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第二話
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数日後、エアル王子が軍をともなって王都へ凱旋した。
早馬の報があった日から逆算しても、素早い帰還と言える。
そして、エアル王子はその日のうちに、何の連絡もなく突如ロザリアの部屋へとやってきた。
「戻ったぞ、ロザリア」
長旅の疲れを見せない堂々とした王子の帰還は、人臣を喜ばせたことだろう。
エアル王子はそれだけ潑剌とした好青年だ。久しぶりにその姿を見たロザリアも、認めざるをえない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
ロザリアはいつもどおり、バルコニーの手前から外を眺めていた。窓を開け放し、部屋の真下にある王宮庭園から漂う季節の花の香りや色とりどりの草木を見ることだけが、この五年間の唯一の慰めだった。
ロザリアは一歩も動かず、距離を取りながらエアル王子へ丁寧に一礼する。
「殿下……お久しゅうございます」
「何だ、嬉しくなさそうだな。俺が会いにきたことが気に入らないのか?」
「いいえ。このたびの戦勝、まことに喜ばしく」
「そんな話をしにきたわけではない!」
エアル王子は話を遮る。いつものことで、ロザリアも気にしない。
早口でまくし立てられる前に、主導権を握られる前に、ロザリアはこう切り出した。
「ええ、そうですね。私も、本題に入りとうございます」
ロザリアは、虚を突かれて一瞬ためらい、会話の後手に回ったエアル王子を真正面に見据え、はっきりと言い渡す。
「殿下。あなた様との婚約は、破棄いたします」
「……は?」
「私はもう、自由です。故郷も失い、あなた様の寵愛は得られず、何の価値も残っていない。であれば、私を縛る鎖は何一つとしてございません。ああ、よかった」
ロザリアは無意識のうちに微笑んでいた。これまで一度も、エアル王子の前で心から微笑んだことなどなかったが、これが最初で最後だ。
ロザリアはバルコニーへ足を踏み出し、石の手すりへと腰掛ける。
目を閉じ、今生の別れを告げた。
「では、ごきげんよう。あなた様の前途に、幸多からんことを」
「待っ——!」
いくらエアル王子でも、言葉よりも早く動けやしない。
ロザリアはその背から、体を空へ投げ出す。誰も邪魔することなく、細身の体は宙を舞い、四階のバルコニーから王宮庭園の小道へと落ちていった。
この世に居場所がなくなったことを悟った亡国の王女ロザリアは、自ら命を絶ったのだった。
早馬の報があった日から逆算しても、素早い帰還と言える。
そして、エアル王子はその日のうちに、何の連絡もなく突如ロザリアの部屋へとやってきた。
「戻ったぞ、ロザリア」
長旅の疲れを見せない堂々とした王子の帰還は、人臣を喜ばせたことだろう。
エアル王子はそれだけ潑剌とした好青年だ。久しぶりにその姿を見たロザリアも、認めざるをえない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
ロザリアはいつもどおり、バルコニーの手前から外を眺めていた。窓を開け放し、部屋の真下にある王宮庭園から漂う季節の花の香りや色とりどりの草木を見ることだけが、この五年間の唯一の慰めだった。
ロザリアは一歩も動かず、距離を取りながらエアル王子へ丁寧に一礼する。
「殿下……お久しゅうございます」
「何だ、嬉しくなさそうだな。俺が会いにきたことが気に入らないのか?」
「いいえ。このたびの戦勝、まことに喜ばしく」
「そんな話をしにきたわけではない!」
エアル王子は話を遮る。いつものことで、ロザリアも気にしない。
早口でまくし立てられる前に、主導権を握られる前に、ロザリアはこう切り出した。
「ええ、そうですね。私も、本題に入りとうございます」
ロザリアは、虚を突かれて一瞬ためらい、会話の後手に回ったエアル王子を真正面に見据え、はっきりと言い渡す。
「殿下。あなた様との婚約は、破棄いたします」
「……は?」
「私はもう、自由です。故郷も失い、あなた様の寵愛は得られず、何の価値も残っていない。であれば、私を縛る鎖は何一つとしてございません。ああ、よかった」
ロザリアは無意識のうちに微笑んでいた。これまで一度も、エアル王子の前で心から微笑んだことなどなかったが、これが最初で最後だ。
ロザリアはバルコニーへ足を踏み出し、石の手すりへと腰掛ける。
目を閉じ、今生の別れを告げた。
「では、ごきげんよう。あなた様の前途に、幸多からんことを」
「待っ——!」
いくらエアル王子でも、言葉よりも早く動けやしない。
ロザリアはその背から、体を空へ投げ出す。誰も邪魔することなく、細身の体は宙を舞い、四階のバルコニーから王宮庭園の小道へと落ちていった。
この世に居場所がなくなったことを悟った亡国の王女ロザリアは、自ら命を絶ったのだった。
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