死んで初めて分かったこと

ルーシャオ

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最終話

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 初夏の快晴の下、戴冠式の会場であるアルデラ王国王城前広場には大勢の国民が詰めかけ、新たな国王誕生を我先に祝福しようといつになく活気に溢れていた。

 一方で、王城の控室からは外の喧騒は遠く、わずかに耳に届くだけだ。

 国王しか身に付けられない黄金の王冠、大鷲の羽と獅子の毛皮を備えたマント、真新しい礼服はしわひとつなく、分厚いソファに背をもたせかけた新国王エアル本人の容姿もまたそれらの輝きに勝るとも劣らぬ端正さと美麗さを讃えている。

 控室にやってきたリーガン卿も、国王の筆頭騎士らしく金銀の軽鎧と長剣を携え、新国王の戴冠式をより盛り上げるための最上の花を添えている。

「エアル様、どうかなさいましたか。もうじき、戴冠式が始まりますが」

 ふいとエアルは顔を背け、リーガン卿へ指図する。

「リーガン、少し一人にしてくれ。時間になったら知らせろ」
「承知いたしました。では」

 リーガン卿は異論を唱えず、速やかに控室を出ていった。

 控室にはただ一人、エアル以外には誰もいない。

 だが、エアルは誰もいない空間へと語りかけた。

「なぜそこにいる、ロザリア。俺を恨んでいるのか? はっ、当然だな。俺は、お前に嫌われることしかしていなかった」

 憎々しいとばかりの口調に、一抹の寂しさが混ざっている。

 かつての婚約者はもう死んだ。エアルもそんなことは重々承知している。

 その上で、と確信もしていた。

 エアルはその気配を感じるたび、誰かに語りかけるようにつぶやく。

「恨め、恨んでいてくれ。そうすればいつまでもお前は俺のそばにいる。お前がそこにいるかぎり、俺は正気でいられるんだ」

 エアルは、死んだ婚約者の気配を感じることは、誰にも言っていない。

 言ってしまえば狂人のように扱われ、ここまでの経歴も権力も何もかもが水泡に帰す。そうなると、この愛しい気配さえも失われるような気がしてならなかったのだ。

「お前を捨てたヴィリジアも、お前に嫉妬した王城の連中も、恨まなくていい。そいつらから守れなかった俺だけを恨んでいろ。ずっと無様な俺を見ていれば、お前だって気が済むだろう? 頼む、そうであってくれ」

 その気配がエアルへと返事をしたことは一度もない。これからも答えは得られないだろう。時折何かを櫛で梳く音がする、そのたび振り返っては肩を落とす。

 だが、エアルはそのたび気配を感じられる。

 もしかすると、死んだ婚約者は自分のまだそばにいるのかもしれない。

 なら、それは、今まで秘めていた願いが叶ったようなものではないか。

 恨まれていても、何でもいい。

 そこにいてくれ、ロザリア。

 エアルはことあるごとに、そうつぶやく。







 控室を追い出されたリーガン卿は、廊下の衛兵たちに指示を出し、戴冠式の手順をもう一度確認しようと宰相の補佐役を呼んで話を聞いていた。

 その際、宰相の補佐役は軽い気持ちだったのだろう、こんな話題を口にした。

「リーガン卿、殿下……いや、陛下はまだ配偶者を選ばぬおつもりですか? 周辺国からいくらでも申し出があるでしょうに」

 リーガン卿は宰相の補佐役を睨みつける。

「それは、モノのように娘を差し出す親の行いを肯定する、ということですか?」
「そんな、人聞きの悪い。数十年後、いずれ陛下の後継者が必要となるなら、お相手がいなくてはならぬだけで」

 宰相の補佐役は笑って誤魔化そうとしたが、リーガン卿は冷たくあしらう。

「ご心配なく。エアル様は必ず、正しい選択をなさることでしょう。我々の浅慮は、それこそ必要ないかと」

 宰相の補佐役へ短く礼を言って、リーガン卿はその場をあとにした。

 エアルの変調を、リーガン卿は察している。独り言のようだが、エアルが一人きりでいるときだけ何かが見えるのか、感じるのか、それは定かではないものの、何者かへ語りかけているのだ。

 しかし、リーガン卿は見て見ぬふりをするしかない。その原因はおおよそ分かっていても、どうにもならないからだ。

 エアルはアルデラ王国の国王となり、人々に望まれるように繁栄をもたらし、様々な改革を行うだろう。それさえつつがなく行われるならば、リーガン卿が何かを言う筋合いにはない。

 それは、エアルとロザリアが結ばれなかったのは自分のせいでもある、と心に深く後悔の棘が刺さっているからでもあった。

 リーガン卿とて、できることなら望まれる未来にロザリアがいてほしかったが、それはもう叶わない。

(エアル様は必ずや偉業を成し遂げるでしょう。その影に、ロザリア様がいたことは……誰も、記憶しなかったとしても)

 リーガン卿が歩み、その背に繋がっていた蜘蛛の糸のような極細の因果の糸が、ぷつりと切れた。




 やがて、アルデラ王国は空前の隆盛を誇り、名実ともに大国の座を確実なものとしていく。

 しかし、四十を前にして国王エアルは病に倒れた。酒色に溺れたとも、過労だとも言われているが、原因は定かではない。

 遺言によりエアルの遺体はどこかへと運ばれ、秘密裏に葬られたという。




 ある翼蛇は二つの魂を前に、こう慰めた。
 
「魂が澱み、濁りつづけたとしても、そこには愛があるのさ。それでいいじゃないか」



(了)
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感想 1

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みんなの感想(1件)

nahuto
2026.02.20 nahuto

うーん?賛否が別れそうなお話でしたね。主人公は王子を好きだったのか、王子は何を目指して主人公を助けようとしたのか、このあたりの描写がうっすらとしかないので、なかなかに悩ましい。王子の死ぬ間際主人公はどう思ったんでしょうね?そんな、考えさせられるいい作品でした。ありがとうございます。

解除

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