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第十二話

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 その日の夜のことだ。

 夕食後、屋敷の広い図書室で、私は古い本を片っ端から引っ張り出し、テーブルに並べて読み耽っていた。分厚いオーク材のテーブルでなければ潰れてしまっていたのではないか、と思えるくらい革張りの書籍がどんと載っている。

 ランプを二つ、一つは半円形にしたスタンドにぶら下げて、もう一つは目の前に置いて、古い古い文字を指でなぞって読んでいく。私は十五になるまで貴族学校で古文学を専攻していたから、プランタン王国で使われてきた文字や言語なら何とか理解できる。我が家はざっと八百年は遡れるくらい歴史があり、その間収集してきた本や古文書はなかなかの量がある。何でも、約五百年前のヴェルグラ侯爵家当主の妹が著名な歴史学者だったようで、そのときに図書館が開けそうなほど大量の書籍を買い漁っていたのだとか。おかげで子孫の私は自宅にいながら大量の幅広い分野の本が読める。

 そうして、私はひたすら教会の発行した奇蹟に関する本、おとぎ話に近い魔法や秘術の散文集、近隣諸国の歴史書まで読み漁り、『魂』についての記述を求めた。そもそも『魂』とは何か、何を指すのか、。それを知らないことには、対処のしようがない。

 とはいえ——忠次は一体、どこの国の人間だったのだろう。聞いたこともない話、聞いたこともない名前、そこでは『魂』を操るすべがあるのかもしれない。しかし、プランタン王国でそんな話は耳にしない。せいぜいが悪魔憑きくらいで、それも一種の錯乱状態を指す言葉だ、と近年は医学的に説明されている。概念的な、人々が恐れる悪魔など本当の意味ではいないのだと、悪魔祓い師エクソシストを輩出してきた教会でさえ認めているほどだ。

 ——うーん、早くも煮詰まってきた。

 私は乾いてきた目をこすり、一旦読んでいた本に押し花のしおりを挟んだ。ベルがプレゼントしてくれた名も知らぬ小さな黄色い花のしおり、上品に薄茶色のインクのカリグラフィで四方の装飾までしていて、センスのよさを感じる。

 そして私はこう思う。なぜ、ベルを助けられなかったのか、と。

 意味のない自責だと分かっていても、思わずにはいられないのだ。私が代わりになっていれば、ベルには何の罪もないのに、かわいそうなベル、そう思ってしまう。目の前であんなことが起きれば、救う手が届かなかったことを悔やんでしまうものだ。

 ——やめだ、やめ。自責など不健全で、非生産的だ。そんなことより、前に進まないと。失敗は挽回するしかない。

 私は自分の両頬を叩き、気合を入れ直した。貴族令嬢らしくないが、我が家では気を取り直すときこうして行動を伴わせるよう教えられる。よく大兄様が弱気な次男のオーギュスト兄様……中兄様に喝を入れているところを見てきた。それの真似だ。

 何の進展もないことに鬱々とした気分をかなぐり捨て、私が背伸びをしていたときだった。

 図書室の扉が開く鈍い音がして、首を伸ばして入口を覗くと、ベルが——いや、忠次がいたのだ。

「姐さん、こんな夜更けに本なんか読み漁って、どうしたんですかィ」

 心配そうなその声は紛れもなくベルのもので、その独特の口調は忠次のものだ。ちょっと不思議な感覚だった。私は思わずふふっと笑って、手招きする。

「ベルを起こす方法はないかと思って。あなただってベルに起きてほしいでしょう?」

 言ってしまったあとで、しまった、と思った。

 まるで忠次がベルに乗り移ったことを遠回しに悪し様に言っているようだ、私は訂正しようとしたが、その前に忠次の言葉に遮られた。

「えェ、悪党と呼ばれたあっしでも、年端もいかねェお嬢の体を乗っ取っていいだなんて思やしやせん。あっしは死人でさァ、罪もねェべるてぃーゆお嬢の未来を奪っちゃなんねェ」

 どこか厭世的で投げやりな忠次の口振りは、おそらく意図せずして私の心をチクリと刺した。
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