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第十四話
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それはイグレーヌが王都を発って四日後のことだった。
現国王と愛娘ド・ベレト公女マリアンの名のもとに、大規模な宮廷舞踏会が開かれたのだ。巷ではマリアンが父である国王にねだって開かせたとか、マリアンの結婚が決まってお披露目するための場のだとか、まことしやかに噂は流れたが、具体的な開催理由については明らかにされなかった。国王とマリアンの思惑を誰もが見通せないまま、招かれては出席しないわけにもいかず、大勢の王侯貴族、そして位の高い騎士たちがバルドア王国でもっとも格式の高い大広間・彫像の間に集う。
歴代国王とその一の家臣たちの見上げるほど大きな彫像が円形のホールの壁に並び、絢爛豪華なドーム式の天井には古来から伝わる星座図が金と藍石の精緻なモザイク画となってきらめいている。玉座——この日に限っては主催者である国王とマリアンが金の椅子に座り、その背後にはバルドア王国の国宝とも言える五つの宝剣が飾られていた。
入り口から玉座まで敷かれた赤いカーペットの上を、舞踏会に招待された人々が進んでいく。国王とマリアンへの挨拶にと行列を作り、貴族は燕尾服とナイトドレスを、騎士は所属する騎士団の礼服とそれぞれの故郷の正装に身を包んでいる。確かに身分の差は未だにあるものの、ここにいる人々が分け隔てなく談笑するさまはバルドア王国が誇るべき貴族と騎士の融和の姿であり、理想の体現であった。
もっとも、まだまだそれが完璧ではないことを、マリアンはよく知っている。
礼服と黒貂の毛皮のコート姿の国王——四十を超えてから小太りが隠せなくなってきた上にただでさえ薄かった金髪が失われつつある——と、赤みがかった金髪にバーガンディのシックなドレスをまとったマリアンは招待客へ愛想笑いを振り撒く。
「お招きいただき感謝いたしますわ、マリアン様」
何十番目かの招待客の淑女が、夫ではない若い男性を連れて挨拶を述べる。
マリアンにとって遠い遠い縁戚の彼女は夫の身分の低さを気にして、アクセサリー代わりの愛人を選んだようだ。確か、歌劇の新人俳優だったか、マリアンはその顔に見覚えがあった。着慣れないであろう燕尾服をきちんと着こなすあたり、彼女は彼にとって上客のようだ。
それについて何か言うつもりはない。皆似たようなもので、必ずしも伴侶を連れてきているわけではない。マリアンは笑顔と定型句でさらりと受け流す。
「ええ、楽しんでちょうだいね」
「もちろん。それでは失礼を」
もう一度淑女とその連れは礼をして、楚々とホールの人混みへと紛れ込んでいった。そんなことを数回繰り返すと、ようやくマリアンのお目当ての招待客に挨拶の順番が回ってきた。
ラングレ侯爵家子息ランパード、ならびに婚約者のモーリン子爵家令嬢アヴリーヌ。仕立てのよい燕尾服に乗っている顔はそこそこ上品なのにこれと言って特筆すべき印象に残らない青年と、うつむいた金髪の巻き毛のご令嬢。窮屈そうなドレスが気に入らないのか、少し目が腫れている。
とはいえ、マリアンは手加減しない。
現国王と愛娘ド・ベレト公女マリアンの名のもとに、大規模な宮廷舞踏会が開かれたのだ。巷ではマリアンが父である国王にねだって開かせたとか、マリアンの結婚が決まってお披露目するための場のだとか、まことしやかに噂は流れたが、具体的な開催理由については明らかにされなかった。国王とマリアンの思惑を誰もが見通せないまま、招かれては出席しないわけにもいかず、大勢の王侯貴族、そして位の高い騎士たちがバルドア王国でもっとも格式の高い大広間・彫像の間に集う。
歴代国王とその一の家臣たちの見上げるほど大きな彫像が円形のホールの壁に並び、絢爛豪華なドーム式の天井には古来から伝わる星座図が金と藍石の精緻なモザイク画となってきらめいている。玉座——この日に限っては主催者である国王とマリアンが金の椅子に座り、その背後にはバルドア王国の国宝とも言える五つの宝剣が飾られていた。
入り口から玉座まで敷かれた赤いカーペットの上を、舞踏会に招待された人々が進んでいく。国王とマリアンへの挨拶にと行列を作り、貴族は燕尾服とナイトドレスを、騎士は所属する騎士団の礼服とそれぞれの故郷の正装に身を包んでいる。確かに身分の差は未だにあるものの、ここにいる人々が分け隔てなく談笑するさまはバルドア王国が誇るべき貴族と騎士の融和の姿であり、理想の体現であった。
もっとも、まだまだそれが完璧ではないことを、マリアンはよく知っている。
礼服と黒貂の毛皮のコート姿の国王——四十を超えてから小太りが隠せなくなってきた上にただでさえ薄かった金髪が失われつつある——と、赤みがかった金髪にバーガンディのシックなドレスをまとったマリアンは招待客へ愛想笑いを振り撒く。
「お招きいただき感謝いたしますわ、マリアン様」
何十番目かの招待客の淑女が、夫ではない若い男性を連れて挨拶を述べる。
マリアンにとって遠い遠い縁戚の彼女は夫の身分の低さを気にして、アクセサリー代わりの愛人を選んだようだ。確か、歌劇の新人俳優だったか、マリアンはその顔に見覚えがあった。着慣れないであろう燕尾服をきちんと着こなすあたり、彼女は彼にとって上客のようだ。
それについて何か言うつもりはない。皆似たようなもので、必ずしも伴侶を連れてきているわけではない。マリアンは笑顔と定型句でさらりと受け流す。
「ええ、楽しんでちょうだいね」
「もちろん。それでは失礼を」
もう一度淑女とその連れは礼をして、楚々とホールの人混みへと紛れ込んでいった。そんなことを数回繰り返すと、ようやくマリアンのお目当ての招待客に挨拶の順番が回ってきた。
ラングレ侯爵家子息ランパード、ならびに婚約者のモーリン子爵家令嬢アヴリーヌ。仕立てのよい燕尾服に乗っている顔はそこそこ上品なのにこれと言って特筆すべき印象に残らない青年と、うつむいた金髪の巻き毛のご令嬢。窮屈そうなドレスが気に入らないのか、少し目が腫れている。
とはいえ、マリアンは手加減しない。
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