二階へ向かう階段がある。
「アンドリュー、グレン様を二階に案内してあげて。私はキッチンにいるから」
「うん、わかった」
「あ! でも私の寝室だけは遠慮してもらってちょうだい」
「うん……だって、騎士様」
「え、ああ、うん」
目の前でなされた姉弟のやり取りに、グレンは相槌を打った。家の中を見たいとは思ったが、さすがに女性の寝室を暴こうとまでは考えていない。
グレンは下を見ながら階段をのぼった。階段の、六段目。ここを踏むと決まって軋む音がしていたのだ。そしてやっぱり六段目を踏むと、板からギシリと聞こえた。
──ここ、音が鳴るんだぜ!
双子の兄であるロイドは自慢げにそう言って、ある時は六段目を飛ばして上ったり、ある時はしつこく踏みしめて、わざとぎゅうぎゅう音を立てていた。
階段をのぼり切った真正面の壁には小さなくぼみがあって、母はそこに気に入った絵を飾り、花瓶には花が活けてあったはずだったが、今は何もない、ただのくぼみになっている。
「ええと。で、ここが今、俺が使ってる部屋」
二階の一番奥、父と母の寝室だったところは、アンドリューの部屋となっているらしい。さすがに家具は当時のものとは違っていて、ベッドは一人用のものとなっている。その分部屋は広く感じらる筈なのだが……やたらと狭く思える。それも、机──というか、作業台のようなもの──が部屋の真ん中に置いてあるからだ。机の上には紙の束やあらゆる種類のペン、様々な色のインクが並んでいる。アンドリューが仕事か趣味で揃えたものなのだろうか。しかし机の上のものからは、彼のやっていることがよく分からない。小説……ではない。絵画でも、ないように思える。
「これは……君の、仕事か何かなの」
「あ、すみません。汚くて……!」
机の上を見ながら彼に訊ねると、アンドリューは焦ったように紙を片づけだした。
「ええと、俺……昔は美術学校に通ってて……」
「へえ、そうなんだ……」
ルルザには美術専門の学校がある。きっと、両親が健在だった頃に彼はそこに通っていたのだろう。今は美術を学ぶ余裕がなくなってしまったのだろうが、趣味で続けているのだろうとグレンは思った。美術といっても範囲は広い。それが版画なのか工作なのかそれとも別の何かなのか、グレンには分からないが。
「向こうの部屋も見てみますか? たぶん、子供部屋だったと思うんですよね」
そう言ってアンドリューは別の部屋の扉も開け、中をランプで照らした。
現在は物置となっているようだったが、水色の壁紙に、白い雲の模様が描いてある部屋だった。確かにそこは、グレンとロイドが使っていた子供部屋であった。
「ああ……」
何も言ったつもりはないのに、自然とため息がグレンの口からこぼれ出ていた。
かつては部屋の左側にロイドのベッド、右側にグレンのベッドが置いてあった。今も家具の位置をはっきりと思い描くことが出来る。子供用の小さなテーブルと椅子が中央にあったはずだが、グレンが少し大きくなってくると、自分だけの部屋が欲しくなった。ロイドと一緒の部屋ではゆっくりと本が読めなかったのだ。そこでグレンは勉強する時だけ別の部屋──亡くなった母が裁縫をする時に使っていた日当たりの良い小部屋──に行き、眠る時は子供部屋のベッドを使うようにした。
いずれ学校へ通うようになったら、本格的にロイドと部屋を分けたいと考えていたのだが……母が亡くなると父は酒におぼれ、姉は通っていた学校を辞めて家事と、父や自分たちの世話に明け暮れるようになった。ロイドの方は何も気づいちゃいないようだったが、グレンは幼いながらに不安を覚えていた。うちは、どうなってしまうのだろうと。学校へ行きたいとか勉強部屋が欲しいとかは、とても言い出せなかった。
周囲には灯台もなく月も出ておらず、さらに航海士のいない船で夜の海を進んでいるようだった。ルルザのバークレイ一家は、完全に方向を見失っているようにみえた。
案の定、崩壊の時が訪れる。父の死、彼の借金。怖い人たちがやって来て、この家を追い出されてしまった。持ち出せたのは数日分の着替えと母の形見の品だけだった。
視線を感じてグレンはハッと我に返った。
「ごめん、ぼうっとしてた」
「……いや、無理もないと思います……」
アンドリューはちょっと気まずそうに俯いた。
自分は今、物置となった場所を眺めながら過去に浸っていたのだ。きっと食い入るような視線だったに違いない。アンドリューが気まずくなってしまうほどの。
そこに、今の空気を打ち破るようなキャスリーンの声が響いた。
「ねーえ! 一回下りてきたら? ごはん冷めちゃうから!」
「わかったー! 今行く!」
アンドリューが振り返って一階に向けて声を張り上げた。
「ごめん。食事時に邪魔をして」
「いえ、いいんです。こっちこそバタバタしててすみません。また来てくださいよ」
「うん、ありがとう」
グレンとアンドリューが階段を下りると、そこにはキャスリーンが立っていた。
「食事時に、ごめん」
そう言って玄関へ向かおうとする。
「え? グレン様も、ごはん食べていかない? ごはんを食べてからまた部屋を見たらよいわ」
彼女はダイニングの方を手で示す。
「三人分、用意しちゃったのよ」
「……ぼくの分も?」
「ええ。だって、今から宿舎に帰っても、食堂は……」
そこまで言われてグレンは懐中時計をポケットから引っ張り出した。騎士になった時にヒューイが贈ってくれたものだ。
彼女の言うとおり、今から帰ると宿舎の食堂はもっとも混雑している時間になる。その後になると、みんなが使った後の汚れたテーブルで食事をとらなくてはいけない。さらにメニューによってはお代わりされ尽くしていて、品数が足りなくなっていることも考えられる。
グレンは時計をポケットに戻し、自分のつま先を見つめながら考えた。
それからもう一度キャスリーンを見る。彼女はエプロンをつけたままだ。キッチンからはトマトソースの香りが漂ってくる。
途端に空腹を覚えた。
騎士をやっているとそれなりに女性からの注目を浴びる。中には手作りの菓子を持ってくる者もいた。だが、グレンは一度として受け取ったことがない。中に何が入っているか分かったものじゃないし、特定の女性と噂になるのも御免だった。しかし。
しかし、目の前の女性は、一応、料理人である。高級レストランのシェフではなく食堂の賄い方だが、調理に携わって給料を得ている点ではプロといっても良いだろう。腕前も、兵舎の食堂程度の味は保証されているとみて良いのではないか。美味いわけではないが不味いわけでもない、無難な味を。
「冷めちゃうわよ。グレン様が食べないって言うなら、アンドリューが二人分食べることになるけど」
「え、俺? 俺はどっちでもいいけど……でも、ルルザ聖騎士団の話も聞きたいな。グレン様、食べながら騎士団のことも教えてくださいよ」
自分は別に、特定の女性から手作り料理を受け取る訳ではない。これは特別なことではない筈だ。彼女はプロなのだから。
なんとなく、自分にそう言い聞かせてグレンは頷いた。
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