2 / 8
第二話
しおりを挟む
数日後、エアル王子が軍をともなって王都へ凱旋した。
早馬の報があった日から逆算しても、素早い帰還と言える。
そして、エアル王子はその日のうちに、何の連絡もなく突如ロザリアの部屋へとやってきた。
「戻ったぞ、ロザリア」
長旅の疲れを見せない堂々とした王子の帰還は、人臣を喜ばせたことだろう。
エアル王子はそれだけ潑剌とした好青年だ。久しぶりにその姿を見たロザリアも、認めざるをえない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
ロザリアはいつもどおり、バルコニーの手前から外を眺めていた。窓を開け放し、部屋の真下にある王宮庭園から漂う季節の花の香りや色とりどりの草木を見ることだけが、この五年間の唯一の慰めだった。
ロザリアは一歩も動かず、距離を取りながらエアル王子へ丁寧に一礼する。
「殿下……お久しゅうございます」
「何だ、嬉しくなさそうだな。俺が会いにきたことが気に入らないのか?」
「いいえ。このたびの戦勝、まことに喜ばしく」
「そんな話をしにきたわけではない!」
エアル王子は話を遮る。いつものことで、ロザリアも気にしない。
早口でまくし立てられる前に、主導権を握られる前に、ロザリアはこう切り出した。
「ええ、そうですね。私も、本題に入りとうございます」
ロザリアは、虚を突かれて一瞬ためらい、会話の後手に回ったエアル王子を真正面に見据え、はっきりと言い渡す。
「殿下。あなた様との婚約は、破棄いたします」
「……は?」
「私はもう、自由です。故郷も失い、あなた様の寵愛は得られず、何の価値も残っていない。であれば、私を縛る鎖は何一つとしてございません。ああ、よかった」
ロザリアは無意識のうちに微笑んでいた。これまで一度も、エアル王子の前で心から微笑んだことなどなかったが、これが最初で最後だ。
ロザリアはバルコニーへ足を踏み出し、石の手すりへと腰掛ける。
目を閉じ、今生の別れを告げた。
「では、ごきげんよう。あなた様の前途に、幸多からんことを」
「待っ——!」
いくらエアル王子でも、言葉よりも早く動けやしない。
ロザリアはその背から、体を空へ投げ出す。誰も邪魔することなく、細身の体は宙を舞い、四階のバルコニーから王宮庭園の小道へと落ちていった。
この世に居場所がなくなったことを悟った亡国の王女ロザリアは、自ら命を絶ったのだった。
早馬の報があった日から逆算しても、素早い帰還と言える。
そして、エアル王子はその日のうちに、何の連絡もなく突如ロザリアの部屋へとやってきた。
「戻ったぞ、ロザリア」
長旅の疲れを見せない堂々とした王子の帰還は、人臣を喜ばせたことだろう。
エアル王子はそれだけ潑剌とした好青年だ。久しぶりにその姿を見たロザリアも、認めざるをえない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
ロザリアはいつもどおり、バルコニーの手前から外を眺めていた。窓を開け放し、部屋の真下にある王宮庭園から漂う季節の花の香りや色とりどりの草木を見ることだけが、この五年間の唯一の慰めだった。
ロザリアは一歩も動かず、距離を取りながらエアル王子へ丁寧に一礼する。
「殿下……お久しゅうございます」
「何だ、嬉しくなさそうだな。俺が会いにきたことが気に入らないのか?」
「いいえ。このたびの戦勝、まことに喜ばしく」
「そんな話をしにきたわけではない!」
エアル王子は話を遮る。いつものことで、ロザリアも気にしない。
早口でまくし立てられる前に、主導権を握られる前に、ロザリアはこう切り出した。
「ええ、そうですね。私も、本題に入りとうございます」
ロザリアは、虚を突かれて一瞬ためらい、会話の後手に回ったエアル王子を真正面に見据え、はっきりと言い渡す。
「殿下。あなた様との婚約は、破棄いたします」
「……は?」
「私はもう、自由です。故郷も失い、あなた様の寵愛は得られず、何の価値も残っていない。であれば、私を縛る鎖は何一つとしてございません。ああ、よかった」
ロザリアは無意識のうちに微笑んでいた。これまで一度も、エアル王子の前で心から微笑んだことなどなかったが、これが最初で最後だ。
ロザリアはバルコニーへ足を踏み出し、石の手すりへと腰掛ける。
目を閉じ、今生の別れを告げた。
「では、ごきげんよう。あなた様の前途に、幸多からんことを」
「待っ——!」
いくらエアル王子でも、言葉よりも早く動けやしない。
ロザリアはその背から、体を空へ投げ出す。誰も邪魔することなく、細身の体は宙を舞い、四階のバルコニーから王宮庭園の小道へと落ちていった。
この世に居場所がなくなったことを悟った亡国の王女ロザリアは、自ら命を絶ったのだった。
348
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
不器量令嬢は、婚約破棄の断罪が面倒くさい
あんど もあ
ファンタジー
不器量なマルグリットは、婚約者の美しい第一王子からずっと容姿を貶められる日々。とうとう王立学園の卒業パーティーで王子に婚約破棄を宣言され、「王子から解放される! それいいかも!」となったが、続く断罪が面倒くさくて他の人に丸投げする事にする。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
元婚約者のあなたへ どうか幸せに
石里 唯
恋愛
公爵令嬢ローラは王太子ケネスの婚約者だったが、家が困窮したことから、婚約破棄をされることになる。破棄だけでなく、相愛と信じていたケネスの冷酷な態度に傷つき、最後の挨拶もできず別れる。失意を抱いたローラは、国を出て隣国の大学の奨学生となることを決意する。
隣国は3年前、疫病が広がり大打撃を受け、国全体が復興への熱意に満ち、ローラもその熱意に染まり勉学に勤しむ日々を送っていたところ、ある日、一人の「学生」がローラに声をかけてきて―――。
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
眠り姫は十年後、元婚約者の隣に別の令嬢を見つけました
鍛高譚
恋愛
幼い頃、事故に遭い10年間も眠り続けていた伯爵令嬢アーシア。目を覚ますと、そこは見知らぬ大人の世界。成長した自分の身体に戸惑い、周囲の変化に困惑する日々が始まる。
そんな彼女を支えるのは、10年前に婚約していた幼馴染のレオン。しかし、目覚めたアーシアに突きつけられたのは、彼がすでに新しい婚約者・リリアナと共に未来を築こうとしている現実だった――。
「本当に彼なの?」
目の前のレオンは、あの頃の優しい少年ではなく、立派な青年へと成長していた。
彼の隣には、才色兼備で知的な令嬢リリアナが寄り添い、二人の関係は既に「当然のもの」となっている。
アーシアは過去の婚約に縋るべきではないと分かりつつも、彼の姿を目にするたびに心がざわめく。
一方でレオンもまた、アーシアへの想いを完全に断ち切れてはいなかった。
幼い頃の約束と、10年間支え続けてくれたリリアナへの誠意――揺れ動く気持ちの狭間で、彼はどんな未来を選ぶのか。
「私の婚約者は、もう私のものではないの?」
「それでも私は……まだ、あなたを――」
10年間の空白が引き裂いた二人の関係。
心は10歳のまま、だけど身体は大人になったアーシアが、新たな愛を見つけるまでの物語。
運命の婚約者との再会は、果たして幸福をもたらすのか――?
涙と葛藤の三角関係ラブストーリー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる